196. 最近の教育諸問題 その2
   
−学習指導要領、飛び級、親がわり、体罰法規の見直しー


杉田荘治


はじめに
    第193編では教育バウチャー、学校評価、教員免許の更新制、メリット・ペイ、ゼロ・トレランスと
   規範などについて述べたが、今回は学習指導要領、飛び級、親がわり、体罰関係法規の見直しな
   どについて考察することにする。

T 学習指導要領
   
最近の学習指導要領はよくできていると考える。 それによれば、例えば高校についても必修もれ
  は起きないはずであるが、更に今後のために次ぎ点を考慮されるとよい。  
すなわち、

  ○ 把握させる、 理解させる、 着目させる、 気付かせる、 留意させる、 認識させる、考察させる、 
    展望させる、 などと丁寧に指導計画や内容の説明がなされているが、
「全体として法規としての性格を
    有する」指導要領としては、できればもっと簡潔に、しか
も集約して記述されたほうが、わかり易い。

  ○ また例えば「地理歴史科の目標を達成するため、教科全体として調和のとれた指導行なわれるよう適
    切に留意すること」とされていることも、時には誤った拡大解釈をすることにもなろう。 そのことは地理、日
    本史、世界史などの目標や留意に任せたほうがよい。
 これは文部省初等中等教育局教務関係研究会
    『教務関係執務ハンドブック』のとこ
ろでも述べたように、丁寧すぎて趣旨が曖昧になったり、また拡大解
    釈などの因にもな
ろう。

  ○ なお一部の教育法学者が指導要領は「全体として指導助言的な基準である」と説明したり、また「大綱的
    な基準である」とか「それにすぎない」などと解説していることも必修もれ≠フ一因になっていよう。 従っ
    て今一度、学校や教員の裁量を認める部分とそうでない部分とを整理して、より明確にされることが必要で
    あると考える。


  【註】 昭和33年の改正で「小学校に教育課程は、この節に定めるもののほか、小学校学習指
     導要領によるものとする」(学校教育法規則25条)とされ、中学校では55条で、高校では57
     条の2で同じように規定されている。
 文部省告示としてで施行されているが「法規命令と
     いう性格をもつことができる」とか「指導助言のための専門的、技術的な参考資料である」、
     「訓示規定である」とする説もある。


U飛び級
   現行のように大学入学資格を18才またはそれ以上とすることは余りにも硬直的といわなけれならないであ
   ろう。 もっとも極く一部で例外的に理数系の大学院を持つ大学につい[一本釣り]のような飛び級入学が
   行なわれているが、これでは不十分である。

 高校2年生について高校長の推薦する者に「センター試験」を出願できるようにし、その後、同センターが相
   当高い得点を公表してそれを越えた生徒に対して、大學へ出願でき
ようにすることができないか。 ご承
   知のように[戦前]でも、旧制高校、陸士、海兵など一部の学校についてであったが、『飛び級入学』が制度とし
   てあった。

 アメリカでは現在約110万人のホームスクールの生徒がいるといわれる。 彼らは高卒の証明書は
  得られないが、
SATT、SATUの高得点の者はその点をクリアし年齢にも関係なく、かなりの生徒が
  
生徒が大學に入学している。
勿論余りにも若過ぎて、青年としての社会的成熟度で幼すぎるのは問題
  であ
るが高校2年生であれば問題はなか
ろう。 なおこ第97編で12才の少年か゛20038月に
  
Chicago大學医学スクールに入学し、順調に学んでいる記述も参考にしてください。 
    わが国でも神童≠ニいわれるような者については上述の高校2年生についての制度とは別
   に考慮されればよい。


V 親がわり  in loco parentis, in the place of parents
    次に考慮すべきことは、教職員は学校においては、生徒の 親がわり ということである。最近、
   教職員にこの意識、自覚が少し薄いのではないか。 懲戒権の範囲内の
体罰についても、この
   ことは必要であると考えるが、それについては第24編の提言、第101編に譲るとして次ぎのことを述べ
   ておこう。


    親は子供の家庭教師や学校の教師にその目的に応じて、必要とされる場合は子供を抑制する
   ことや矯正する権限を委託するのである。 したがってこの親がわり≠ヘ子供の躾について、
   ほとんど無制限に近い権限を与えたのであり、委託された教師はそれについて、あれこれさぐりな
   がら実施することを首尾一貫して支持されてきた。 裁判所は教育者たちが明らかに野蛮に振舞っ
   たとか、理由もなく明かに気まぐれに躾をしたと思われる場合にのみ干渉したのである。

    判例でもそれを見ることができる。 例えばアメリカで生徒の持ち物検査についての最も有名で
   典型的な判例とされるニュージャージー州のNew Jersey v. T.L.O.(1985)でも親がわり≠ノつ

   いて述べている。 while acting in loco parentis, school officials are still reprensentatives
   of the state.  その詳細については第178編を見てほしいが概要を下記しておこう。

     ニュージャージー州のある高校の便所で、二名の女子生徒が喫煙しているのを 発見された。
    そのうちの一人が T.L.O(匿名).で、彼女は一年生であった。便所で喫煙することは校則違反で
    あったので、先生は二人を校長室へ連れていき、そこで副校長のC先生が取り調べに当たった。
    一人は、すぐ「自分は校則に違反していた。」と認めたが、T.L.O.は「自分は今までも便所で喫
    煙したことはないし、今も全く喫っていなかった」と言い張った。


     そこで、C先生は、自分の部屋へ連れていって「財布の中を見せるように」といいそれを開い
    たところ、 一包みの紙巻きタバコが見つかった。 さらに調べていくと、一箱の紙巻きタバコ
    の容器が見つかった。 そこで徹底的に財布の中を調べることにした。すると、 少量のマリファ
    ナとパイプ、空になったプラスチックの容器、1ドル紙幣で包れた相当のお金、T.L.Oに借金し
    ている者のリストカード、そして、Tがマリファナ売人であることを示唆するような二通の手紙
    が出てきた。

     その後、警察署で生徒は「学校でマリファナを 売っていた」と自白した。そこで、その自白と
    証拠とにもとづいて、年少者犯罪として告発された。 しかし、彼女は「学校での、C先生による
    服装・持ち物検査は法律にもとづかない違法のもので、それらの証拠を適用するこは違法で
    あったと、反論した。

     しかし、年少者裁判所は、それを否定し、今回の検査は、その[正当な理由のある疑い]が
    あったとして生徒を一年間の保護観察処分にした。 しかしながら、彼女は、これを不服として控
   訴し、その結果、ニュージャージ州最高裁は、その不服を認めて、それまでの処分を破棄し
て、
   「学校教職員にも、捜査令状を必要とする連邦憲法修正第4条は適用される」 とし、「かき回して
   探した証拠」は、始めから憲法違反であるから、刑事事件の手続き上、証拠として認めることはで
   きない
、としたのである。

    そこで学校側が連邦最高裁判所に訴え出たが、連邦最高裁判所に至ってようやくそれを破棄し
   て正当なな服装(持ち物)検査であったと結論されたのである。
 この判決のなかで前述のように
   親がわり≠ノついて述べている。

W 体罰関係法規の見直し
   関係法令は

   ○学校教育法 11条: 「校長および教員は教育上、必要があると認めるときは監督庁の定めると
                 ころにより、
学生・生徒および児童に懲戒を加えることができる。ただし、体
                 罰を加えることはできない。」

   ○学校教育法施行規則 13条:「校長および教員が児童等に懲戒を加えるに当たっては、児童等の
                 心身の発達に応ずるな
ど教育上必要な配慮をしなければならない。」である。

  1  具体的には次ぎの回答、通知であるが、この見直しが必要であろう。 すなわち、
   法務府法務調査意見長官回答 『児童懲戒権の限界について』 昭和23年12月22日
     この全文については第2編を見てほしいが、
高知県警察隊長からの照会に対しての回答(要旨)
    である。同様な通知
が文部省からも出されている。 しかし「義務教育では懲戒として授業を受け
    させないことは
許されない」とするなど改正する必要な個所もあるように思われる。

  【コメント】
     丁度、この原稿を書いている2007年2月6日
、共同通信、日経新聞、産経新聞などは「この
    5日、文部科学省は、居残り、起立は体罰とせず、とか教室外への退去は容認する通知を全
    国教委に通知した」と報じている。 結構なことである。 すなわち、

     「教員や他の児童生徒に対する暴力を正当防衛として制止する」「教室の秩序維持のために、
     室外で別の指導を受けさせる」ことなども許容される罰として例示。 「授業中に通話した場合
     に携帯電話を一時的に預かる」行為も認める。 また学校教育法で禁じられている「体罰」の
     基準について「居残り指導や授業中に起立を命じるなど、肉体的苦痛を与えない行為は体
     罰ではない」といった見解を明らかにした。 何を体罰とするかの文科省見解は初。「教師が
     体罰の範囲を誤解して萎縮することがないようにしたい」(同省児童生徒課)としている、など
     である。

      なおこの新しい通知は、6年前に記載した第26編や最近の第195編の提言と同じ趣旨の
     ものであろう。 すなわち、
       ー 騒ぎをしずめたり、暴力行為を排除するなどのために、学校の教職員が、
         力を行使することは、体罰ではない ー

      わが国では、学校教育法で禁じられている体罰と生徒の暴力行為を排除したり、騒ぎ
     を静めてクラスの秩序を回復・維持したりするなど、合理的な理由のある場合、教職員が
     [力を行使]する正当な行為とを混同して、その行為を違法視するきらいがあるが、そうで
     はない。

   2 文部省初等中等教育局教務関係研究会 『教務関係執務ハンドブック』
      
これについても全文は第2編を見てください。 適切な指針であると考えるが、残念ながら
     教育関係者には殆ど知られていない。
 数年前にK大法学部から大学祭の模擬裁判で利用
     
したいとして、それについて尋ねられたことがあったが、「全く知られていない」と答えた。

   【コメント】 今回新たに文部科学省から前述のように通知が出されたので、この検討は不必要
         になったが、今までこの『ハンドブック』は多くの学校にある例規集に含まれている。
         いずれ削除されよう。  また判例としては次ぎに述べるものが、この『ハンドブック』と
         同じような趣旨であるが、それについては第180編を参照してください。

      以上のように体罰関係法規について具体的に見直しされたことは結構なことである。ところ
     が今までは下記のような風潮が強くなってきていたのである。 例えば、
      
至文堂『現代のエスプリ 302号』 現代の教育に欠けるもの、1992年/9月号のなかで杉田
       の論考とともに杉原 誠四郎教授が次ぎのようにコメントされている。 
152頁 すなわち、
       部省では、「軽く叩く等の軽微な身体な身体に対する侵害を加えることも事実上の懲戒
の一種
       として許されると解釈するのが相当であろう」と、実情にあった解釈をしていた。
しかるに、最近、
       身体に触れるだけで、法定禁止の「体罰」でというような、あえて言えば異
常な風潮になったの
       である。
などがそうである。

      その後国立教育政策研究所生徒指導研究センターでは、「生徒指導体制の在り方について
     の調査研究」報告書−規範意識の醸成を目指して−」を出したりしておられたようであるが、今回、
     教育再生会議の提言もあり、踏みきったものと思われる。


おわりに
     ご覧のとおり学習指導要領、飛び級、親がわり論などについて述べた。 また体罰関係法規
    の見直しについても触れたが、最近、文部科学省から新たな通知が出されたことはよいことで、
    教育再生会議と協力してなされた効果の一つといえよう。 なお、学校評価、教員免許の更新
    制、メリット・ペイ、『教員奨励基金』などについては併せて第193編『その1』を参照してください。

 2007年2月7日記           無断転載禁止