めんどくさがり




「♪草津〜良いトコ〜一度は来るヨロシ〜」

 リズムもテンポも彼女の性格と同じくぶっ飛んでいるが、 金色の髪を靡かせてその艶めかしい姿態を広い風呂に委ねている、 その名も幻妖夜叉、コン=ロン。現在入浴中である。 残念ながら彼女の身体は白い湯に阻まれて鑑賞することは出来ない。 更に言うならばここは草津ではない。彼女の生息する秘密の洞窟である。

「あう、今日も何事も無く平和で良い一日ある☆」

 贅沢の限度を知らない彼女の浴槽は総ヒノキ。 もちろん、彼女の住処には大理石や五右衛門風呂まで完備しているのだが、 今日の気分はちょっと和風であった。風呂は命の洗濯である。

 が、彼女の回りを見てみよう。湯船の周りには六名ばかりの娘たちが 正座して、後ろ手に縛り付けられている。そしてとくと見よ。 彼女らの乳房はまるでドラムの様に巨大に晴れ上がっている。 彼女らは己の乳の重みに、立って居られない。

 コンが今入っているのは人乳風呂である。 近場で捕捉した娘達にチョイトばかし手を加えて、“給湯機”に改造してしまった。 彼女らの体温は40〜42度と言うかなりの高熱を発し続けるようにセットされている。つまり、 “いつでもいいお湯が出るように”配慮されているわけだ。コンはこういう所も気を使う。

 実際の所、牛だろうがヤギだろうが乳さえ出れば構わないのだろうが、 コンの美意識で、人乳という所に落ち着いたようだ。同様に精液や愛液の風呂も、試みた事もある。 が、これは出た後髪の毛はもちろん、体中がべたべたになってブチ切れてしまったのだ。

 その時用意した“給湯機”は全て、生きながらツクネとハンバーグとすり身のフライにして、 晩のオカズで食べてしまった(「骨まで残さず食べたある。コンは好き嫌いない良い子ある♪」その時の談)。 が、それでも懲りず、今まで三回ばかりトライしている。結果は全て同じなのであるが。

「はう、これから何しようかな〜。」

 彼女は湯船で、大きく伸びをする。はちきれんばかりの胸がちょこんと湯から突き出した。 そして横にぐぐっと体を反らし、一気に外へと飛び出す。しなやかな彼女の身体は まるで飴細工の様に自由に、そしてのびのびと動く。乳液よりも透明に見える肌に 彼女の自慢の金髪の一本一本が踊るように跳ねていく。

 命のエネルギー、生の脈動感。今まで貪ってきた命の量が彼女をここまで輝かせているのだ。

 コンは高熱でぼおっとしている“給湯機”の一人の前に立つ。 彼女はホンの数日前まで、良家の箱入り娘として大切に育てられていた。 年の頃は十五〜六。ふくよかな頬と愛らしい瞳、ブロンドのショートヘアはコンの金髪にも劣らない。 その掌は労働を知らない者の常で皺一つ無い。 不自由なく育てられた彼女が、ちょっと家族の目を盗んで外に遊びに行った。 それがコンの目に触れた。コンは彼女の愛らしさに引かれて、かどわかして連れてきた。 それだけである。

 彼女ももちろん、子供を孕んだ事も無いのに乳牛替わりにされるとは思ってもいなかっただろう。 まだ熟れてもない乳房をこれほど巨大にされるとも考えた事もなかっただろう。 が、彼女にはそのことを考えるだけの思考は残っていない。 ただ、今溜まった乳を搾ってくれる、それだけで己の主人に感謝の念が湧いてきた。

 他の四名は、彼女に嫉妬を含んだ瞳を向けた。溜まった乳を放出できるのはコンしか居ない。 ほんの少し前に湯船を作ったはずなのに、既に乳腺は腫れ上がり痛みを生じている。 わがままこの上ないコン=ロンは“待つ”と言う事を嫌う。 そのため他人が“待つ”事になっても、頓着はしない。

 コンが蛇口を捻るかのように、彼女の左乳首に触れた。 その刹那、溜りに溜まった人乳が勢い良く噴射する。 彼女の左の乳房が見る見る小さくなっていく。 それぐらい激しく、乳は雨滝の様にコンに降り注いでいった。

「うわはああああ・あ・あ・あ・あ・あっ!!!」

 彼女は声を張り上げて、解放の快楽を満喫している。 熱っぽい頭は放射の感覚を直接快楽としてフィードバックする。 熱で肌が桜色にそまり、感極まった涙が頬を伝って一筋の清涼感を浮きただせる。

「ん、勢い弱いなぁ・・・」

「くぅうっ・うっうっっぇっ・・・」

 再び、今度は右の乳首に手をやる。愉悦が身体をくノ字に曲げさせていく。 今度は右の乳房が、空気の抜けた風船のように萎んで行く。 それと同じだけの量の体液が彼女の身体から排出される。 通常の排出作業とはその質量が大きく事なる。内なる感覚に全てが持っていかれる。 意識全てが虚空に絞り出され忘我の世界に溶け込んでいった。

 熱いシャワーはコンのいつもぐーたらした感覚を一時の間シャキっと引き締める。 うっとりと流れに身体を浸らせている物の、頭の回転は普段以上に回転しはじめていた。

「あう・・・足りないある・・・。」

 ゆっくりと見開かれた彼女の目はいつもの適当さはなく、 淫靡な耀きを発していた。何か企んでいるときの瞳だ。

 コンは少女を細い腕でひょいと掴み上げる。 両の手を沿えると、力を込める。ぶち、と嫌な音がした。

 女のからだが割れた。

 真っ赤な鮮血がコンの身体に降り注いだ。臓腑が弾き飛び、 彼女の髪や肩に舞い落ちる。熱い体液はどばどばと音を立て、 湯気を発しながら流出していく。

 彼女は自分の身に何が起きたかすら気がつかなかっただろう。 最も深き深淵の感触に置き換わった所でそんなに違いはない。 頂点と最奥は常に等価なのだ。

「・・・やっぱり血じゃないと、物足りないね。」

 にやりと歪んだ顔なのに、どうして恐怖よりも美を強く感じさせるのだろう。 コンの、彼女の神性がそうさせるのだろうか。邪仙と言えども、彼女のは神の域に達している。 命の重さは等価なのかもしれないが、彼女の、“力”の強大さに人間はかなり軽く映る。 比較にならない存在感が主役と小道具を別けてしまっている。

「ん・・・汚れちゃったなぁ。」

 コンはもう一度風呂に漬かった後、身体に張り付いた肉片を丁寧に落していった。 こうして“給湯機”として使っていた為、幸か不幸か 彼女の体内には汚物は含まれていなかった。コンの気に感化して動いていたのだ。 実際、ここにいる全ての生命はすべからく彼女の“気”の余剰に反応して生きている。

 一通り体を清めた後、今度はぱちんと指を鳴らす。 奥から一人の少年が這い出してきた。彼は全裸。整った顔立ちではあるが、 生気や意思は感じられない。全く表情を変えないまま、 コンのそばへと四つんばいのまま這い寄ってきた。

 コンは何も言わず、彼の赤毛の髪を持ち上げた。 すると、彼の頭半分はまるで蓋のように軽々と外れてしまった。 そこには脳みそではなく、フルーツをちりばめた特上のパフェが鎮座していた。

 コンはストローとスプーンを取り出し、それらを美味しく賞味しはじめる。 ちょっと気が向いた悪戯だったが、今は結構、良い選択だったと自賛している逸品である。 お陰で彼には、簡単な動作しか命令できなくなっているが、 それでも、十分良く働いているので満足している。 邪魔になった脳みそがどうなったのか、コンはもう覚えていない。

「さてと、そろそろ出るか。」

 少年の頭が空っぽになった、つまり用が無くなったのでさっさと戻らせる。 そして替わりに、三名ばかりの従者を呼び出した。

 長めのローブをまとった、二人の男と一人の女。 湯船から出たコン=ロンを彼らはゆっくりと抱きしめ、 ローブで拭いながら、彼女の身体を舐めはじめた。

 彼らは唾液は出ない。出ないようにした。 だから唾液が付く心配はない。 肌に付いた液体を十分に、完全に取り払ってくれる。 当然彼らは常に“渇き”を覚える事になるが、彼女はそこら辺の心遣いはない。

 固い男の筋肉と柔らかな女の肉体、絶妙のブレンドが 一時の幸せにコンを浸らせる。拭き役の比率は以前から研究して、 今はこの三名がその役を仰せつかっている。気まぐれな彼女を上手く 拭いていくのは、非常に骨が折れる事だ。

 しかし、呼吸をあわせた身体全てのうねりでしっかりと捕らえられた邪仙は、 まるで子供のように無邪気に、流れていく彼らの舌先の絶技に恍惚としている。 それはコンの桜色に染まった火照りを少しずつ冷やしていく。

 彼女の身体は何よりも淫靡さを湛え、それで居ながら上品に整っている。 全ての生き物を、全ての存在を狂わせる性の脈動感が優雅に揺れながら 辺りの空気に香気を満たせていく。

 腋も胸の下も、踝から爪先まで、彼らが触れない場所はない。 身を任せているコンは、絶対の安心感の中にいた。 髪の毛を梳かされながら、その感触にうっとりとする。 服を自分で着るのも面度臭がる彼女であるから、 用意された物を、従者に着させてもらう。

 着衣もすっかり済んだ後、三人が引き下がる。 残されたコンはふう、と溜息を吐いて伸びをする。

「こうも平和だと退屈あるね。あう、ちょっと乱してくるある♪」

 いつでもポジティブな彼女は、常に自分から行動を起こす。 それが彼女のイイトコロである。もちろん、標的に成った方は堪らないだろうが、 平凡に生きるのと、強制的にでも一刹那、完全に燃え上がらされるのとどちらが良いのだろう。

 桁の外れた運命の女神、尤もそれは悪魔よりも邪悪であるのだが、 彼女の抱擁が単純な“悪”であるとは決め付ける事は出来まい。 これから後、彼女のせいで大きな戦争が起き、多くの人命が奪われ 多くの悲劇が起きた所で、彼女一人に引っ掻き回された 時の政府を怨むべき、だったのかもしれない。

 放置された洞窟では、ミイラ化した死体が累々と横たわっていた。 何、十年ばかり欠落した所で彼女の長い長い人生においてはほんの一瞬の事であるし、 何億も存在する人間のうち、たかが数十名ぐらい、この星にとって大した事はなかったのである。


???