221. 得点の上がった生徒に市教委が現金を与える 
   ーその2


杉田荘治


はじめに
    第215編でアメリカ・メリーランド州BalitimoreとNew York市が標準テストで得点の上がった
   生徒に現金を支給することを記したが、最近新たに首都ワシントンでもそのような計画か゛実施 
   されることになったので、今回はそれについて述べることにする。

                   首都ワシントンの場合

    Michelle A.Rhee教育委員長はこの8月21日に、「市の成績の悪い中等学校の2分の1の学校
   について刺激を与えるために、生徒に現金を与える」と発表した。 それはそれらの学校で今ま
   でも居残りとか、補充授業、夏季スクール、停学などいろいろとやってきたが、ほとんど効果が
   挙がらなかったからである。

     具体案
    試験的に選ばれた高校の生徒(貧困家庭またはマイノリティ)が教科こどに標準テストで1点
   上がるごとに2ドル与える。 こうして最大50点、100ドルまで支給する。 その条件として出席率
   もよいこと、宿題も果たすこと、マナーもよいことが求められる。 なお生徒が得た現金は2週間
   ごとに彼らの銀行に振りこまれることになる。  対象は6年生から8年生である。

    この計画のために270万ドルが準備されている。 そしてこの計画が成功すれば他の14の中
   等学校や高校にも拡大される。 またエコノミストRonald Fryer氏がNew York市でも協力したが、
   ここでも連携しようとしている。

    Adrian M.Fenty市長も賛同し「今までも多くの予算を使って学校教育を推進してきたが、その官
   僚的な銭の流れのために巧くいかなかった。 したがって今回、直接生徒に与えることは悪いこ
   とではない」といっているし、「計画の基準をしっかり作ること」を要望している。
    前述のようにFryer氏はNew York市での経験者である。 彼はそこで、62校について同じような
   計画に協力し、標準テストで良い成績を収めた4年生から7年生に最大、500ドル支給していた。 
   そして「ニューヨークでは成功した。それは生徒が現金で刺激を受けた結果である」と語っている。 
   なおニューヨーク市は昨年、40万ドルの寄付も受けているとのことである。
   【この項: Washingtonpost.com., 2008年8月22日号】

     批判
    親たちは手に負えない生徒に対する有効な手段であるとする者とドルで釣るような悪い方法で
   あるとする者と分かれている。 また、これについては第215編を見てほしいが、その一部を下記
   しておこう。

    ○ そんな計画は学びの喜びを与えるものではない。一時的に成績が上がるかもしれないが
      長続きするものではない。
    ○ 赤信号で止まることは市民としては当然の行為であり、そんなことに銭を与えるか。
      生徒が学ぶこともそれと同じである。 従って今回の計画は反市民的、反社会的、反民主
      主義的なものである。

    Washington Times,2008年9月11日号も同じような論調で批判している。 そして「Fryer氏は
   New York市で同じようなことに協力してきたが、ここ首都でも同じペダルを踏もうとしている。し
   かし効果のほどは定かではない」と論じている。

    また、そんなことよりは「学校や教師は、いつも生徒たちに尊敬の念をいだかせ、背筋を真っ直
   ぐに伸ばして授業を受け、目と目を合わせて教授し、一生懸命に勉強し、自律と自制で生徒が行
   動すること」にもっと意を注ぐべきであると具体的な学習指導の再構築を論じている。 この種の
   論調には珍しい呼びかけであると思うので特記しておこう。 "sit up straight", "make eye
   contact"と表現している。


    また、チャータースクール化することも良い対策であろうと論じている。 すなわち、ここ首都でも
   すでに30校がチァータースクールになったが、それらは従来の官僚的な仕組みを変えて、もっと柔
   軟・自由なものにして成功している。 硬直した教育方法ではないが、いいわけを認めないないな
   ど厳しい面もあり、場合によっては退学させている。 現金を与えるような策ではなく、教育の本質
   をいく方法といえよう。

                 Rhee委員長の教育改革

    首都ワシントンのRhee教育委員長は今まで述べてきた施策の他に次のような教育改革も行な
   うとしている。 
    ○ 入学生徒が少なくなった23校の閉校    ○ 財政的にも問題の多い学校の改革
    ○ 指導力の劣った教員の解雇 約150名   ○ 校長・副校長の解雇 約50名
    ○ 新しい教員免許制度、勤務評定

    そのためにTenureといわれる定年まで勤めることができる終身雇用権を放棄する代わりに
   給料を10万ドル以上をうけることがてぎるプランなどを提案している。 そしてデンバーで開かれ
   る公開討論会で発表することになろう。 そのためにすでに370回、コミュニティの会合に出席
   し、しかもすべての委員が現れ前に着席している。 また閉校になった学校からの野次にも絶え
   て答弁している。  なお委員長は2歳の娘をもつ母親でもあり、午前3時頃まで働くことがある。
   また1年目にして9万5000件のメッセージにも答えている。 また彼女は1990年の初めごろ、バ
   ルティモア市の問題校で2年生を教えた経験がある。

    これらの教育改革について校長組合や教員組合は反対しているが、市長は支持し、また新し
   い制度では直接、市長に報告することが多くなろう。 なお市議会はチェックを強化することにな
   るが、しかし予算の増額を要求しない限りは必要以上に干渉はしないであろう。【この項、2008
   年8月25日号】

            SATやAPTテストで現金を与える例

    今まで見てきたように標準テストで得点の上がった生徒に対して現金を与える市教委は、首都
   ワシントン、ニューヨーク、バルティモアがあるが、大學入試に必要とされるSAT試験やAPTテスト
   の準備段階である『奨励プログラム』で得点の上がった高校生に対して現金を与えている州が
   いくつかある
。 Advanced Placement Incentive Program (APIP) と呼ばれている。 Alabama,
   Arkansas, Connecticut, Texas, Kentucky, Virginiaなどである。

    Texasの例
   ○ 対象はマイノリティの生徒と低所得層の高校生である。
   ○ 奨励ブログラムに参加した高校生がAPTテストで評定3以上(5段階)の成績を取ったときは
     教科ごとに100ドル〜500ドルを与える。

   ○ 教員についても、このプログラムの本務教員には年間3,000ドル〜500ドルをその成績によっ
     て与える。さらに特に優れた者には2,000ドル〜5,000ドルをボーナスとして追加する。 また
     予備コースで指導した教員にも年間500ドル〜1,000ドルを支給する。
   ○ APコースを設けている学校のAP教員で11年生と12年生を指導して、評定3以上の生徒をだし
     た場合は、各教科で100ドル〜500ドルを与える。 またその学校に対しては毎年、10万ドル
     〜20万ドルが準備されている。

    このようにテキサス州の場合は1996年からダラスの10校で始められたが、今や州全体では
   40校以上が参加し2008年〜09年度には61校になろう。 テキサス州の成功をうけて、New
   Mexico, New York市でも同じようなブログラムを採用し始めた。

   【註】 SATテストについては第152編を参照してください。片山周子研究協力者による研究結果
      が、わが国の大學入試センター試験と比較して述べられている。 またAPTテストについて
      は第206編を見てください。AP, Advanced Placement Program、上級コーステストのこと
      であるが、アメリカとカナダなどで実施され世界41ヶ国で利用されている。 大學における単
      位などの特典が得られるのである。試験の日程、科目(変動する)、評定区分、評定の送付、
      複数受験も可能などが述べられている。

    これらとは別に全米数理協会:The National Math and Scienceも独自のプログラムを設け
   Arkansas, Connecticut, Kentucky, Massachussetts, VirginiaとWashington州で奨励金
   を支給し、今後20州の150地方に拡大しようとしている。【この項、Norwich Bulletin, 2008年
   8月21日号】

おわりに
    ご覧のとおり、首都ワシントンもマイノリティと低所得層の6年生から8年生までの生徒に対し
   て、標準テストで得点が上がったとき現金を支給するようになったことと、Rhee教育委員長の
   荒療法ともいえる教育改革について述べた。 最後にSATやAPTテストの『奨励プログラム』で
   も同じように奨励金を与える動きが広まってきていることについて付記した。 今後の推移を見
   守りたい。

2008年11月1日記          無断転載禁止