吉野




「たのもうっ! たのもうっ!」

 吉野の里の風流を詠んだのは初代征夷大将軍、坂上田村麿より五代も下がった坂上是則。 武人としてよりも歌人としてでしか、平安の時代には出世の道は無かったようである。 が、それもまた過ぎ去りし日の事、今では足利の幕府も左前となった下克上の世である。

 男は、返事の無い小屋の戸を握り拳で叩いてみた。 礼儀にいささか欠くかもしれぬが、いや、武人なれども闇には勝てぬ。 日の落ちた吉野山、修験者達が修行の場とするだけあって物の怪の多い場所だ。 彼らの時間に彼らの場所での野宿は命を無駄に捨てるも同然。 さらに、ひんやりと頬を撫でる寒風は彼の肝を冷やさぬまでも、 体の熱はどんどん冷やしてくれる。 誰も住んでない家ならば戸を打ち壊してでも中に入りたかった。

 もう一度、と思ったときに、その小屋の戸が内側からきしんだ。 薄っすらと零れる灯火であるが、それでも肩を掴みかけた死神や 足元に食いつこうとしていた餓鬼達を追っ払ってくれた気がした。

「道に迷って難儀を致す。一夜の宿を所望す。」

 男は無骨な声を張り上げる。盗賊ならば名乗りも上げず押し入る所だろうが、 なんせこちらは武士である。幼少の頃から叩き上げられた倫理感は如何に彼が落ちぶれても、 揺るぐものではなかった。

 すう、と戸が開く。

 男の目に飛び込んできたのは、まず黒と白、そして赤く濡れた唇であった。

「それは難儀でしたでしょう。どうぞ旅の方、粗末ではございますが。」

 鈴のような声で女は返事をし、そして奥へと隠れていった。 後ろ姿の黒髪は艶やかで、その肌は透けるように白かった。

 男は刹那、狐に摘まれたかと思ったが、なんせそこは武士、 麓の茶屋の主人などは、鬼が出るなど蛇が出るなど言うておったが 何、こういう化け物ならば大歓迎だわい。そう思い返して小屋の中へと入っていった。

 中はそう広くはない物、手入れが行き届いているように見受けられる。 揺らぐ炎ではさほどハッキリと室内の様子を窺う事は出来ないが、 少なくとも、衣服や調度が転がっていると言う事はない。

 男は草履を脱ぐと、ずっと床の上にあがる。もちろん畳など上等なものはない。 底冷えのしそうな板張りであるが、土と石ころに比べると特上の座敷にも等しい。 男は囲炉裏の最も温かそうな場所にどっしりと腰を下ろし、 刀を無造作に床に置く。女はそそと立ち上がり、椀の載った膳を運んでくる。

「夫に先立たれ女一人、満足な持てなしも出来ませぬが。」

 女は鍋に残った粥をよそう。そして椀を男に差し出す。 男は椀よりも、薄く粗末な衣の袖から伸びている上品な腕の方が気になった。 繊細な指先や掌には、畠仕事や針仕事の影が無い。

「いやいや、お心遣い痛み入る。」

 男は椀を受け取りながら、わざと、女の手に触れてみた。 ほんの一瞬の事であったが、男はそれだけで、女の肌の余りの肌理細かさに驚いた。 女は少々戸惑ったように、恥じらった顔を見せる。 しとやかなその仕草も、妖しくも初々しく男の気をそそった。

 女は口元を抑え、顔の全貌はなかなか見せない。 しかし、すうっと通った鼻筋や黒目がちの瞳、全てを見せないが為、 不可思議なまでの色気が女から漂っていた。 彼女を美女と言わず何者を美女と言うべきだろう。 が、男は気になって女に聴いてみた。

「ちと尋ねるが、何故袖を口に当てておるのだ?」

「何せ山奥の事、鉄漿もございませぬ。」

 口が裂けている訳ではなかったか、得心行った、と男は笑う。 鉄漿(かね)とはお歯黒のこと。人妻の証でもあるのだがこの時間に一人と言う事は 夫には先立たれたのかもしれぬ。もしくは出稼ぎに出てるのかもしれない。 どちらにせよ、邪魔者は居ぬわけだ、が、男は思いとどまる。 それは武士の端くれとしては余りに卑怯ではないか?

 女が蒲団を敷く。 山奥と言うのにも関わらず、真綿を打った特上の蒲団である。 その手触りも絹をあしらったのかと思うほど心地よい。 もとより、男は絹など触った事は無いのだが。

 男が見ている間に、女はもう一揃い持ち出して、部屋の隅に自分の褥を作りはじめた。 さすがに同じ床には入れさせてくれないらしい。 まあ、それも当然といえば当然だな。男は期待が甘かった事を今更ながら自笑してみる。 そろそろ寝るか、と男が言おうとした途端、女は灯りを吹き消した。 炎が煙に取って代わられて、その瞬間真っ暗になった。

 どれだけ時間がたっただろう。同じ部屋に居るだけで 女の薫りが匂って来る。要するに悶々として眠れない。 コレは拷問だな、と男は思った。 拙者とて武士の端くれ、滅多なことは致さぬと心の中で何度も呟いてみる。 しかし、そんなことでは猛る血潮が鎮まってはくれない。

 ふと、気配を感じた。まるで幽霊のごとく、突然現れた感じがした。 男は思わず身を竦ませるが、それは屈み込んで、熱い息が耳に触れた。

「お情けを・・・頂戴したく・・・」

 女の声だ。弧狸の類でも、まあ、よかろう。 たとえ化かされていても願ったり叶ったり。 男は女の手を引くと、床の中に導きいれた。

 逸る気持ちがあったのだろう、男は少々乱暴に女の服を剥ぎ取った。 夜の闇に包まれているのだが、錯覚だろうか不思議と白く浮き出て見える。 女の恥じらいによる抵抗は男の気を却ってそそる。

「良い乳じゃ。」

「アレ・・・そのように・・・」

 肌蹴た胸元から、丸い乳房が二つ顔を出す。 つきたての餅のようにふくよかでやわらかい。 男の指がそっと力をこめるとそのまま陥没する。

 ほおずきのように丸く輝く乳首が、次第に育ってゆく。男は紅の実を唇で玩ぶ。

「吸いでがあるのう。」

 舌を丸めて音を立てて息を吸い込む。 ぶるぶると大きくのたうつ女の体が男の体にぶつかってくる。 どれほど力を込めた所で所詮女の力、痛くは無いが心地よい。

「大きな尻だな。」

 筋と肉だけの百姓女の尻ではない。 信じられないほど柔らかな柳腰。 もしかすると、天女か何かのなり損ねなのやも知れない。

「アレ、そんな所も・・・」

 女はもじもじと、腰を押し付けてくる。 頬は上気し、鼻から出る息がふんふんと鳴る。 男はゴクリと喉を鳴らす。快楽を求める女の表情は美しい。

 花びらのような女の舌が、男の体を這ってきた。 首筋、胸、脇。ツボを良く心得た動きだ。男も次第に息が荒くなる。 だが、男の方も負けてはいない。股の辺りから手を這わせて敏感な部分をなぞってゆく。

「はああれぇ・・・変な心持ちに・・・」

「おお、成れ成れ。存分に成れ。拙者も及ばずながら加勢致そう。」

 さねの辺りを弄っていくと、女の吐淫で夜具がじっとりと濡れた。 快への思いは男も強い。存分に味わなければ、 神仏の賜ったこの素晴らしい肢体に申し訳が立たない。

「突いて・・・突いて下さいまし・・・」

 しかし、男はじらす。

 女の両膝を立てて、まじまじと裂け目を観察する。  女の空割れが、奥深くうごめく。その色が次第に濃く鮮やかに変わってゆく。 もしかすると、歩くだけでこの女は感じているのではあるまいか。 そう思われるほどこんもり高い土手に覆われた豊かな玉門が誘い込むように、 露を洩らしながら開閉する

「あああ・・・恥ずかしい・・・」

 女は目を細める。

 男のモノが小刀から業物へと次第に変貌する。 しかし、まだ入れない。だんだん大きくなるそれを、 待ち構える門の周りに遊ばせる。

「ハァッツ」

 待ちきれなくなったことを悟った男が男が腰を沈める。 女は思わず息を吸った。ずぶずぶと深く深く、一番奥にまで押し込んでゆく。

「フゥンッ」

 そして、ゆっくりと引き出していく。 抜けることを惜しむように、しっかりと吸い付いてくる。 ぬめる胎動の貪欲さ。男は背筋が思わず冷たくなった。 女の業に戦慄したのではない、あまりに具合がいいのである。

 男は唇を少し舐り、女の両膝を持ち上げた。そして弾みをつけて腰を動かす。

「ああっ! ああよ・・ああよっ・・・ああよぉぉっ!!」

 肉棒に女の体重が掛かっている。女の壁が勢い良く、力強く擦れていく。 擦れ合う部分から痺れるような愉悦が湧き出している。 甘い快楽の露が体という器を、少しずつ満たしてゆく。

「精をやりそうなのか? この俺の物に突かれて、ああ?」

「か・・・堪忍して下さい・・・堪忍してぇっ・・・あはあっ・・・」

「誘ってきたの其方ではないか、どうだ?どうだと聴いておる!」

 息を切らしながら、男は問い掛ける。顔を真っ赤にして、女は首を振る。

「言わぬかっ!?」

「はああぁっ! あああよっ!! あああああぅっ!!」

 男は一段と速度を増す。女が被りを振る早さも、同じく速くなって行く。

「精が・・・ああっ!!!」

「精が? 精がどうした?」

「あああ・・・あああ・・・はああ・・・」

「どうしたと聞いておるに。」

「精をやるぅっ!! やってしまうぅっ!!!」

 女は男にしがみつき、骨も折れんばかりに抱きしめた。 男は不覚にもあまりの快さに気を許してしまう。無上の衝動に苛まれ、 気が付いたときには女は肩で息をしながら、白目をむいていた。

 全く、女という魔物は恐ろしい。玄奘三蔵が天竺に達するまで多大な努力を払ったというのに、 この国に居ながらにして、西方楽土に遊ぶ事が出来る。 男はそう思いながら、女に布団をかけてやった。余韻が残る中、すぐに眠りに落ちることが出来た。

 どれほど寝ただろう。幸い、枕元に刀は在った。

「鋭ッっ!!」

 ザンっ!

 返す刀でもう一人を斬る。鮮血が部屋に雨を降らす。

「主がワシの動きを封じていなくて助かったワイ。」

 布団の中でおびえる女を尻目に、男は帰り支度を始めた。

「気が付かなんだと思ったか?こんな辺鄙な場所に、化粧を知る都女が居る訳がない。」

 男は、昨日の飯の中に毒が混ざっていたことも気が付いていた。 多分、毒の効かぬ者にはこうして色香を以って男を酔わせていたのだろう。 それも判っていた、が、女の罠にはまってみたくもあったのだ。 不覚を取れば、それは自分の非である。

「命は取らぬ。一宿一膳の礼と思え。」

 震える女を尻目に、くるりと男は背を向けた。

 まあ、良い晩であった。男はそう呟いて小屋を後にする。

 人の世は魔物の世。末世を渡っていくならば、このくらいの度量は必要である。


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