237. ボストン教員組合運営の公立学校
  −現実路線のアメリカ教員組合運動の例


杉田荘治


はじめに
    
最近、アメリカ(U.S.A.)の大都市でチァータースクールに替わってパイロットスクールといわれる
   学校が現れてきている
。パイロットスクール(Pilot School)といってもパイロットを養成する学校で
   はなく、市の教員委員会の管轄下に置かれる公立学校である。 教委の管轄下にある公立学校
   である点が一般のチャータースクールとは異なるが、しかし学校財政、人事、カリキュラムなどの
   自由裁量がかなり認められるのである。


    そのパイロットスクールの一つとして、今年度初めてボストン教員組合が運営する小学校が開校
   したので、それについて述べる。


           ボストン市西部のJamaica Plainにある小学校

    この小学校(Young Achievers School)は成績不振校であったが、市教員組合が市教委と合意
   して、教員組合が運営する(union-run)の公立学校として再建することとなり、この2009年9月10
   日に校地も新たにして開校したのである。文字どおりBoston Teachers Union School


   ○ ボストン教員組合自身のweb siteでは[新しい小学校は将来、高校、大学、それを超えて
     社会で成功させるための基礎教育をしっかり行うユニークな学校である]、[生徒、教職員、
     家庭、コミュニティがすべて学びする]と述べている。
   ○ 11月10日午前中  三回その内覧会を実施している。
   ○ 学校はWalk Hill StreetのParkman School Building にある。
   ○ 学年は幼稚園、1年、2年、6年生を入学させた。 生徒数 170名 2012年までには8年生ま
     での学校にする。 学年進行に備えて少人数で発足させた。もっとも後述するが、同僚リー
     ダーのひとりであるErik Berg氏が杉田の質問に回答したところによれば[教員は14名、生徒
     は約150名]とのことである。


   ○ 教員は14名、その多くは30才台、10年以上の教職経験者である。
   ○ 授業時間は他の公立小学校より30分ほど長く、8:30 〜 3:00まで。 その後。放課後プログ
     ムが地元YMCAによって実施される。
   ○ 将来、スペイン語や中国語も予定される。実は多くの生徒は家でスペイン語を話す環境に
     いるのであるが、親たちは正確なスペイン語を期待しているからである。 毎日、音楽の時間
     があることもユニーク。また上級コースも計画している。

   ○ 校長はおかない。その代わりに二名の同僚リーダーによって管理する。
   ○ ボストン市内にあるSimmon大学と提携している。このことは同大学にとっても初めてのこ
     とであるが、トレーニング、リッダーシップ、ソシャルワーク、看護、学生の教育実習について
     の内容となる。
   [註]Simmon大学は私立の女子大学で、学部教育、保健、教育、教養科目、ソシャル・ワーク、
      図書館学、情報科学、コミュニケーション、MBAプログラムなどがある。(同学Press Release
      2009年6月4日)

  経過
    実は2006年11月に市教員組合と市教委とが一部の反対にもかかわらず、パイロットスクール
   とすることに合意していたのである。転任などの人事や勤務時間や勤務日数の増加についても
   組合の条項からも自由であり、また学校財政やカリキュラムについては教委から委任されるなど
   自由である。 その意味でsemi-自治といえよう。


    ボストン教員組合はAFTの一つであるが、Rand Weingarten委員長が先日、この学校を視察
   して、[ボストン教員組合は大変な危険を背負いこんだ。しかしこの実験の意気込みはすばらし
   く、ニューヨークに次いで期待されるものになろう]と語っている。 

    また地元新聞Braving the BPS Lotteryの記者ギィーギィさん、彼女は三年生男子の母親でも
   あるが、この学校の開校前から継続して視察しているが、その最近の報告によっても、前述授業
   時間の長いこと、スペイン語、音楽の時間などのことを確認しているほか、昼食時の生徒のマナー
   の良さについても記している。

    なお、パイロットスクールは他の教育区(school districts)からも教員を採用することができるが、
   この学校は同じ教育区からの採用となる。今週の初め、新しい学年度の準備が既に整った。
   (Boston.com, 2009年9月10日号)

    またボストン市ではチァータースクールを市の監督下(jurisdiction)に取り込むために、パイロッ
   トスクール化しようとする流れがある。
それは何百万ドルもの銭をチャータースクールのために
   失っているとの市長などの意見が強いからである。Boston com,2006年4月10日号にも[今日市
   内14校の550名の教員と校長が、彼らの学校を州の管理下におくパイロットスクールに変える]
   という手紙を受け取ったとある。

    最近のニュースでも市はもっとパイロットスクールを現在の23校から増やそうとしている。親の
   学校選択でも第一希望の27%はパイロットスクールに集まっているが、これは定員の2.5倍である

   しかし、市長や教育推進論者は教員組合の消極的な動きに不満であるが、そのなかにあって
   今回の新しい小学校の成果が注目されよう。(この項・Wbur.org, 2009年11月8日号) また最近
   ある著名人がこの学校を視察して[なお課題は残されているが一つの学校の適切な基盤となろう]
   と語っている。(Universalhub.com,2009年11月19日)

                パイロットスクール(Pilot Schools)とは

    マサチュセッツ州から2006年に通知されたガイドラインが要を得ていると思うので、その要点
    を下記する。  Guidelines for Commonwealth Pilot School Option, 2006年12月18日

     ○ 教育委員会の下での改善である。[註:この点が教育委員会と並列的なチァータースクール
       と異なる]
     ○ 財政の運用、教職員人事、学校管理、カリキュラム、評価、年間カレンダーについて自治、
       柔軟な運営を認める。 
     ○ 都市部の公立学校を効果的なものにするためである。
     ○ そのモデルは教育区教委とその教員組合との連携があるものが望ましい。
     ○ 州や連邦の法に従うこと。しかし地教委の政策から例外的なもとされ、委任される。

     ○ 教員も教員組合の契約条項から例外的とされるが、依然としてそれからの給付、優先権
       は持っている。 自分の意思によって採用され"election-to-work agreement"に署名した
       者だけが対象者になる。

     ○ パイロットスクール管理委員会は従来の学校管理委員会を超えた権限を持っている。
       学校のビジョン、採用、校長の評価(最終的には教育長)、予算の決定などを行う。
       その構成は校長、教職員、親、地域(高等教育、事業主、地域機関)。高校では生徒代表。


               ボストン市では

   
 ボストン市では市教委と教員組合との合意事項− 教員組合運営のパイロットスクールについてー
   次のような自治が認められている。
その原文は下記のとおりである。 2007年12月に合意
     
The collective  bargaining between the Boston School Committee and the Boston Teachers
    Union allows for the creation of pilot schools.    These schools are part of the Boston Public
    Schools, but operate with autonomy from many district and union
 regulatios. .........  
   and a school run by the BTU to be located at the former Thompson Middle Schoo
have already
   been approved.

   1. 自由にスタッフを雇ったり解雇したりすることができる。 雇ったスタッフは全てボストン教員組合の
     組合員「交渉事項の対象」となる。

   2. 生徒数に応じてまとまった予算を得る。他の一般の公立学校と較べて同額である。学校はベストの
     教育のために自由に計画し、使ったり、サラリー、教材、コンサルティング、
などに使うことができる。 
     学区からのサービスの購入などについても同様である。

   3. カリキュラム  評定
     どのようなカリキュラムをつくるか、また評定の方法についても自由である。 しかし州や地区の標準
     テストは受けなければならない。その他については自由である。
進級や卒業要件についても、それが
     地区の要件より厳しいものである場合は自由に
設定することができる。 生徒の能力に基礎を置くこ
     とに重点をおくものとする。

   4. 統治(Governance)
     自分たち自身の統治機構(Governance structure)を創る自由がある。それは学校財政を承認し、校
     長を選び評価し、計画や政策を推進するものとする。 しかし最終的には教育長
の承認が必要である。

   5. スクールカレンダー
     新しい両者の合意によって授業じ時間や授業日数の延長が可能である。そのなかに夏や教職員に
     よるプランニングタイムを含めることに合意する。
2007-2008年度は100時間までは支払わない。 
     2008-2009年度は95時間まで。 それは
すべてのボストン市教委の教員に支払れているからである。 
     それ以上について合意は
50時間までは地区が支払うものとし、それを超える時間は個々のバイロット
     スクールが
負担するものとする。

   以上にことについて、ボストン教員組合の公式ページでも確認することができる。
   Boston Teachers Uinon, Pilot Schools Q&A から

      教員組合運営のバイロットスクールは今回初めてであるが、パイロットスクールそのものは
     1995年、5校、900名で発足した。 今や23校になっている。 それは小学生以外の全生徒
     の11%に相当する。 小人数クラス
授業時間が長い、学校文化を育てる。 慢性的な不振校
     をこれに変える。
 ボストン財団が資金援助している。その額は100万ドル以上である。
     (Boston com, 2007年11月9日号、wbur,2009年11月8日号)


      高校・中等学校の例であるが、Fredrick Pilot 中等学校の生徒はほとんど黒人かラテン系
     で、学校給食も90%の生徒が減免を受けている。また特別な教育や英語の不自由な生徒も
     多い。 しかし、パイロットスクールに変わってからMCAS(マサチユセッツ学力標準テスト)の
     平均より悪いが、向上してきている。 親の関心も高く入学許可をまっている者も非常に多い。

 ボストン市と教員組合との関係

    第234編で述べたように、アメリカ(U.S.A.)では最近、解雇手続のためにゴムの部屋
  と呼ばれる部屋で待機している教員が増えてきている。ここの教員たちは学校の仕事は
  やっていないのに
週末や夏休みなども今までと同じよに与えられている。 何ヶ月、いや
  時には何ヶ年もここ
で過ごす者さえいる。 しかし、ボストン市の場合は一歩進んでいるよ
  うに思われる。  というのは一年間は
給料・手当が支払われるのは同じであるが、その
  間、代用教員や授業担当ではない仕事ができるようになっている。 またその期間は一
  年であり、一年後にクラス担任に
復帰するか解雇されるかを決定される。  
  
 これは教委と教員組合(AFT)との関係が密接であるということからきているのであるが、
  そこで今回、教員組合に運営を任せる
公立学校が誕生したのであろう。

   その他
     今回のような組合運営の学校はDenver, Milwaukee, Minneapolice にあるといわれる。
     (前述Simmon College , Press Releases, 2009年6月4日)。 また本文記載のようにNew
     York市にもある。しかしこの学校は教委の管理下におかれるパイロットスクールではなく独
     自のチァータースクールである。その評判はよい。二年前の現状であるが、生徒125名の
     定員に対して615名の申込み希望があり、教職員についても15名のポストに761名の応募
     があった。(Schoolreport.com,2006年7月13日号

   新しいボストン教員組合運営の
 小学校のメンバーたち。 なお
 左から三人目がErik Berg氏
  Governing Board Chair である。
 彼は、杉田の質問に答えてくれた
。 
 (資料:BOSTON TEACHER UNION,
    LOCAL 66,AFT)
         

            ところでチァータースクールとは(パイロットスクールとの相違点)

    
2009年11月現在でアメリカでは、首都を含めて40州で認可されている。 その数、5,043校生徒
   数は150万人以上である。 認可を受けている母体は多彩で教育関係団体、親、市民団体、大学、
   また本文で記載したように、ニューヨーク市の教員組合も含まれる。 制定された州法の認可要件に
   よって成果を挙げその結果責任を問われるが、運営の自治は大幅に認められている。

    [関係州はAlaska Arizona Arkansas California Colorado Connecticut Delaware DC  Florida  
    Georgia Hawaii Idaho Illinois Indiana Iowa Kansas Louisiana Maryland Massachusetts
    Michigan  Minnesota  Missouri  Nevada  New Hampshire  New Jersey  New Mexico  
    New York North Carolina Ohio Oklahoma Oregon Pennsylvania  Rhode Island South Carolina
    Tennessee  Texas  Utah  Virginia  Wisconsin  Wyoming ] この項、The Center for
     Education Reform, November 2009

   例えば第38編のアメノカのチャーター・スクール設立者、校長等からの杉田への回答では

     [芸術、エンジニアリング、音楽、教科に優れた生徒を教育する、 親たちは自分の子供が既存
    の公立学校になじまないため、また その学校の特別なカリキュラムによって、もっと能力を伸ば
    すためなどがある。
 さらにまた暴行や家庭での打ち捨て、十代の妊娠、心理的な問題児たちの
    避難所であり、教育、カウンセリング、社会への復帰などを支援しているスクールもある。]

     また第41編の訪問記も参照してほしいが、そのなかのニューヨーク市にあるBronx理科高校は
    最も有名なマグネット・スクールであるが、これもチャータースクールといえよう。今やニューヨーク
    市内全域から集まってきているがその生徒数は3,000名。 彼らは数学、リーディング、書き取りの
    厳しい入学試験に合格し、ここで理科の全科目と英語、世界史、アメリカ史、外国語を履修しなけ
    ればならない。多くの卒業生は科学者、医者、法律家、ライターとして成功している。

     しかし成功例だけではない。ボストン市のいらだちのように学校財政は公金によっている公立
    学校でありながら、認可要件を満たすような成果が挙がらず、公金の無駄使いとの批判もあり、
    再び市教委の管理下に戻して、semi-自治によるパイロットスクールに変えようとしているので
    あろう。

おわりに
    教育委員会と教員組合が合意して、よくあるチァータースクールではなく、パイロットスクールとし
   て発足させたボストン市のユニークな公立学校である。発足までかなり難航したようであるが、
教育
   委員会の管理下に置かれながら、またすべての教員は教員組合員であることを求めながら、しかし
   教委からもまた組合からもかなり自由な条件の下で教員組合が全面的に運営する学校である

   とくに学力不振校での成果が期待されている。注目したい。
 なお多忙ななか、杉田の質問に快く回
   答してくれたErik Berg氏に感謝している。

    勿論、わが国では、このようなケースはすぐには実現することはなかろう。
   しかし例えば、全国学力統一テストについて[32%の抽出]方法がいわれ、また市区町村別
   や学校別はその統計もとらず発表もされないといわれるが、それではそれとは別に例えば
   都道府県などで[全員参加]のテストが求められる ことにもなろう。
これは市区町村教委や
   学校にとっては厳しいものであるが、同時に教員組合にとって
も厳しいものとなろう。 
   というのは従来のように反対だとか単に批判を繰り返して
いるだけではすまなくなるから
   である。 教員組合が教委と協力して特に成績不振
校について、その向上のためのモデ
   ルとしてのショーケースを示すようなことも求
められよう。

    教員免許状の更新についても同様である。たんに廃止というだけではなく、折角の制度
   を活かし教員の職能成長に役立てるものとすることが望まれるが、日頃の補
習授業、補充
   授業や部活動など教育実践について単位の換算をすること、また研
究発表、教育実習生
   の指導の換算など多々考えられるが、そのさい教委・学校と
組合との連携協力は不可欠
   である。当局の効果的な教育政策とともに現実路線
をいく教員組合の力量もおのずから
   問われていくことになろう。


     2009年12月3日         無断転載禁止
  



付記 中日新聞 2010年(平成22年)1月18日号は次のように報じた。
    [日米の教育を比較した著書のある名古屋市緑区の教育評論家、杉田荘治(83)によると、現在
    ボストン市内には23のパイロットスクール(チャータースクール)が存在する。 このパイロットス
    クール(チァータースクール)の流れをさらに一歩進め、学校の運営を教員組合に任せるという
    新たな取り組みが昨年九月、ボストンで始まった。 その名は[ボストン・ティーチャーズ・ユニオ
    ン・スクール]。授業時間は市内のほかの公立小学校より長く、規律の正しさを重んじ、一般教養
    の充実の一環として音楽の授業が毎日ある。 スペイン語を話す家庭が多い学区の事情に配慮
    して、スペイン語の授業も。 米国では例外的に長い職員会議があるのも特徴という。
     この学校では、カリキュラムや評価、学校行事などのほか、学校財政の運用や人事権、人件費
    の算出なども教員たちに裁量がある。 校長職は置かず二人のリーダー格の教員がその職務を
    担当するという。]

付記 2 この教員組合運営の学校が発足した当時、杉田の質問に対して、その運営責任者であるErick
     Berg氏(文中に顔写真)から次のようなメールが届いた。 多忙なときであったと思うが感謝して
     いる。 参考までに下記しておこう。 ところで教育行政担当者や教員組合関係者も視察された
     らよい。 必ず何らかの示唆や参考になるものを得ることが出来ると考える。

 Dear Mr. Sugita,
 
 Thanks for your interest in our school.  It is exciting to see that we are noticed across the world! 
 Although there are other pilot schools in Boston, and all of them employ teachers who are members
  of the Boston Teachers Union, ours is the first that is run entirely by teachers, and sponsored by
 the Union.
 
 Our school has 14 teachers and approximately 150 students.  It is called the Boston Teachers
 Union School.
 I hope that this answers your questions.
 
 Best Regards,
 
 Erik Berg
 Governing Board Chair
 Boston Teachers Union School

 2009/12/1 Sugita