支配の続き
自分の計画通りコトが運んだ、これ以上の喜びはない。
いつもの如く自分の感情を現さない彼だが、それでも喜びの絶頂にあったと言えよう。眼下に繰り出されるは阿鼻叫喚の図、荒れ狂う爆発と断末魔の悲鳴、流れ込む軍と虐殺されるサイキッカー達のうめき声は自分を称えるシンフォニーでしかなかった。
その溢れる余韻に浸りながら、今まで自分が仕えていた超能力結社ノアに永遠の別れを告げる。軍への離反と言う最高の屈辱を冥土の土産に残したのだ。道化のような仮初めの微笑みは満足げに眼下の光景を映していた。リチャード・ウォン、時を操る能力者。その能力と研ぎ澄まされた頭脳、そして冷血とも言える実行力により世界経済にまで手を伸ばした。己の肉親、血族すらその土台として葬った。そして今、新たなる一歩を示したのだ。全てを支配する為に、名実ともに世界の支配者となるために。しかし、彼の真意に気づく者は今はまだ居ないのだが。気づいた所ですぐに葬り去られる事になるのだが。
「エミリオ=ミハイロフの身柄を捕獲しました。」
「そうですか、丁重にもてなして下さい。但し、万一傷をつけた場合、代償は高くつきますよ。」
軍の司令室に戻った彼は部下の報告を背中で応対する。部下、そう、既にウォンは軍の人間であった(そのうち軍を牛耳っていく事は目に見えているが)。
事実、今回使用された「サイボーグ・ゲイツ」は前哨であり捨て駒であったし、彼についての情報はウォンは知り過ぎているほど知っていた。それだけでも今回の作戦としては十分だったのだが、アンチノアのバーン達が騒いでくれたお陰で他のサイキッカー達を「援軍」として招聘する口実が出来た。折を見てノア本部を爆破し、うろたえるサイキッカー達を待ち伏せた軍が叩く。超能力増幅装置のサンプルを失ったのは痛いが、まぁ、上出来というべきであろう。実験などこれから幾らでもでも行える。軍にいれば実験材料には事欠かないのだ。彼の事です、きっと私に尽くしてくれるでしょう。自分の世界に酔う彼に他人の意志など無意味極まりない物である。全ては自分の為に存在する。エミリオの内に秘めた力も、その身体の全ても。
「上手く行ったようですね。」
自分以外に誰も居ないはずの部屋で声がすれば、普通は驚くだろう。しかし彼は冷静である。その声の質から、大体の予測が出来た。伏せ目がちな目が久しぶりに見開く。邪悪な光りが少しこぼれる。
「そうですか、生き残りが居たのですね。」
狡猾な彼にとって、能力を隠し通す事は造作も無い事であった。それ故、研究所のお世話になった事はない、逆に超能力の私設研究所を持っていた。世間を欺く良い隠れ蓑であったし、クリス=ライアンと言う絶好の被験者を発掘する事が出来た。それによってしがらみが一つ増える事になるが、その程度は予想内の事であった。
用意していたのは蛇足でしたね・・・
もう一人の自分はこれ見よがしに眼鏡をなおす。一寸違わぬその仕草はいやがおうにも嫌悪感を催す。まぁ、ウォンの厭味で高圧的な間の取り方は誰しも虫ずが走る物であるが。
影武者・・・何かの役に立つと思って自らのクローンを作成していたのだ。しかし完璧主義であるウォンは記憶から能力から全てを写し取らせておかなければ気が済まなかった。
自らの領域を汚される事を、彼は嫌った。
当然相手は分かっていて敢えてこの部屋に踏み込んだのだろう。何せ相手は自分だ、こういう事をしてどうなるかと言う事も、重々承知なのだろう。「自分と話す機会に巡り合うとは、千載一遇とはこの事ですね。何のご用ですか?」
「おやおや、貴方の聡明さを以ってすればそれくらいお分かりかと?」
「私とした事が何をおっしゃいます。」
お互いの腹を探るように遠回しに語り合う。語って?彼の人生で語り合うと言う事が在っただろうか?語っている振り、友人の振り、心配している振り、味方である振り、それならば幾らでも例はあるが。
「私の役目は・・・貴方のお手並みの拝見役ですかね。」
侵入者側が答えた。役目、と言うのが気にかかるが既に自分の世界に陶酔している彼に続きの言葉を聞き出す事は出来ないだろう。自分の事だ、良く分かる。
「頂点は常に1人ですよ。」
一種の自然淘汰だ、単純明快な自然の掟に近い。どちらも同じ人物であるならば、強い方がホンモノと言う事になる。当然、彼の戦いは他だの力比べではない。頭脳戦でありより冷静であり、非情である方が勝利を収めるだろう。それでこそ、リチャード・ウォンを名乗る事が出来る。
窓から外に出て、儀式の如く結界を張る。相手を決して逃さぬように、そして真の勝者と成るために。
構える、そして撃つ。その軌跡は自分の知らない物であった。
「おや?私を只のコピーとでも思いましたか?」
もう一人の彼はいかにも失笑という感じで苦笑する。その隙に当然のように乗じる。そして当然の如く、避ける。
「私に倒されるようでは先が思いやられますねぇ。」
次元の瞬き、ウォンの瞬間移動能力である。しかし、これもまた意外な動きをした。彼は確かに連続で消えたのだ。一呼吸も置かない。これはどうした事か?
「その程度の小細工で、私に勝てますか?」
それでも余裕の笑みを浮かべる。
「私を侮ると、後悔しますよ。それはご自分がよくご存知でしょう。」
「くくく、まぁ、ノアをスケープゴーストにした程の貴方ですからね。」
旧人類の排除をキースに唆したのは確かにウォンである。しかしそれは本心ではない、自らが支配し、そして自らを崇拝する下僕は多い方が良いからである。却って、ノアが人類に対して悪になってもらえれば、倒す大義名分が出来る。故に軍の力の肥大化を狙っていた。キース様には散々踊って頂いた。
キースを様つけで呼ぶのは、彼にとっては唾棄すべき相手に向かって精々慇懃無礼になる事でそれを抑えようとする一種の自己暗示である。キースに限らず、サイキッカー相手には大体彼は慇懃に振る舞う。それだけ、歯牙にかかる連中が多いのだ。今目前に迫る、自分以上の能力を持っていると過信している大馬鹿者に対しても。
「・・・何にせよ、私は二人も要りません。」
ステップを踏んで、もう一人の背後に現われる。先程彼が使った技だ、問答無用で数度殴り付けた後、巨大な剣が身体を捕らえた。
「貴方に出来るのなら、私にも出来るのですよ。」
一呼吸おいて、無防備な相手に追い討ちをかける。それは死の宣告、この世界からの退去命令。それは既に絶対である。
「貴方は私なのですから。」
彼の呟きが聞こえたかどうか、間髪を置かず十二本の剣が精確無比に突き刺さっていく。並みの人間であれば最初の一突きで絶命していたであろう。しかしサイキッカーの肉体では死ねない、長引く苦痛が命の最後の一滴までも貪り尽くす。
静寂・・・そしてウォンという存在は再び独りになった。「報告します。」
先程の部下が戻ってきた。息も上がらず、返り血一つ付いていない彼の姿から、一体誰が今まで死闘を演じていたか想像する事すら出来ようか。そう、先程と言う時間は無かったのだ。
「先程頂いたリストですが・・・、ミハイロフ以外の生死は確認出来ませんでした。」
部下は殴られる、若しくは罵倒されると思っていたのだろう、申し分け無さそうに報告する。しかし、ウォンは満足げに肯く。
「そうですか・・・そうかもしれませんねぇ。おや?・・・いつまでそうしているのですか?下がって結構ですよ。」
それしきは予期していた、いや、願っていた事だ。狐に摘まれたような部下を追い出すと、ウォンは初めてにやりと笑った。
なんせ、貴方が居なければ、軍にサイキッカー部隊は必要無くなってしまいますからね、キース様。
それでも時は流れ続ける。先程倒した男が何者であるか、そして、二年後に何が起きるのか、サイキッカーハンター計画の全貌すら、さすがのウォンも今は知る由も無かった。そして、過去の自分さえも手中に収めようとする未来の自分からのプレゼントがまた1人送られて、既に臨戦体勢に入っている事も、ほんの一瞬先の事であるが今の彼は気づかなかったのである。