あずきとぎ




 パラパラ

 パラパラパラ

 深見さなえは頬に何かが当たる感覚で目を覚ました、が、その瞬間愕然とする。

 ずぶずぶと埋まっていく感覚。自分の肌に触れるのは暖かい布団の感触ではなくざらざらとした冷たい粒の感触、 体中が何かの粒に覆われている感触である。お手玉の数珠球の感触。一気に目が覚めた。

 ざざざざ・・・ざざざざ・・・

 擦れ合うそれらが細波のような音を立てる。 さつきは自分の置かれた状況を把握していない。きょろきょろとあたりを見回す。 一見すると夜の浜辺と見まがう光景であった。夜の砂漠というのも当てはまるだろう。 違うのはそこにあるのが水でもなく砂でもなく、小石の様なものである事であった。

「小豆とぎやしょうか、人とって喰いやしょうか、シャキシャキ」

 突如、虚空ともいえる何も無い空の上、高い高い天空から声が響いた。 聞こえてきたのが男の声である事が、彼女が今、自分が素裸であることを意識させた。

「小豆とぎやしょうか、人とって喰いやしょうか、シャキシャキ」

 繰り返される異常な響きに彼女は言葉を失っていた。

「小豆とぎやしょうか、人とって喰いやしょうか、シャキシャキ」

 三度目に声が響いたとき、彼女のボンヤリとした記憶が回転しはじめた。
自分は深見さなえ、十八歳。サークルの先輩と小川に遊びに来ていたんだ。

 まだ人の手の入っていない小川のせせらぎに耳を澄ましていると、 妙な音がする。シャキシャキ、シャキシャキ。それにつられて岸を歩いていると、 ずっと、足を滑らせた。岩で頭を打った感触があった。

 次に思い出したのは、倒れている自分とおろおろする先輩。 そして駆けつけた救急車・・・それらを見下ろしていると、突然、辺りが真っ暗になったのだ。

 そうか、私は小豆研ぎに食われたんだ。

 彼女がはっきりと、自分の身に降りかかった事態を認識したとき、 小豆の群れが、彼女の肢体を這った。彼女の股から、胸にかけて。 それが合図に、縦横に幾つもの群れが体を襲う。

 小豆は全体が擦れて動くだけなく、群としても蠢いていた。 一つの磁石が多くの砂鉄を引きずって行くように、先頭の小豆に特定の小豆が 引きずられている、そんな動きであった。当然、先頭の小豆が何に導かれているのかわからない。 妖怪の体内だからこそ起こり得る、物理など一笑に付してしまう動作だ。

 さなえの若い皮膚は、小気味良く小豆を弾いた。

 ぱらぱらぱら。

 諦めの気持ち、絶望は彼女には無かった。 小豆の感触は決して不快なものではなく、好ましいものに感じた。 むしろ、彼女の心の隙を狙い、上手く入り込んだと言えよう。 彼女の顔を見るがいい、恍惚に咽んでいるではないか。

 あう・・・

 優しい慰撫に彼女は心休まった。 それが妖怪の作り出した異界であるとしても。 もう勉強も試験も、就職さえ気にしなくて良いんだ、そう思うと彼女は幼子のように、全てを投げ出した。 その彼女を、包むように幾重にも幾重にも小豆の波が被さった。

 その度に彼女に甘美なしびれが走る。さなえは処女であった。 男は知らぬが、今自分が感じているのが女の喜びであることを薄々知った。

 小豆を一掴みすると、それを胸に擦り付ける。

 気持ち良い・・・

 小豆が彼女の、決して豊満とは言えないが形のよい乳房に埋もれ、そして勢い良く零れ落ちる。
その感じが彼女に吐息を漏らさせる。

 ぱらぱらぱらぱら、ぱらぱらぱらぱら

 ぱらぱらぱらぱらぱらぱらぱらぱらぱらぱら

 彼女は胸の谷間にも、そして腹にも小豆を擦り付ける。 彼女の掌の小豆に呼応するが如く、中空から、小豆がまるでシャワーのように降り潅いで来た。 さなえは立ち上がって、その流れに身を任せた。快い感触が全身に広がっていく。

 額にもうなじにも、足首にも太股にも、そして女の中心にも分け隔て無く。

 自分の体に、こんな秘密が隠されていたなんて。

 彼女の中の小さな疼きが、だんだん大きくなっていった。 普段なら、それを嫌悪したかもしれないが今の彼女に理性も倫理も必要無かった。

 小豆がうねる、さなえの体がその流れに巻き込まれた。 体中を小さな粒子が駆け巡る。体中の隅から隅まで、全てに擦れて行く。

 きもちいいよぉ・・・

 快楽の波に溶けていく彼女を、小豆研ぎはゆっくりと消化していった。


???