231. オバマ政権は教員給料のメリット・ペイを促進


杉田荘治


はじめに
    アメリカ(U.S.A.)のオバマ政権は教員給料制度で業務成績反映の、いわゆるメリット・ペイ
   方式を促進しようとしている。 そのさいコロラド州のデンバー方式を高く評価しているが、そ
   れについてはすでに第136編で述べたので、ここでは先ずデンバー方式とともにモデルとされ
   ているミネソタ州のそれについて見ていくことにしよう。 次いで、この問題についてのオバマ
   政権の取り組み方について触れ、最後にデンバー方式についてその要点を再掲することに
   する。

               
ミネソタ州のメリット・ペイ方式とは

    Q.Compと呼ばれているが、2005年6月にTim Pawlenty 州知事が提案し、議会が可決して
   発効したものである。 正確にはQuality Compensation for Teachersのことである。
    それは地方教委がその教員組合と協議して、この計画に参加するか否かを決定し、合意し
   たところだけが申し込むことができる。 しかもその要件は審査されてパスしたものだけが実
   際に対象となる仕組みである。 2004年に3校の50名の教員から始められた。 その要件とは
   次の5項目である。


  
5項目
    1. 教員一人一人が責任を果たすために自由意志で職能成長を図ること。

    2. 各教委は教員の職能成長を図るようにすること。それはミネソタ州法、122A. 60に基づい
     ているが典型的には[職能学習コミュニティ]に参加すること。

    3. 教員評価についてはミネソタ州法、122.60その他関係法にもとづてて、二つ以上の評価
     によること。 評定者も例えば校長だけという一人によるものではなく複数の者によるこ
     と。 
     過去の失敗例はほとんど一人によったことにある。
    4. 生徒の学力向上については、給料査定の60%は、これによること。
    5. 給料表を改定するさいは教員組合と協議し合意すること。 また新給料表に移行する
     さいは減額することはできない。


  財源
    州は財源として2007-08年度には6,400万ドルを充てている。 知事は翌年には4.100万ドル
   を追加するといっている。

  参加者の状況
    前述のように3校の50名の教員から始まったが、今や州全体では340ある地方教委のなか
   ですでに40の教委が参加している。 チァータースクールも21校ある。さらに申し込みは130
   教委あり、彼らは審査が゜パスするかどうかを待っている。 参加することを認められた教委
   に対しては、生徒一人当たり260ドル支給される。 その内訳は州から190ドル、教委自身の
   負担は70ドルである。 チァータースクールについても同様である。また参加者のほとんど
   (99%)が昇給になっている。 その実績も参加しない学校と較べると、リーディングと数学では
   向上しているといわれるが、しかし教育庁は、まだ評価するには少し早すぎるといっている。


                   オバマ政権の取り組み

    オバマ大統領は2009年3月、全米ヒスパニック商工会議所会頭の会で演説したが、そこで
   良い教員に報い、可も不可もない教員には向上の機会を与え、非常に悪い教員は他の仕事
   に就かせると述べた。(Mackinac Center,2009年3月30日号)
  またこの資料によれば、全米
   で150地区を選んで試験的にやってみることとし、その結果を見て拡大するとしている。

    資金としては今まで9,700万ドルだったが、これを5億5000万ドルにまで引き上げるし、経済
   活性化法による2億ドルを追加しようとしている。そのさい教員組合との協調を期待している。
   (Washington Post, 2009年5月7日号)
   また、シカゴ、デンバー、ミネソタ、フロリダ、ミシガンなどがモデルとされているが、しかしミシ
   ガン州では全部の教員を対象にするのではなく、一部のトップの教員にだけ報いようとしてい
   るので、問題である。
 フロリダでも25%のトップの教員のみが、ボーナスの増額になり、しかも
   それは生徒の学力テストの得点によるものであったので巧くいかなかった。そこで知事はそ
   の計画を破棄して、教員個々ではなく、チームを評価するように変更したといわれる。


    ダンカン教育長官も各地でスピーチして、良い教員に報いること、困難校や貧困な地域の
   学校で働く教員にも報いることを強調している。 メリット・ペイについての教員組合の態度も
   緩んできている。 とくに実験的にこの問題に取り組んでいる地方ではそうである。
    NEA(National Education Association)もそうであり、教員の職能成長とリンクさせること、全
   米的に認証された資格に報いること、また州の財源がカットされた場合は連邦の資金をその
   穴埋めに使うことができるようにすることを求めている。 AFT(American Federation of
   Teachers)は沈黙しているが、しかしチームによる評価には賛成しているようである。


   [参照資料] 文中で記したもののほかStar Tribune.com, 2009年2月号、New York Times,
          2007年6月18日号、16日号、THE WHITE HOUSE,Office of the Press Secretary.


                   デンバー方式

     オバマ政権はその教育予算の主なるものとして第一回分の440億ドルをこの四月
   初めに州や地方に配分し始めた。 そのさい教育改革を求
めているが、そのうち教
   員給料制度の改革があり、コロラド州のデンバーのProComp 計画を模範的な例と
   して推奨している。 
このデンバー方式については、はじめに記したように既に第136編で
   取り上げているが、新政権が高く評価しているので、ここであらためてその要旨を再掲し
   ておこう。

  経過
    1999年から4年をかけて、デンバー市教委と教員組合が合同プロジェクトチーム
   つくり、メリットペイ方式の新しい給与体系を創った。新教員給料制度には市全
体と
   しては毎年2,500万ドルの財源増が必要とされ、それは市民一人平均61ドルの
増税
   を覚悟させることになるが、生徒の成績も少し向上したといわれ、この制度は
定着し
   てきているようである。 

    最初、市教員組合もまたそれが所属する全米教育協会(NEA)もこの新しい給与制
   度を
疑っていた。 というのは従来の教員組合の給与に関する団体交渉権を侵すこ
   と
になり、また教育財源を減らしたり、ごまかしたりするために利用されると考えたか
   
らである。 しかし試行を繰り返すうちに両者の信頼関係が強くなり、いろいろな段
   
階で交渉し実験して、その都度、懸案事項に取り組んできた。 そしてProComp計画
   という案を創り、教委はこの案を2004年2月19日に可決し、教員組合は2004
年3月
   19日に決議して承認を与えたのである。
 多少改正しながら今日に至っている。

  評定の項目
  1. 生徒の学力
    年間の目標を達成したとき、またコロラド州学力標準テストで良い成績を取ったき、

    また公認されたテストでの成績、校内で生徒の向上が著しいと判断されたことによっ
   て査定される。

  2 教員自身の職能成長
    上級の学位などを取ったとき、全米的に公認を得ている認定証を得たとき、また目
    標とする講習を履終したときなどである。 (後記・註1参照)
  3 市場原理から
    指導困難な領域へ赴任したり、不足している教科・科目に従事する有能な教員など
    に配慮される。  (後記・註2参照)

    このように職能成長は一人一人が事前に校長と協議して決めるし、過去のメリット・
    ペイ式の欠点は校長によって査定され、15〜20%のトップの教員のみがその対象で
    あったが、今回は「生徒の成績向上」を主なる要素としなが゜らも教員全員が対象に
    なっいる。したがって音楽教員も安心している。

  対象教員
    新任教員はすべてこのProCompに加入しなければならないが、現職教員は本人
   選択に任される。 2004年には59%の加入であったがその後は増えていよう。加
入教
   員の給料(標準)とボーナスはすべてProComp基金から支給される。 未加入
の者に
   ついては従来の方式による。

  財源
    前述したように毎年2,500万ドルの資金を得て蓄積されている。 そのA+Denver
   Facilities & Finance Subcommittee, Report on ProComp, 2008年8月によれば健
   全のように思われる。

  参考1 加入者には給料の増額やその時期などの質問に常時答えることができるよう
       になっている。
  参考2  オバマ大統領はその候補の時から、このデンバー方式を推奨していた。

  [註1] PDU HANDBOOKに職能成長として単位が認められることが規定されている。
      職業的な知識や技能について、その領域のエキスパートとなったとき、地方の
      リーダーとして顕著なとき、自己研修での向上などである。 チームで向上を
     ることが評価されるが、併せて教員個々についても考慮される。

  [註2] 指導困難な領域の教員とは、英語に不自由な学校、二ヶ国語を教える、中等
      学校の数学(オールタナティブを含む)、言語病理学、看護師、心理学、職業の
      セラピスト、身体のセラピスト、特殊教育センター勤務などである。 そのボー
     スは毎年、6.4%である。

  [参照資料]その他は第136編を参照してください。

おわりに

    メリットペイ方式の教員給料制度は必要であるといわれながらも、その実施が困
   
難なのは、査定が不公平になるおそれ、標準テストなど数少ないテストによる査定、
   チームワークによる成果の査定困難、教委個々の各種公認試験・認証につい
ての
   査定の曖昧さなどのためである。 しかも教員組合からの抵抗も大きいし、ア
メリカ
   では教育税の増税という市民の抵抗もあろう。

 しかしデンバー方式のProCompは、これらの問題に着実に取り組み、成果を挙げ
ていることを評価して、オバマ政権が支持・推奨していることが理解できよう。 また
ミネソタ州の場合も教員組合との共同が、そのキィポイントであることがわかろう。
 これらの点を押さえながらオバマ政権はメリット・ペイを推進することになる。しか
し[基金]の財源確保や基本給料とボーナスの配分をめぐる問題なども残されてい
ように思われる。

 わが国では現実路線をいくアメリカの教員組合との違いもあり、デンバー方式やミ
ネソタ方式はまず考えられないが、わが国に適したチームワークの重視、校内外の
テストの
評価、職能成長の評価などを考慮した方式が創られることを期待したい

 2009年6月6日記           無断転載禁止