208. アメリカの教育判例を読む その4ー『表現の自由』


杉田荘治


はじめに
    アメリカ自由権協会(ACLU)などが選定している教育判例は巻末に記載した一覧のとお
   りであるが、そのうち体罰の『イングラハム』判決は第177編で詳述し、停学の『ゴス』判決
   と服装検査・持ち物検査の『T.L.O.』判決については第178編で詳述した。 そこで今回は
   公立学校生徒の『表現の自由』について、今までと同じような方法で連邦最高裁の判決を
   原典資料とし、それに参考資料を参照して要約することにする。


               Tinker 事件
   連邦最高裁 1969年2月24日判決  TINKER v. DES MOINES SCHOOL DIST.,
                              393 U. S. 503 (1969)


          ベトナム反戦の腕章を平穏に付けていたのは『表現の自由』であり、
         停学にしたことは違法である


T 事実と経過
  ○ Tinkerはオハイオ州、Des Moinesにある高校の15才の生徒であったが、他の16才、
    13才の少年やその親たちとともに、『表現の自由』が侵されて停学になったとして、連
    邦地裁に訴え出た。
  ○ それは1965年12月のある日、ベトナム反戦のために彼らの親たちも既にその行動を
    していたのであるが、これに加わる目的をもって黒い腕章を付けて学校へやってきた。
    そこで12月14日、Des Moines高校の校長は彼らに会って「すぐ、その腕章を取り外す
    ように」といったが拒否したので、「取り外すまで停学にする」と宣告され、そのまま家へ
    帰されて停学になった。 しかも彼らのグループが反戦計画を終えるまで、具体的には
    翌年の一月まで取り外さなかったので学校へ戻れなかった。

  ○ そこで前述のように訴え出たのであるが、これに対して連邦地裁は「学校当局は混乱
    を防ぐ」という合理的な理由があったとして、生徒側の訴えを退けた。【註:258 F. Supp.
    971 (1966)を参照してください】。  そこで控訴審である第8巡回裁判所に控訴した。
  ○ これに対して同裁判所は賛否同数の意見になったが、このような場合は意見を付けず
    「地裁の判決のとおり」決定すると規定されているので、そのように判決した。
     しかしCertiorariといわれる裁量上告が許されることになり、最高裁で審理されて今回
    の判決になったのである。

U 連邦最高裁の判断
  ○ 生徒達は黒い腕章を付けていたが行動は静かで、また自分たちから進んでやったこと
    でもなかった。混乱は起きていないし、他人の権利に影響を与えるようなものでもなかっ
    た。 第一、Des Moines教委管内には約1万8,000名の生徒がいたが、そのうちその腕
    章を付けていた生徒は5名にすぎなかった。 実質的な混乱(substantial disruption)は
    なかった。

  ○ なるほど修正憲法第1条『表現の自由』についても、学校という特別な性格に照らして一
    定の制約があることは確かであるが、しかし禁止するにしても実質的な混乱や秩序が乱さ
    れるなど害があるかどうかを考慮・予見すべきであり、その点から合憲、違憲が問われるべ
    きである。
    従って彼らの行為は修正憲法第1条に規定する『表現の自由』のものであり、停学は違法
    である。 第14条の適法手続についても問題はない。 よって原審の判決を破棄して再審
    を命じる。

  ○ 7 : 2 の多数判決。 Black判事とStewart判事は少数意見。 White判事は一部、異なっ
    た意見であったが多数説に同意した。なお判決のキィポイントを原文によって下記しておこう。
    ,,,, forecast substantial disruption of or material interference with school activities,
    and no disturbances or disorders on the school premises in fact occurred.
     In the circumstances, our Constitution does not permit officials of the State to
    deny their form of expression.

 コメント
     今まで見てきたように生徒の『表現の自由』については“その程度”が問題点である。
     学校という特別な性格をもつ場を考慮しつつ、実質的な混乱、秩序の乱れが予想されるか、
     また起こっているか否かが問われるのである。 このことを理解しておく必要がある。
      ,, teachers and students subject to application in light of the special
      characteristic of the school environment (Pp. 506-507).

      したがって次ぎの述べるHazelwoodケース・学校新聞の場合は学校側の措置を裁判所
     は支持したのである。 わが国ではアメリカの『表現の自由』問題について、余りにも概念
     的な説明であったり、また判決原文の“直訳”であったりしてわかりにくいものが多い。

               Hazelwood教委事件
     連邦最高裁 1988年1月13日判決    Hazelwood School District v. Kuhlmeier
                                484 U.S. 260 (1988)

       
           学校新聞記事の一部カットで生徒の表現の自由が侵されてはいない

T 事実と経過
   ○ ミゾリー州 St.Louis郡のHazelwood Eeast高校で生徒Kuhlmeierが他の2名の生徒と
     Spectrumという名の学校新聞を編集・発行していた。 それはジァーナリズムUという授
     業の一環でもあったが、3週間ごとに発行され、1982-1983年度には約4,500部を生徒
     や教職員、地域の人たちに有料で頒布されていた。
   ○ この学校新聞に対して郡教委は財政的に印刷費用や雑費を援助していたが、その印刷
     費用は年間、4,668ドルであった。 ちなみに販売で得た額は1,166ドルである。

   ○ この学校新聞の顧問教員はRobert Stergesさんであったが、彼は授業も担当していた。
     ところで彼はこの事件の後、退職して民間企業へ転職した。
   ○ 1983年春の学期中に彼は規則に従って、この学校新聞のゲラ刷りを校長に提出したが、
     校長はそのなかの2箇所の記事が不適当であると考えた。 その一つは生徒の妊娠の
     経験談であった。 なるほど生徒の名は仮名であったが、その内容からして特定できるも
     のであり、性行為やバス・コントロールなどの描写はとくに低学年の生徒にはよくないと
     考えたからである。  また離婚についての記事も、その女子生徒が「離婚した父親は母
     や私、姉妹たちと余り話しをしなかった」と不平を述べているが、しかし予め関係者からの
     言い分を聞いていないなど不公平で適当でないと思ったからである。

      しかも発行までの時間も少なく、訂正させる余裕もないので「その2ページ分をカットする
     ように」と顧問教員に命じ、そのようにされて発行された。
   ○ そこで前述のように生徒たちは代理人を立てて連邦地裁へ訴えたのであるが、地裁は
     これを退けたので、さらに控訴審である第8巡回裁判所へ控訴した。
   ○ これに対して控訴審は、「学校新聞:Spectrumはカリキュラムの一環であり、生徒の見解
     を広くフォーラムの形で述べるもので、学校当局は『表現の自由』を侵した」として地裁の
     判決を破棄した。 (795 F.2d 1368を参照のこと)。 そこでこの件は最高裁に持ちこまれ
     今回の判決になったのである。

U 連邦最高裁の判断
   ○ 公立学校における『表現の自由』は大人のそれとは自ずから異なる。 学校新聞も大人の
     公開討論の場(public forum, forum for public expression)とは性格的に異なる。 した
     がってその教育目的に照らしてみて合理的な制約を加えることができる。
   ○ この件を具体的に検討してみても、学校がスポンサーである学校新聞の編集をコントロー
     ルしたことには合理的な理由があった。『表現の自由』を定めた修正憲法第1条違反では
     ない。 なお、この判決は7 : 2の多数判決であった。

                  Smith事件
    連邦地裁 2003年9月30日判決  Smith v. Mount Pleasant Public School,
                          No.01-10312 (E. D.) Mich.


            曖昧な州法の規定は違憲であるが生徒の暴言等は停学に相当する

T 事実と経過
   ○ 2000年の初め,Smithはミシガン州Mount Pleasant高校の2年生であったが、「校則は
    つまらない規則である」とか「校長はあちこちうろついている浮浪者のような者」、「ある校
    長とある事に及んでから離婚した。 だれも2人の校長がセックスしているのを好まないで
    あろう」などとキァフテリアで友達に声高に話しているのを教職員に立ち聞きされた。 この
    ことが校長に報告されたので、汚い言葉を吐いたとして10日間の停学になった。

   ○ そこでSmithはアメリカ自由権協会:ACLUの協力も得て「ミシガン州法の規定は曖昧で、
     それにもとづいて停学にしたのは表現の自由を侵すものである」として連邦地裁に訴え
     のである。 ところで問題の規定は「6年生以上の生徒が教職員に対して暴言を吐いた
     場合は一定期間、停学または退学にすることができる」というものであった。

U 連邦地裁の判断
   ○ この訴えに対して連邦地裁は「たしかに州法や教委規則は曖昧で、生徒がちょっとスピー
     チをしただけでも拡大解釈して適用される惧れがある」として違憲と判断した。
   ○ しかし今回の生徒の行為は教職員に対して極めてみだらで低俗な批判をし、混乱を引き
     起こすものであるから停学は妥当であると裁定した。
 
コメント
    このようにミシガン州法は当時、汚い言葉などについて具体的に規定されていなかった。
    そこで、その後改正され例示も述べながら6年生から12年生に対して最大180日まで退学
    (事実上の長期停学)にすることができる、と改正された
      Michigan School Safety Legislation  A. Student Discipline (Now in Effect)
       4. Verbal Assalts : By students in grade 6-12 shall be expelled for up to
        one hundred eighty (180) school days. Definition to be provided by board
        policy, ... (See attached sample policy).

               典型的な教育判例

  1. アメリカ自由権協会(ACLU)が選定しているもの
   ○ Ingraham v. Wright (1977) corporal punishment
   ○ Goss v. Lopetz (1975) suspension without due process
   ○ New Jersey v. TLO (1985) protection from search property
   ○ Tinker v. Des Moines (1969) freedom to wear armbands for protest
   ○ Smith v. Mount Pleasant Public Schools (2003) verbal assault' vs. free speech
   ○ Hazelwood School District v. Kuhmeier (1988) student newspaper & free speech
      その他 数例(略) なお前記のなかでSmith判決だけは連邦地裁の判例であるが、
      それだけに重要視しているのであろう。そこで今回、これも取り上げた。

  2. US Court Gov.によれば
    ・Ingraham v. Wright (1977)    ・New Jersey v. T.L.O (.1985)
    ・Tinker v. Des Moines (1969)  ・Hazelwood v. Kuhlmeier (1988)
    ・Goss v. Lopetz (1975)   その他 Bookweb.Kinokuniya.comも同じように選定している。

おわりに
    本文のなかのコメントでも述べたように、アメリカの公立学校生徒の『表現の自由』問題に
   ついて書かれた論文は余りにも概念的であったり、また判決原文の“直訳”であったりして
   わかりにくいものが多い。 そこで合憲か違憲かの問題点を“その程度”に焦点を当てて、
   事実を簡潔の述べ論旨を明確にして論述した。
 わが国の教育関係者にそれなりに役立つ
   ことを期待している。

 2007年10月1日記             無断転載禁止