MIKOTO NO TUTAE 伏魔編

「はーい、今日は中国から留学生が来ちゃうもんねー!」

 阿根子市立第六カゴメ高校、2-B教室の朝のホームルームの時間。普段なら退屈でだらけている生徒たちが一人を除いて一斉に色めきたっている。

 教壇で声を張り上げているのはこのクラスの担任、館石啓(たていし ひろし)、化学主任。人呼んでDr.オープン。まだ四十路には達してないのに白髪混じりの寝癖で立ち上がった髪型と壜底眼鏡と白衣の出で立ちが、何処から見ても狂科学者的な風体であるのと、むっつりならぬオープン助平であることがその渾名の由来である。彼の才能なのであろうが、“大人の小話”を挟むのが上手いのだ。そんなわけで、女子生徒からも好かれてるってほどでもないが嫌われても無い。

 煽り煽られる教室の中でただ一人、この騒ぎが収まるまでダンマリを決め込んでいるのが我ら八重垣魅琴。あの扉の向こうで出番を待っている生徒が、自分が思っている以外の存在ならどれだけ気が楽だろう。彼女との学生生活を考えると、気が重くて仕方が無い。

 館石は生徒たちのザワメキが一瞬弱まったのを見計らい、大げさに叫びあげた。

「じゃ、留学生クン、かもぉ〜ん!」

 ガラガラガラー!景気良く横開きの扉が滑ると教室のアチコチから溜息が漏れた。腰まである金色の髪と透き通るような白い肌。そして神秘的な金色の瞳。人間とは思えない程整った姿態と美貌が教室内の一名を除いた全ての人間をくぎ付けにした。しかし、それも一瞬。彼女はとててててと可愛らしく教壇に駆け上がる。

「あう! 留学生ある! コン=ロン言うね!」

 開口一発、似非チャイニーズ的訛りが炸裂する。生徒達が動揺する間もなく、黒板に白墨で、“金龍”と書いてみせる。

「こっちが“コン”で、これが“ロン”。コンのお父さん、交易商社のシャチョさんある。社会的視野拡大目的で日本に留学するある。暫く厄介になるね。よろしくある!」

 口笛が飛びまくる室内。先入観というべきか彼女の幻術というべきか、何しろ雰囲気というもののは恐ろしいもので、こんなインチキ訛りでもコンが言うとなぜか説得力をもってしまう。いかなる手段を用いたのか不明であるが、籍はもちろん、父母やプロフィールまででっち上げている。彼女の持つ影響力の強さと、この世界の脆さを魅琴は痛いほど感じていた。

 コンは何故か白と紺のセーラー服。“制服が間に合わなかった”というお決まりの逃げ文句で勝手に着てきたらしい。ブレザーでないのは、彼女のいつもの気まぐれである。クラスメイトからの質問に答える彼女の姿は、楚々として好感を持たせるものである。魅琴も、先日彼女と逢ってなかったら同じ用に感じていただろう。それがコン=ロンの最大の恐ろしさであるのだけど。

「えーっと、恋人は居ますか!?」

「あう、今は魅琴に我愛称ある☆」

 物思いに耽っていたのに急に自分の名前が振られて、魅琴は思わず飛び上がった。がたん、椅子が倒れる音で、クラスメイトの全視線が彼女に向けられる。好奇心旺盛な何名かが口を開こうとするが魅琴は少し威嚇の気配を発し、強制的に黙らせた。

「・・・あれ、魅琴の友達?」

「聞かないで・・・」

 椅子を元に戻し、暗い表情で座りかける魅琴。隣の照山が、小声で話し掛けてきたが、開き直ったように前を向いたまま答えた。瞳孔は少々拡散気味であったが。

「そーだねぇ。八重垣さんの友達ならその傍が良いだろーねぇー。」

「マジですかー。」
 追い討ちをかける館石の間延びした声に、小声で魅琴は机につっぷして呟いた。魅琴の席は窓際の前から三番目、斜め前の席がコンに明け渡されるのを感じていた。

「魅琴、よろしくネ!」

「・・・よろしくも何も無ェよ。」

 魅琴は不快極まりない声で答えると、観念したように背筋を伸ばして器用に浪人回しを始めた。くるくる、鉛筆をかなりの速度で廻す。彼女は未だにシャープペンは使わない。更に未だにナイフを使って鉛筆を削る念の入れようである。カゴメ第六高校は鉛筆の削りカスがゴミとして排出される、全国的にも珍しい学校であるのかもしれない。

「あっ?」

 ミスって、鉛筆が転げ落ちた。傍から見ればただそれだけのことだったが、魅琴はかなり、渋い顔になった。

「そっか。」

 だが、一言呟くと、気を取り直して浪人回しを再開する。いつもどおりの点呼が始まった。出席といえば可愛げがあるが、魅琴はかったるくて仕方が無い。

「コン=ロン君?」

「はーい、はいはーい! あうあう、コンはココにいるある〜☆」

 バタバタと子供の様に手を振るコンの姿に、魅琴は失笑を禁じえない。館石もニコニコしながらそれを見ていた。コン=ロンが入ってきて、このクラスも39人になる。ちなみに魅琴は最後から三番目だ。

「八重垣みこぽん〜」

「それはヤメろ。」

 ビシ、と鉛筆で館石を指差す魅琴。仏頂面の魅琴をどうにか笑わせようと館石も苦労しているに違いない。だが、魅琴の表情は晴れることは無かった。
 

 ホームルームが終了した瞬間、生徒たちはうわっとコンに群がった。一躍人気者になれてコンは上機嫌、あること無いこと喋りたくっているが、魅琴は48時間先を向いたまま、ぼーっとしている。いや、むしろ呆けているように、見える。まるでマネキンの様に精気の無いまま、魂が抜けているかのようだ。が、再びチャイムが鳴り、授業が始まると気がついたようにノートを取り始める。

「嫌な気がすると思った。」

 さささ、とノートの端にちょっとした図形を書き込んでいく。幾何学的なそれが完成すると、嫌な視線が消える。

 見られている気配を、今日は朝から感じていた。それも複数。先日、校庭から引っ張り出してきた魔との戦いの後、うちに帰ってシャワーを浴びて、ベッドにひっくり返ったときまではいつもどおりだった。だが、登校してきて、机に座ってからずっと違和感を感じていた。

 いわゆる千里眼という奴だが、ある程度の技量を持てば自然、使いこなせて当然の技術である。もちろん、魅琴程度ならそれに気がつくし、封じる方法も知っている。そして今使った。

 だが、魅琴を落胆させたのはまだ一つ、大きくギラギラとした瞳の存在に気がついたからだ。そんなジロジロ見られると、こっそりオナニーも出来やしない。心の中で悪態を付く。

 授業はオツムに任せることにして、意識を外に集中する。こちらが覗かれているということは、こちらからも覗き返すことが出来る。簡単な理屈だ。さすがに向こう側は術を使うものの嗜みとして結界を張って見えにくくしている。覗き返されることも分かっているから、キチンと対処している。少なくとも素人ではない。

「見事な自動化だ。」

「・・・見世物じゃないのよ?」

 軽くいなす。

 魅琴のほうからは靄がかかったように相手の詳細は分からない。もちろん彼女でだからこそ覗き返すことが出来るほど硬固な防御策をとっているわけだ。魅琴は少々感心した。

「クリシュナ神が仔牛ナンディを養う為、夜を斬って与えた。そのとき夜に空いた穴が月だと言う。」

「その民話ではバハンとして伝えられているね。それは地に落ちた夜、夜の植物となった。世界中に似たような神話は残っているんだけど…」

 魅琴は一度言葉を切った。相手の唐突な質問に、少し出方を待った後、言葉を繋いだ。
「…私は濡場魂と呼んでいる。」

「闇から生じたものゆえに、闇を縛り得るからか?」

「それは違うかな。構成要素が近いからだって、私は踏んでいるけど。」

 魅琴は謎の掛け合いに少々うんざりし始めた。自分を試すなんて、いいご身分である。

 濡場魂はある意味、業界では有名なネタである。有名では有るが、扱える人間は少ない。人間国宝に匹敵する芸だと言えば分かりやすいだろうか。当然、ちょっかいが入るのだが、今までこの学校でこんなことは無かった。相手への答えよりもむしろ、そのことを魅琴は考えていた。

「この世界に平行的に存在する“モノ”は普通の人には見えないし、何をしても気が付かない。私たち側から見ると“モノ”は実在しないから。」

「“モノ”とは何か?」

「知ったこっちゃないわ。でも、私は“モノ”に“近い”。そして“濡場魂”はもっと“近い”。それだけじゃない?」

「答えになっていない。」

「既に種は蒔かれている、と言ったら?」

 相手の気配が変った。ぞっとした、いや背筋が冷たくなる様が良く見て取れた。意識だからこそ良く分かり、濡場魂は魅琴の意識のあるところ、ありとあらゆる全てで発芽し得る。

「体験なさい。悪い思い出としてね。」

 向こうが慌てて退却したので、魅琴は意識を教室に戻す。全く、余計な手間をかけさせるものだ。

 時計を見やると、今は二時間目の休み時間らしい。魅琴はさっき授業の内容を思い返す。記憶の中にはしっかりとそれは刻み込まれていた。無論、魅琴はこんなことで楽などせず、普段は半分自動で授業を聞いて、もう半分で内職している。学業もさることながら、魅琴には術者として覚えておくことが山ほどあるのだ、学校に居るときぐらい勉強に励んでいる。その分、夜遊びしていることが多いのだが。

「ねぇ、魅琴?」

「ん〜?」

 照山が話し掛けてきたので、かったるく返事をする。いつもそんな感じだが、魅琴の不機嫌さを照山は感じ取ったらしい。少し心配そうな顔をする。

「魅琴・・・気分悪いの?」

「あー、非常に低レベルな電波を受信しちゃってねぇ。」

 大真面目な表情で魅琴が応えるものだから、照山はくくくと笑いをこらえる。魅琴ももちろん、冗談のつもりで言っている。本気にされては堪らない。照山は落ち着くと、自分の前の席で他の生徒にもみくちゃにされているコンの方をちょっと向いて、それから魅琴に話し掛けた。

「コンさんってスゴいね。英語もペラペラじゃん!」

「まぁ、腐っても留学生だし。」

 腐ってないよぉ! と照山は笑いながら非難する。魅琴は小声で言い添える。

「微妙に訛ってるの気が付いた? 発音がアレなんだけど。」

「えー? 嘘!」

 それこそ嘘だよ。魅琴は苦笑いをするが、照山は要領を得なかった。コンはVとF、WとVが混乱していた。ドイツ訛りというのは分かったが、どうしてそうなるのか分からない。悪魔が人間に化けても、その蹄は隠せないという。コンもその類かと魅琴は思った。
 

「…謎は全て解けたって感じ。」

「なっ、何をしておる!」

 昼休みの校長室。校長の机上にどっかりと腰を下ろした魅琴の存在に、第六カゴメ高校校長、仙田光成は驚きの声を上げた。丸々と太り、少々禿げかけた白髪の紳士であるが、魅琴の生徒らしからぬ態度に、怒りが湧いてくる以前に感情が炸裂した。だが、魅琴は全く問題にする気すらなく、校長の顔をしっかと睨みつける。ほんの少しだけ、怒りを込めながら。

「騙しっこは無し。本音で行きましょう。」

「うぅむ・・・」
 手元からハンカチを取り出して顔や頭を拭い始める仙田校長。魅琴は机から降りて、校長に席を譲る。自分は腕を組んで、部屋の中を歩き始めた。

「つまり、私がここに転校してきたこと自体、仕組まれていたってことなのよね?」

「それは・・・その、そういう学校だからだよ。」

 仙田は自分の席に腰をおろす。やっと落ち着きを取り戻したようだ。

 第六カゴメ高校なんて、名前からして怪しいと思っていたところだ。元々学校というものはワザと云われのある場所にあるものだ。そういう場所は生徒達の若い気を眠っている者達の重石にしているらしい。もちろん、若いうちなら多少の超常現象も“見間違い”などで済ませることが出来るからでもある。

 三時間目の休みに、三年のとある生徒が保健室に担ぎ込まれた。意識対意識の戦いに距離は無いのだが、ココまで近いとは思わなかった。なら考え付く答えは一つ。

「能力者を集めて管理してるなんてね。」

「管理と言っては語弊がある。まぁ、その、入学時の選定に重み付けをしていることにはなるが。」

「ここって、一応公立だよね?」

「うむ、であるから、特異功能児の親には転勤して頂く。」

「周りに私立が無いから、ここしか来るしか無いってことか。」

 なるほど、と魅琴は少し視線を逸らす。要するに、自分は国の監視下に置かれていたということだ。自分以外にも、能力者がこの学校にはいる。いや、多過ぎるとは思っていたところだ。自分も含めて、作為的に集められていたのである。おそらく、同じような“学校”は幾つもあるのだろう。灯台下暗しである。

 生徒の中には、己の力を自覚しているものもいれば、全く内在しているもの、未だ発動していない者など様々である。魅琴は類友だと思って、不干渉を決め込んでいた。もちろん、魅琴の技量が測れるほどの人材が居なかったからであるが。

「今まで、私みたいに乗り込んできたのって居るの?」

「初めてだよ。上からも、“八重垣魅琴”には気をつけろとは言われていたがね。」

 魅琴の頭脳が回転する。ある程度予想していたことであるが、仙田はお飾りであるのだろう。少しカマをかけてみたくなった。

「コンさんのことは?」

「ああ? あの娘もそうなのか?!」

 半身を乗り出した仙田の形相に少し驚いて見せるが、予想通りの反応が面白かった。

「知らなかったの? 職務怠慢よ。」

 仙田は再び唸り始めた。この高校の長ならば、管理面も彼に任されているはずである。その彼が知らないと言う事に、自身の裁量能力を疑い始めたのだ。

「コレだから官僚主義ってやなのよね。」

 魅琴はわざと悪態をついてみせる。だが、少し引っかかる。暫し考えて彼女が再び口を開こうとするが、聞き慣れた音がそれを阻んだ。

 きーん…こーん…かーん…こーん…

 昼休みの終わりのベルが鳴り響く。仙田はすがるような目で魅琴を見つめた。タイムリミットだといいたいらしい。

「また、用が出来たらお邪魔するわ。首がすげ変ってなければいいけど。」

 一言残して校長室から抜け出る魅琴。彼女が戸を閉めぬうちから安堵する仙田の気配を感じていた。しかし彼女も、廊下を歩きながら、ふう、と溜息をついた。そして、今日二度目の渋い顔を作る。余裕を持って部屋を訪れたはずなのに、チャイムがこんな“時間”に鳴るわけが無い。本当に確かめたかったことは持ち越された。
 

 とは言うものの、校長に権限が無い以上魅琴へのチョッカイはその後も続く。魅琴もだんだんムカついてくる。誰かが自分のことをふれて回っているとしか思えないほどの猛攻だ。スリルにドキドキできる相手ならまだしも、あまりに低レベルな連中がドサドサやってこられても、ストレスが溜まるだけでやりきれない。もちろん、その誰かというのは魅琴の意気消沈させることを目的としている事だろう。だが、それは魅琴もさるもの、彼女はエアクッションのプチプチを潰すことも楽しみに出来るのだ。

 そんな中、嫌な予感がしたので魅琴は普通の意識に戻した。自動化している以上予想外の事態には対処できない。慌てる魅琴なんか、他の連中も見たくないだろう。いつのまにか掃除の時間、自分は椅子を運んでいた。

 凄く嫌な予感が後方からすっ飛んでくる。魅琴はその軌道をはっきりと感じた。

「飛天なんたら流奥義〜っ 金龍閃ッ!」

 ずどーんっ!

 コンが箒を刀代わりに突っ込んできたのを、魅琴はすっと立ち上がると同時に、椅子をクルリと廻して引っ掛けてやる。

「はう、コンの奥義をかわすなんて魅琴、タダモノないね!」

「私じゃなきゃ死んでるよ。」

 常人には見えないが、椅子にはこれでもかというほど濡場魂が巻きついて、コンの攻撃を吸収、拡散していた。もちろん、すぐに引っ込めたが。

 魅琴にあっさり返されたので、コンは今度は窓拭きに興味を持ち出した。入れ違いに照山が、魅琴に近づいてくる。

「コンさんって、ネタちょっと古くない?」

「古いかも。」

 照山の言葉に、苦笑する魅琴。まさか人間文明が発祥の頃には存在していたとは言えない。ネタも古くて当然である。照山が離れたので、魅琴は掃除を続けながら再び、ツマラナイ戦いに落ちて行った。それも放課後辺りにはすっかり、向こうの勢いは衰えてきたのだが。まぁ、一日かけただけはあった。
 

「あう〜! コンを置いていくなんてズルイ!」

 気だるい一日が過ぎた放課後。魅琴が先に教室から出たのをコンが追いかけていた。

「一緒に帰るの? 本気?」

 魅琴はコンの方すら向かず、前を向いて歩いていた。少々お疲れである。無視されかけたコンは魅琴の前に器用に立ちふさがった。その動作が一瞬、いや一刹那であったことに気が付く者は無かったようだ。

「つれないな。魅琴が望めば、スカートだってまくるある!」

「…はいてないよ。」

 男子連中が思わず振り向いた時にはコンが慌ててスカートを戻したところだった。正面に居た物だから思わず見てしまった照山はその顔が朱に染まった。

「いつもの事ね。こんなコンがぷりちーで堪らなくなるヨイ!」

「…テルを巻き込むなよな…」

「あーあの・・・私、ちょっと用があるから先に帰ってて! じゃ!」

 そう言いながら、照山は駆け出した。魅琴は右目を瞑って、頭を掻いてみせる。明らかに不快を現しているのだが、コンは全く気にしない。

「あう、フられちゃったね。でも無問題! 魅琴にはコンがいるある〜☆」

「たーのむからさー。」

 そう言いながら、コンは照山を追おうともせず、てくてく歩き始めた。コンもそれについて行く。魅琴の表情は読み難い。コンは暫く彼女の顔を眺めていたが、下駄箱から校門を抜けた辺りで、漸く彼女は口を開く。

「魅琴ぉ・・・もしかして困ってない?」

 魅琴は、ふっと軽く微笑んだ。

「どうだろう、ね。」

 困っているといえば困っているかもしれない。雑魚のお節介もコンの茶々も、辛いとか思っているとやってられない。そこからどれだけ笑えるところを見つけるぐらいでないと、やってられないのだ。魅琴の苦笑いはある意味、彼女の生きがいなのである。

 だが、その笑いが少し凍った。コンも気が付いた。ただならぬ気配が漂っている。全く持って重苦しく、まるで三軒連続で葬式やっているような不自然なまでの嫌な感じだ。さすがの魅琴も顔を顰める。それは、少し離れたところで歩いている、一見楚々とした少女から発せられていた。

「試させて・・・頂きましたが・・・、お気に・・・召しました?」

 魅琴達に気が付いたらしく、歩きながらではあるが少し顔を向ける。低血圧な喋り方、というより一言一言をゆっくり、大事そうに紡いだ。

「あう? 誰ある、誰ある?」

 コンが一言早く口をはさんだ。魅琴は彼女を一瞥する。彼女の気配は非常に薄く、まるで陽炎の様に透き通るようなその相貌はガラス細工のようだ。背はコンよりもやや高く、その長い髪はサラサラと墨の小川の様に風の中を舞う。

「名前聞いていい? 私は魅琴、八重垣魅琴。」

「あうー、コンはコン=ロン言うある!」

 どうも、コンが居ると調子が狂う。魅琴は腹の中では面白くて仕方が無いのだが、それでも胸を張って、威風堂々と相手の出方を待つ。

「私は、ナコト・・・、竹内・・・ナコト・・・」

「サリーさんの娘さんとか言わないよね?」

 くす、と彼女は微笑んだ。コンが本気の時にも負けない、妖艶な笑みだ。

「また・・・あいましょう。」

「面白く、なってきたかも。」

 少女はそう言うと、その場から去ろうとした。コンが追いかけようとするが、魅琴は制する。無論コンは不満タラタラなのだが、魅琴の顔を見て、開けようとした口を閉じた。魅琴もまた、ナコトと名乗った少女と全く同じ表情をしていたからだ。全く違う顔なのにどうしてこんなに似て見えるのか、悠久の時を経た邪仙コン=ロンにも、皆目見当がつかなかった。
 


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