汁ダクの萬黒天



 咲耶の一日は汁を絞ることから始まる。

 マンコいじりで夜を更かし、ニ、三時間の仮眠を終えると、食事の前に野菜や果物を膣の中に押し入れる。トマトを、林檎を、ナスを、キャベツを、胡桃を、椰子を、ドリアンを、思いつく限りの新鮮素材を何百回と下の口で咀嚼する。すでに痛みはほとんど感じられない。粘膜が盛り上がり、驚異的な柔軟性でいかなる物体にも対応できるようになっている。僅かな異物感で目が覚め、頭が冴えてくるほどだ。

 急ぎですり潰した果汁を飲み下して朝食とし、学校に着いてからも弄り尽くす。保健体育は既知なのでサボることが多い。クラスメイトからは月に三回は男日照りに苦しみ、四回は男性を腎虚にする女として知られている。

 放課後は眠たげに自宅のプレイルームに向かうか、兄へ電気アンマを繰り出すか、週に二回のクノイチ道場に足を進めるかだ。咲耶の通う風魔流淫術はヘルスの上の階にあり、門下生には地上四階まで階段を使わずに駆け上ることが義務づけられている。

 咲耶はアクメ混じりにビルの外壁を女陰の吸引力でずり上がると、また異物を挿入して眠気を覚まし、張子稽古や組手に精を出させる。中出しに顔射ありの強姦組手を誇る風魔流にあって、未成年の門下生は咲耶ただ一人だ。淫欲に飢えた野獣の臭気に囲まれ、少女の幼さは精悍な男女たちの中でなおさら引き立っていた。そんな可愛らしいとすら言える顔立ちながら、咲耶は他の門下生の誰よりも凄い性器を持っていた。貞操帯をも鉄塊にしてしまうかのような締め付けを畏れて、屈強な青年らも咲耶との立会いは避けたがる。

 その日も組手で陰茎の折れる音がした。咲耶は誤魔化すように笑って白目を剥いた組手相手に手を合わせて謝っていた。月に一回は見られる光景だ。定刻の二十時になると、門下生は次々に礼をし、シャワーを浴びて帰っていった。咲耶だけはいつも二十一時から二十二時になるまで稽古を続ける。この日は道行く人に見られながら、クリトリスの皮がめくれるまで有針鉄線巻きバイブで突いた。その後、シャワーで汁を流し、ビルの階段の手すりを股ではさんでつるつると滑り下りた。早く夕食を済ませてアソコいじりをしたいという気持ちが何より強かった。



 家に着くと、義母が湯気の立つフランクフルトを出してくれた。大口でそれを平らげると、歯ブラシを咥えてプレイルームに駆け込んだ。部屋の電気玩具を一つ一つチェックし、一旦洗面所に戻って口中の白い液体を吐き出す。歯磨きとイソジンうがいを最後まで終えて、今度こそベッドに腰を据えた。

 電気玩具やプリントアウトされたエロ画像が乱雑に散らばるプレイルームの中心で、椅子に座って目を閉じている少年がいた。元々それは衛と名付けられた者だ。近頃は"まもまも"などと妹たちに呼ばれている。男の子ではなく、咲耶と血の繋がった妹だ。隠し所から伸びるコードが男ならぬ存在であることをアピールしている。しかし、一旦コードが抜かれ、服を着せられたなら、衛を少女と思う者はいないだろう。それほどまでに、少年と変わらぬ外見が完成されていた。もちろん咲耶は衛のことを少女だとは思っていない。

 咲耶は衛に繋げた四つのバイブを起ち上げ、淫豆を小一時間ほどいじり回した。強制的に絶頂を与えた後はバイブを全て除去し、無理やりたたき起こした。衛はおぼろな目を開いて咲耶を見るや、顔を赤くして動きを止めた。

「もー、さんざん善がってたくせに」

 血は咲耶と同じ物を引いている衛も、性癖面では咲耶と対照的と言えるほどだ。色情恐怖症と言っても良いかもしれない。同性である咲耶にもこれなのだから、他人の性器と面した時など蛇に睨まれたカエルのように、まともに動けもしない。

 この性格を直すには、多少の干渉をしつつも成長を待つか、クスリで知能をリセットしてゼロから性格を組み直すかのどちらかだ。咲耶は自分で育てた者への愛着から、後者は好まない。故に咲耶は心を鬼にして、衛をどこに出しても恥ずかしくないオトコノコとなるよう飼育しているのだ。

「まもまも、ちょっと射精やってくれる?」

「って、何度言ったら判るの!」

「何度イっても出してくれないじゃない!」

「だってボク、女の子だよ!?」

 衛は無駄な台詞を吐いたことを悟ると、赤面のまま蟹のように横に足を動かし、大事なところを押し広げる。華麗にすら感じられる秘所ではあったが、傍目の咲耶は眉を寄せて唸っている。

 潮吹きが終わると、衛は流れる体液を垂らしたままバイブを繋げられた。咲耶によってチェックされているのは、背骨を中心とした射精中枢や神経伝達効率だ。

「前立腺リセットって言っても、わからないよねぇ」

 咲耶は頭を掻き毟って演算ソフトに立ち向かった。学校のテキストとは比べ物にならない高度な性医学の書籍からエロ雑誌、房中術の文献まで調べても、衛のペニスを増大させることは困難だった。

「センシティルフォーメンの応用で何とかならないかな。アユール・ヴェーダから発展していけば……あー、愛染恭子に直接聞きに行くべきも」

 独り言には衛の反応を期待する面もあった。しかし、シャイな衛は自分から喋ることは一切なかった。何より、シャイな衛には理解できない言葉である。

「擬似陰核の問題ってこともありえるかな。ねぇ、まもまも?」

「だからぁ! ボクは女の子なんだって!」

「何言ってるの。優しい姉がやおい穴しか無い弟のためを思って、色々試してみてるんじゃない」  親指ほどあれば、通常、女性を満足させることが出来ると言う。小豆大の突起物を大豆大まで大きく出来たのだ、せめて、人差し指ぐらいまでは立派にしてあげたい。そんな姉の心を省みない衛に咲耶は苛立った。苛立ちついでに、やおい穴の初めては貰っている。勿論、心配することはない。やおい穴の膜は再生するものだ(と、妹の一人の鞠絵が言っていた)し、一物が立派になった暁には、こんなハンパな穴など塞いでしまう方が衛のためだと思っている。

 咲耶は妹たちの中でも年長の方だ。一人の兄と咲耶をいれて12人の姉妹(衛含む)。その上、誰一人として実の親には逢ったことが無いという、冗談のような家族事情である。兄以外はそれぞれ、養親に育てられているが、一様に兄に憧憬の念を抱いている。特殊な環境ゆえか、持って産まれた業のせいか、妹たちは少しちょっと普通でないところがある。

 咲耶は、兄にはものすごい勢いで劣るものの、姉妹の中で唯一マトモな自分が他の妹たちを導いてやらねばならぬと感じているし、そうすべきだと思っている。そして実際、行動に移す。その誠意をわかってもらえず、悔しい思いをすることもある。しかし、そのうち、彼女たちも自分が姉で本当に良かったと歓喜に咽ぶ日が来るだろう。その日が来ることを心から願っている。

 目蓋を揉み解してディスプレイと向かい合っていると、ふと、一昨日の、他の妹の起こした出来事を思い起こした。



「♪あーぁー きーもち いーぃいわー うぅん〜 ほんとぉーに イイきもちー」

 青空の下、咲耶は唄いながら公園を闊歩する。行き交う人が眉を顰めるのは、程よくずれた音階だけではなく、乙女の股間から聞こえる、低周波の振動音に対してであった。傍若無人とはよく言ったもので、本人は恥らう素振りも見せない。

「チェキ、チェキッ」

 非常に上機嫌の真っ最中であるが、何事につけて敏感な咲耶の耳は、草むらが妙な声を上げるのを聞き漏らさなかった。わざと気が付かない振りをして近づき、おおよその見当をつけて、手刀を振り下ろす。掌に頭蓋のような感触を覚えると、声の主はクリスマスとハロウィンがいっぺんに来たかのように、大慌てで立ち上がる。

「チェキィーーーーっ!?」

「あら、四葉ちゃん おひさしぶり」

 子犬のような少女は、子犬のように全裸であった。正確に表現するならば、靴下と靴は履いているし、首から何かぶら下げている。全くすっぽんぽんという訳ではないが、限りなく生まれたままの姿に近い。

「さっ、咲耶ちゃん、チェキデス!」

「どうして裸なのよ?」  怯えていた気配はどこへやら。良くぞ聞いてくれたと言わんばかりに、少ない胸を張って四葉は解答する。

「咲耶ちゃんは知らないのデスカ? 全裸の忍者はシャーマン戦車に匹敵するのデス! 由紀カオルに毎回入浴シーンがあるのも、そのセイなのデス!」

「シャーマン腺射!?」

 咲耶は巨大な逸物がそそり立つのを幻視した。白濁液を断続的に噴出するソレは、輪島漆器を思わせる深い黒さで、青い空を犯さんばかりにそびえ勃っている。やがて、地響きを起こし、大地を揺るがしながら噴火の如き射精を開始する。数千キロの高度まで白濁液が飛び散ると、やがて、辺りを、白いたんぱく質の雨が降り注ぐ。噴射時に跨っていれば、射圧でびゅーんっと宇宙まで飛べるだろう。咲耶は大空を翔ける爽快感を想像し、股間がしどろに濡れるのを感じた。

「良くわからないけれど、淫靡な響きね」

「イエス! 探偵はいつもインビッシブルなのデス!」

 にこやかに四葉は答えた。彼女はいつもこの調子だ。彼女もまた、咲耶の妹である。語彙の7割が「チェキ」であること以外は、曲者ぞろいの妹の中でも、まだマトモな部類だと咲耶は思っている。

「で、これは?」

「イニシエのお守りデス」

 ユニオンジャックがあしらわれたお守り袋を、四葉は誇らしく天に掲げる。咲耶は妹の行動に思わず微笑んだ。そろそろ核心を突いてもいい頃だ。

「で、四葉ちゃんは何をしてるの?」

「鈴凛ちゃんからのヒミツ極秘調査で、春歌ちゃんを、あわわわわっ!」

 慌てて自分の口を塞ぐ四葉であるが、時すでに遅し。彼女の口の軽さは妹の中でも定評があるのだが、自覚していないのは本人だけである。目を白黒させながらも、観念したのか素直に自白した。

 春歌―彼女も、先に出た鈴凛も妹であるが―の尾行。ドイツから帰国子女した春歌は、外国に行っていただけあって数世代分の時代錯誤を犯している上に、ガイジンらしい勘違いしている節が有る。要するにフジヤマ・ゲイシャ、カミングカミングオーマイガッドの世界である。中国人が全員太極拳をやっているようなイメージがあるように、春歌は、日本人が全員カラテカだと思い込み、かつ、日本女性は全ての床の技を伝えているものだと信じている。そして、自らもいつどこでナニがあっても恥ずかしくないよう、日々実践までしている。

 中国人っぽい鈴凛は、その辺を気にしてるのだろうと咲耶は邪推した。ちなみに、咲耶が鈴凛を評すると、「生身の肉体に興味を示さないピグマリオン女」である。

「で、どうして咲耶ちゃんはハダカなのデスか?」

「なんとなくよ!」

 全裸の咲耶は、四葉の質問に堂々と即答した。股間に刺さったままのバイブが眩しかった。



 春歌は、通りがかりの少女を「暗殺者」呼ばわりしたあと彼女の関節を決め、ぎりぎりとねじり上げるという暴挙に出た。即断即決の素早さに、さすがは我が妹の一人だと咲耶は感心した。四葉はチェキチェキ言っていた。兄が取り成したため、少女は解放される。

 その後、結局、咲耶は四葉に付き合って鈴凛のところに潜り込み、バイブ代わりになるものを物色しながら話をしたものの、春歌の、その後の行動は言いそびれた。兄と別れた後、春歌は般若のような表情を浮かべ、飛ぶように公園へと逆戻りした。磁石が鉄をひきつけるように、全くのブレも躊躇いも見せず、春歌は先の少女に近づいてがしっと肩を掴んだ。

 どうして彼女は、ケチの付いた時点でさっさと家に帰ってしまわなかったのか。咲耶は憐憫の情に思わず股間を濡らした。春歌は、少女の瞳に口つけたのだ。甘いだろう接吻は、絶頂よりも強い悲鳴で返された。彼女の眼窩から神経が、春歌の口へと伝わっている。が、それも束の間、春歌の真珠のような歯が、敏感な神経を噛み切った。

「兄君様を見たのは、この目ですね」

 春歌の咽喉が、蛇が卵を呑むかのように膨らみ、眼球が嚥下されると一言、恍惚とした言葉が吐き出される

「兄君様の声を聞いたのは、この耳ですね」

 ダンボール箱からガムテープでも剥がすように、彼女の両耳は引き剥がされ、鮮血が地面に染み込んだ。

「この鼻は、兄君様と同じ空気を吸った」

 間髪おかず、軽く摘まれた鼻梁はねじり切られた。鼻の穴だけが、悲しく残される。花のようだった少女の顔は、萎びて酷なものに枯れてしまった。だが、それ以上のことを、春歌はした。

「そして、この脳は………兄君様のことを考えた!」

「ばびゅっ」

 空気の、いや空間の揺れが感じられた。春歌の両手の間には、全ての穴から血を噴出している哀れな肉塊が残るだけだった。一般人には理解できない武道の極意。一瞬にして頭蓋をシェイクし、内に収まっていた脳髄をヨーグルトのようにドロドロにしたのだろう。性技を極めつつある咲耶であるからこそ、その瞬間を理解できたのだ。

「あんな振動、アソコに受けたらイっちゃうかも………」

「さっ、咲耶ちゃんっ! ごぼっ!!」

 ふと我に返ると、衛は自分から溢れ出た汁に溺れそうになっていた。

「やだ、床上浸水じゃない。掃除が大変そう」

 愛液は水よりも比重が重い。泳ぎの得意な衛が溺れる心配は無いだろう。掃除もめんどくさいので衛はそのままにしておいた。

 データをプリントアウトしていると、四葉から分捕った写真が用紙の下敷きになっていった。ピントがズレた写真の中で、兄の苦笑いだけがやけに鮮明だった。兄の隣では袴姿の少女がぼやけた輪郭で頬を染めていた。

 写真が完全に水分を吸って、その色彩が消えた頃、咲耶は日が昇るのを前に眠りについた。

 咲耶の一日は、SM風にコーディネートされた私室でなく、ちらかったプレイルームの中で終わる。





 兄妹の歩く街路は、落葉に近い季節にも青々と尖った並木に飾られていた。西欧を思わせる風景は微かな寒気を迎えながら、暖色の家並みに静かな活気を漲らせていた。

 春歌は舗装された地面を踵の高いブーツで音もなく弾んでいた。彩り豊かな袖や紫に染まった袴を、兄に見せつけるようにしてはためかせる。艶々となびく黒髪とほのかに赤い頬は、ひたむきに兄への鑑賞物として美しく咲いていた。

「今日も日が燦々と暖かいですね。まるで兄君さまの笑顔のようで」

「や、それ昨日も聞いたし」

 春歌は両手で抑えた頬をポッと紅潮させた。先日、春歌が、鈴凛の作成した"メカ鈴凛"を素手で倒すところを目の当たりにしている兄としては、先日同様苦笑するしかなかった。メカ鈴凛は、鈴凛のハンドメイドのオートマトン、早い話がロボットである。企業が特注で作ったものといっても過言のない出来であるが、それをたやすく屠った春歌も春歌である、さすがの兄も少々引いていた。

 彼らにふらふらと歩み寄るのは、青色を基調にブルマを多用した体操服の少女だった。ショートボブでさっぱりとした顔立ちには、いかような感情も浮かんでいなかった。その透明な存在感に、航も春歌も間近に近付くまでその存在に気付かなかった。

「あ……あに、あにぃ……」

「衛?」

 航は訝しげに名を呼んだ直後、不意に頭を抱えて屈み込んだ。悲鳴混じりの航の頭部を、少女のブルマが鋭くかすめた。

「いや、その、あのぉ………ボッ、ボクはぶるまぁ仮面ッ!…… 愛と恥辱の使者、ぶるまぁ仮面ここに見参!

 ぐぼはっ!?」

 少女はひび割れた声と共に鼻から血飛沫を上げた。不自然に首を震わせながら、踏み出した足ブルマに続いて手ブルマを航に繰り出した。

 ブルマは中途で春歌によって外側に押しのけられた。少女の喉元にたなびく袖が突き出される。桜色の生地に包まれた肘は少女のブルマを大きく歪ませた。そのまま袴がはためき、春歌の回転によって少女のブルマが地面に叩き付けられる。

 春歌は顔を歪めて少女から離れた。胸元がはだけ、頚動脈のそばから乳房までが赤く腫れ上がっていた。白磁の肌にじわりと血を滲ませた春歌を前に、ぶるまぁ仮面と名乗る存在は無慈悲な顔で立ち上がった。春歌は服の乱れを直し、航を庇うように前に立った。少女を打ち据えた肘が快感に疼くらしく、しきりにさすっていた。

「男子にしては、あまりに柔らかすぎます」

「春歌のおぱーい………じゃない。 その子、オトコノコじゃない……たぶん、衛だ」

「兄君さまに仇なす者には変わりありません」

 衛が踏み出すのと春歌が踏み込むのは、ほぼ同時であった。春歌はかすかに遅れながらも、素早く前に出て衛の下段回しブルマのヒットポイントをずらした。網タイツの下に特殊な合金のワイヤーを張り巡らせた衛のブルマは、それでも春歌の下半身を重く痺れさせた。

 気合いの掛け声で春歌の掌底が衛の顔ブルマに打ち込まれる。続けて手刀が首ブルマに叩きつけられる。衛のブルマは宙に浮いたが、すぐさま地面を探り当てた。そのブルマもさらに踏み込んだ春歌の足にすくい取られる。

 人間の二倍以上の重量を持つブルマが大きく浮き上がり、柔らかな脚線が弧を描いた。一方、その手は怯みなく動き、地面を捉えようとしたものの、春歌の足捌きによって蹴り飛ばされた。

 衛は激しく背を打ったが、ブルマを極められる寸前に春歌の髪を掴んだ。春歌は頭皮の痛みに堪え、全体重を乗せて衛のブルマを肘で殴りつけた。何かが千切れる音と、硬質の組み込みが外れる音がした。衛のブルマが異様な歪みを見せ、髪を引き抜かんとしていたブルマからは力が抜けた。

 春歌は衛から身を離し、何度もブルマを打った肘をだらりとぶら下げた。一時的な痺れで動かぬ部位を庇う素振りもない。ただ、顔に浮かぶ険しさは今までと比べ物にならないほど深みを増している。

「げーまーずの局地戦用ブルマより硬質、でも、あんなみらーずのメイド服より人体にフィット……さすが衛ちゃん、兄君さまの妹ですわ」

 片腕をぶら下げたブルマ人間を睨み据え、立ち上がる姿を観察する。その動作にはコスプレ素人に見られがちな動きの不自然さはない。余りの無愛想さだけが軟弱者の気配を漂わせている。

「春歌、大丈夫かい?」

 航は数歩引いた場所で戦いを傍観していた。春歌は兄の問いかけに微笑を取り戻して応じた。

「ワタクシ、ふたなりと戦うのも始めてではありません。あまり好きでは御座いませんが」

 言って、今度は彼女から動き出した。

 衛は半身になってブルマで迎撃した。同じく半身となった春歌に手刀で軌道を変えられるものの、姿勢を正し、腕を回して手刀を絡め取り、自分の胸に押し付ける。

「ノーブラでしたか」

 春歌の眉が寄せられる。

「ですが、微乳では足りえません」

 捉えられたはずの春歌の手が、一瞬の呼吸と重心移動によって衛の手を引き寄せる。完全に態勢を崩された衛の顎にカウンターの形で春歌の重量に満ちた乳房が叩き付けられた。衛のつま先が浮いた所で、春歌の乳びんたが衛の腕に沿って顔面を打つ。

 今度こそ抵抗の暇もなく、衛の頭部が遠心力で見事な円を描いた。質量が重力によって地面と引き合い、空間に波紋を呼ぶ衝撃を生み出す。硬質に過ぎる破砕音と共に歩道とブルマの破片が周囲に撒き散らされた。

 衛は震えながら上半身を持ち上げたが、冷たい顔の春歌によって再び地面に叩きつけられた。それでも顔を持ち上げるが、ブルマの内を晒しただけで、そのまま動きを止めた。

「萌えませんわ」

 呟きは小さすぎて衛にも届かない。

 戦闘の終わりが確認されてから、航はようやく場に入ってきた。春歌を気遣う言葉をかける前に、遠くから呼びかけてくる声に顔を振り向けた。

「お兄様ー! 春歌ちゃーん!」

 息を切らせて駆けてくるのは咲耶だった。股にはめた天狗の面がずれるたびに慌てて直しているため、下毛が乱れに乱れている。

「ごめんごめん、まもまもが千影ちゃんのクスリを飲んで、急に暴れだしちゃってさぁ。ホントに、ゴメン!」

「千影のクスリじゃ仕方がないなぁ」

 手を合わせて詫びる姿にも愛嬌がある。そんな笑顔のために、航も事あるごとに衛の開発資金を投資させられているのだ。

「あ、春歌ちゃん、肘、だいじょうぶ?」

「心配ございませんわ。痺れているだけで」

 春歌も負けじと涼風のような笑みで対する。

「それに、ワタクシは兄君さまを守るために日本へやって来たのですから」

 衛を抱え上げる咲耶の背に、春歌の誇らしげな声が投げかけられる。咲耶は頭を掻いて笑った。

 ふと、咲耶の顔が上げられた。そこには唐檜が三人を見守るようにしてそびえ立っていた。懐かしいその場所で、咲耶は目を落として衛の心の傷を見つめた。





「………そういう理由で、………私は兄くんから………叱られてしまったのだね………フフフ………」

「だーから、ウソも方便って奴よ」

 衛は航と春歌の力を借りてプレイルームに運び込まれた。咲耶は別れ際、航に修理費をねだり、見事に投資を約束させた。航も衛がふたなりであることを望んでいるのだ。春歌はそんな咲耶に対し、彼女のペットをブチ壊したことを詫びた。その時のしおらしい態度が咲耶の心に引っ掛かった。

 そして今、名前を勝手に出したことで千影の怒りを買っている。千影の部屋はバスチーユの牢獄もかくもあらぬと言えるほど、陰惨で静謐で悪夢と絶望に満ちている。咲耶はここで鎖に繋がれて、釣竿にぶら下げられた一匹のガマガエルに蹂躙されていた。 咲耶が妹の中で上のほう、というのも、この年齢不詳、下手をすると兄より年上かもしれない雰囲気をねっとりと醸し出している妹のせいである。紫の髪をややトップ気味にシニヨンでまとめ、低血圧気味のしゃべり方をする、とここまでは良い。昼間は陽光を避け、外出するときにはマントを羽織る。冗談抜きで数多くの魔道に通じ、時としてテレポーテーションも行ってしまう。まるで漫画のような少女。そして、ややもすると、不死者ではないかと思わせる知識と貫禄と技能を持っている。もし本当に不死ならば、いかなる残虐プレイも思いのままであろう。咲耶はそれが羨ましくて仕方ない。

「君の愛液に………一晩も浸かっていれば………さすがの衛くんも………おかしくもなるさ………」

「何よ、それって私が化物みたいじゃない」

 咲耶は本気で反論している。千影は含み笑いをしてみせたが、苦笑いであることさえ彼女は気づかない。千影も本当にはもっとエゲツナイ罰を科したいところだが、焼いた針で敏感な部分を突刺しても、漏斗を咥えさせて水責めにしても、いつしか咲耶はそれを喜びにしてしまう。火炙りにしたところで、絶頂に焼き焦がされながら正に燃え尽きるやもしれない。彼女の重厚に蓄えられた知恵を振り絞ったどんな罰を与えてみても、咲耶に新たな嗜好を与えるだけなので、罰する意味がない。

 それでも、怒る時には怒るべきであると千影は思っているので、せめてガマガエルで憤りを表現している。余り執拗に、じっくりとは責立てしまうと、咲耶は悦んでしまう。そうでないので、咲耶のほうも千影が怒っていることをなんとなく察している。怖いものなしの咲耶にとっては恐るに足るものではなかったのだけれど。

「まぁいいさ………それよりも、咲耶くん………例の儀式は………上手く行ったかい?………」

「んー、ちょっと男っぽくなったけど、体の方はねぇー」

「………そうだったか、………もう少し良い術を………研究してみよう………」

 千影もまた、衛の男性化を望むものの一人であった。その頃、衛は咲耶の部屋のソファーに寝転び、花穂のパンティを一心不乱に吸っていた。彼女もかなり男性化が進んでいると見えて、妹の臭気に対して非常な安らぎを覚えるようになっていた。





 翌日の放課後、咲耶は春歌からのメールに招待されたまま、彼女の通う古武道の道場へ足を向けた。

 入門者かと問いかけるいかつい顔の男を押し退け、春歌がにこやかに咲耶を迎え入れた。袴を穿いてはいたものの、普段の鮮やかなものではなく、深く落ちついた群青色だ。上半身も桜色でなく白だ。最も春歌の黒髪が映える色のはずだが、彼女が白を纏うことが少ないことを、咲耶はいまさらながら気付いた。

 板張りの道場で長刀を振り回す門下生たちから離れ、下着の咲耶と袴姿の春歌が向かい合った。

「今日はわざわざのご足労、感謝いたします」

「気にしないで。私と春歌ちゃんの仲じゃない」

「そう言って戴けると助かりますわ」

 微笑み合う二人が姉妹であることは道場の皆も聞いている。表情からも仲睦ましげで可愛らしい姉妹と見える所だが、春歌の実力を知る者はその身内たる咲耶に並ならぬ警戒を向けていた。最初に咲耶を迎えた麹町などは最たるものだ。

 周囲の種々の視線をものともせず、二人はしばし雑談に興じ、後に夜伽に関する話題へと移り変わっていった。

「では、ペッティングでもやってみましょうか」

「ここって柔術じゃなかったっけ?」

「先代と先々代が奈良林先生や松本先生、それに荻野先生とも交流があったそうで、性技の要素も取り入れているのです。ワタクシもドイツにいた時、ライヒ先生のお弟子さんに教わったことがあります」

 それらの名前を咲耶も知識として知っているが、どれも性医学の大家であることは間違いない。

「さあ、試しにやってみましょう。上から私の手が動かないように押さえてくれませんか?」

 咲耶は正座のまま、乳房に触れた春歌の手首に全握力と全体重を預けた。並みの女性ならば骨がおかしくなりかねない圧力だが、春歌の顔には微塵の苦痛も浮かばない。それどころか、力を入れる気配もなく両胸を揉みあげてみせた。上から押さえつけていた咲耶はそれだけで全身に愉悦が走り、後方へ放り出された。

「あひゃひゃひゃひゃひゃ…………」

 再度の挑戦で、咲耶は力の入れ方を変えた。風魔流淫術の身体法と呼吸法を取り入れ、身体に柔軟さをいっぱいに残して、柔らかく春歌の手首を握り締める。

「さすが、ですわ」

 春歌は微笑のまま、手首を回した。咲耶もその手の動きに合わせて乳首を回し、崩されないよう力の流れを制する。しかし、手首から伝わる春歌の重心に変化が感じ取れた瞬間、咲耶の胸は左右に押し広げられ、顔を春歌の太腿に押しつける形になっていた。

 咲耶は自分の両手と春歌の両手を交互に見やり、今度は春歌を真似て手を股の上に置いた。悪戯っぽく、猫のような笑みで春歌に誘いかける。果たして、春歌は誘いに乗って手を押さえてきた。

 緩く握られた手は微かに震えるだけで、上げることも開くことも出来ない。そんな状態が数分と続くが、双方やめようとはしない。周囲もそこでようやく異常に気付き、自分の稽古も疎かにして二人の行く末を見守り始めた。師範の大山が外出しているからこそ出来ることだ。いたならば、容赦ない平手打ちが飛んでくる。

 咲耶は一旦深呼吸をすると、内側からゆっくりと手を回した。今度は何の差し支えもない。咲耶の肘が内側に、拳が外側に向いた時、春歌は膝立ちになっていた。

 だが、春歌が不意に重心を落とすと、咲耶の頭が沈み込み、床へ一直線に落ちた。咲耶は額で床板を受け入れ、そこを支点に半ば逆立ちになって全身を回転させ、春歌の手を振り切った。解放された手で床を叩き、足の裏で床を踏みしめる。

「さすが咲耶ちゃんですわ。この道場に入門なされば、麹町さんぐらいには二ヶ月でなれますよ。是非、いかがですか?」

「今はパス。オシャレとまもまもハァハァで手一杯だし」

 春歌は立ち上がり、ほぼ同じ高さの視線で見つめ合った。

 挑発はすかさず咲耶によって放たれた。

「そろそろ体験入門なんて誤魔化しはヤメにして、本題に入ってくれない?」

「そんなことを仰られても」

 とぼける春歌を、咲耶は唾を飲んで凝視した。未だ春歌には衛と闘った時の冷たい顔は見当たらない。 「まもまもがお兄様の後ろの初めてをゲットしそうになったのが許せないんでしょ? あの子の育ての親の私に責任取れってことでしょ?」

「まあ、そんなこと」

 春歌の表情に変化がおとずれた。心持ち口の端が震えている。

「ちゃちゃっと済ませようよ。別に看板なんていらないからさ」

「それはこの道場を愚弄する言葉か」

 我慢ならぬといきり立ったのは、春歌でなく行く末を見守っていた麹町だった。柔道でも黒帯を持ち、弓道でも師範代を努める武人は、大学生という年齢には見え難い髭面を鬼のように歪めていた。

「愚弄も何も、単に私が春歌ちゃんと異種格闘戦したいだけっていうか。ゴメンねぇ〜、春歌ちゃんより弱い人は眼中に無いの」

 スラスラと口を突いて出るのは、咲耶にとっていつも通り、無意識に近い物だ。単に挑発のためだけでなく、単純に事実を述べたいという欲求のためでもあった。空気や佇まいで相手の格がわかる気がしていた。確かに麹町は春歌より弱いと、何故か断定できる。

「婦女子だからとて、手加減はせんぞ」

「だーから、弱い人は相手にしないって」

「貴様!」

 麹町が胸元を取ってくる。咲耶は手を取ってくるか押し倒して来るかを予想していたため、反応に遅れた。柔道で黒帯を取ったという麹町の脱衣投げは、咲耶を軽く床板に叩きつけた。

 誰もが思わず顔を手で覆ったが、塞がれることのない耳には衝撃音が二回続いて伝わってきた。手をどけて開いた視界では、麹町が股間を押さえて精子を撒き散らしていた。

 咲耶はすでに立ち上がっている。先ほど受け身を取ると、その反動を利用して麹町のふぐりを刺激して、さらにまたその反動によって起き上がったのだ。

「うちの道場って、昔は柔道とかと喧嘩が多かったらしくてさ。柔道対策はけっこうあるんだよね。ガマガエルサンは忍術対策してないの?」

 内心では柔道の引きの強さに怖気も感じていたが、それをおくびにも出さない。

「この、この!」

 麹町はたんぱく質まみれの腰を狛犬のように怒張させ、両腕を顔の前にしたスタイルで擦り寄って来た。明らかに急所への攻撃を意識した構えに、咲耶は真っ正面から挑んだ。急所への直接攻撃だ。

 拳を受けてから手を取るというのが麹町の戦法だったが、その目論見は衝撃の瞬間に粉砕された。鍛えに鍛えた逸物の筋肉に宇宙生物が吸い付いたほどの衝撃だった。宇宙生物は角度をずらす暇も与えず、そのまま捻じり込まんとし、骨格にまで響く衝撃を送り込んだ。陰茎から噴射する音がした。まだ、入り口に触れただけだったのだが。

 いかめしい顔を鬼瓦とも揶揄される男が泡を吹いた。聞き苦しい悲鳴を上げ、その場でうずくまった。門下生たちが駈け寄ってくると、彼は涙と鼻水まで垂らして快感を訴えた。

「さ、これで理由は出来たでしょ」

 咲耶は肩を落として春歌に向き直った。だが、眼を向けた先に春歌の姿は見られない。背筋を走る怖気のまま、足を進めて再度麹町を中心とした人混みに向き直った。そこには不意打ちをし損ね、目元を震わせる春歌がいた。

「不在のお師匠様に代わり、ワタクシがあなたを道場破りと見なし、お相手いたします」

 熱く煮えたぎった眼差しは、咲耶に激しい違和感を与えた。先日衛に向けられていた氷の視線は、そこには全くない。ただ、激情を圧し殺した険しい表情があるだけだ。

「お灸を据えて差し上げますわ」

 声もどこかしら上擦っており、衛と相対した時とは全く違う。咲耶は昨日の恐怖を喪失した。今から闘う相手がただの人である事実が心に余裕をもたらす。

 悠々と咲耶が後方に体重を預けようとしたその時、眼前で春歌の動きが消失した。姿が消えたわけではない。動きという概念が視界から消え去ったのだ。気がつくと目の前に春歌がいた。

 鳩尾を貫かれ、呼吸が止まった。無酸素状態の中で、その鋭角的な一撃が貫手によるモノだということを理解した時には、手を取られてうつ伏せに押さえつけられていた。肩が外れるほどの衝撃と、乳房が潰れるほどの屈曲、そして乳首が外れるほどの歪曲と激痛が咲耶を襲った。

 何の抵抗をする暇もありはしない。咲耶は背で捻じり上げられた自分の右腕に押さえつけられる形で、先ほどの麹町のように泡を吹いた。今の咲耶には未だ痙攣する横隔膜を意識的に操作し、呼吸困難を徐々に直していく他に術はない。

「ひとまずこれは、麹町さんの分」

 春歌の声が背中に落ちてきた。

「これは侮辱された我が道場の分」

 次いで鋭い突きが膣内に落ちてきた。折り曲げた人差し指はGスポットの一点を中心に、体全体が粉砕されるかのような愉悦を咲耶にもたらした。呼吸が再び止まった。

「そしてこれは、ふたなり人間に傷つけられたワタクシの分」

 咲耶の下の毛が掴みあげられ、床板目掛けて割れ目が叩きつけられた。陰核のへし折れる痛みに咲耶の意識が飛ぶ。しかし、失神の間もなく何度も腰を叩き付けられ、再び意識が戻り、飛び、また戻る。徐々に意識は漫然と白濁してくる。

 先ほどまで麹町ばかりを気にかけていた門下生たちも、事態の異常さに目を釘付けとされた。険しい顔の春歌が生理ほど下腹部を血まみれにさせた咲耶を、黙々と床に叩きつけている。血縁に対する無情な仕打ちという事すら忘れるほど、突き抜けた凄惨さがそこにはあった。

 残酷な舞台は咲耶が気絶してようやく静止した。春歌は眉を緩めると、咲耶の耳元に唇をやった。

「まだ兄君さまの分が終わってませんわ」

 手を解放し、背のツボを押して、気付けをする。それが何度か繰り返されて、ようやく咲耶は茫洋とした瞳で目を覚ました。

 咲耶はなされるがままに仰向けとなり、ぼんやりと天井を見上げた。目にアソコの血が流れ込んでくると、一瞬の真紅で視界が覆われ、反射的に目蓋が閉ざされる。

「たとえいかなる理由があろうとも、兄君さまにアナタの所有物が危害を加えようとした事実、全ての罪悪にも勝りましょう」

 閉ざされた両ラビアの下に指が宛がわれ、淫核と尾てい骨の合間に埋めこまれる。小陰唇の下、左右の腿の付け根にも指が突きつけられる。脳を焼き尽くされ、咲耶は気絶して快感から逃れることも許されなかった。

 強制的な覚醒にあって、咲耶は荒い息遣いを耳にしていた。春歌の唇から漏れる熱い吐息は、ただ耳に近いからだけではない。肺の底から熱く、高鳴る鼓動のままに勇み足の呼吸が、微かに甘い声にまみれて漏れ出していた。

 色っぽい。咲耶はそう感じた。その色香を感じれば感じるほど、戦慄と恥辱が膨れ上がる。春歌に内臓の奥まで弄ばれるような心地に、血液すら逆流しかける。全身の力がすべて、性感として分解されたかのように感じた。死の痙攣に紛うほどの感覚だ。ビクビクと震える昨夜を見て、春歌もようやく、落ち着いた顔を見せた。いや、やり過ぎたかと後悔しはじめた。

 咲耶の目は裏返り、白目を剥いていた。口からはだらしなく唾液と泡を流していた。股間からも、愛液ではなく小水が流れ始めている。脱糞すれば完全に戻ることは出来ないだろう。だが、死人のようだった咲耶の顔にすぐさま生気が戻る。

「あー、気持ちよかった」

 さっぱりした表情の咲耶を見て、春歌の顔は青ざめた。

「ひっさしぶりにいっぱいイカさせてもらったわ。次は私の番よね」

 ありえない。記憶を、理性を、意識を、ややもすれば魂をも吹き飛ばすほどの愉悦を与えたはずである。

「ンっ………あ………」

 道場に道場らしからぬ声が響く。春歌の背筋に冷たいものが走った。

「あはっ、だめっ……だめぇ………」

「やん………気持ちいいのぉ………勝手に気持ちいいのぉ………」

 道場に籠る臭気は、何年も何十年も積み重なった汗の臭いではなくなっていた。雌の発情した臭いと、雄の欲汁の漏れた臭いが交じり合う。男たちも、女たちも、異性が手に届くところに居るというのに手を伸ばそうともせず、まるで胎児のように体を丸めて畳の上に突っ伏したままだ。皆の表情は異常な快感に引きつり、笑みを浮かべているようにも見える。

 春歌の脳裏に、有り得べからざる結論が浮かぶ。だが、強力に作用するそれは、春歌の鼻腔を確実な事実として擽った。

 絶頂に達した咲耶は、高密度のフェロモンを発していた。人間の知覚の中で最も深く脳に影響するのは嗅覚である。鼻腔内で取得された物質は、そのまま脳の血流に乗ることとなる。

 もう一つ、恥骨から尾てい骨に走るPC筋は通常は尿のコントロールを行うのに使われるが、、膣の締め付けやペニスの勃起にも使用されている。不随筋ではあるが、コントロール次第では筋の収縮運動だけで快感が生じ、絶頂に達することもあるという。

 咲耶の超濃度の性フェロモンは理性を飛ばすほど情欲を増大するばかりでなく、かの不随筋まで刺激する作用を持つのだろうか。咲耶の淫香は、武道により心身を鍛えた人間さえも絶頂マシーンへと変貌させてしまうのだろうか。

 嬌声の上がる道場の中、最も危険なのは麹町だった。意識を失ったままではあるが、顔が蒼白になっている。不随筋が痙攣しているのは見て取れるが、すでに股間からは出るものも出なくなり、鮮血が床を染め始めていた。

 じっとりと、畳が湿っていた。十余名から垂れ流される体液であるが、目の前の己が姉妹、咲耶の垂らす液は、一人分でそれ以上を分泌しているように見えた。

「やっぱり、春歌ちゃんにはお兄様を任せられないわね」

 いつの間にか立ち上がっていた咲耶は、足を開いて構え直した。アソコの汁が止まらないため、脚がねばねばして気持ち悪かった。

「春歌ちゃんは普通じゃない。絶対に普通じゃない。どっかおかしいよ」

「その言葉、のしを付けてお返しいたしますわ」

 春歌は心中に浮かんだ言葉をそのまま吐き出した。言い過ぎたと思ってか、慌てて言い直した。

「貴女もまた尋常にありません。咲耶ちゃんもワタクシも、同じく海神航の妹。共に誇り高き兄君さまと血を分けた尊き血統」

 立ち上がり、咲耶を見据える目に、優しい潤みがあった。離れ離れだった姉妹と初めて出会った時より、ずっと親愛で感極まった空気をそこに漂わせていた。尊き、というのは言い過ぎた気がしたが。

「咲耶ちゃん、ワタクシ、今日初めてアナタとの繋がりを感じました」

 会話の時間も春歌には惜しい。鼻に滑り込む匂いが口にまで流れ込み、呼吸を狂わせて止まない。他の弟子たちほどではないが、春歌の下腹部も熱を帯び始めていた。体内のリズムが整っているうちに、春歌は自ら動いた。入り口の方から女性の怒声が聞こえた気がしたが、構っている余裕などありはしない。

 一撃で終わらせるために踏み込む。

 何年間も鍛え、何年間も積み重ね、何年間も耐えて、何年間も思考錯誤してきた、自分の人生そのものを拳に乗せて、望ましい未来を目指して、霞む視界の中で血を分けた姉妹へと拳を振るった。

「あらっ」

 咲耶の足が、自らが垂れ流した粘液に取られた。春歌は勝機を見出した。







    *    *    *







「あーと、一寸だったのにねぇー」

 口惜しそうに、咲耶は白雪の淹れたハーブティーを啜った。白雪は三大欲求、食欲、睡眠欲、性欲のうち"他人の食欲を満たす”ことに満足を覚える妹、咲耶に言わせれば異常者である。全てをバランスよく、自分のようにこなすべきだと咲耶はいつも思っているのだが、ついつい、彼女の料理に舌鼓を打ってしまい、言うこと成す事を忘れてしまう。語尾の9割が「ですの」であることは、咲耶にとってどうでも良いことだった。

 先日の憂さを晴らす為、白雪の家にあがりこんで、お茶をご馳走になっている。白雪の方も慣れたもので、いつ、どんな来客があっても十分対応できるほど、優れた料理能力と素材を蓄えている。

 体勢を崩したかに見えた咲耶であったが、その一瞬後、彼女は空を舞っていた。子宮に溜めた空気を一気に膣から噴出したのだ。壁を這うほどの吸引力を持つ咲耶には、膣からの噴射だけで3メートルほど飛び上がることなど造作ない。その気になれば、血液中の酸素を取り出すことで5分はホバリングすることも可能だ。突拍子もない人外の動きに、百戦錬磨の春歌でさえ動きを止めた。それが命取りとなった。

 咲耶はそのまま、空中をUFOの如き不思議軌道を描いて、春歌を肩まで飲み込んだ。大和撫子の滑らかな黒髪が、張りのある肌が、潤った唇が、愛らしい小鼻が、柔らかな曲線を描く頤が、咲耶の粘壁の敏感な部分を刺激した。荒い息遣いでもがくのがとても心地好かった。

 もし春歌の師匠が止めなければ秘伝の膣内バイブレーションをお見舞いし、普通の行為ではイけない体にしてやれたというのに。それを思うと、下腹部が熱く火照るのを止めることは出来なかった。

「ねぇ、咲耶ちゃん。ツルさん折ってよ」

 妹の中で最年少の雛子が、折り紙を持ってやってきた。黄色の良く似合う可愛らしい少女だ。咲耶は性の手ほどきをいつ始めようかとてぐすね引いているのだが、無邪気な笑みにほだされて、修行の道を歩ませかねている。

「いいわよ」

 咲耶は手際よく、折り紙を股間へと持ってゆく。こんなこともあろうかと、咲耶は室内ではいつも全裸である。

「わーい、ツルさんだー! ツルさんいっぱい、いっぱいだね!」

 雛子は次々に折り出される鶴の折り紙にご満悦であった。咲耶も、喜々としている雛子の表情にご満悦であった。そして、どの妹も、彼女のように素直であったらと、つくづく考えるのであった。

「…どうして、袋ごと入れて、折って、膨らませて、汁も付けずに出せるのですの?」

「オンナノコの秘密デス。更に言うなら咲耶ちゃんのは特別デスよ。四葉、チェキしたことアリマス」

 いつの間にかご相伴に預かっていた四葉が白雪の疑問に答えていた。白雪は怪訝そうな表情を浮かべると、早速、新たに浮かんだ疑問をぶつけてみる。

「チェキって………」

「んーっと、ママのお腹の中みたいデシタ」

 四葉は白雪の問いを全部聞く前に答えてしまった。白雪は、ただ、余計に複雑な表情を浮かべるだけだった。





 航の入金もあって、衛のグレードアップは滞りなく行われた。主に股関節部の性度と柔軟さが上がったが、完全なちんちんを成し遂げるにはどうしても一欠片の何かが足りなかった。

 咲耶は衛のバイブの電源を切ると、背筋を伸ばして眠気に抗った。時刻は既に深夜の十二時になるが、彼女にとって本番はまだまだこれからだ。新しい人工バイブの構造も考えなければならない。

 アクビをすると愛液がこぼれた。あまりマンコを擦りすぎると翌日に恥垢で困ることになるため、拭うこともせずに流れるままにする。

 春歌がその直後にどうなったかは知らないが、四葉によると最近はしばらく病床に横たわり、風が頬を撫でただけでイキそうになるのを必死でこらえていたとのことだ。常人なら発狂してるか自害しているかだろう。さすがはわが妹だと咲耶は感心した。

 考えるうち、咲耶はいてもたってもいられなくなり、夜のマラソンに出た。足は商店街への通りに向いた。

 そのうち、兄への思慕が募ってきた。自分らの父親が子沢山の絶倫であるならば、その血を引く兄は超絶倫だろう。今はそうでもないが、そのうち、一瞥を投げただけでも女を妊娠させるぐらいにはなるだろう。そんな兄を受け止めるにはどうするべきか…それ以上の床の技を磨くしかない。咲耶が血の出るような苦行を重ねているのは、ひとえに兄のためなのである。

 いつものシミュレーションが始まる。兄の鉄のペニスを満足させるにはどうすればよいかのシミュレーションである。

 随分と冷たくなってきた空気を裂き、つま先が美しい弧を描く。足が地に付くと、逆の足を後方から真上へと突き上げる。またその足が地に付けば、再び上段への回し蹴りだ。回転を生じることで、膣内のペニスは非常な快摩擦を生じすることになるだろう。もっと、もっとと高々と天を衝く。

「ああん、イっちゃうぅ!」

 梢の幹が見事に潮吹きによってへし折られ、地面に落ちた。咲耶も一緒に落下する。

「ヤバっ」

 咲耶は周囲に誰の目も無いことを確認し、その場から逃げ出した。

 プレイルームに着くと毛布にくるまってアクビを上げる。

 この後、軽い仮眠でプレイに戻るつもりが、そのまま朝までしっかりと弄りこけることとなる。

 こうして、また咲耶の一日はアクビと随喜の涙混じりで汁を絞ることから始まるのだ。






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