8月のテーマ「海」

「死途柄杓」

御於紗馬

 偶には釣りも良いと思って、とっておきのスポットに船頭さんと二人で釣り糸を垂らしております。やぁ、やはり暑い夏は、死と隣り合わせの夜の船釣りに限ります。
 と、おや? 何かの気配が近づいてきますよ? よしっ、これは大物の予感……
「ひしゃくをくれぇ〜〜」
 地獄の底から響く様な、恨めしげな声とともに、白い手が、手が、手が! いつの間に囲まれたのか、水面からはニョキニョキと見渡す限り、細く青白い指先が、あああっ!
「旦那! ズボン下ろしちゃなんねぇ!」
「えー、ひんやりして気持ち良さそうじゃないですかぁ〜」
 船頭さんの話では、これは海の妖怪、舟幽霊。ヒシャクを渡すとえっちらおっちら海水を船中に注ぎ始める困ったチャン達であります。さりとて、ガン無視かますのも考えもの。物の怪とは言え私のような若造からすれば大先輩です。とりあえず挨拶に伺います。
「えー、どもどもども」
「それは会釈だぁ〜 ひしゃくをくれぇ〜」
「おおっと、驚いた。良いノリじゃないですか。まずは一献」
「それはお酌だぁ〜 ひしゃくをくれぇ〜」
「って、俺、何でスピリタスなんか持ってんだよ! 割らないと!」
「それは希釈だぁ〜 ひしゃくをくれぇ〜」
「ちゃららら〜 ちゃらららーららら ららららー」
「それは必殺だぁ〜 ひしゃくをくれぇ〜」
「ああん、このブラきつぅぃ☆」
「それは試着だぁ〜 ひしゃくをくれぇ〜」
「うわ滑った、武士の情け!」
「それは介錯だぁ〜 ひしゃくをくれぇ〜」
「ああ、こんな事なら素直に柄杓を渡しておけばよかった……」
「それは呵責だぁ〜 ひしゃくをくれぇ〜」
「「おのれマジンガー……」」
「それは男爵だぁ〜 ひしゃくをくれぇ〜」
「今の判ったのかよ! しかし、こんなこともあろうかと……」
「それは秘策だぁ〜 ……ああっ!?」
 とくと見よ! 闇を切り開くサンライトイエローの直射日光! 私の巧みな話術に引き寄せられた海の亡者を一掃する夜明けの光! 輝き渡るさざ波はまさに、忌むべき闇の存在に人間(主に私)の英知が勝利したことを、遠慮なく祝福してくれている!
「変なポーズ決めるのも良いけどよぉ、早く服、着てくれよぉ」
「おっと、これは顰蹙」

 と、その時は良かったのですが、連中、私の家まで着いて来ちゃったらしくって。台所で湯を沸かそうとするとヤカンから手が出て来て言うのです。
「最後に熱いお茶をくれぇ〜」
 や、そんなオチ無視してやります。 ピーっと湯気噴く様は、まるで癇癪。
自己批判:あきらかにおかしい

怪談じゃなくて、猥談だろ、これ。
御於紗馬は素が下品なので、大威張りでこういうのを送ってしまう悪い所があります。
三日ぐらいしないと、やばいって気がつかないの。危険。

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