番外編〜夏休み特別企画そのII
夏祭、夜空に消えた打ち上げ花火!〜
「到着予定時刻七時、現時刻七時ジャスト。作戦に抜かりはなかったな。 じゃ、あとは解散だ。鍵は渡しとくから飽きたら勝手に帰ってくれ。」「あんた、他に無いのかよ・・・」
どうしてこう和服が似合うのだろう、ガデスに浴衣は良く似合う。 筋肉質の体に浴衣はむしろプロレスラーのローブに近いのだが、 相撲取りの親方のような妙な存在感、威厳みたいな物を醸し出している。
例によってナンパを前提にしているガデスに対して、 例によって冷めてるエミリオ、そして、
「わーっはっはっはっはっはっはっはっはっははっはっはっはっはっはっはっは!!!!」
いつもの倍はハイなせつな。
サントリー『アバンティ』でも夏祭ネタをやっていた(99/8/21)のだが、 更に遅れてしまった箱船神社夏祭である。良いんだ残暑を乗り切る祭りだから。 何でもいいけど「バーに入るなら夕方の開店直後、云々」 と言う台詞が何処の引用なのかご存知の方はご一報頂きたい。作者は極度の出不精なので現地取材は無し。と言うか 祭りに行っても由来なんかを調べて出店は見ない人である。 そういう訳で今回かなりいい加減、憶測である。 実の所、余所のネタが混ざってる時点でいつもと芸風が違ってたりする。 ご了承されたい。
さて、箱船神社の大鳥居の前に彼らは居る。 エミリオは普段着であるがせつなは白い浴衣、何故か背中に“闇”の一文字。 右も左も露店が並び焼きソバや焼きイカ、トウモロコシの醤油の香りが立ち込める。 ガデスは既に人込みに紛れ見えなくなっていた。 彼の背丈ならばちょっと探せば見つかりそうな気もするが、付いて行くのも野暮である。
せつなと言えばお祭り気分で顔が上気している。 ちょろちょろ、きょろきょろと道路の脇にひしめく店先を覗いている。 ガデスから特別徴収しておいた軍資金は今日一日で使うには余りあるほどだ。 せつながハイなのも無理はない。エミリオは自分の小遣いの足しにするつもりであるが。
「はっはっはっは!なにをしている!!きんぎょがにげてしまうぞっ!!!」
「洪水にでも成らない限り、逃げねーよ。」
「はっはっはっは!わなげのわがなくなってしまうぞ!」
「お前が下手っくそだからだよ。」
「はっはっはっは!わたあめがしぼんでしまうぞ!」
「じゃぁ早く食えよ・・・ってもしかして、俺ってせつなのお守りか?」
さすがはエミリオ、よくぞ気が付いた。 祭りだと言うのに脇目も振らず、せつなが迷子にならないようにずっと見張っているだけな自分。 お陰で艶な風情のソニアさんとすれ違っていたのだが全く気が付かなかった。 まぁ、向こうも妄想でいっぱいでエミリオに気が付くどころの話ではなかったが。
「よう、エミリオ。せつなのお守りか?」
「エミリオーっ、こんばんわ♪」
自分の存在理由に疑問を持ち始めた頃、バーンとウェンディーが向こうから声を掛けてきた。 バーンは例によっていつもの格好、ウェンディーはピンク基調の粋な浴衣である。
「しっかしよぉ、祭りなんだからさ、お前も少しはそれっぽい格好したらどうだ?」
「その台詞、そのまま返すよ。」
「いやいや、バーンは年中お祭り男だ。敢えて浴衣なんか着る必要はない。」
場が凍り付く。
「ふっ、どうした? 君らと同じ高さで登場したのがそんなに気に入ってくれたか?」
「・・・あのな。」
後ろから話の輪に潜り込んできたキースは、彼らを脱力させても全く意に介すことなくジェントルマンの風格を失わない。 彼の青い浴衣は見た目は涼やかであるが、彼が言葉を発すると辺りの熱気を削ぐ程のパワーが発揮される。
「それはそうと、近頃の屋台は脆いな。本当は屋台の屋根から声を掛けたかったのだが」
「・・・迷惑だよ。」
エミリオが冷静に突っ込む。
「なぁ、バーン。こうして二人っきりで歩くのも久しぶりだな。」
聞いちゃいないキース。バーンの肩に手をやって、すたすたと歩いて行こうとする。 バーンはその手をやんわりと振りほどいてエミリオの方を向いた。
「・・・あれ? ウェンディー・・・?」
「・・・?・・・せつな??」
コイツどうにかしてくれ、みたいな事を言おうとしたが彼女の姿が無い事に 驚いたバーンと、そう言われてみるとせつなも見失っている事に気が付いたエミリオ。 やれやれといった様子のキース。
「おいおい、冗談じゃないぜ。ウェンディ?ウェンディ!?」
辺りを見回した後、見当をつけて駆け出すバーン。エミリオは仕方ないのでとりあえず付いてってみる。
「あっ、ごめん。。。」
彼女はちょっと離れた所で、突っ立っていた。バーンは急いで駆け寄る。
「疲れたのか?ちょっと休む?」
「うん・・・ちょっと・・・」
ウェンディーは考え事をしていたのだ。元はといえばふらふらと歩いていた ソニアに気が付いて、そして彼女の浴衣に目が行ったのだ。ウェンディーはそこに釘付けになった。 通り過ぎるソニアの、涼やかな白と水色の浴衣には見覚えがあったのだ。 色さえ違うが、自分の浴衣と同じ柄である。そして、自分と同じ柄は自分の姉しか持っていないはずでないのだ。 それを何故彼女が・・・ウェンディーの心臓は高鳴っていた。
「な、無理するなよ。」
「大丈夫・・・ありがとう。」
バーンはこれで結構心配性である。ウェンディーの方もそんなバーンの癖を知ってる。 バーンの言葉には嘘偽りはないし、心配しすぎてどうのと言うのも無い。 彼は正直な言葉が欲しいだけである。彼女の方はそんなバーンを信じている。 だから、決して嘘をついてまで安心させたりしない事にしている。
「・・・せつなの奴、何処行ったんだ?」
エミリオは慎ましく会話を交わす二人を遠めに、そしてちょっと 羨ましそうに見ながらせつなは行方不明に成っている事に気が付いた。
さて、夏祭といえば逢い引き。袖が触れるも一夜の縁と言う訳で 意気投合した男女が何処とも無くしけこんでしまうのは古今を通じて同じである。 祭りというのは元々、抑圧されたリビドーの放出とか何とか言われてますし。 まぁ、実際そこまで行かなくても良縁を探すため、出会いのチャンスと思っている人も少なくはなかろう。
おりしも箱船神社は丘の上、他人の目をはばむには絶好の場所である。 そんな薄暗い木々の下に居るのはパティ、そしていつのまにか拉致されていたせつな。 せつなは木の幹に縛られ、残虐な魔女の手に委ねられようとしている。
「せつなちゃん」
微笑んでいるのに、どうして目が据わっているのだろう。 仮面を付けているように、彼女の顔は不気味だった。 無邪気さと裏腹の淫靡さが彼女から立ち込める。
「おねぇさんと、イイ事しようね。」
カエルを今から呑み込もうとするヘビの目で、パティはせつなに迫っていく。 彼の浴衣の前をはだけると白く幼い体が外気に晒された。背筋に冷たい物が走る。
「・・・ねぇ・・・着物が崩れちゃう・・・」
「大丈夫だよ・・・」
近くでもカップルが逢瀬を楽しんでいるようだ。 もちろん、良い子のせつなはパティが何を欲しているか、そして近く遠く 聞こえる苦しげな声が何を意味しているかは分からない。 ただ、本能的に危機であることを悟っていた。パティの指が彼の帯に架かった。
パーン、景気良く花火が上がる。一瞬辺りは明るくなった。
「!!!パティ!?」
「・・・・・・・・先生」
隣りで素っ頓狂な声を上げたのは誰であろう、化学教師カルロ・ベルフロント、 そして驚いて浴衣の襟を直すのはその妹レジーナ。教育者としてかなりヤバいシチュエーションであるが、 それはパティも同様である。学生に有るまじき行為だ。
暫く対峙する三人、 せつなは何が起きたか判らなかったが、急に、体を縛っていた縄が切れた。 これ幸いと脱兎の如く、いや彼の場合は犬なのだが駆け出した。
「・・・証拠、無くなったわね。」
パティはやれやれといった感じで、只の中の良い兄妹にしか見えないカルロとレジーナを ちらりと見ながら呟いた。しかし、二人は前を見たまま動こうとしない。 夜空に光の華が咲く、その度に彼らが恐怖に凍り付いている事が判る。 パティも嫌な予感がしながら、その方向を向いた。
「チッ、奴め、一匹逃がしやがったなぁ・・・まぁ、良いさ。餓鬼はバラシ甲斐がねぇもんなぁ。」
赤く青く、そして黄色い光りが一人の男を照らし出した。 実験室から持ち出したナイフが彼の手の中で落ち行く光が反射する。どぎつい極彩色の世界の中、男は誰よりも白い。
「花火は良いよなぁ。お前らも花火みたいに夜空を飾ってくれよぉ、赤い血でなぁ!!」
せつなを助けた男はそこには居なかった。居たのはブラド悪。 三人がどうやってこの危機を切り抜けたかは余りに凄惨な話になるのでギャグ主体のマジせつでは書けない。 そんな訳で今回はこの辺でチョン。