209. アメリカの全国統一テスト(NAEP)とわが国の場合


杉田荘治


はじめに
    わが国でも今年4月24日に小学6年生と中学3年生のほぼ全員に対して、国語と
   数学の「全国一斉学力テスト」が実施され、その結果が一部発表された。  しかし、
   学力の向上と生徒・学校の実態把握が主たる目的であるが、その利用いかんによっ
   ては67億円とかいわれる巨額の費用を投じ、それが“民間への丸投げ”との批判も
   あり、また新たな問題を引き起こす心配がある。

    このことについては既に第183編で「この統一テストを小学6年生と中学3年生の
   全員を対象にすること、また国語と数学に限ることには賛成できない。 負の影響が
   強過ぎるからであり、また例えば無作為によって10%程度の生徒分の統計で目的は
   殆ど達成できる。」
と指摘し、また「科目も国語と数学以外についても実施したほうが
   良いし、他の学年も頻度は異なってもあったほうが良いと考える。 前述のように一
   部の抽出方法であれば、それはやり易くなるであろう。 作業量は当然のことではあ
   るが、問題作成者の心理的負担もその分軽減されようし、成績について都道府県や
   市町村などの結果責任も少しは緩和されよう。
 このほうが完璧を期すよりは良い。」

   と述べた。  今でも、そのように考えている。

    ところで、アメリカ(U.S.A.)でもNAEPといわれる全国統一学力テストがあり、それは
   4年生なり8年生なりを対象にしているが、全員ではなく精々、5〜6%の参加率である。 
    わが国では、“全員参加”と一部誤解してむきがあるが、そうではない。
  なるほど
   この全米統一テストとは別に州が実施するNCLB法による統一テストがあり、それは対象
   学年の生徒にとっては全員参加のものである。 また問題の難易度や項目、基準などに
   ついて各州は連邦教育省と協議し調整が図られるが、しかし州独自のテストであることに
   は変りはない。 そこで最近、幾人かの教育長がNAEPテストを“格上げ”して全員参加の
   テストにするようにと提唱しているか゛実現は難しいであろう。

    そこで今回はアメリカの全米統一テスト:NAEPについて受験率や「どのようにして学校
   や生徒が選ばれるか」
に焦点を当てて見てみることにする。 そして最後に最近、昨年
   度実施の4年生の結果が公表されたので、参考までにその一部を紹介したい。
   資料はすべてNAEPによる報告書、The Nation's Report Cardといわれるが、それに
   よる。

         全米統一学力テスト:NAEPを受ける生徒数や率

    ○ 2007年実施で最近(2007年9月)に発表された資料によれば、
       4年生      数学とリーディングで、約39万人
       8年生(中2)  数学とりィーディングで、約31万人
      【註】参考までに1996年度分の『質疑応答集』をみると「この2教科では35万人ぐら
         いは統計上必要であり、またそれで十分である」と書かれているので、その後
         も大体、そのように続けられているのであろう。

    ○ リィーディング  4年生   生徒数(assessed)は次ぎのとおりである。

 全米で公立学校 7,310校参加  生徒数 183,400名
 Alabama 110校 3,400名   Alaska 180校 2,900名   Arisona 120校 3,600名
 Arkansas 120校 3,00名   California 320校 10,200名   Colorado1203校 3,300名
 Conecticut 110校 3,100名 ........... Wyoming 170校 2,700名 などである。       

            どのようにして学校や生徒が選ばれるのか
                           NAEP Information for Selected Schools

    ○ 平均的な州では学年、教科等こどに公立学校、約100校、  生徒数約2,500名が
      無作為によって選ばれる。
    ○ それには地域、男女別、人種、学校の都会性の程度・タイプ、親の教育、学校給食費の
      減免状況、連邦資金の状況、TitleT資金受給状況などが考慮されている。
    ○ 特別な地方や首都圏、少数民族の多い地区など特殊なところは追加されて「標準数」
      が決められる。(その州別数を後述する)

    ○ 選ばれた学校では、学年、教科ごとに原則として30名を無作為によって選ぶ。 そのな
      かで身体不自由児、英語に不自由な生徒は区別される。 なお選ばれた学校や生徒は
      このテストょを受けることは拒否できない。 法制化されている。NAEP Authorization
      Act 参照。 またTitleT、Vなどの連邦資金の受給資格要件ともされている。
    ○ 私立学校もテストの対象になっている。 私立学校ユニバース調査(PSS)といわれる基
      準によって選定されるが、その人数は学年、教科ごとに30名である。 これも義務である。

 
Sample sizes and target populations in NAEP reading at grade 4, by jurisdiction: 2007
State/jurisdiction Sample size Target population
   Nation 204,400 3,795,000
Public 196,500 3,439,000
Private 3,500 346,000
Alabama 3,500 56,000
Alaska 3,000 9,000
Arizona 3,900 73,000
Arkansas 3,200 35,000
California 10,600 434,000
Colorado 3,500 54,000
Connecticut 3,200 41,000
Delaware 3,400 9,000
Florida 5,600 192,000
Georgia 4,900 119,000
Hawaii 3,500 13,000
Idaho 3,600 21,000
Illinois 5,100 149,000
Indiana 3,300 73,000
Iowa 3,000 32,000
Kansas 3,000 31,000
Kentucky 3,400 44,000
Louisiana 3,200 51,000
Maine 3,100 13,000
Maryland 3,800 61,000
Massachusetts 4,500 68,000
Michigan 3,500 116,000
Minnesota 3,600 57,000
Mississippi 3,400 39,000
Missouri 3,400 63,000
Montana 3,100 11,000
Nebraska 3,000 19,000
Nevada 4,200 30,000
New Hampshire 3,500 14,000
New Jersey 3,500 103,000
New Mexico 3,300 23,000
New York 4,700 195,000
North Carolina 5,700 106,000
North Dakota 3,000 7,000
Ohio 4,200 121,000
Oklahoma 3,400 44,000
Oregon 3,600 39,000
Pennsylvania 3,600 124,000
Rhode Island 3,300 11,000
South Carolina 3,600 48,000
South Dakota 3,200 9,000
Tennessee 3,400 71,000
Texas 10,000 321,000
Utah 3,800 37,000
Vermont 2,800 7,000
Virginia 3,800 86,000
Washington 3,900 71,000
West Virginia 3,200 20,000
Wisconsin 3,400 59,000
Wyoming 2,800 6,000
Other jurisdictions    
   District of Columbia 2,100 5,000
   DoDEA1 3,300 7,000
1 Department of Defense Education Activity (overseas and domestic schools).
 州別標準数

 左の表,4年生 リィディング
 2007年度の場合
  全米で受験生 20万4,400名
  (公立 19万6,500名
   私立    3,500名)

 それは
  公立は、6%弱の受験率
  私立は、1%強の受験率

  全米では、5.5%の受験率

                
 ○ ここで記したようにテスト 
   を受ける生徒の数は
   全米で20万余であるが、
   実際に評定(assessed)
   された生徒の数は前述
   のように18万余である。
    したがって記載ミスなど
   のため統計上、除かれて
   いるものが非常に多いよ
   うである。

 ○ 表の最後にあるDoDES
   というのは『基地の学校』
   であるが、その受験率は
   非常に高い(50%弱)こと
   も注目される。

           数学・リィーディング以外の教科はどうなっているか
                          NAEP : Sample Questions Booklets

Assessment Year Subject(s)
2008

music and visual arts assessment
long-term trend assessment in mathematics and reading

2007

mathematics and reading at grade 4?part 1
mathematics and reading at grade 4?part 2
mathematics and reading at grade 4?part 3
mathematics and reading at grade 4?part 4

2007

mathematics, reading, and writing at grade 8?part 1
mathematics, reading, and writing at grade 8 part 2
mathematics, reading, and writing at grade 8?part 3
mathematics, reading, and writing at grade 8?part 4

2007 writing at grade 12?part 1
writing at grade 12?part 2
writing at grade 12?part 3
writing at grade 12?part 4
2007 mathematics in Puerto Rico at grade 4
2007 mathematics in Puerto Rico at grade 8
2006

civics, U.S. history, mathematics, reading at grade 4?part 1
civics, U.S. history, mathematics, reading at grade 4?part 2

2006

civics, U.S. history, mathematics, reading, writing at grade 8?part 1
civics, U.S. history, mathematics, reading, writing at grade 8?part 2
civics, U.S. history, mathematics, reading, writing at grade 8?part 3

2006

civics, U.S. history, economics, mathematics, reading, writing at grade 12?part 1
civics, U.S. history, economics, mathematics, reading, writing at grade 12?part 2
civics, U.S. history, economics, mathematics, reading, writing at grade 12?part 3

2005 reading, mathematics, and science assessments at grade 4
2005 reading, mathematics, and science assessments at grade 8
2005 reading, mathematics, and science assessments at grade 12
2003-2004 long-term trend assessment in mathematics and reading
2003-2004 pilot test for foreign language assessment at grade 12

    上の表のように2007年度 4年生については、 数学とリィーディングだけであるが
      8年生にはその他にライティング(書き取りなど)も実施された。
   ○ 12年生については書き取り・作文だけが実施された。
   ○ その他、Puerto Rico などは別途、実施されている。

   ○ 2006年度には数学、リィーディング以外に公民、アメリカ史、書き取りなどがある。
   ○ 2005年度には数学、リィーディングのほかに理科が実施されている。 また数学と
     リィーディングについては
4年生、8年生は2年ごとに必須であることがわかろう。
   ○ 表にあるLONGTERM TRENDとは長期的な傾向をみる統一テストで、9才児、13才児、
     17才児という年齢区分による調査である。 従ってその結果は学校教育のカリキュラム
     には反映されないことになっている。
 【註1】 その他、第183編も参照してください。 アメリカ史、公民、地理、芸術、世界史、経済、
     外国語
などがあることが理解できよう。
 【註2】 また2005年度〜2017年度の実施計画もすでに発表されている。 Schedule for
     the State and National Assessment of Educational Progress (NAEP) from
     2007 to 2017 を見てください。

           生徒、学校ごとの成績(得点)は発表されない
    これについてはNAEP:質疑応答集でも次ぎのように示されている。 
     NAEP data are kept strictly confidential. Students do not receive individual
    scores, and reports for individual schools are not prepared.

     このように“消去法”で生徒、学校ごとの成績(得点)は発表されないことになっている。
    したがって、それ以外のもの、州や教委、人種など本文に述べた区分などについては詳
    細に公表されることになる。 やはり厳しいものといえよう。 また統計的にも本文で記し
    たように5〜6%程度の受験率で十分であるとみなしているのであろう。

  参考            最近の成績(数学)
     今年9月25日に連邦教育省統計センターが、2007年実施の数学の成績を発表したので
    その一部を下記しておこう。
    ○ 4年生と8年生、併せて約35万人の結果である。
    ○ 4年生は、これまでの17年間に27点、向上した。  8年生は19点の向上である。
      いずれも500点満点。 90分のテスト。  学校側で分類項目などの記入に約20分。

 

Compared with 2005,
  (2005年度と比較して)

 2007 readings scores up in grade 4 and grade 8.

4 states and jurisdictions (District of Columbia, Florida, Hawaii, and Maryland) improved at both grades,
4年、8年ともに向上した州

 2007 reading scores up in grade 4 only.

13 states (Alabama, Alaska, Georgia, Indiana, Iowa, Kansas, Nevada, New Jersey, New Mexico, Massachusetts, Mississippi, Pennsylvania, and Wyoming)  and Department of Defense schools improved at grade 4 only,
4年生だけが向上した州。

 2007 reading scores up in grade 8 only.

2 states (Texas and Vermont) improved at grade 8 only, 8年生だけ向上。

 2007 readings scores declined in grade 8.

2 states declined at grade 8 (North Dakota and Rhode Island), and 8年生下落。

 2007 readings scores showed no significant change.

30 states showed no significant change at either grade. ほぼ同じの州。


       全米統一学力テスト委員会( The National Assessment Governing Board )

   このNAGBは1988年に連邦議会によって設立され、全国統一テストを実施する権限を持って
   いる。 第183編をみてください。
    ○ 委員は26名  超党派的   州知事、州議員、州・地方教委、教育関係者、事業主、
      一般人から連邦教育相が指名する。 しかし委員会としての独立性は尊重される。
      またその氏名は役職などとともに公表されている
    ○ この委員会が大綱を決め、そのもとに5つつの実行委員会が分担して調査、計画立案、
      執行などを行なっていく。

おわりに
    はじめにに述べたように今年、実施された全国一斉学力テストは、その利用いかんによっ
   ては巨額の費用と“民間への丸投げ”との批判も強くなろう。 そこでアメリカの全米統一テ
   スト(NAEP)の受験率や学校・生徒の選定の方法、数学、リィーディング以外の教科の実施
   状況などに焦点を当てて論考した。 全国学力テスト委員会の新設などを含めて長期的な
   計画の再検討を期待したい。

 2007年10月17日記           無断転載禁止