117. アメリカの軍の基地の学校


杉田荘治


はじめに
   現在(2003年12月)、アメリカの軍の基地のなかにある学校は、国内、海外を併せて222校
   ある。
   そのうち国内のいくつかの学校を予算の関係で国防総省は閉鎖しようとしているとWashington
   Post紙(12/19)号が報じている。 そこで先ず国防総省の資料から基地の学校について概観し、
   その後、Washingto Post紙の記事および廃止が大きな問題になっている一校を取り上げて、こ
   の問題について述べることにする。

T 国防総省の資料から
  1. 経過
   第二次大戦の終戦直後、アメリカの軍当局は、それまでに国内の基地には既に学校は設置され
   ていたが新たにヨーロッパや太平洋方面に駐留する軍人の子供たちのために学校を創った。
   最初は軍の1部門がこれを担当していたが、学校も増えてきたので民間人に経営を任せ軍がこ
   れを支援する方式にし、その一つは海外駐留軍のためのDoDDSであり、他の一つはアメリカ国内
   の学校を包含するDDESSとした。 しかし1994年にこの二つの組織を統合してDoDEA: the
   Depatment of Defense Education Activity(国防総省教育事業)として現在に至っている。

  2. 組織と生徒
   前述のように国防総省の民間政府機関:civilian agencyでVirginia州のArlingtonに本部がある。
   三領域に分かれ、それぞれに長がおり、また地方ごとに教育長が置かれている。
   生徒は基地にいるアメリカ軍人と沿岸警備隊、公衆衛生総局、海洋大気圏局など民間政府
   機関で働く人の子供たちで、小学生から12年生までである。 例外的に幼稚園が併設され
   ている。

  3. 現状
   ○ 国内では20ヶ所  州としてはAlabama, Georgia, Kentucky, New York, North Carolina, South
       Carolina, VirginiaそしてGuam, Puerto Rico で69校
   ○ 海外では13ヶ国  すなわち、Barain, Belgium, Cuba, England, Germany, Iceland, Italy, 日本、
       韓国、Netherland, Portugal, Spain, Turkey で153校

   ○ 教員  8,785名 (海外: 6,185名、 国内: 2,800名)
      生徒  102,600名 (海外: 71,100名、 国内: 31,500名)
     なお、生徒の比率は次ぎのとおりである。

 軍の系列   海外の基地 %  国内の基地 %
  陸軍     35     62
  海軍     15      9
  海兵隊      6     15
  空軍     29      7
 民間政府機関      15      6
   計    100    100

   ○ 生徒の成績
     通常の学校と同じカリキュラムであるが、高校卒業率は97%、で高い。また2002年度の卒業生
     のうち、3,012名の者が奨学資金を得てその総額は3,500万ドルになる。 またTerra Novaテス
     トを3年生から11年生まで受けているが極めて良い成績である。
     4年生と8年生は全米教育向上テスト: National Assessment of Education Progress: NAEPを
     受けているが全米の州のそれと較べると常に上位にある。 次ぎの表でこれを示そう。

   年度   2002年    2002年   2000年  2000年  2000年   2000年 
 学年と教科 4年生リーディング 8年生リーディング 4年生数学 8年生数学 4年生理科 8年生理科
 国内基地の
  生徒全体
   4位    2位   8位   9位   6位   4位
  国内
  アフリカ系
   1位    2位   1位   1位   1位   2位
  国内
  ヒスパニック
   2位    1位   2位   4位   1位   1位
 海外基地の
  生徒全体
   5位    1位   8位   8位   7位   4位
  海外
  アフリカ系
   1位    1位   4位   2位   2位   1位
  海外
  ヒスパニック
   2位    2位   4位   2位   2位   2位

U Washington Post (2003. 12. 19)号から
   アメリカ国防総省は国内の基地にあるいくつかの学校を閉鎖しようとしている。 それは主として予算上
   の理由によるものであるが、そのなかにはVirginia州のQuantic海兵隊基地にある四つの学校も含まれ
   ている。 今、国内には69校あるが、その年間の費用は3億6,300万ドルである。 もっとも、グァムとプエ
   ルト・リコにあるものなど11校は廃止の対象にはなっていない。

   しかし隊員たちは、基地の学校では、子供たちにピッタリ合った教育をしてくれるし、子供たちは伸び伸びし
   た環境でクラスも小さく、時には12名よりも少ないクラスで学校を楽しんでいる。 窮屈な兵舎の生活に
   我慢できるのは、そのためであると言っている。 もし地区の通常の学校へ行かなければならないように
   なると、そこではいつでも新参者で、また大きな学校に飲み込まれてしまうことを心配している。

   Quantic基地内には小学校が3校と中等学校と高校を一緒にした学校が1校あり、生徒数は約800名である。
   しかも今後3年間で1,500名に増えるものと予想されるが、そのため新しい基地の建物も必要になってくる
   し、生徒一人当たりの費用も年間、8,800ドルと試算される。 通常の公立学校では7,500ドルであるが。

   しかし、もし基地の生徒を受け入れるとなると、Prince Williams教育区教委としても大変なことになる。そこ
   には現在、63,000名の生徒がいて満杯状態であるからである。 従って国防総省とは意見が少し異な
   り、統合参謀本部の考えは売店や兵舎の建物の費用をカットして、「基地の学校は2005年までには
   閉鎖しないだろう」と国防総省のスポークスマンが言っている。

   時あたかもイラクやアフガニスタンでの戦闘に備えて軍は更に隊員の訓練を強化しなければならないとき
   にさしかかっていると、Washingto Postの記事は殆どQuantic基地の学校のことで占められているので
   別の資料も参照しながら別項で詳述することにする。

V Quantic海兵隊基地とは
   このVirginia州にある基地には6,500名の海兵隊員、6,200名の沿岸警備隊員など民間政府機関
   の隊員、その家族3,600名が住んでいる。 面積は6万エーカー。 この巨大で、いろいろな人種の
   グループは周辺の町や地方に大きな影響を与えているが、海兵隊については中位の階級の隊員が1年
   ないし2年、特別な訓練を受ける場である。

   ここQuanticや南部の州では人種差別の痕跡が残っているが、ここでは軍によって運営されてい
   るので、隊員たちは、そのような懸念もなく安心して良い学校へ子供たちを通わせることができて
   いる。

   事実、NAEPテストでも高得点を取り、また白人、アジア系と黒人、ヒスパニック系の生徒との得点差
   も極めて小さいし、親の教育への参加の度合いも高い。

   ○ 地域との連携
    「市民と軍との提携委員会」を設け、市民の代表と基地の士官たちでこれを構成し、基地司令官と二つ
    の商工会議所の会長が名誉職として協力している。 海兵隊や民間政府機関の隊員たちも地域の行事
    には積極的に参加するし、また一般市民も基地の行事に招待されている。
    毎年、全国的な行事であるWashington地域少女サッカー・トーナメントのようないろいろなスポーツ行事
    に基地はホスト役を務めているし、その他ボーイスカウトなどにも協力している。

   ○ 学校の昼食時の風景
    ランチタイムの鐘が響き渡るとバリトンの歌が子供たちのどよめきに混じって流れている。 校内の簡易
    食堂には低い小さな椅子に、緑色のカモフラージされた服を着た頑健な海兵隊員たちがバリバリと音を
    立てて座り、笑いながら子供たちとランチを一緒に食べている。

    また時には中尉と大佐の海兵隊の士官が赤レンガの校舎に入っていって授業を参観している。 
    その教室の壁には23名生徒全員の名前が書かれたポスターが貼ってあり、生徒一人ひとりの名前の下
    には彼らが今までに住んでいた土地の名前が書かれてある。 このようにここでは毎年、1/3以上の生徒
    が入れ替わるが、士官の一人は「もし、学校がなかったならば基地に勤めはしなかっただろう」と語って
    いる。(この項資料: Dcmilitary. com)

コメント 
   ご覧のとおりであるが、基地の学校の功罪について国防総省は45,000名の親たちに今年1月にア
   ンケートを取ったが圧倒的にその存続を望む声が強く、予算上の問題や議会との関係、また基地の
   生徒が地区の通常の学校に通い直接インパクトを与えることを期待するなどの意見はあるものの、
   統合参謀本部意見のように当面、その廃止はないのではないかと考えられる。 
   また基地で家族をもち学校に通うような子供のある隊員は中位または上位の隊員や士官などであ
   ろうが、それでも生徒の人種による学力差が極めて少ないことも示唆に富んでいる。同じように良い
   教員、良い設備などの教育環境で教育されることの意味を考えさせるからである。

   なお、兵庫教育大學の成田 滋教授によれば、「Dod学校(Dept of Defense School)ですが、
   わが国では関東では横須賀と横田、座間の基地内にあり、私の友人がいて毎月、そこでPhi Delta
  Kappa-PDKという学会の例会を開いて研修しており、私もPDKのメンバーです。またわが国にはその
   他、佐世保、三沢、岩国にもDod学校があります」とのことである。情報を頂いこことを感謝しいている。

 2003. 12. 27記         無断転載禁止