162. アメリカの新教育改革法の修正とコネチカット州等
    の抵抗・NEAも訴え


杉田荘治


はじめに
   149編で「新教育改革法は修正されていくであろう」と記したが、最近、現に修正された。 しかし、
   依然としてコネチカット州などが、この改革法に抵抗している。 このことについて、New York
   Times紙などから要約しよう。

T New York Times (4/18/2005)号から
   Pelling連邦教育相は50州すべての教育長を、この4月7日に召集して新教育改革法の適用
   を一部緩和すると発表した。

    修正された事項
   1 極端に身体不自由な生徒については標準テストから除外することを認めていたが、この規
     定を緩和して、その範囲を広めた。 その結果、約1%の生徒しか適用されなかったものが
     2%ほど増えて3%の生徒になった。
   2. 標準テストについても弾力的な措置をとることを認めた。しかしそのためには結果を重視し、
     それに値するテストでなければならないとした。
   3. 「転校することができる」とする規定も、実際には1%の生徒しか享受していない現状を改めた。
   4. 「指導力十分な教員」規定についても緩和した。 もっともこれは既に昨年、通達済みのもの
    である。

   今回、修正された点は以上のとおりであるが、これらについてはWashington Post(4/7/2005)、
   Education Week(4/13/2005)も報じているが、その内容はほぼ同じである。 また「指導力
   十分な教員」の件については昨年、通達されたとき、第131編でその要約を載せたが、その一部
   を下記しておこう。

      改訂された『指導力十分な教員』とは
                                  資料: 連邦教育省 2004年1月16日発表
    Rod Paige教育長官より、新教育改革法による『指導力十分な教員』の弾力的取り扱いについて
      政府は2005-06年度までに、総ての教員が『指導力十分な教員』になるよう準備してい
      ますが、そのためには彼らは指導力十分であることを示してみせることが必要です。 
      新しい弾力的措置
      合衆国ではすべての教委の約3分の1は田舎(rural)にあります。 数でいえば約5,000教
      委ですが、そこでは数教科、科目を担当している人が多くいます。 彼らに、もっと時間を
      与えることにします。すなわち1教科で『指導力十分』であることが必要ですが、他の担当
      教科、科目については3年間の余裕を与えます。 また彼らに対して向上プランや教育行
      政機関からの援助や優秀教員の手助けなどの方策も講じます。

      U 理科教員に対して
      田舎では理科教員は、しばしば2科目以上を担当しています。これに対し、まちまちな解釈に
      なっていますが、連邦政府はこれについても弾力的措置をとり、「理科一般」でも良いとしま
      すし、また科目ごとの認定でもよいことにします。その際、現職教員は州の厳格なテストで合
      格して「指導力十分」とされる他に、HOUSSE評定の方法を選んでもよいでしょう。このHO
      USSEとは教職経験や専門的知識、技術、教員研修などを総合して「指導力十分」と示して
      みせるものです。
       しかし新しく採用される教員は教える科目について「指導力十分な教員」と認定される必
      要があります。

   以上のように新教育改革法を修正したが、根本的なことについては変更しないので、コネチカット
   州などが抵抗しているのである。
 次ぎの項で述べよう。

           コネチカット州は何故、抵抗しているのか
   反対の理由
   コネチカット州は今まで、州独自のテスト(Connecticut Mastery Test)で、4年生、6年生、8年生
   及び10年生に毎年、テストを実施して効果を挙げている。 それを連邦(NCLB)が求めるように毎
   年、3年生から8年生までのすべての生徒についてテストを実施しなければならないとすれば、3年、
   5年、7年生に新たに実施しなければならなくなる。 その財源をどうするか。 
   連邦から支給されのは7,060万ドルでしかないが、実際には1億1,220万ドルかかる。 したがって
   4,160万ドルを州が余分に支出しなければならず無駄遣いである。 これは違法であり違憲である
   (この項: Washington Times, 4/06/2005号)

    またコネチカット州の教員組合であるConnecticut Education Associationも同州の政策を
   支持して、これまで17年間も州独自のテストで確乎たる成果を挙げてきているのに、連邦政府は
   たんに普遍的な“良好”というレベルに達するというゴールを作ってペーパー・テストを増やしてい
   る。 テストの重層化であり、AYP(適当な年次向上)という官僚的な方法で全米を一つの基準で
   ランク付けをしようとしている、と批判している。

   このような理由で訴訟に持ちこもうとしているが、もしそうなればコネチカット州は全米で最初の
   州となろう。 他の州の動きは不明であるが、これに対して連邦政府は次ぎのような措置を取って
   反論している。 すなわち、

    ○ 連邦政府は2006年度予算でコネチカット州に総額11億ドル以上を支出します。
    ○ Title T予算としても同州へ2001年度に比べて2,330万ドルも増やして、合計1億930万ドル
      を充てています。
    ○ 特別教育助成金としても2001年度より5,190万ドルも増額して合計1億2,800万ドル支給
      します。

    ○ 連邦政府は新教育改革で生徒間の学力ギャップをなくすることを主なる目標にしています。
    ○ コネチカット州は教育で実績を挙げているといっていますが、しかし例えばBridgeports
      Columbus校は今年、半分以上の教員を入れ替えなければならず、またカリキュラムも改正
      しなければならない程でした。 このように新法を適用してみると、その改善点がよくわかる
      筈です。 マイノリティの生徒の成績も極端に悪く、連邦政府はその改善を求めています。

   【参考】 ユタ州も連邦政府に抵抗している。
      ユタ州は現在、州独自の標準テスト(U-PASS : Performance Assessment System for
      Students) で、毎年、国語、書き取り、数学、理科と出席率、卒業率などについて、民族、
      貧困家庭、英語に不自由な生徒、男女別、季節労働者、社会的移動者、身体不自由生徒
      などに区分して、どの学校でも15人以上あれば、その統計を取っている。 そして、それぞ
      れ前の年と学力を比較し評価しているので、これで足りている。  従って連邦(NCLB)に
      よる人口統計上の分類による新たなテストは銭の無駄遣いで、不必要である、としている。

   テキサス州も身体不自由な生徒に対して、既にその9%の者を除いているので、今回の連邦の
   「3%例外」修正条項も影響がないと批判している。

   このように法(NCLB)の趣旨やその目指すゴールには反対しないが、それに対する連邦の予算
   措置の不備や教育に対する連邦政府のコントロールを嫌っているのであるが、コネチカット州の
   ように訴訟に持ち込むかどうかは不明である。 (この項: Christian Science Monitor,
   4/20/2005号)

            参考  新教育改革法の要点

    2001年、アメリカ(U.S.A.)新政権の最重要政策である教育改革について、その包括的
   法案を上院は、91: 8 で、6月14日に、下院は、354: 45で、5月23日に可決した。従って
   超党派的である。
この教育改革法案: The No Child Left Behind は、2002. 1. 8 Bush
   大統領が署名して成立した。

  めざす目標
   ○ 全ての公立学校の3年生から8年生(中2)の生徒が、毎年、英語(Reading) と
     数学のテストを実施
すること。各州が実施するさいは事前に連邦教育省と協議
     すること

   ○ 州の標準テストで向上したことを% で示すこと。 そして12年後、すなわち2013-
     14年には、総て
の学校で総ての生徒が数学とリーディングで『良』レベル: proficient
     に達すること。
 
  ○ 学校全体、教委内全体でもそうでなければならないが、その内訳としての小グ
     ループでもそうであること。すなわち、人種、貧しいなどの経済的背景、英語が不
     自由なグループ、身体的不自
由な生徒など人口統計上の小グ‐プの結果も公表す
     るものとする。
 年次向上プログラム(Adequate Yearly Program: AYPをつくること。
   ○ その年次毎の内容は、基礎である(basic)、良好である(proficient)、上級である
     (advanced)として
卒業(進級)の%、教員の資質・資格、テストを受けなかった生徒の%、
     『改善を要する学校』: School in need of improvement の確認
である。


   ○ [低学力]の公立学校へは、連邦補助金で支援する。 しかし、2年続けて成績不振
     な学校では、
生徒が他の公立学校へ転校することを認める。 さらにもう1年、[成績
     不振]の公立学校、つまり3年そのような状態がつづいた学校へは連邦補
助金を打ち
     切る。そしてチャーター・スクールにすか、州が強制的にその学校を引き継ぐか、或い
     教員を入れ替えて再出発させる

   ○ 高校生については在学中、一回。
   ○ 4年生と8年生は全国教育向上テストに参加すること。

     【資料 第149編から引用】

コメント
   最近、アメリカの新教育改革法は修正された。 しかし、コネチカット州は、連邦政府は予算
   的措置も十分にしないでペーパー・テストを増やしているが、これはテストの重層化であり、
   官僚的な方法で全米を一つの基準でランク付けをしようとしていると批判し、違法、違憲とし
   て訴訟に持ちこもうとしている。 今後の動きに注目したい。

 2005. 4. 21記           無断転載禁止
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 追記  教員組合NEAと幾つかの地方教委が訴えを起こした

   コネチカット州ではないが、アメリカ最大の教員組合であるNEAと8ヶの地方教委が、この4月
   20日にデトロイトにある連邦地裁に訴えを起こした。
 その教委はミシガン州、テキサス州、
   バーモント州に散らばっているが共同して訴訟に持ち込んだ。
  訴えの理由
   予算の保障なくして、いかなる法の執行も強制さることがないことは大原則であるが、連邦
   政府は人種や人口統計上のグループ別に標準テストを強制し、失敗すれば閉校することも
   決めている。 これは違法、違憲である。
 例えば、テキサス州のLaredo教委には30の学校
   と23,000名の生徒がおり年間の予算は1億7,000万ドル規模のものであるが、連邦の求める
   標準テストのために820万ドル、余分に教委が負担しなければならなくなっている。 それは
   標準テストで悪い成績を取った生徒に対して、授業日を多くしたり、土曜日にも開校したりし
   ているためである、と説明している。
   なお、この教委管内の生徒の大部分はヒスパニック系であるが、 しかしバーモント州の田舎
   の教委の生徒は殆ど白人である。

   この訴訟について、このような種類の判例は極めて少なく、また連邦最高裁は最終的には
   予算不足を理由にする訴えについては受け容れないないのではないかとも予想されている。

   【資料 : New York Times 4/21/2005号】
    なおStateline.orgも同じような内容をその4/20号で報じている。 そのなかでユタ州では
   7,600万ドルの余分な支出を、コネチカット州ではその額は800万ドルと述べている。


   その後、Education Weekも4月27日号でNEAの主張を取り上げ「連邦政府は十分な予算も
   用意しないで、法の執行を各州に強制している」など訴えの理由を詳しく述べ、またこれに
   対して連邦政府は「Title T予算に130億ドルも充当している」などの反論も掲げている。
   さらにユタ州は州独自の特別法を作って抵抗しているので、その報復として連邦からの交付
   金の3分の2を失う惧れのあること、テキサス州も同様に120万ドル減額される惧れ、などに
   ついても報じた。

   またBoston Globeも4月26日号でメイン州、バーモント州、またニューハンプシャイアー州も
   訴訟に参加するであろうと報じている。

コメント
   ご覧のとおり、270万人の組合員を擁する教員組合:NEAが訴えを起こしたことの影響は大き
   い。 しかもこれに一部の州や地方教委が実質的に共同参加しているのであるから、連邦裁
   判所も慎重に取り扱わなければならないであろう。 またこのように教員組合と州政府、教委
   が共同しているスタイルもアメリカらしいといえよう。 わが国では、まず考えられない。