205. アメリカの新しい教員組合主義の兆し


杉田荘治


はじめに
    アメリカでは、今後10年間に退職補充を含めて200万人もの新任教員を採用しなければ
   ならない。 そこで教員組合も今までのあり方でよいのかという疑問が出てきている。
   それについて最近、ハーバード大學のSusan Moore Johnson教授のプロジェクトチーム
   が調査した結果が報告された。 ASCD SmartBriefもこれを高く評価しているので、その
   原典資料を要約して紹介する。 

  
  Teachers Union Presidents Speak on Change, Challenges 【教員組合
    委員長たちは、われわれは変化し挑戦しなければならない、といっている】 
      2007年6月28日刊
 

  
 問題点
  1 わが国における二大教員組合は全米教育協会:NEAとアメリカ教員連盟:AFTであるが、
    実際には幾千という各地方の教員組合が、州の定めた規定によって、それぞれの交渉事
    項について当局と交渉しているのである。 すなわち、NEA, AFTそのものは連邦政府を交
    渉相手にすることはできないのである。 この点が世界各国の場合と異なる。
 
註 NEA,
    
AFTについては後述1を参照してください】

    従って合意事項は学級定員とか授業日・時間、カリキュラム、教科書、教員評価などの問
   題に限られ、全国的な問題には及ばないのである。 例えば(落ちこぼれ生徒を全くつくらな
   い法):NCLB法の現状や問題点についての交渉、その結果責任、チァータースクールとの競
   争、私立学校のバウチァー制度
また問題のある公立学校の直接管理の問題などについて
   教員組合自身が真剣でなかった事実を認めなければならない。

  2 批評家たちも「教員組合は時代おくれで、議事妨害をする組織である」、「自分たちの賃金
   や労働条件に固執し、既得権を守ることにのみ熱心である」といっている。


   
変化の兆し
  1. しかし、われわれが接した委員長たちは違いました。 彼らの多くは「なるほど賃金、諸手
   当、勤務条件は重要ですが、われわれはそれに留まっていてはいけません」と語っている。 
   例えば、バルチモア教員組合委員長のMarietta Englishさんは「従来の習慣的な課題は重
   要ですが、しかし新しい教員にとって魅力あるものにすること、彼らをサポートすること、チァー
   ター・スクールとの競争、多くの教育改革に取り組むこと」を強調していますし、シンシナティ
   のSue Talor委員長も、その他に生徒の成績をいかにして挙げるかについて教委と真剣に
   交渉したいと語っていました。
    このように彼らは教委と協力して、教員の職能成長を計ることやサポートする方法、新しい
   魅力ある給与制度、教育改革について実験的に取り組もうとしている。

       
2つの世代の教員をいかにしてリードするか

  1. 組合員は
教職経験の長いベテラン教員と見習い教員ともいうべき新任教員の2つに分けられ
   る。 そして彼らは違った価値観や関心事、信念や時には競争的な要求を持っている。 ベテ
   ラン教員は1960年代の後半から1970年代に採用された者であるが、給料、諸手当などの特
   権を維持しようとするが、新しい教員は組合が彼らの意欲的な諸活動を支えてくれるものであ
   ることを期待している。 そのために研修の充実、給与体系の改善、彼らに学校内で違った役
   割を与えてくれるような責任分担を望んでいる。
    従って、これからの組合は、その双方をかいにして満足させるかを模索して進まなければな
   らない。 しかし今、多くの分野でハイブリッド、混種の利点がいわれているが、われわれにも
   その方法はある筈である。

  2. 
とくに給与体系の改善が重要である。 特別な責任分担や余分の働きに応じた魅力あるもの
   が求められるし、指導困難校やそのような教科指導に当たる教員の待遇も適当なものにしなけ
   ればならない。

  3. 全米教職指導基準委員会から認定される上級教員認定証を評価したい。 【註 これについて
    は
後述註2を見てください】

  4. 
デンバー方式も高く評価したい。 勤務成績反映の優遇措置であるメリット・ペイについて問
   題なのは果たして公平に評価されるかということである。 デンバー市では教員組合と教委とが
   協力して、その解決を図り、いろいろな教員の手腕や生徒の成績などを広く要素として取り入れ
   総合的に教員の優遇措置をきめている。 【註 これについても
後述註3を見てください】

        
 教員の質を高めること
  1. 今まで教員組合は教員の質を高め指導力を向上させることには余り力を入れてきませんでした。
   しかも
能力の劣る教員を必要以上にかばってきたことも認めなければなりません。 彼らに対す
   る措置で教委が、その適法手続さえ守るならばあまり問題視する必要はありません。
  2. エキスパートの教員が
同僚を手助けすることを、もっと評価し、教員の質を高めることも大切です。

           労使の協調
    最近、よく問題にされる結果責任についても、労使ともに共通の利益がある筈である。 何故な
   らば、公立学校の教育が失敗すれば、双方とも利益を失うことになるからです。 従って一方を他
   方と戦わせるような産業界スタイルの交渉では、わが国の困難な教育問題を解決していくために
   は、ほとん役に立ちません。 ともに勝つ、"win-win"方法を実験的に模索し実行していくことが重
   要です。  そのためには、お互いに尊敬しオープンな関係を日頃から築いておくことが求められま 
   す。

このプロジェクトチームの調査方法
    はじめに述べたように、EDUCATION SECTORという首都ワシントンに本部のあるシンクタンク
   から依頼を受けて、ハーバード大學のSusan Moore Johnso教授のプロジェクトチームが、
   California, Colorado, Florida, Maryland, Massachusetts, Ohioの6州から30地方教員組合を選
   び、その委員長たちに面接して聞き取り調査をした。 その後、それを検証することを続けて2年間
   の成果として発表したのである。
    30ヶの地方教員組合については、その地理的位置や州の労働法の違い、政治的環境、都市、
   地方、郊外、田舎など、また生徒増のところ減のところなども考慮された。 委員長に関しては
   8年以上その職にある者が選ばれるなど全米の状況を反映できるようにされた。

  註1 NEA と AFT
     これについては第51編を参照してください。 そこには次ぎのようなことが書かれてある。
      NEAとは1857年公立学校関係者の自由意志に基づいて結成された団体であり、公立学
      校の諸問題を自分たちの職能成長を計りながら向上させていくことを目指すグループ活動
      であった。 従って“静かな教育協会”であった。 その後の変容については前述のとおり
      である。会員数 260万

      
AFTとは1916年、一握りの教員によって結成され、教員の権利や賃金、労働時間などの
      労働条件を団体交渉、労働協約によって勝ち取るという路線を歩んでいる。 アメリカ総
      同盟: AFL - CIO と同盟して教員組合運動の先導的役割を果たしてきた。  会員数 
      約100万


  註2 全米教職指導基準委員会
    これについては第197編を参照してください。 そこには次ぎのようなことが書かれてある。

       アメリカではNBPTS:全米教職指導基準委員会といわれる団体から交付される上級(優
      良)教員認定証の価値が高まってきている。 このThe National Board for Proffesional
      Teaching Standards: NBPTS
の課程を終えた教員はここ5年間で3倍に増加し、今や5万
      5,000人がこれを取得している。その認定証はNational BoardCertification of Teachers
      といわれる。

        また免許更新のさいにも、これを利用する動きが全米的に強くなってきているが、それに
      ついては第197編
を参照してください。 わが国でも将来、このような全国的な権威ある講
      座がつくられることが望まれる。

  註3 デンバー方式
      これについても既に第192編で紹介してあるので、それを参照してください。
        デンバー市教委と教員組合との間でかなり前から共同して新しい給与制度をつくろうと
        する動きがあったが、約5年前にProComp(Professional Compensation System for
        Teachers)
というプロジェクト・チームを創って試行を続けた。 その後、これに参加する
        教員は次第に増えて、今では、4,100名の教員のうち約1,700名の者がこのメンバーで
        ある。 そして『教員奨励基金』: Teacher Incentive Fundを創っているが、彼らの昇給
        分やボーナス増は、その『基金』から支給されることになっている。

         ところで、わが国では『基金』を設けることにまで踏み込ことはよいが、しかし公的な昇
        給やボーナス増は都道府県教委からとし、この『基金』からの支給は奨励金とされたよう
        がよいと考える。


おわりに
    ご覧のようにアメリカにおける教員組合の変化の兆しについ述べたが、わが国では、このような
   考察がほとんどないようであるから、関係者にはそれなりに役立とう。

 2007年7月22日記           無断転載禁止