MIKOTO NO TUTAE 病淫編(後)

 
「佐倉さん?」

 はい、と返事をしながら振り向いた佐倉は、鳩尾に回し蹴りを喰らってモンドリ返る。取ろうとした薬剤が床に零れ、三つほどビーカーが音を立てた。目を白黒させながら床を転がる佐倉を、魅琴は冷静に具合を確かめていた。その瞳は職人の瞳、堕胎屋(おろしや)が作業を開始しようとしていた。

 泡を吹いている佐倉の頭をぐっと掴み、子宮の脇へ位置を定めて、魅琴は手刀を振り下ろす。

 ぐっ、佐倉は身を仰け反らせた。落ち着き始めた全身がバタバタと痙攣を始める。痛みに、苦しみに、叫び声すら上がらない。息が上手く吐けないのだ。

 魅琴は佐倉のスカートをまくった。そして、じっとその様子を観察する。暴れる足が顔や腕に当ってくるが、それでも気にしない。祈るようにただ、じっと待ちつづけた。薬剤室をそんなに占領しているわけにも行かない。

 それほど長くは掛からなかった。およそ三十秒ほどしただろうか、佐倉のパンティが濁った血に染まり始めたのを確認すると、魅琴はその場を後にした。診察室に戻って、可憐な少女の役を演じなければならない。


「軽い脳震盪あるな、疲れすぎね」

 佐倉が再び目を覚ましたとき、彼女はベットに横たわっていた。それをコンが、心配そうに覗き込んでいた。
「あう、気がついたか? コンの中華五千年の秘術で息を吹き返したね。感謝するヨイ」

 看護婦も数名、心配げに彼女を見下ろしていた。急に意識を失った所までは覚えていたが、誰かに呼ばれた記憶は失われている。もちろん、あの儚げな床換美希耶の顔は思い浮かばない。

 少しふらつきながらも、佐倉は作り笑いをしてみせる。ナースの性癖という奴かもしれない。だが、起き上がろうとした矢先、下の方がスースーすることに佐倉は気がついた。

 ―はいてない?―

 下着が無い。佐倉の戸惑いを読み取って、コンはすこし、“あー”と口をあけてゴニョゴニョ言おうとしたが、呼吸を整えて言葉を継いだ。

「はぅ〜 ゴメンある。 お腹の赤ちゃんは助けられなかたね」

 コンは悲しげに首を振った。ざわ、と看護婦達もすこし不安げだ。もちろん佐倉も、目を見開いていた。驚きではない、恐怖の表情だ。もちろんコンは前者として扱った。少しきょろきょろとしてみせる。言いにくい、という雰囲気一杯で、精一杯の発音で語りかける。その口調はまさにカウンセラー。なんちゃって、ではあるが。

「見ない方がいいね。………死産だったし……… その…、酷い奇形児だたね」

 ばたり、そう言われた瞬間、血の気を失って佐倉は後ろに倒れこんだ。コンは“言わないほうがよかったかな〜”というオーラをプンプンさせながら、首を傾げてみせる。

「あー、こんなときにみきやはドコいたね。 職務怠慢ある」

 何気なく、コンはつぶやいたが周りの反応にはワザと気がつかないフリをした。コン=ロンのことだから、女医という設定に完全に嵌ってしまい、魅琴の事を忘れていただけかもしれないのだが。


「婦長…佐倉さんが」

「心配なの? 彼女は偶々、運が悪かっただけよ」

 ナースセンターでは、まだ二十歳を超えていない、実習中の坂井直海が婦長の平塚に食って掛かった。他の看護婦達も不安げながら婦長の周りを取り囲んでいた。美希耶が来る前の、ほんの数週間ほど前に蟲を埋め込まれて居た。既に落ちたものだと平塚は思っていたが、意外な反抗に、少しだけ嬉しく思った。完全に壊れていては、面白みに欠ける。

「今日は辞めにしませんか?」

 不安そうに、由美子も呟いた。婦長は彼女の声が震えているのを聞き逃さない。

「何言ってるの? やるに決まってるでしょ?」

 強い口調で平塚は答える。そしてつかつかと坂井へと歩み寄ると、彼女の下腹をぐっと押さえ込んだ。

「こんなに濡らしているのに、我慢できるのなら構わないけど?」

 あん! 坂井の蟲は餓えていた。それは坂井自身の餓えを意味している。男が欲しい。胎に刺激が欲しい。生臭い精液を一杯、ぶちまけて欲しい。渇望はリアルな幻想を生み、それがまた、欲を乾かせる。乾くと蟲が疼く。疼くから余計に欲しくなる。身体は渇きに対して、肉体的な反応を示す。

「前みたいに、ビーカーで計って欲しいの?」

「や…恥ずかしい…や…」

「そう言いながら、もうこんなに濡らしちゃって。悪い娘ね」

 蟲は絶えず、自分の体液を分泌していた。それは人間にとっては媚薬として作用する。もちろん、仕事があるので彼女らも常に欲情しているわけではない。いや、むしろ、限界まで我慢した後にタガを外すほうが気持ちよいことを彼女達は知っていた。ワザと正義を振りかざしてそれを否定され、皆の前で辱められるほうがドキドキする事を身体が覚えてしまった。

「みんな、そうなんでしょ? 頭で否定しても、身体が拒否できない」

 判っている、みんな同罪なのだ。婦長に蟲を入れられたのはきっかけに過ぎない。このキツい仕事から抜け出して、どこか遠くへ行ってみたい、そんな気持ちの隙をつかれたのだ。今ならイツでもドコでも、好きな時に天国に逝ける。

「ああ、そうそう、由美子ちゃんは美希耶ちゃん連れてきてね。あの娘も欲しくて狂いそうに成ってるはずだから」

 婦長の言葉に露骨に嫌な顔をする由美子。感情すら、後の楽しみのために反射的に反応してしまった。


 看護婦の大田美佐代は、中学校のサッカー大会で怪我をして入院してきた矢上純一の回診を行っていた。いつものように体温を計ってやる。スポーツで鍛えた体は中学生とは言えど男の匂いが濃くなり始めている。矢上のほうは少しドキドキしていた。相手が仕事とは言え優しい掌で身体に触られるのだから、若い彼は緊張せざる得ない。

 意識を集中させていないと、すぐに身体が動き始める。服の上からブラジャーが透けて見えただけで勃起してしまう年頃だ。消毒液の臭いにまぎれて鼻を突いてくるリンスの香りだけでも、ちょっと心が動いてしまう。だから、今日の様に色っぽい目でちらちらと覗き見られると余計に身が固くなった。

「えっ!?」

「楽にしてね、ボウヤ」

 いつもの様に手際よく、シーツを掛けてくれるものだと思ったら すっと、ズボンが脱がされた。

「うあっ、何するんですか!?」

「男にしてあげるの」

 美佐代は妖艶な笑みを浮かべる。

 別の部屋では、中年男が久方ぶりのSEXに涙を流していた。糖尿で入院した桜木はいつインポになるか不安で仕方が無かったのだが、まだ愚息が役に立っている事に男の喜びを噛み締めている。女をヒンヒン言わせて善がらせる、それが征服欲だと勘違いしているほどの薄っぺらい喜びではあるのだけれども。

 院長の所にも看護婦はいた。文字通り、彼は口を塞がれていたのである。下の口に顔を埋め、若い雌の匂いをふんだんに満喫していた。孫と同世代の娘に迫られて、初老に差し掛かった男子に断る事ができようか? 自分が失った若さを目の前にぶら下げられて食いつかないものがいるだろうか。

 宿直の医師の所にも、女はいた。コレが楽しみで、最近は宿直の志願者が増えているぐらいだ。

 美佐代は少年に馬乗りになっていた。愛撫もソコソコに、彼女は自分の欲求を優先させた。少年は初めて感じる女性の肉の質感に、程なく埒をあけてしまう。本当に男は楽だ、ムードも愛の囁きも必要ない。チョット前の彼女ならそう思ったかもしれない。今はもう、そんなことを想う余裕すらなくなっていた。

「あ、ああっ、精がっ」

 美佐代は自分の子宮が突き上げられるのを感じていた。精液が胎内に放たれると、子宮に巣食った蟲が活動を開始する。子宮口をごりごりと刺激しながら、蟲は女の欲情を更に高めるエキスを活発に分泌する。 美佐代は活力が沸き立つように感じていた。身体の中に熱が篭る。もっともっと、欲しくなる。そうすれば蟲の方も、新鮮な精を貪る事ができる。

 本当なら、看護婦さんが迫ってきて、それで童貞を捨てたなんて話は、クラブの後輩辺りに自慢できるはずだった。だが、薄っすらと淫靡な光を灯した瞳に見つめられ、少年は少し寒気がした。他人に話すと呪われるような気がした。


「んーもう、なんで私が」

 精を絞りにいけなかった由美子は文句をブツブツ言いながらも、あの清純そうな美希耶が色欲に狂うさまを独り占めできると思うと、いつも見慣れた廊下すら目新しく感じられた。女の勘という奴かもしれない、美味しそうな匂いが漂ってきたかのようだ。

 扉の鍵を開け、半日放置していた中の様子を見定めた途端、由美子は息を呑んだ。可愛らしい、いやいじらしいほど乱れた美希耶は、同性から見ても押し倒して、思うままに蹂躙したくなるほど色っぽく、そしてか弱げだった。

 美希耶は乱れたシーツに横たわり、息も絶え絶えの状態だ。全身が火照っている。熱っぽい、いや本当に熱があるのだろう。視線の定まりやらぬ、赤い目が宙を彷徨っている。息をはぁはぁと荒げながら、ほんの少し残った意識が、由美子の影を怖がっていた。

 やりたい! 由美子はとっさにそう思った。相手が女では蟲は餓えを癒さない。だが、由美子自身の渇きを止めるほどの力は、蟲は持ってはいなかった。それは純粋に彼女の欲望だったのである。

 つっと、美希耶の背中を指がなぞった。

「ああああああああっ!!」

 ぞぞぞぞ、と美希耶の小さな身体に響き渡り、増幅するこそばゆさ。それはすぐに気持ちよさに取って代わった。

「ダメ…もうダメ…私が………私じゃなくなる!」

「変わっちゃいなさいな」

 由美子は変えてやりたかった。切なげに声を荒げる美希耶を開放させてやりたいと思った。その後に残るものが例えケモノであろうとも、何よりも今の欲求が優先された。

「いいの? 貴女が…受け止めてくれるの?」

 こくり、と由美子は頷く。その場限りの嘘ではあるが、そうせざる得ないほど、美希耶が愛しく思えた。初心な娘、本当に可愛いんだ。いまどき珍しい美希耶の恥らいように、由美子は舌なめずりをしていた。この子を散らしてあげるんだと。

「なら、遠慮なく」

 だが、当の美希耶がぞっとするほど低い声で呟いたので、由美子は顔色を変えた。そして彼女の顔を真正面から見据えてみた。

「ホントの快楽を教えてあげるわ」

 そこには、床換美希耶の壊れた瞳ではなく、八重垣魅琴の闇よりも深い瞳があった。由美子の心が行ったように、魅琴は唇の渇きを舌先で濡らしていた。


「ああああああっ………おおおおおおおお………!」

 慰霊所は異様な熱気に包まれていた。

 看護婦達は死者を陵辱していた。女達は死体の顔に腰をおろし、盛んに腰を振っている。恥部から伸びた蟲の生殖器が、死人の喉を通って腹の中に卵を産んでいた。蟲は死体に卵を産み、臓腑を喰らって成長する。なに、外見には変りは無い。多少重さが違っていても、遺族は気がつくことは無い。

 死人の灰色の体から、女の白い身体が生えているかのようだった。幽霊の様にゆらゆらと、灯火の様に頼りなく女達は身を弛ませている。先ほど得た熱気が体から流れ出ていく。身も心も虚しくなり、すうと消えてしまいそうに成る。それは生よりも死に近い感覚であったが、永劫とも思える引き伸ばされた虚脱感は何よりも換えがたかった。一度知ってしまった愉悦の時間を、蟲に取り憑かれた彼女らは拒むことは出来なかった。

 平塚は狂宴には参加していなかった。三十路も過ぎて熟れやった彼女の身体は少し肉がつきすぎてはいるが、噛めば噛むほど味が出そうで、今でも平気でプールにはビキニを着ていくほどだ。

 だが、それは男のものではなかった。皺くちゃの老婆が、平塚の胸を弄っていた。ざんばらに振り乱した長い白髪と、やせこけた頬、しなびた乳房には張りの一つも見られず、餓鬼の様にやせ細ってしまっては、その体が元は娘であった事を想像するのは難かった。

「もう少し、後もう少しで、この子たちも外に出ることができる」

「叔母さんの長年の研究が、やっと実を結ぶのね」

「いい姪をもって私は幸せだよ」

 同じ血を引くものが身体を求め合っていた。幾度となく重ねた身体は馴染はするものの飽きはこなかった。両者の膣から伸びた蟲の生殖器が絡み合い、蛇の交尾の様に複雑に綾を成していた。

「ああっ! あんあんあんあっ!?」

 木下が果てた。彼女が暖めていた熱気を全て吸い取られて気を失ったのだ。がっくりと倒れこんだ彼女は倒れこまれた死体と同じ色と温度に変わりつつあった。死のギリギリという最も遠い場所に彼女はたどり着いたのだ。

 ぎい、開かぬはずの扉が開く。平塚の叔母は結界を張り忘れたのではないかと不安の顔を見せる。

「誰だ!?」

「なるほど、蟲毒か。そんまんまだねぇ」

「美希耶さん!」

 声は美希耶だったが、最初に顔を出したのは美希耶の様子を見に行ったはずの由美子のほうだった。彼女は一糸纏わぬ姿で霊安室に押し込まれる。

「えへへへ〜 あたし、おっぱいでるようになっちゃった〜 見て見て〜ぇ」

 後ろ手に回された由美子は、胸を肌蹴た姿だ。開放された乳房は一回りも大きく張り詰めて、彼女が動くたびにぴゅーぴゅーと、母乳が吹き出ていた。元々軽かった頭も、更に軽くなっている。

「ぷろでゅーすばい、コン=ロンある!」

「私の胸にケチつけたから、そのお返し」 

 女医の服の魅琴とナースのコン=ロン、最初とは逆のコスプレだ。にこ、魅琴は心の底から笑みを洩らす。その笑みで、美希耶という少女は今は別のモノにとって替わられたことを二人は知った。呆気にとられた平塚婦長をそのままに、ずかずかと霊安室に入り込んでいった。看護婦達は自分の行為に没頭している。魅琴はそれを一望すると、肩をすくめて見せる。

「でも、考えたね。病院という閉鎖空間の、澱みのなかから産まれた蟲ならその毒も強いだろうし、何より母体にも餌にも事欠かない。性欲に餓えた連中が掃いて捨てるほどいるんだから」

 くすくすくす、と魅琴は笑った。コンはまだ死体から離れようとしない女達をしげしげと観察していた。何事にも興味を持つ、好奇心旺盛ないつものコン=ロンである。ちなみに魅琴と服を取り替えたのは、コンの意見であることを付け加えておこう。

「自我の拡大って奴だよね」

 どん、と由美子を突き放して、魅琴は両手を組んでみせる。

「人間って弱いからさ、急に力を得ちゃうと、自分を見失っちゃうのよね。それで他人を平気で傷つけちゃう。自分の事で一杯で、他人がゴミクズに見えてしまう…迷惑千番だわ」

 魅琴は半分以上、コンに向かって喋ったつもりだが、当の本人は全く気がついてないようだった。ついでに、自分自身も知らん振りである。人為らざるモノにされた看護婦達も被害者ではあるが、魅琴は一々それを治してやるほどお人好しではなかった。それなりの見返りもあっただろうし、それを彼女ら自身、楽しんだだろうから。

「貴様は…」

 搾り出すように同じ言葉を呟いた平塚の両名。さすがは血が繋がっているだけある。

「堕胎屋(おろしや)、八重垣魅琴」

「そして、超絶世的仙人的美女、コン=ロンね!」

「貴方のお子さん、堕させて頂きます」

 問われた事には答えねばならぬ。妙に息の合った名乗りで返してやる。

「ヤエガキのモノ!」

「古いだけ在ってよくご存知で…いや、老けているのは見たくれだけか。蟲から栄養を吸われちゃった、ってトコかな」

 顔色を変える平塚の叔母、そして平塚婦長。あたっちゃったかな? と指で押してえくぼを作ってみせる魅琴。蟲毒とは邪気を持つもの同士をけしかける事で、より強い邪気を持つ生き物を選別する邪術である。効果はあるが、その分使う側のエネルギーがいる。

「この手の憑き物には多いんだけどさ。一瞬若返ったような気になっても、アレだ、ドリンク剤でドーピングかましてるのと同じで、身体には無理が溜まってる。それに気がつかないと三十路に行く前に身も心もボロボロ」

 チチチチチ、と唇を尖らせて、魅琴は指を振ってみせた。

 ほんの刹那の隙を突いて、弾けるように看護婦達は死体を後にして跳んだ。速い、彼女らの脳よりも早く、脊髄反射が身体を動かしている。ぼぉとした女の頭には何も浮かんではいまい。的確に敵を屠る、命令に忠実なロボットである。だが、魅琴は落ち着いていた。

「既に種は播かれている、んだったら」

 どうとばかりに女達は倒れこんだ。種は既に播かれていた。なんのことは無い、先に身体を弄られていたときにしっかりと濡場魂を埋め込んでいたのだ。もちろん、美希耶の意識ではない。魅琴が自動的に行っていた。

 濡場魂は邪気を吸う。未完成の蟲毒の毒気など、一発で吹き飛ばす事ができる。看護婦達は一応、正気には戻っていた。急に醒めてしまったのが不思議で、慌てているようだった。

「今日は患者が多いから、みんな自分でやってね」

「ああっ! いやっ! 手が…手が勝手に!」

 知らず知らずのうちに、女達は、その両の手を股間に当てていた。いや、当てているだけではない。ぐっぐっと秘所を押し広げている。五本の指、いや十本の指を使いながら、快楽の洞窟が受け入れやすいように、じっくりと強張りをほぐしていた。

「いや…いや…はいっちゃう… 私のおててが入っちゃう!」

 身体が丸まっていく。巨大なフランクフルトでも頬張るかのように、下の唇は掌をがぶがぶと飲み込んでいった。がぶり、がぶりと咀嚼するたびに女達はいまだ知らなかった部分の快楽に身を震わせていた。

 ぐじゅっ、ぐじゅっ。涎のように愛液が音を立てる。床の上に転がる六名の美女達は団子虫のように包まりつつも、さなぎが脱皮するかのように新たなものへと変っていきそうだった。

 魅琴の濡場魂は看護婦達の身体の中を、第二の神経の様にくまなく走り抜けていた。その左様も神経同様、魅琴という見事な脳の指令を受けて、彼女らの肉体を支配下に置いていた。彼女らの肉体は、まだ彼女らのモノへと戻ってはいなかった。

「くっ、くっぅ…痛いっ!」

 美佐代が叫び声を上げた。膣が痛いのではない、感じるたびに背中が反ろうとするのに、腕が膣内に咥えこまれているので身体が伸ばせない。背筋や腰に無理が掛かる。ぎしぎしと痛みが走っていくが、それすら次第に、快楽に変わる。

 肘まで飲み込もうとする彼女らの膣自身には痛みは無い、だが、大幅に拡張された膣壁を満足させるには、また同じことをやらねば火照りを癒す事は出来ないだろう。

「もうペニスが入ってきても、がばがばだよ」

 善がる看護婦達を気にしながらも、魅琴は平塚婦長から目を離さない。黒幕の存在を感じていたので、あえて濡場魂を仕込まなかったのだ。小細工を見破られる恐れがあったのだが、思ったとおり、餌代わりの看護婦達には気を配らなかったようだ。

 自分の意志とは無関係に、女達の指は、何かを求めるかのように絶えず蠢いていた。自分の身体が自分の思うままに成らない不気味さがあったが、快楽に没頭しつづけた彼女らは魅琴の術を振り切ろうなどという考えすら思い浮かばない。だが、突然理性が悲鳴を上げる。

「がっ! なっ、ナニこれ!」

「気持悪い! やっ、離せない!」

「それが蟲だよ。触るのは初めてみたいだね」
 平塚を牽制しながら、魅琴は呟いた。ムシっ!? 無意識すら女性はそれを嫌悪する。だが、心が嫌がっていても不快なその存在を握り締めて放すことは出来ない。だが、彼女らが狂う前に、蟲は防御のために淫の液を放出した。

「はぉおあおおぉおああ!!」

 思わぬ絶頂感に、握る力を込めるほど、女達の脳には断続的な快感が走った。男のオナニーの様にそれをしごききりたかったが、なんせ不自由な体制なのでそれはママ為らない。

 出来る事は一つ、力いっぱい蟲を握り締めること、それは即ち、蟲を引っ張り出す事だ。魅琴が命令を下さなくても、女達は自ずから、蟲を胎外に出そうとしていた。魅琴はちょっとだけ微笑を浮かべた。

「あう…あががあああっつっ!」

 ぐふっつ、ぐふふっ、脳と直結した神経がブチブチと千切れて、引きぬかれていくように感じていた。彼女らを人として繋ぎとめていたロープが切れていく。顔が引きつり、力瘤が盛り上がり、血管が浮き出てくる。蟲も抵抗するからなかなか素直に出てきてはくれない。抵抗すればするほど、寸止めのような物足りなさを女達は感じている。だが、この勝負は快楽への欲望が勝った。

「うあああああああああああーーーーーーー!」

 ギリギリまで高まった緊張が解放されると、輪ゴムの様にふきとんで行くしかない。女達は弾けると同時に、利き手にグロテスクないも虫を握り締めたまま、床の上に大の字になって失神した。由美子は乳房から噴水の様に母乳を噴出している。涙、汗、尿、全身の弛緩は彼女らの中に溜まっていたものを全部垂れ流しにしていた。

「もう大根ぐらい太くないと、感じられないと思うよ」

 そんな中、コン並の妖艶さで、魅琴は言い放った。ちらり、と平塚の方へ悪戯っぽい視線を投げかけた。

「何故だ…それだけの術者が、何故私をッ、 私に目をつけた!」

 平塚の、叔母の方が吐き捨てる台詞に、魅琴は肩をすくめる。

「やー、それがオッカシくてさ。私の友達がさ、彼氏がココの看護婦さんとエッチしたのがバレてマジ切れしちゃってさ。彼氏を殺すだの自分が死ぬだの、上を下への大騒ぎだったんだよね。で、ちょっとココを調べさせてもらったら、面白い事してるじゃない。首突っ込ませてもらったのよ」

 いまどきの高校生らしい口調で、ペラペラとオーバーアクションで魅琴は喋って見せた。

「まーでもぉ〜、その娘も私とエッチしてるからぁ〜、彼氏の事をそうそう悪くは言えないはずなんだけどぉ〜。女の子って勝手だよねー」

 チョットだけ照れた感じで、魅琴は首の後ろを掻いていた。傲慢な相手には更に傲慢さを見せ付けてやるべきだ、魅琴の持論である。そしてプライドを叩き割ってやる。自我が拡大した相手に対しては、己の小ささ格の低さを嫌というほど思い知らせてやるのが、最もよい薬であると魅琴は確信している。もちろん、良薬口に苦し。切羽詰って逆切れする輩の方が多いことも魅琴はよくよく知っている。

「とりあえず、当事者の坂井さんにはお仕置。コンさんお願いいたします」

「おっけーある!」

「ああああっ………いやああああああああっ!!」

 他の看護婦同様、忘我の縁に叩き込まれていた坂井が悦楽の喘ぎを上げた。コンは無遠慮に彼女のお尻へと腕を突っ込んでいた。空ろな 脳内のスクリーンに、蟲を埋め込まれたその晩に犯した少年の顔が思い浮かんでいた。だが、それも束の間、どんな女でも獣に落とし得るコンの絶技は彼女の初めての場所ですら立派な性感帯へ変えてしまう。

「おーしーりーがぁ!! おしりがぁーーー!!」

 あられもなく、アヌスにコンの二の腕まで突っ込まれて善がり狂う坂井を、魅琴は負け犬でも見るかのごとく、憐憫の情まるだしの顔で見下ろしていた。彼女の直腸、大腸、コンの手が触れている細胞が急速に分裂を開始していた。粘膜は厚くなり、触覚器官が発達していた。言い換えれば、第二の膣へ変貌を遂げたと言って良い。

「ああぁぁぁああっ…… ぉぉぉおおおあぉおおぉおおお!!」

 新しく性感器官を作り出された分、坂井の理性を急速に削り取っていった。コンは楽しそうに腕の全てを使って、まるで正拳でも突いているかのように坂井の身体を貫いていた。そのたびに彼女の咆哮があがる。コンの一撃一撃は絶頂という壁を的確に、確実に突き抜けていた。

「あう、魅琴、この娘、うんちするだけでイケるようにしていいか?」

「いいよ」

 魅琴のOKを確認すると嬉しげなコンは作業を続行する。何事も度が過ぎるコン=ロンのことだ。便が溜まるたびに感じるようにしてしまうだろう。坂井にはもう、通常の生活は送ることは出来まい。コンの声は彼女には届いていない。何も聞こえず、何も見えず、ただお腹から沸き立ってくる快の音と移ろう火花しか認識出来なくなっていた。

「でもまぁ、まだ口もおっぱいもあるからいいよね。 さーてと」

 やっと“おしおき”に飽きたかのように、余裕の満面で平塚の方へと向き直った。散々無視してやった後の彼女らの表情は、それはそれは見ものだった。

「私の……私の悲願が…… この計画に何年掛けたと思う!」

「知ったこっちゃないよ」

 冷たく魅琴は言い放った。どれだけ苦労しただのどれだけ時間を掛けたのいわれても、それはソチラの術の未熟である。本当の術者というものは何か事を成す前に何重にでも下準備を行い、結界を張って邪魔を防ぐものである。悪行ならばなおさら、正義の味方は掃いて捨てるほど居るというのに。それでも選りに選って八重垣魅琴が見つけてしまったのは、彼女の業の深さとしか言いようが無い。

 老婆は般若の形相を呈す。女は危機に迫られると、どうして鬼に近くなるのだろう。何か面白い事をしてくれる顔だ。魅琴は期待した。

「叔母さん!」

  目玉がぼとりと落ちた。替わりに、どす黒い蟲が眼窩から顔を出す。

「私の全部を、蟲に換えてやる… 幾ら貴様でも我が全ての…」

 ここまで言って、口からもボロボロと蟲が這い出して、言葉にならなくなった。老婆の全身から黒くブツブツのある蟲が湧き出している、耳がもげおち、鼻が崩れた。乳房が見る見る風船の様に張っていく。その中で蟲が這いまわっている事は見て取れた。その姿だけでも常人ならば発狂しかねない。

「甘く見られてるなぁ…」

 だが、魅琴にとっては良くある事、期待は外したが予想通りの展開だ。軽くいなそう思った。

「コンに任せるヨイ!」

 そう言うと、コンが魅琴の前に立ってしまった。魅琴は邪魔をされて少しむっとしたが、コンはちたぱたと腕と足をばたつかせ始めた。それがどう言う効果をもつのか判らないが、コンを中心にエネルギーが集まっているのが感じられる。かなりの力だ。老婆の姿が完全に蟲に覆われながらも、魅琴に踊りかかろうとした瞬間だった。

「金龍式中華キャノンッ☆」

 ちゅどーん! 黄金色の光が煌いて、既に崩れかけた蟲使いの身体を打ち抜いた。平塚の身体は粉々に砕け散り、光の粒となって空に溶けていった。まるで花火のようだった。

「いま、ドコからナニだした?」

「あう、中華五千年の秘密ある♪」

 ワザワザ可愛いポーズで返事するコン=ロンに、呆れきった魅琴であるが、秘密も何も無い。コンの下腹部は丸く焦げて穴が開いていた。


「ミコトミコト、テレビ見たか? あの病院潰れてるね」

「そりゃ仕方ないよ。美人看護婦さんがあんな事やこんな事してくれるって口コミで流行ってたようなもんだもん。それが急にゴッソリ辞められちゃったら、やってけんよ」

 自分の部屋で、あくびをしながら魅琴は伸びをした。あのときの看護婦の多くは、黄色い救急車でおなじみの別の病院に入院していた。チョット薬が効きすぎたようだが、自分を弄んだ見返りである。安いもんだと魅琴は考えていた。もちろん、佐倉や由美子に対しては私怨が混ざっていたので特別コースを用意してやったのだが。

 ただし、あのときに婦長を取り逃がしたのが心残りだった。調子に乗ったコンが二〜三人壊して逃げ出したのに気を取られてしまった。この期に及んで詰めが甘い。

 不機嫌そうな魅琴の真正面に、コンはちょこんと座ると小首を傾げた。しかしいつもの呆気羅漢とした雰囲気に戻って、袖から何か取り出した。

「それはそうと、面白いもの作たね。見るか?」

 魅琴の鼻先に突き出されたのは、女体を模したバイブレーターだった。全身を荒縄で縛られた看護婦、という造形だ。バイブが人形の形をしているのは、淫具を作ってはならないと言う法律を誤魔化すためなのだが、そのバイブの顔には見覚えがあった。

「スイッチオンね!」

 あ〜ん、あああ〜ん

 淫らな声を上げながら、女は腰を大きく振りはじめた。その上、感じているかのようにビクビクと震動している、なかなか良い出来だと魅琴は感心した。

「良いセンスしてるよ」

 魅琴は自虐的な笑みを浮かべた。私もまだまだだな、と素直に認めた顔だった。


???