234. アメリカで“待機部屋”の教員急増


杉田荘治


はじめに
    アメリカ(U.S.A.)では最近、解雇手続のために“ゴムの部屋”と呼ばれる部屋で待機して
   いる教員が増えてきている。
このことについて第121編でニューヨーク市の例を述べたが
   最近メディアも多くこの問題を報じているので、再度これを取り上げることにする。

                 ニューヨーク市の場合

    700名のニューヨーク市の教員が何もしないで給料が支払われている。 解雇手続きで
   審理を受ける教員であるが、ある者はヨガをやったり、小説を読んだり、同僚の肖像画を
   描いたり、インターネットを見たり、なかには本当の不動産を売買している者や博士号を
   取るための勉強をしている者もいる。 壁を見つめるままの者もいたり、時にはモニター
   で監視されているにもかかわらず巧くすり抜けて道路の反対側のハンバーガーの店で過
   ごす者さえいるが、しかしその多くの者は何となく一日を過ごしている。


    正式には再雇用センターというが、“ゴムの部屋”と呼ばれ、“古い精神病棟の安全保護
   室”というニックネームも付いている。 ここの教員たちは学校の仕事はやっていないのに
   週末や夏休みなども今までと同じよに与えられている。 何ヶ月、いや時には何ヶ年もここ
   で過ごす者さえいるが、そのための費用は一年間で6,500万ドルにもなっている。


    教員組合のスポークスマンは[昨年、このセンターにいる時間を短縮することに合意した。]
   と語っているが、実際には少しスピードアップしただけである。  それは何故か。 審査を
   担当する裁定官(Arbitrators)が少ないからで、僅か23名しかおらず、しかも一ヶ月に5日
   しか働かない者もいるためであるが、教員組合の態度も影響しておろう。

     彼らの言い訳
    ある女子教員は[私はある女子生徒が鋏で切り掛かってきたので、口汚くののしっただけ
   なのに、この部屋へ送られてきた。]といっている。またある者は[生徒と言い合いをし、その
   生徒の答案を破りゴミ箱に投げ入れたので]と話している。 その他、[ボスと衝突しただけ
   だ]、[他の教員がテストの得点をでっち上げしようとしていたので、警告するために笛を吹
   いただけだ。]、[副校長が得点を手直ししようとしたので非難したら、]などと言い訳している。
   (The Associate Press,2009年6月22日号)

    確かに、いろいろなケースがあるらしい。例えばNew York Magazineのジャーナリストの
   Nobileさんも2007年にこの[ゴムの部屋]に入っていたが、[生徒間の喧嘩を止めさせようと
   して、ある生徒を押し付けた]ことを理由にして、学校が報復したためだといわれている。
   彼は、その間、雑誌の論説や小説を書いて過した。   勿論、市当局は[不公平に彼らを
   ターゲットにしているわけではない。無能な教員をクラスから排除するためであり、それは
   市長の方針でもある]と説明している。

    ところでニュヨーク市でこの[センター]は1990年から存在していたのであるが、余り活用さ
   れていなかった。 しかしBloomberg市長になり、
また2002年から市の教育についてもコント
   ロールするようになると増えてきたのである。 なおここへ送られてくる者のほとんどは教員
   であるが、なかには副校長やソーシャルワーカー、心理学士、秘書などもいる。
    また聴聞手続、審査がすむと教職へ復帰する者と解雇されるものとに別けられるが、前者
   は少ない。

 [参考] なお第121編を参照してください。それは2004年1月の状況であるが、約200名の教員
     が[ゴムの部屋]で過ごしていること、[同僚手助け計画]、教員組合の主張などが書かれ
     ている。 今後、オバマ政権のもとで、教育改革、教育財政との関連のなかで、教員組合
     が、どのように協力、共同するかが問われることになろう。


New York City “ゴムの部屋” By KAREN MATTHEWS
Associated Press Writer

D.C. Schools Chancellor Michelle A. Rhee , Washington Post)


                首都ワシントンの場合

    ここでは約250名の教員がその対象になっている。 このことについて、Washington Post,
   2009年6月19日号を主にして概要を述べておこう。 すなわち、
    Rhee 教育委員長は公約に従って教員約250名をその貧弱な成績や免許更新の失敗など
   を理由にして解雇しようとしていると、教員組合(ワシントン教員連盟)の幹部が昨日、語った。

   その教員たちは学年度の最終日であるこの火曜日に解雇通知を受け取り始めた。
    そのうち、60名は教職一年目か二年目の試用期間中の教員であるが、他は教職経験の長
   い者80名や免許更新されなかった者である。これらの者は、昨年は157名であったが、今年
   は260名に増えてきている。

    前述の80名は[90日プラン]といわれる立場に置かれる。すなわち、六ヶ月または授業日の
   90日の期間、審査されることになる。そして改善されたとして復帰するか、解雇されるかに別
   けられる。このように終身雇用保障権をもつ教員が解雇されることになるのは画期的な出来
   事である。 今までも何人かは解雇されたり、[90日プラン]もあったのであるが、滅多に使わ
   れなかったからである。

      復帰か解雇か
    彼らについて校長が授業を観察したり、クラス経営など19ヶの領域について評価される。そ
   のうち6ヶが不十分とされると[手助け教員]の管理下におかれる。その間、教育行政官が予
   定表によったり、また不意打ちに授業を観察するなどして最終査定へと進められる。

      教員組合の態度
    Parker委員長は[90日プランで適当なサポートをしてもらえなかった場合には直ちに行動を
   とる]とし、第一段階として首都ワシントン当局に訴える。 次いで査定官にケースを委ねる
   が、それには4ヶ月から12ヶ月かかろう、と言っている。  このようにして今までも解雇通知
   を撤回させたものが約三分の一ある、と付け加えている。 なお試用期間中の教員について
   もサポートする方針で、昨年度にはあるケースについて裁判所へ持ち込み、救済されたもの
   もあると語っている。

              ロス・アンゼルスの場合

    ここでも178名の教員が同じような[家]で待機させられている。その状況は前述2市の場合と
   同じで彼らは給料と手当てを同じように受けながら、何もすることなく過ごしている。その費用
   は昨年度、1000万ドルであった。 なお同市については第230編も参照してください。それは
   教員ストライキについて述べたのであるが、教員の大量解雇や一時解雇がその原因である。
   ここでも今後、教員組合の態度や動きが重要なポイントとなろう。

    批判と対策
    EDITORIAL,reieurjournal.com, 2009年6月28日号は次のように論じている。参考となるので
   下記することにする。
    ○ その教員の違反行為の程度にもよるが、待機期間中といえども一定の義務的仕事を
      させること。
    ○ 査定のための手続きは数ヶ月で終了させること。
    ○ 解雇のさいは給料を支払わないこと。そして査定の結果、解雇が不当であれば遡って
      給料を支払うことにすること。
    ○ 教員組合が優先事項とすることを改正すること。

 おわりに
    ご覧のとおり、解雇通知をうけ、[ゴムの部屋]などで査定のために為すことなく待機している
   教員が増えてきている。終身雇用保障権とともに教員組合の動きも注目される。また、終身
   雇用保障権と教育改革・教員の資質との問題もより真剣に論議される段階に入るであろう。

 2009年8月5日記         無断転載禁止