いと深き縦穴より



 寮には、いつしか奇妙な気配が漂っていた。教師達はなんとなく、寮に足を運ぶのを避けていた。以前ならば、親元を離れた彼らと教師ともども夜遅くまで共に語りあうのがこの学園の校風だった。しかし、この新学期以降、寮に足を踏み入れた教師は居ない。

 生徒達もまた、心ここにあらぬ風で、今年度になってからは妙に覇気がない。かといって授業態度が悪くなった、と言うことも無いのであるが、どことなくぎこちないまま、夏の季節を迎えようとしていた。

 赤鉤学園は戦前から存在する名門私立で寄宿舎制の男子校である。よって、当然のことながら女子寮は存在しない。更にいえば、赤鉤地区には学校と呼びえる施設は当学園しか存在しない。交通の便も悪く、寒村が点在するぐらいで観光客が訪れることも稀である。まさに陸の孤島であった。また、赤鉤学園は女性の教員を入れないことが慣例となり、自然と女人禁制の形になっている現在稀な校風だ。

 だが、時に女の香りが漂うことがある。それは教師の妻の残り香であったり、極まれに訪れる来客の香りであったりするのが常だ。しかし、教師達は確かに全く別の香りだと囁いていた。市販の香水の臭いではない。しかし、女の匂いだ。教師が故に明言することは出来なかったが、それは発情した雌の臭いだった。

 そして今日もまた、気だるい雰囲気の中で授業が行われた。勉強が進まないわけではないが、覇気は無い。教師のほうも雰囲気に飲み込まれて、盛り上がりもなく、淡々と、ただ淡々とノルマだけがこなされていく。生気を失った生徒達はロボットのように授業を聞いている。地方の公立高校なら諸手を挙げて喜ばれる風景であろうが、この高校に限って言えば非常に異様な状態であった。


 深夜2時の寮。消灯時間はとうに過ぎているが、血気盛んな若者なら夜更かししていても不思議の無い時刻。人目をはばかり、こっそり深夜アニメを見ている者だって居るかもしれない。だが、起きている者の気配は無い。皆、いびき一つかかずに静かに眠りに耽っている。

 音も無く廊下側の窓が開く。内側から掛けていたはずのストッパーは音も無く外れていた。忍び込むのは黒く小柄な陰。

―酷い瘴気―

 少女は言葉を口には出さず、眉を顰める。年端行かぬ面立ちだが、意志の強い瞳が廊下の先を見やる。そして張り詰めた空気を肌で感じる。つっと数歩歩いたように見えて廊下の端まで進んでいた。小柄で華奢な体であるが、宙を舞えるほど軽いわけが無い。

 彼女の名は凪のサトミ。生業は忍。陰ながら世に潜む魔を断つ存在。戸籍上の名は別にあり、表の顔は極普通の女学生であるのだが、ひとたび命を受け、くノ一装束に身を包んだとき、彼女は人世を脅かす外道を滅ぼすべき、退魔の者へとその身を変える。

 最近、学園の近くの海岸に灯台が建ち、山は切り開かれてドライブウェイと展望台が作られた。おかげで、学園は陰になった。物理的に日の光が差さなくなった、と言う意味も含まれるが、業界の用語を使うなら「風通しが悪くなった」。陽の気が減り、妖魔の元となる陰の気が漂うようになった。

 しかし、これほどの瘴気が漂っているとは想いもよらなかった。妖の気配に鋭敏なサトミにとって見れば、深海を漂っているように感じる。通常の者でも異常な雰囲気は察せられるだろう。気の巡りが衰えて、息をすることすら億劫になりかねない。

 瘴気の源泉へと彼女は足を進める。板張りの床にもかかわらず、軋みの音を一つ、立たてることはない。魔性の気配は男子トイレから漂っている。全寮生が使用する、共有の便所だ。下水道が完備されていないため未だに汲み取り式、すえた臭いが鼻を突いた。

 サトミは考えた。彼女が受けた命は赤鉤学園の調査。教育文化庁の役人が視察に訪れ、あまりの変貌振りに異常を感じて、退魔の機関に依頼を行ったのだ。原因を追究し、可能であるなら排除すること。それが彼女の勤めである。

 下調べの結果は確認できた。間違いなく異世の存在が関与している。ただ、一度引き返して対策を練るべきか、一気呵成に攻め滅ぼすべきか、判断のしどころだ。

 行ける。サトミは首肯した。男子校の調査にわざわざ女性の彼女が選ばれたのも、彼女の退魔の力を認めてのことだ。黄泉の悪霊に乗っ取られた墳墓の魔人達を百人切りしたこともある。軽くポニーテールにまとめた髪がふわりと揺れた。男子トイレの戸を開く。

「あら、女が来たわ」

 ほの暗さの中に佇むのは女。いや、女と言えばヒト科の生き物を指すだろう。そういう意味では明らかに女ではなかった。その体は闇の中だと言うのにくっきりと視える。むっちりと熟した雌の肉体だ。胸はあくまで大きく丸く、つややかな肌ははちきれんばかり。不自然なまでにくっきりと闇の中にその姿が視える。

 サトミは無言で女を切り裂いた。手にはいつの間にかクナイが握られている。だが、女のほうも煙のようにその姿が掻き消えた。

「元気な子、好きよ」

 サトミの耳朶に息を吹きかけるように喋りかける。濡れた唇が触れる間際にクナイの一閃。だが、それも空振った。だが、瞬時に放たれた12のクナイが闇を切り裂く。床に突き刺さる金属音と共に、女の姿はまたも消え失せる。

 彼女は息を殺す。意識を丹田に集中し、相手の居場所を読む。戦闘中の妖魔の気配は真夜中の黒猫どころの話ではない。相手の出方を読み取らなければ成らない。

「ほうら、捕まえた」

 サトミが攻めあぐねている隙を突いて、女妖は彼女の股間にしがみついていた。そのまま音もなく押し倒す。マウントポジションを取る。だが、狙うはサトミの顔ではない。彼女の命の中心に狙いをつけている。

「そうねぇ、私の赤ちゃんでも作ってもらいましょうかねぇ」

 サトミの敏感な部分をなでる。冷気にも似た、鋭い感覚が彼女の皮膚に染みこんで行く。邪悪な霊性は、生のエネルギーを食い破る。それは破滅の愉悦。細胞の一つ一つの命を燃やし尽くす。

「………ああっ………」

 サトミの食いしばっていたはずの口から、声が上がる。人ならざるものとの接触は人ならざる快楽を産み出す。清楚な少女の肢体から、女の姿態へと変貌していく。閉じられていた花弁は次第にふくよかに、そして物欲しげに開き始める。

「うふふ、貴女ならいい核になりそう。私の分身の種になるの」

 うっとりとしながら妖魔は忍びの秘術で編まれた戦闘服を、たやすく引き裂いていく、いや、剥くという表現がもっとも似合っていただろう。ぷるん、サラシが剥ぎ取られると、サトミの形の良く豊かな乳房がまろびでる。プリンのように震えながらも形を崩さないその登頂は熟れ始めた果実のように既に甘く、硬く尖っている。

「ああっ………あつい………あああっ?」

 サトミは身を捩じらせる。その肢体は忍びの訓練ですらりと美しく締まっていた。無駄な肉は一片たりとも存在しない。あくまで白く、透き通るような肌。小さく桃色の唇は金魚のようにあえいでる。そしてまだ経験の少ない花びらは薄紅色に染まっていた。

「さぁ、心を開いて。私を受け入れて…」

 妖魔の指がサトミの、まだ不安に打ち震える花弁へと滑り込む。ねちゃり。淫魔の白すぎる陰の気を帯びた指が滑り込むと、キュウと彼女の蜜壷は進路を断つかのようにキツく締めつける。その瞬間、彼女の口からは歓喜ではない声が上がった。

「兵ニ臨ミ闘ウ者ヨ陣列ヲ開キ前ニ在レ!」

 閃光。サトミの全身が輝くと妖女は断末魔を上げる余裕も無く光の渦に飲み込まれた。。生の力の奔流が負の力をかき消したのだ。そして訪れる、沈黙と暗闇。

「………ふう」

 快感と死への緊張感で搾り出された脂汗が頬を伝う。ギリギリまで引き付けてからの術。正に忍びの術だ。外世の力が、次第に薄れていく。

―すこし、やばかったかな―

「うふふふ。まさか、男の妄想が一人で済むと思ったの?」

 サトミの背筋が凍った。耳元で囁かれた意味を覚り、長らく忘れていた感覚、「恐怖」を思い出していた。瘴気散じるどころか尚も濃くなる一方だ。今まで練り上げてきた経験と実戦から算出された、計算が合わない。

 彼女は瞬時に次の手を判断していた。判断? そんな甘い物ではない。魂の奥底から湧き出た本能であり、直感であった。それは「逃げる」。

「はーい、ざんねーん。貴女の力じゃ私達の結界は崩せないわよ」

 行動よりも早く、背後の闇から羽交い絞めにされる。ぶるん、場違いにもサトミの胸は大きく揺れた。だが、目の前の魔性の乳房は彼女のを質量ともに遥かに凌駕している。まさに漫画で出てきそうな巨乳であり、美乳だった。

「この学校はね、男子校だから女っ気が無いの。たまに女がきたらさぁ大変。残り香はもちろん、ちょっとブラが透けて見えたからって、それだけでトイレは大繁盛って感じ」

 闇の一部からふわりと現れたショートカットの妖魔が諭すようにサトミに解説する。魔の吐息がサトミの頬をくすぐる。麝香の匂いも妖かしの体臭に比べると人口の香りにも満たない。皮膚に当るだけで、もうそこが火照ってしまう。

「この学校が出来てからずっと、溜りに溜まった妄念が私達ってわけ」

 歌うように、真っ黒な影は真っ白な女体を産み出していく。ふわり、ふわり、まるで笑えない手品のよう。あっという間に狭いトイレは妖女達でひしめいていた。

「さっきのはナンバー5ってトコかなぁ。五番人気」

 サトミの表情は絶望に染まった。アレだけの力がまだ五番目というのか。しかも、他の妖物達も存在感を全く消して様子を伺っていた。サトミが鈍感なのではない、相手が何倍も上手であるのだ。だが、サトミの心中には疑問が残る。

「で、私が一番人気」

 にこりと笑ったその表情は、無邪気ながらも淫靡さに満ち溢れている。男に隙をつかせるための、計算しつくされた顔だった。男ならば気がつかないだろうが、同性であるサトミにとって、それがどれだけ腹黒いものか感じることが出来た。

 しかし、多勢に無勢。触れられただけですうっと力が抜ける。先の魔物とは格段の威力だ。

『ちっ……力がはいらない……』

 鋭い洞察力と、的確な判断力は物心ついたときから鍛えられた。身体的な訓練は、産まれて程なく始められた。性の手ほどきは意識がハッキリする前からだ。そんな叩き上げのくノ一である。決して慢心ではない。心に隙があるならば、当の昔に妖魔の糧となっていただろう。

 己の判断を狂わせる、何かの存在を感じる。だが、それに気がつくのが遅すぎた。人智を超えた何かであろうとも、喩えそのために己の命を落とすことになろうとも、後に続く者の為に何かを残す。ただ死にはしない、それが忍びの掟。そのはずだった。

「んふ…………」

 鼻から息が漏れた。堅く閉じているはずの感覚が強制的とも言うべき的確さで掘り起こされる。いかに強靭な意志であろうとも、所詮人間の物。肉体に縛られた精神など簡単に侵食してしまう。全身の感覚が性感のみを欲している。

 じゅくり。秘蜜が漏れる。自然に肉体は性を欲している。軟らかな指、激しい愛撫、滑らかな舌先。そして硬く熱いモノ。サトミの脳裏に淫靡なイメージが浮かぶ。いかに研ぎ澄まされた精神であっても、物質界の道理を覆すことは出来ない。

「私達、妄想から産まれたから、そりゃもう、こっち方面には天才って感じ?」

 ちろちろと、へその穴を舐られる。思わず目をつぶる。全身が総毛立った。サトミもクノイチ、幼い頃から此方側の術も仕込まれている。快感を堪える修行も行った。だが、コレだけの絶技は今まで感じたことが無い。

 腹筋がうっすらと浮かぶ形のよいウェストには、こそばゆさと快感が入り乱れていた。苦辱に咽ぶ。ああ、魔を退かせる者がなんと不甲斐ない。自分が耐え忍んできた修行の結果がこれかと涙が浮かぶ。だが、妖魔の腕は一本ではない。全身を、百人分のテクニックもつ数千の指が、踊る。

 指先を、足首を、うなじを、こめかみを、耳の裏を、触れるか触れないかのギリギリの指使いで攻められる。尻を、肩を、二の腕を、背中を、ナメクジのような指使いが蠢く。快感は神経だけでなく、血肉の全てに行き渡る。

「いやぁ………」

 いつの間にか口の中に舌が絡まっていた。一つ、二つ、三つ。妖魔であるがゆえの絶技だ。咥内を舐られと、サトミの頬がひくひくと震える。それだけでも妖しく彼女の残りの理性を危うくしかけるのだ。その上、喉の奥までなぶられる。そして、その先も…

「………くっ、うっ、うっ………」

 ふくらはぎを、胸元を、脇を、股間を、皮膚の中がかき回される。体が勝手に歓喜の唄を歌っていた。敏感な肉の芽はピンクの真珠のように光り輝き、一瞬の隙すら与えられず弾かれ、触られ、摘まれる。女の淫臭が湯気を立てて立ち上る。

 胸がひしゃげる。揺れる、幾多の乳首がサトミの双球とこすれ合う。奥のほうを突付かれる、撫ぜられる。気だるげに身をよじる、そんな余裕は無い。快楽、快楽、ただ、快楽。妖魔に犯されてることすら、断続的に忘れてしまう。

 やがて、次第に膨れ上がった法悦が一気に炸裂した。

「くぅっ………あっあはあっ! いくぅっ?」

 絶頂に追い込まれた瞬間。体に何かが入り込んだ。自分の体が二重写しに感じる。サトミの意識からは麻痺したかのように感じるが、勝手に体が動いてしまう。自分で無い声が、自分の口から吐き出される。

「ああんっ、やっぱり本物は違うわぁ。中の具合がぜんぜん違うの」

 自分の指で自分の柔襞を抉るようにかき回していた。サトミも自分を慰めることがある。だが、こんなに激しい行為は行ったことが無い。

『あっ、あっ、あっ、あふぅ?』

「いいなぁ、姉様ぁ。換わってくださいよぅ」

 自分の体が言うことを利かない。意識は残っているものの脳からの情報が、神経に乗らないのだ。身体操作へのチャンネルが完全にシャットアウトされた感覚だ。ただ性感だけが嫌がらせのように彼女に流れ込む。

「んーっ、んんんっ、いいわぁっ! 肉体って凄いぃっ!!」

 吹き飛ばされるように絶頂が訪れる。目の前が点滅しているが、女妖魔は容赦が無い。ジンジンと痺れ、過敏になっている肉豆をバイブのように振動させた指先でこねる。続けざまに火花が走る。

「ふぅ………いいわぁ………じゃぁ、早速だけど、この体使ってみるわ」

 ………きぃん………

 犬笛のような甲高い音、いや音波というべきか。サトミは直感した、これは男を惑わす音だ。

「はぁはぁはぁ………」

 一人分の足音が、薄暗い便所に近づいてくる。その吐息ははせ参じたゆえの物では無いだろう。少年は十分に発情していた。まだ伸びきれぬ背と完全には盛り上げ切れていない筋肉。普段は勉強が出来そうな知性をほんの少しだけ見て取れた。

 サトミを乗っ取った妖魔は、少年の目の前で両足を広げ、大事なところを指で押し広げる。そして、淫靡にそこと胸をなでながら、吐息交じりの声をあげた。

「ああん、犯してぇ。私のマンコを精液でぐちょぐちょにしてぇ 若くてくっさいザーメンでいっぱいにしてぇ…」

『いや………やめて………』

 たとえ任務だとしても、こんな台詞はサトミは口にしないだろう。しかし、発してしまった言葉は取り消しようが無い。ようやく肩幅がしっかりしてきた体がサトミの体にのしかかる。

「はぁはぁはぁ………ホンモノ………ホンモノのまんこ………」

 童貞の顔が大事な部分に肉薄する。 初めてみる存在。初めての匂い、そして、初めての味。獣のような吐息と舌が粘膜に触れ、彼女の心には嫌悪感が走る。だが、肉体には確実な快感が走った。

 愛撫もそこそこに、ズボンを下ろす。少年のは、まだ皮を被ったままであるが持て余した情欲がみなぎっていた。若く、新しい、まだ未使用の入れる場所がわからないのか、太ももや尻タブを激しく突きまくる。

「ぐっ ほっ、ほんんものつっつ」

 腰を入れたとき、サトミの入り口に滑り込む。滑らかでやわらかく、熱い胎内を感じるまもなく、強く押し出される感覚に、慌てて腰を入れなおす。

『うんっ! あっ!!』

 稚拙なピストン運動だった。ただ荒々しく、出し入れするだけのペニス。道具としてしか扱われない悲しさよりも、相手の行く末が悲しく思えた。彼は妖魔の贄なのだろう。そうは思うものの、彼女には伝える術は無い。身動きしたところで、それは彼が絶頂に達することを助ける事にしかならない。

 それでも、心地よさに引きずられる。どんどんと最奥を突かれると、太鼓の音のようにドンドンと全身が鳴り響く。妖魔が体を支配している以上、妖魔自身が感じたい物がサトミに反映されるのだ。

「ああっ、あああん! ああああっ! ああぅつ!!!」

 少年の腰の動きが次第に早くなる。絶頂へと、そして彼はまだ知らない、人生の終わりへとスパートをかけていた。

「でっ、でっ、でるっ! でますぅ!!」

 中に熱いエキスを感じるとサトミの体は弾け飛ぶた。その刹那、サトミの体に居た魔は外に、少年へと宿主を変えた。

「ふふ、あなたは逃がさないわよ」

 別の淫魔が抜け目なくサトミの体を縛りつける。彼女は、目の前の風景から目を逸らすことが出来なくなった。瞬き一つ許されない。

 彼は白目を剥いた。サトミの体から身を離しながらも、大きく勃起した男根からは白濁した精液が飛び続けている。サトミの美しい肌を濁精が汚す。一回、二回。びくびくと大きく震える度に、精液は濃く、量を増す。彼女の全身を覆わんばかりの勢いだ。

「あっ!? あつっ!? ああああっ!?」

 困惑と歓喜の声は甲高くなる。体の自由を奪われるのと同時に、少年の体は変化する。膨らみかけた喉仏は引きこもり、焼けた肌は白く肌理も細やかになっていく。背も少しずつ縮んでいく。いや、体型自体が変化していく。

「あっ!? あつっ!? ああああっ!?」

 声が完全に裏返った。それはもはや女の嬌声。

「ああっ、はあっんっ! はっはぅぅっ、あああん!!」

 ふぐりが次第に小さくなっていく。射精と共に精巣のすべてが吐き出されているのだ。

「ふぅぅんんっ………きゅぅんん………あああっ、あっあっあぁ………」

 中身を失った玉袋は二つに別れる。回りは小高い土手と化していた。小さくなった男根は、すでに陰核となり、その下には女しか持つことの無い深い洞穴が造られていた。

 だらしなく、唾液と涙が零れ落ちる。そしてぐったりと倒れ落ちるときには髪は豊かに長くたなびいた。

「ふふふ、この体、もーらいっ ほら、アソコも完璧よ」

「あ、姉さま! いいなぁ!」

 実体化した! サトミは臍をかむ思いだ。先ほどの妖魔そのものが、肉体を持って顕在化した。女のイメージが希薄だったところに彼女という良い見本が現れたのだ。

「次は貴女が、私の体を伝えば良いのよ。うふふ、この子、気持ち良過ぎて死んじゃったみたい。この体、完全に私のものよ!」

 こつこつ、と自分の頭を叩いてみせる。宿主の魂は正に昇天してしまったようだ。

『そんなの………』

「じゃ、私達、待つだけじゃなくてよくなるんだね。自分から人間の精を吸いにいけるようなるんだね」

「そうね。どんどん呼んで頂戴。全員、本物の肉体を持ちましょう」

「余った奴は骨まで吸っちゃってOK?」

「いいんじゃない、若い子って美味しいわよぉ」

 妖魔たちは勝手なことを言い合ってた。そしてそれを今から実行することも、確実であろう。そして、再び、呼子が響き渡る。

 ………きぃぃぃぃん………

 先ほどよりも更に大きな呼び声が鳴り響く。夢の中から呼び起こされた若い牡達は、牧場に駆り出される牧牛のごとく、無気力な瞳には何も映さず、それでいて情欲にギラギラとムラムラと苛まれているのが一目でわかった。

「さぁ、きてぇ。こんなに奇麗なお姉さん。見たこと無いでしょ? 触っていいのよ。弄っていいのよ。貴方の熱いおちんちんでかき混ぜて欲しいのぉ…」

 乱暴にも男達に押し倒された。寝巻きは瞬時に布片と化している。乳が揉まれた。アソコに触れた。だが、その大事なところに至る前に射精した少年はその時点で女性化が始まった。

「ひふぃしっつ! ひっつっ! でええええっ!!」

「おわあっ!! ふあぉおっ!! おおおおっつ!!」

 思い思いに、いや、脳が産み出した声ではない。魂が擦り切れる声を叫を上げる少年達。そしてサトミと妖女にのしかかった者達は、やがて大量の男のエキスを吐き出しながら女体へと変貌していく。ただ、狂気の泣き声だけを残して。

『殺して………いっそ殺して!』

 自分の肉体が、他人を魔の眷属へと変える邪具となっている。己の至らなさがこの世に魔を放つ門と化している。退魔の者にとって、これ以上の屈辱は無い。だが、既にサトミの体を伝って6人の少年が女淫魔と化し、今もまた七人の童貞の相手をしている。体の一部が触れているだけで、射精した少年達の体に、妖魔が乗り移るのだ。

 そこにあるのは異常な熱気だった。場所は既に、便所から溢れて廊下でも、教室でも、そして寮の中すべてで乱交が始まっていた。

 女性化の完成と同時に、人間としての命は弾き飛ばされる。その瞬間、男の精を食い物にする妖女が一人誕生するのだ。そして一人が女性化した瞬間、別の少年が彼女にのしかかる。それがたとえ親友であろうがライバルであろうが関係はなかった。

「あウッ! いいっ! きもちぃぃよぉ!!」

「シヌゥっ 死んじゃぁう ふぅっ! うううっつ! キモチイィィィイ!!!」

 拒否しても拒否しきれないアクメと忘我の奔流。男の脳は女の快感に耐えられるようには出来ていない。肉体を駆け巡る甘い電撃の負荷に、魂が焼き切れるしかないのだ。そして残った器には魔性のものが所有権を握る。

 性の坩堝の熱気の中では、男同士での交ぐわいも産まれていた。狂宴の間に我慢が出来なくなったのだ。出ることはあっても入ったことの無い狭い通路を、荒々しく男のシンボルが突き刺される。そこでも、ここでも。既に彼らに、性別など些細な問題に過ぎなくなっていた。荒れ狂う一物を入れる場所、それだけが本能だった。

「ふぃっ、へっ、変になるよぉ!」

 まだあどけない、少女のような男子の薄れた理性に妖魔が潜り込む。もはや実の女体をテンプレートとしなくても女体化が可能となっていた。前立腺の快感が、本物の女性の快感に取り代わり、そして、本当に女になる。

 少年達が吐き出す精液が床を真っ白に塗り替えていく。牡のエッセンスが煮汁のように茹っていた。少年達も友人らの変貌振りを目の当たりにしながら、性の衝動を止められない。自然のローションが、人妖のサバトのテンションを更に高める。

 異質な存在へと変貌していく少年たち。その余りも行きがけの駄賃として全ての生命を舐りつくされるに違いない。そして更には、この学校から飛び出し、辺りの村を、そして都会へと魔手を伸ばすのだろう。

 いつかは性の連鎖は止められるかもしれない。だが、女体化の快感は、男に命を捧げさせるに十分だ。幾人の犠牲者が生まれるだろうか…サトミは使命だけを考えていた。

『せめて、一太刀………』

 自分の体の支配力が弱まっている今がチャンスだった。力のある化け物たちは既に形を成している。サトミを拘束しているのは残りカスのような存在だ。体を動かすことは出来る。術を使うことも不可能ではない。だが、未だ結界は健在…逃げる伸びることは不可能だろう。ならば………



 翌日、赤鉤学園の寮が全焼し、多数の学生が焼死したと各種メディアが報じた。だが、公表された死者の数と実際の死体の数は一致していない。当局が揉み消しを図ったのである。サトミが命を引き換えに黄泉の道連れにした淫魔は確かに多かった。だが、“赤鉤街の恐怖”が完全に消滅するまでに、一年の歳月と千と百七十八の人命が費やされた。


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