136. アメリカで教員組合が市教委と共同で新給与
   体系を創る例


杉田荘治


はじめに
   アメリカ・コロラド州のデンバー市教員組合が市教委と合同して、生徒の成績向上を主にしたメリッ
   ト・ペイ方式の新しい給与体系を創った。 このことについて最近(2004年5月)、New York Timesなど
   が報じているが、ここではまず、それを要約し、その後、合同プロジェクトチームの説明その他から、この
   問題を見ていこう。

T New York Times(5/9/2004)号から
   Denver市教員組合が市教委と協力して新しい教員給与体系を築いている。
   これは4年間かけて試行してきたものであるが、もし市民が2005年11月に実施される選挙のさいに教育
   税の増税を承認するならば、生徒の成績向上をもとにした新しい給与体系が2006年度から実施される。
   これはアメリカの大都会の例としては初めてのものとなる。

   新教員給与体系には市全体としては毎年2,500万ドルの財源増が必要とされ、それは市民一人
   平均61ドルの増税を覚悟させることになる。 またその適用は2006年1月以降の採用者については
   全員についてであるが、現職教員については、その方式を選択するか、それとも従来どおり均等
   方式を望むか各自に決めさせることになっている。

   既に教員組合も共同案に賛成し、教委も決定したが、その増税額をできるだけ少なくするために両者は
   信託基金の利用も考えている。

  全米教育協会(NEA)の見解
   Denver市教員組合が所属する全米教育協会は最初、この新しい給与体系を疑っていた。 という
   のはこの共同の仕方は従来の教員組合の給与に関する団体交渉権を侵すことになり、また教育財
   源を減らしたり、ごまかしたりするために教員を管理職の手によってランク付けをし、彼らが責任を回
   避する手段とするためのものと考えていたからである。

   しかし試行的に、16の学校から637名の教員がこのプロジェクトに参加し、そのうち約600名の者が1年間
   に約1,500ドルものボーナスを受け取ったり、その間、組合と教委がいろいろな交渉を重ねてきていること 
   を知って賛成するようになった。
   市教員組合の幹部であるB. Juppさんも「われわれはこの試行を繰り返すうちに教委との信頼関係
   が強くなり、いろいろな段階で交渉し、また実験的にその都度、懸案事項に取り組んできた」、「教員
   が努力し報いられることは良いことだ」と語っている。 第三者の意見もほぼ同様である。

  課題と対策
   ○ 校長による“えこひいき”や“仕打ち”のおそれ
   ○ 依然として定型化された評定をするのではないか。
   ○ コロラド州学力標準テストと各担任による平素の成績評価との比率をどうするか。
   しかし、これらについても余り心配されていない。 というのは大方の意見は、年一回、実施される州
   の標準テストだけではなく、教員自身による中間テスト、平素の評価などを加味して客観性は保てると
   試行結果からも自信をもっているからである。 従って例えば、音楽教員も楽観視している。

   また新しい給与体系はインターネット上でも算出方法が公開してあり、教員は試算できるようになっ
   ている点も客観性を保つことに役だっている。 例えば、ある教員は今、33,000ドルの給料であるが、最
   大努力し成果を挙げれば100,000ドルを得ることも不可能ではないと、授業を終え教室を出ながら言い意
   欲を沸かせている。

  他の州や大都市の場合と異なる点
   ○ Minneapolis市の場合  
      地区主催の現職教育コースを受け良い成績を収めたと管理職から認められた者に対して2,000ドル
      昇給させる。 その程度のものである。
   ○ Houston市の場合
      主として生徒のテストの得点をもとにしてボーナスが支給されるが、得点以外は余り考慮されない。
   ○ Florida州の場合
      年功だけではなく生徒の成績向上にリンクさせた給与体系であるが、貧しい地区に焦点が当たって
      いる。しかし“でこぼこ列車”のように教員間では不公平感が強い。
   ○ Cincinati市やNew York 市の場合
      教員組合自身がメリットペイ方式の給与体系に反対して実現しなかった。
   ○ Iowa州の場合
      生徒の得点とリンクした給与体系にしようとしたが、それを支えるための財源を確保しなかったので
      実現しなかった。

U 合同プロジェクト・チームの発表から      2004年5月現在
   コロラド州議会はデンバー市の教員組合と教委とが協力してProCompという新教員給与体系のプ
   ロジェクトチームを創り作業を進めてきたことを賞賛しています。 そのチームは、
   ○ 教員5名、教育行政官5名、市民2名で委員会を構成する。
   ○ 1999年〜2003年までの4年間、19の学校から教員が参加し、生徒の成績向上を主にした給
     与体系であるが、その試行の結果、教員がそのような目標をもっていると生徒の学力向上に
     良い影響を与えることがわかった。
   ○ 教委はこの案を2004年2月19日に可決し、教員組合は2004年3月19日に決議して承認を与
     えた。

  査定の要素
   ○ 生徒の学力の向上
      年間の目標を達成したとき、またコロラド州学力標準テストで良い成績を取ったとき、また校内で生徒
      の向上が著しいと判断されたとき、その他によって査定される。
   ○ 教員自身の職能成長
      上級の学位などを取ったとき、全米的に公認を得ている認定証を得たとき、また目標とする講習を履
      修したときなどである。 また外部講習を受けたときは1.000ドルを限度として還付金を与えられる。
   ○ 市場原理から
      教員不足の地域へ赴任したり、不足している教科・科目に従事する有能な教員などに配慮される。

  今後
   これから18月かけて詳細案をつくる。 2005年11月に2,500万ドルの教育税の増税について市民
   の判断を求めることになる。

V 数学教育協会資料からの補足    Jerry Becker
   これはProCoCompの途中経過の報告書といえるものであるが参考になるものが多いと考えるので
   次ぎのように紹介しておこう。 すなわち、
   デンバー市教員組合は今後2年間かけて、生徒の学力向上を給料に反映させた給与体系をつくるため  
   に市教委と合同チームをつくることを承認しました。
   NEAもこのメリット・ペイ式のプランを喜んでいます。すなわち「教員自身で自分たちの運命をきめることが
   できる」からです。 先回はメリット・ペイ式ではあり、校長によって査定されるものでありましたが今回は
   違います。 生徒の成績向上がもとですし、また教員自身によるテストの成績も査定の要素となり、また、教
   員の知識や技能の向上といった職能成長も要素となるからです。 NEA会長Bob Chaseも「今後この試行
   を続けるかどうかは良いデーターに基づいて教員組合自身の意思によって決めるべきです」といっていま
   す。

   この試行チームに今まで、12校から450名の教員が参加しました。 彼らは1年目に500ドルのボーナス
   を得ました。なかには二つの目標を達成したために更に1,000ドル得た者もおります。 Iowa基礎学力テスト
   でも約3分の1の教員は生徒に高い得点を取らせていますし、またある学校では同僚クラス担任のチーム
   による評価でも高い評価を得ています。 このように職能成長ぶりについても評価されています。

   ただ多少、問題はあります。 というのは教委はできるだけ生徒のテストの得点をもとにして査定し
   ようとしますし、教員組合はできるだけ職能成長にウェイトを置こうとするからです。しかしその点
   についても妥協点は測られそうに思われますし、第一なによりも現在のような教職経験による給料
   体系よりは、ずっと優れていると考えているからです。

   3年目になると、この試行を続けるかどうかについて教員組合は投票することになっている。
   【コメント】その後、投票の結果OKとされ2004年まで継続されたのであろう。
  慎重な配慮
   ○ この計画に参加するかどうかは、その学校で85%以上の教員が賛成するか否かできめます。
   ○ 反対する教員には転任することを認めます。
   ○ 校長にもよりますが、Iowa基礎学力テストについても、学校全体で取り組む学校と学年別によ
     るところがあります。
   ○ 教員の職能成長は一人一人が事前に校長と協議して決めます。
   ○ 過去のメリット・ペイ式の欠点は校長によって査定され、15〜20%のトップの教員のみがその
     対象でしたが、今回は「生徒の成績向上」を主なる要素として教員全員が対象になります。  
     
コメント
   ご覧のようにデンバー市教員組合が教委と合同して4年間も試行を重ねながら、メリット・ペイ式
   の新給与体系を創った。その財源の確保も図っているようであるが、市民にとっては教育税の
   増税を覚悟させることになるのでその賛否が問われることになろう。いずれにせよ教員組合の影
   響力が強くなってきている事例である。

 2004. 6. 5記            無断転載禁止