先日、帰りの電車の中で『池波正太郎の銀座日記』を読んで、日記とはかくあるものだと 大いに触発されたのだが、お蔭で目をやってしまったらしい。 しかも朝の冷え込みもあいまって、やや微熱気味。自分でも分かるほど瞳が落ち込んでいた。 電話の中継も二度ほど間違える。座っている位置の関係で、電話の中継をやる事が多い。 外線も内線も一度自分の所にかかってくるので、それを他の人に回したり、 伝言を書き留めたりする。居ない人にかかってきたものも、自分が居るときは取っている。 こう言う時に限って電話が多いのは何故だろう。げんなりである。
落語のロジックをよくよく考えると、巷の不条理漫画の域をとっくに超えている。 それをワザワザ“不条理”だのといってるのは論者は落語を知らないのだろう。 魔夜峰夫に落語やSFのオマージュが多い、と言っても誰も気がつかないだろうか。 狭い世界の話であるが、落語好きの私としてはもう少し世に普及してもいいものだと思う。 その前に生で寄席で聞いてこないと。
アセチレン・ランプから眼鏡を外して脱毛すると、グレート・ブリテンに成る事に気がつく。 何か似ていると思っていたが、漸く得心行った。