番外編〜二年前!?
あの時君らは若かったスペシャル・えとせとら〜
今日は日曜日。エミリオは例によって、自室のベットの上でごろ寝をしつつマンガを読んでいる。 面倒臭がりの彼は、休日だからと言って余り外には出て行かない。 買い物なら学校の行き帰りで済ませてしまうので、暇な時間はのんびり過ごすのが彼のポリシーである。せつなと言えばごそごそとエミリオの机を漁っている。 なに、彼が見てはヤバイ物なら別の場所に移している。心配することは無い。 エミリオ=ミハイロフ16歳、色々あるお年頃である。
「はっはっはっは! なんだこれわぁっ!!」
最初の笑いは何なんだよ。エミリオはそう思いながらよっと立ち上がる。 見つかるはずの無い所から彼が何を見つけ出したものやらチェックを入れるのは 所有者としての当然の権利であるし、また、いい暇つぶしであるから。 しかし、せつなが振回しているものが何か分かったとき、それどころではなくなった。
「ああっ!! どこから出したっ!」
「はっはっは! じぶんでどこにしまったのかすらわからなかったか。くずがぁ!」
「黙れ。」
せつなの顔を、思いっきり踏みつけるエミリオ。 仰向けに倒れ、ぢたばたともがく彼が見つけ出していたのはエミリオの昔のアルバムである。 昔といっても中学の頃、高々二〜三年であるが、エミリオにとっては忌まわしき思い出の 詰まった時代である。せつなごときに見られたくは無い。
アルバムを引っ手繰って、本棚に戻そうとする。が、ふと振り向いたせつなの顔は すでに鼻水と混ざり合ってなんだか分からない涙でぐちょぐちょのべたべた。 しゃくりあげている彼が、いつ大声で泣き出しても不思議ではない。 さすがに顔面踏みつけたら駄目だろ。
「ちっ、仕方ないな。」
下手に泣かすと、ガデスがウルサイ。舌打ちするとエミリオはせつなにアルバムを手渡した。 ちなみに今回、現時点で30000に手が届きそうではあるがカウンター23456突破記念である。 非常に筆遅で申し訳が立たない。
「もう・・・たくさんだ。」エミリオ=ミハイロフ14歳、今とは比べ物にならないほど華奢で儚げで、そして・・・
「どうしてテストって、百点以上取れないのだろう。」
ヤな餓鬼だった。
今日も当然の様に百点を取った。中学二年のテストなど、 彼にとってはお茶の子さいさい。目を瞑っても解けた。 学力だけではない、どう見てもか弱い彼の肢体も実は意外なほど力に満ちており、 体育も程ほどにこなせる・・・はずなのであるが、彼の問題は彼の性格の悪さにあった。 一言で言えば、陰気。その上悪知恵が回り、責任転嫁が上手かった。例えばマラソン。わざと転んで軽く怪我をして、後は見学したり等は朝飯前。 授業中も分かっているくせに当てられると当てた先生の方が慌てふためき、 自己嫌悪に陥るほど非常に落ち込んでみたり等、その悪行は尽きない。
当然の如く、他の特に男子生徒からは虐められたが
「どうして、僕をそっとしておいてくれないんだ・・・」
と、青い吐息を吐くだけで、女生徒から黄色い声が飛ぶ。 野郎側の評判が悪くても、女子生徒からはチヤホヤされていた。 もちろん、現在の彼は自分の非を認めていない。 見事なまでに記憶から欠落してしまっている。
今日は今日で、因縁をつけてきた不良生徒に絡まれ、 わざと体育の先生が通りかかったところで殴られてみた。 現行犯で連れて行かれる彼らの背中を満足げに見送った後、 今日も帰宅の路につく。そんな日々が彼の中学時代であった。
「エミリオ!」
「おねえちゃん・・・」
どんと背中を押されたので慌てて振り向く。 そこには元気溌剌のウェンディーが居る。
「またそんな顔してんだから!」
今よりももっと子供っぽく無邪気な彼女であったが、 姉が居なくなってもう半年が経過していた頃である。 それでも全く影を見せず、むしろ以前よりも活発そうにみえた。 隣に住んでいるので帰り道が一緒になるのである。 そして、、、
「よっ、エミリオ! ウェンディーも一緒か?」
「・・・やぁ、バーン。」
「つぅぁーったく! シケタ面してんじゃねーよ! ほら、こうして笑ってみな?」
バーンはふにふにとエミリオの両頬をつねってみる。
「バーン! エミリオ嫌がってるじゃない!」
二年前でも全く同じ服装のバーンはそういわれて手を離した。 いや、二年前からずっと衣装が変わってないだけだが。 箱舟高校三年生の彼と彼らが出会ったのは本当に些細な偶然であった。 高校生からタカラれていたエミリオをウェンディーが助けようとした所、 相手が仲間を呼んでコレはヤバイ・・・と思っていたところを 助けてくれたのである。
そこでにこやかな応対をしてしまうと、 “ちょっと翳りのあるシャイな美少年”の自分のイメージが崩れてしまう。 エミリオは自分が培っている仮面を被ることにした。 そしてずっとそれを続けている。お陰でウェンディーにも仮面を外した自分を 見せることが出来なくなった。それは彼自身の大きなミスだったのだけれども。
自販機でジュースを買って、三人並んで飲んで歩いた。 エミリオはコーヒー(とは表記されているが多分にコーヒー牛乳)、 ウェンディーはお茶。バーンはコーラ。 バーンとウェンディーが話しているのをエミリオは冷めた感情で観察していた。
コーヒーの缶を狙いを定めて地面に放る。 それはタイミングよく歩いているバーンの足元に転がって 右足に踏みつけられる。しかし、小さ目のスチール缶はそんなことでは形を変えない。 ずるっとバーンは足を取られて、見事なまでにひっくり返る。
「うわっ!」
ゴチッと後頭部から地面に衝突したバーンにエミリオはフッと満足そうな笑みを浮かべた。
「だっ、大丈夫バーン!?」
チッ、エミリオは邪悪なほど引きつった表情を浮かべる。 ウェンディーが駆け寄ったのが彼にはとても気に入らなかった。
「ごめんよ。缶落としちゃって・・・」
「もう! エミリオ気をつけないと! バーンがバカに成っちゃったらどうするのよ!」
「アハハハハ、大丈夫だって。これ以上バカになりゃしねーさ!」
エミリオが突っ込みたかった言葉を、バーンに先に言われてしまう。 エミリオは気恥ずかしさで一杯になって俯いてしまうが、 彼らはそれを、エミリオが自分を責めているのだと勘違いする。
「まっ、オレだから良かったようなもんだ。 気をつけるんだぞ?」
エミリオはコクンと頷いてみせる。どうも調子が狂う。 バーンにだけは何をしてもあっさりと受け入れられてしまうのだ。 彼は他の騙しやすい大人たちとは彼は全く違っていた。 それだけバーンが純朴であり、そして強かったからであろう。
ちなみに、彼らは気が付かなかったが、 そんな微笑ましい一部始終は全て屋根の上からキース・エヴァンス(夏なのにコートにマント)に見張られていた。 キースはバーンと対決するために、ずっと彼を見張っていたのである。 彼の高いところ好きは決して、バーンとの闘いの最中、頭を打ってから始まったものではなかった。
更に言えばキースも、アングラの“可愛い男の子情報”で仕入れた情報でこの町にやってきていた カルロ・ベルフロンド(22歳)から望遠鏡で見張られていることに気が付かなかった。 まぁ、彼は赴任してきたばかりのゲイツに不信人物として事情聴衆されることになるのだが。
アレから少し経って、箱舟高校で爆発が起きて、バーンは大怪我を負った。 それからウェンディーが高校に進学し、特に仮面を被る必要が無くなったあの時に、 カラカイに来た奴を思わずボコらなければ今でも昔の様に自分は内向的だったろうか? それとも、自分が仮面を被らなければ今ごろウェンディーは自分に振り向いてくれただろうか? エミリオは少しだけ、懐かしい思いに駆られていた。「わっはっは! はなたれこぞうだったわけだな!」
「うっせーんだよ。」
せつなの声がエミリオを現実に戻し、そしてエミリオはせつなを踏みつける。 じたばたともがくせつなの感触に、エミリオは今というものが過去から 成り立っているということに思いを馳せていた。しかし、さすがに“W”の影は あの頃から彼らの上に覆い被さっていた事までは気が付かなかったのである。