8日目 2013.8.25 牡鹿半島へ

朝目覚めると、既にデブ輪さんは出勤。奥様に迷惑をかけつつ、残ったメンバーもそれぞれに出立。

俺はデブ輪さんが勤めていた造船所の横をとおって、三陸海岸を南下開始。

数年前にこの辺りはレンタカーで走っていたんだったよなぁ。目立った傷跡はないけど、海側のガードレールは作り直したのだろうか?

 

途中、ところどころ舗装がされて居なかったので、そのたびに西へ向かって国道を走り、また海岸線へ戻る、を繰り返して南へ。

 

走り続けたところで、ふ、と気付く。『このあたりは津波で浸水した』という看板があちらこちらに立っている。とても判りやすいが、いつ何で浸水したのか?が書いていない。それにこれでは300年後まで残らない。最低でも石碑にしないとダメ。やっぱり行政のやるこたぁ。。。

 

バイクを進めると、被害がだんだんと大きくなってくる。“震源”に近付いていることを走りながら実感した。この辺りは住民も少ないから、当時のままほおっておかれているようだ、これも遺構のひとつ。

 

途中寄った道の駅には、何時からはじまったのか、当時の動静を伝えるパネルが展示してあった。去年走った高速のSAにも似たようなのが有ったなぁ。こうやっていろいろな手段で残してゆくことは必要だと思う。

 

ちょっとした、何かの公園みたいなものがあったのでそこにバイクを突っ込んで一休み。

したら、そこには津波の威力がそのまま残っていた。

寄せ波で壊れたものと、引き波でこわれたもの。何トンもある大石が流されたまま・・。

 

確かに道は何も問題なく通れるから問題は無いのだけど、ほっぽっておくだけじゃなく、遺構として残すならそれなりのことをしなくては、朽ち果ててしまう。

 

バイクはいよいよ気仙沼へ。

津波で流されてしまった街をみて通り過ぎるつもりだったのだけど、国道から見えた船!

Uターンして、町道を走って向かいました。

 

バイクを停めて、先ずは黙祷。全方向に向かって何度も黙祷。写真撮ってもいいかな?

 

いろいろ考えながらぼーっとして、船の下に車が挟まっているのに気が付いてビックリして、数十分後に出発。

 

途中道が寸断されていたので、車の流れに従って、ちょっと遠回りをして牡鹿半島に入り、十八成浜へ到着。

 

談話室横にバイクをとめて、住宅棟のほうに歩いてゆくと、阿部さんご夫妻が表で待っていてくれました。さっそくハグ!

 

「バイクはここへ入れたらいいよ」ってことで車体を持ってきたら、お隣に住む3姉妹も登場!

バイクを中心に記念撮影!!

 

その後は阿部さんご自宅で盛大な歓待を受けました。クジラやら珍味いろいろ!美味しかったーーー!!

 

24時を廻る頃、談話室に戻って、座布団を敷いてZzzzz

 

本日の走行距離 335Km