そういえば、愛ってーのも、好きのもっと強いものだと勘違いしていたのだけど、 ホントは質的に違うのだと思う。思うのはいいのだけど未だに良く分からん。 悲しいことである。
そんなわけで、自信というものは僕にとって“つべこべ思い考えないこと”だったりするわけで、 あまり胸を張ってどうのこうの、というレベルまでは達してない。 逆に、自分で自分の首をしめることで、自分を蔑んでみたりとかして、 それでなんとか“考えないように”しているだけだったりする。 積極的に自分を信じた覚えがない。
これって、場数踏んで、それでもって“これで大丈夫や!”って 言えるようになることだと思うのですわ。練習あってはじめて、 本番を乗り越えられる、みたいな。僕も修士論文の発表は 何度も何度も、練習したのですよ。発表のVIP貰いましたし。
とりあえず飛び込んでみる蛮勇も、たまには必要だと思うのです。 それが、やっぱり、場数に繋がるのではないかと。 ・・・ま、一番大事なところで失敗しなければ、 何処でどれだけ失敗しても良いのです。自分がそれに耐えられるなら。 耐えることができる、それが信じるってことですかね。
裏切られても、それでも信じるのが人間というものなのですよ。 まぁ、前提がずっこけていればそれはただの思い違いですが。 ・・・それもやっぱり、場数なんだろうな。