187. アメリカの公教育における人種を巡る
   連邦最高裁の態度の変化


杉田荘治


はじめに
   最近、アメリカの公立学校教育において、人種をどのように考慮するかについて、連邦最高
   裁判所に新たな動きが出てきたので、このさい今までの動きも含めてまとめてみることにす
   る。


T 1954年 連邦最高裁は『人種統合(融合)』策を宣言

   1954年5月、連邦最高裁はカンザス州のBrown v. Board of Education of Topeka判決
   で「公立学校教育で人種別にしておくこと自体が違憲である」とした。 すなわち、「人種的
   に分離しているが、施設設備やスタッフなとを平等にした教育は平等である」:"separate
   but equal"という政策や法を違憲としたのである。

  1. 事件の概要
   Kansas州のTopeka市に住んでいたLinda Brownという黒人の女子小学3年生は自宅の
   近くにある小学校は白人専用の小学校であったために入学することが出来なかった。そ
   こで自宅からバス停まで歩き不正確な時間のバスに乗って、黒人専用のモンロー小学校
   まで通わなければならなかった

   そこで父親のOliver Brownさんが有色人種の権利を擁護する団体であるNAACAの支援
   を受けて訴えを起こした。 これに対してDelaware, South Carolina, Virginia それに首
   都Washingtonの約200名の人たちが合流して全米的に訴訟を展開した。 なかには嫌がら
   せや放火された人たちもあり、また裁判所の判決でも多くは敗訴したが、それでも微妙な判
   決もあり、最終的に連邦裁判所の判断を求めることになったのである。

   その判断については前述のように「公教育においては"separate but eqaul (分離はして
   いるが実質的には平等である)とすることを認めず違憲」
と宣言したのである。 9: 0の多数
   。  なおこの判決がなされたとき彼女は小学校の課程を終えていたので、その恩恵に
   浴さなかったといわれる。

  2. 連邦最高裁判決 (原文関係個所)

 
U.S. Supreme Court

BROWN v. BOARD OF EDUCATION, 347 U.S. 483 (1954)

347 U.S. 483

BROWN ET AL. v. BOARD OF EDUCATION OF TOPEKA ET AL.
 APPEAL FROM THE UNITED STATES DISTRICT COURT FOR THE
DISTRICT OF KANSAS. * No. 1.
Argued December 9, 1952. Reargued December 8, 1953.
Decided May 17, 1954.

  左のように、
 連邦最高裁
 ブラウン 対 教委 第347巻
 連邦最高裁分 483頁(1954)
 ブラウン等 対 トペカ教委等
 連邦地裁カンザスNo.1からの
 直接上告
  1952年12月9日と1953年
  12月8日に論点を審議し、
  1954年5月17日に判決した。 

 We conclude that in the field of public education the doctrine of "separate but equal" has
 no place. Separate educational facilities are inherently unequal.
 公教育の分野で「分離はしているが、実質的には平等である」との主義は通らない。施設・設備等を
 分離していこと自体、不平等なのである。

 We have now announced that such segregation is a denial of the equal protection of the
 laws
.  It is so ordered.
 今、宣言する。 このような人種差別は法律的に平等であるべきことから当然に拒否されるべきもの
 である。  そのように判決する。

   関係訴訟一覧

 Kansas州のケース  前述のとおりBrown v. Board of Education
         なお彼女の小学校以外は『人種分離』ではなかった。
 South Carolinaのケース  Briggs v. Elliot
         ここでは小学校と高校で人種分離策がとられていた。 そして地裁は「黒人の学校
         は施設が劣っているので改善するように」と命じたが分離策そのものは改める必要
         はない、と判決した。
 Virginia州のケース  Davis v. County School Board of Prince Edward County
         ここでは3人判事の地裁は「黒人の学校の施設、カリキュラム、通学手段は劣って
         いるので改善するように」と命じたが、訴えた高校生の入学は認めなかった。
 Delaware州のケース  Gebhart v. Belton
         ここでは高校生と小学生が関係者。 衡平法判事は「黒人学校の課外活動、体育施設、
         通学方法、教員1人当たりの生徒数、教員の現職教育などは劣っている」として生徒側
         有利の判断をし、すぐ入学させるように命じた。 これを州の最高裁も認めたので、これ
         を不服として州教委が連邦最高裁に対して「事件移送命令」を出されることを要求して
         いたものである。
 その他Washingto州の場合は全体訴訟の纏め役である。

 コメント
   以上のような判決であるが、しかもそれは9名の全員一致のものであった。 従って当然のこと
   であるが少数説はない。 なお各下級審の判断については上記のとおりである。ある論説で「下級
   審では、総て敗訴した」とあるが、そうではない


   なお判決は出されたが、何時から人種統合(融合)策を実施するかについては曖昧であったので、
   翌1995年に審議され結局「公立学校ではそれを、慎重な速度で実施すること: "with all deliberate
   speed" となった」。 Brown Uといわれるが、これがまた問題を残すことになる。 (この項、
   en.wikipedia.org/wiki/)

U 大學の場合ー連邦最高裁の判断

   大學の場合でも、人種についての取り扱いは入試方法に顕著に表れる。 その典型的な判例
   はミシガン大學のケースであるが、連邦最高裁は「人種の多様性は認めるが、それが極端に
   加点するとか、特別の枠を設定しているような入試要項は違憲である」とした。 そして例えば
   高校卒、標準テストの得点、高校の資質、カリキュラムの程度、地理的な条件、卒業生との関係、
   リーダーシップなどと同じように人種を扱うのであれば合憲としたのである。

   narrowly tailored to the interest といっている。 すなわち、他の要素と同じように限定的に
   人種を考慮することはよい
、とするのである。

   このことについては既に第179編、第87編で述べたので、それによってほしいが、多少新しい
   資料も加味して下記しておこう。

  連邦最高裁『グラッツ』判決
    文理学部志願の白人学生からの『逆差別』との訴え

 GRATZ et al. v. BOLLINGER et al.
  certiorari to the united states court of appeals for the  
 sixth circuit
 No. 02-516. Argued April 1, 2003--Decided June 23, 2003
 グラッツ(訴えた学部志願の白人学生)など 対 ボーリンガ
 (ミシガン大學学長)など   
 第6巡回裁判所に対して、事件移送命令が出されていた。 
 2003年4月1日に論争点審理、 2003年6月23日判決

 グラッツとハマチァという白人学生が1995年と1997年にそれぞれミシガン大学文理学部に志願
  し、高得点であったにもかかわらず不合格になった。 当時、大學側は入試要綱にいろいろな要
  素を取り入れていたが、人種もその一つであった。しかもその人種についてはアフリカ系、ヒスパ
  ニック、アメリカ原住民の3グループには今まで低く処遇されてきたことを考慮して、100点のうち
  20点をボーナスとして加点していた。 グラッツ等はその余波を受けて不合格になったのである。

   判決については前述したように、その入試要項を違憲とした。 6 : 3の多数説

コメント
   ご覧のように人種を限定的に捉えるかどうかが合憲、違憲の分かれとなる。 なおグラッツと
   いう生徒はGPAの標準テストでは3.8点、ACTテストでは25点とともに高得点であった。 また
   第179編で述べたように、この学部のケースの他にミシガン大學ロースクールのケースも同時
   に審理されたが、そのキィポイントは同じである。

V 公立学校(K-12)の場合ーその後、連邦最高裁の判断はしめされていない。

   大學の場合と異なり、公立学校については1954年(Brown Uを含めて)以降、人種を具体的
   にどのように取り扱うかについて、連邦最高裁の判断は示されていない。 そこで、ボストンの
   通学問題なとが頻発するようになってきた。
   このことについては既に第106編第75編で述べたので、それを参照してほしいが、その要点
   を下記しておこう。

  a. 1974年に「学校の人種の統合」により、生徒は通学バスで違った近在の学校へ通うことになっ
    た。そこで市教委は『通学バス』を1975年から始めたが、数年後には溜まった感情が爆発
    しそうになり新たな人種問題になってきた。
  b. そこで1989年に、市教委は市内を3個の通学範囲に分け『人種』と親の『学校選択』希望の両
    方を考慮した『制限された選択』:controlled choice方式を採用することにした。

  c. また2000年の秋から新しい制度になって小学校、中等学校の入学について、市教委は、定員の
    半分は、生徒が歩いて通学できる範囲: walk zones から確保し、残りの半分は近在の学区から
    の生徒を受け入れるという『入学方式』にした。 人種は考慮しないこととし、そのかわりに
    生徒のその学校への距離はどうか、兄弟姉妹についてはどうか、またくじ引きなども要素に
    した方式にしたのである。
  d. 今後さらに再び生徒が歩いて通学できる方向へ戻す案になろう。 

コメント
   
このように多様な人種の構成体と学校選択の余地を残しながら、家族が市内に留まるような
   方向に向かうのであろう。


                      連邦最高裁に新たな動き

   今まで見てきたように、1954年に『人種統合(融合)』策を宣言していらい、大學について
   は判断を示したが、公立学校(k-12)教育の具体的な基準については連邦最高裁は判断
   を示してこなかったので各地区で混乱を引き起こしてきた。


   そこで最近(2006年6月)、同裁判所は次ぎの2件について本格的な審理を開始すること
   にした。 勿論『人種統合(融合)』の原則は堅持するであろうが、その程度について判断
   するものと思われる。 その2件とはSeattle市のケースとKentucky州のケースであるが、
   New York Times(2006年6月6日)号その他巻末に記載する資料により要約しておこう。

 1. Seattle市のケース    
   Parents Involved in Community Schools v. Seattle School Disrict, No.1
    294 F.3d 1085(9th Cir.2002), App'd, No.01-35450 (9th, Cir.2004)
  a. Seattle市の実施要綱
   勿論、公立学校教育で『人種差別』は認めない。 しかし生徒の居住地区などが事実上、
   人種的に分離されている実情があるので、10校の高校の入学については次のような方法
   による。それは、定員オーバーの学校やマイノリティの生徒が75%以上の学校また白人生
   徒が25%以下の学校にのみ適用される。

  ・ 兄弟姉妹が既に入学している生徒については、その申し込みを優先する。
                    この恩恵に浴する者は約15%〜20%
  ・ 人種を考慮する。    この恩恵に浴する者は約10%
  ・ 自宅からの距離を考慮する。    これによる者は70%〜75%
  ・ 抽選      しかし実際には、殆どない。

  b. 今までの経過
   2000年7月に白人生徒が上記の『人種』の理由のために希望する高校に入ることが出来な
   かったので、その親が訴えて出た。 しかし州の最高裁は、これを退け、教委の実施要綱を
   支持した。  ところが連邦の第9巡回裁判所が、2004年7月27日に7:3の多数説で、これを
   破棄し、その要綱を違憲としたのである。 それは明かに人種を選考の一つとしていることを
   問題視したためである。 not narrowly tailored enough to pass..といっている。

  コメント
   このように憲法問題としては混乱している。 しかも黒人の権利の擁護団体であるNAACP
   も、この巡回裁判所の違憲判決を歓迎しているのも奇妙なことである。

 2. Kentucky州のケース
   Meredith v. Jefferson County of Board of Education, 416 F.3d. 513 (6th Cir.2005)
  a. 事実
   Kentucky州のLousville郡で、白人生徒Meredithは2002-2003年度、彼が住んでいる近く
   の学校は定員オーバーのために入学することができなかった。 そしてYという学校を指定さ
   れた。そこで他の学校へ移りたいと申し出たが、そこでも「人種構成」のために受けつけられ
   なかった。 しかも2003-2004年度にも他の学校群やマグネット・スクール等への転校も認
   められなかったので、訴えて出た。
   しかし地裁もこれを退け、第6巡回裁判所も地裁に同意して、これを退けたが連邦最高裁は
   今回、新たに審理することになったのである。

  b.  Louisville郡(Kentucky)教委の実施要綱
   The 2001 Planといわれるが、マグネット・スクールを含めて各学校の黒人生徒の割合を
   15%〜50%とする。 但し、幼稚園、オータナスクール、特殊学校を除く。
   この要綱については、前述のように第6巡回裁も「人種の多様性の尊重、この要綱の弾力
   性、人種的に孤立させるようなことこそ弊害が多いこと」などを述べて合憲としていた。

   なお、この郡教委は学校全体としても「人種」に配慮するとともに、ホームルーム・ティーチァ
   にも各クラスの構成でも配慮すること、5月20日まで意見具申することなどのガイドラインを示
   している。

  【註】マグネット・スクールMagnet Schools とは磁石がものを引きつけるように生徒を都市や
     地域全域から“引きつける”学校である。全米的にコミュニケーション、国際関係、芸術、
     数学、理科などの教科に特別に重点を置くスクールとしてその評価を高めている。
     ニューヨーク市にあるBronx理科高校は最も有名なマグネット・スクールである。「人種」
     による枠や制限がないので、「人種」のために第一希望の学校に入れなかった生徒に
     第2選択として示す必要もあろう。 また今後、現実的な「人種統合(融合)」策を推進してい
     くための有力な方法でもあろう。(参照第143編、第41編の続編

  コメント
   このように、いよいよ連邦最高裁としては無視することができなくなり、その「人種」の範囲
   :extentについて何らかの判断を示す必要が出てきたのである。

参照資料   本文中に記載した判例集の他、
   ○ World & nation, Tuesday, June 6, 2006  ○ SCOTUSblog, June 05, 2006
   ○ NEWS 14 Calorina 6/5/2006         ○ New York Times, 2006/06/05
   ○ PalmBeachPost, 2006/06/06      ○ www,human.tsukuba.ac.jp/^tfujita/  
   ○ www.geocities.co.jp/CollegeLife/

コメント
   1954年に連邦最高裁は『人種統合(融合)』策を宣言していらい、大學については判断を
   示したが、公立学校(k-12)教育の具体的な基準については判断を示してこなかった。

   ところが最近、新たな動きが出てきたので、このさい今までの動きも含めてまとめてみた。
   また今後の対策の一つと考えられるマグネット・スクールにも触れた。

 2006年7月23日記           無断転載禁止