247. アメリカで教員の一時解雇が急増


杉田荘治


はじめに
    最近、アメリカ(U.S.A.)で公立学校教員の一時解雇(layoffs)が非常に多くなっている。
   それは主として州などの財政悪化によるものであるが、これと同時に教員の優先権
   (seniority)を見直す動きも加速してきている。 また、このことは教員の終身在籍権
   (tenure)改正の動きとも連動しているが、これらについて逐次、見ていくことにしょう。

           公立学校教員の一時解雇(layoffs)

    少し以前の報道であるが、Global Research 2010年4月22日号がその要点を伝えて
   いると思うので、まずそれについて述べる。

     莫大な財源不足のためにアメリカでは、どの教育区(school district)も教員の一時
    解雇に直面している。 California州では2万2,000名の教員にピンク色の通知(一時
    解雇通知)が送られ、Illinos州では1万7,000人、New York州では1万5,000人、Michigan
    州8,000人、New Jersey州6,000人
またOklahamaでは5,000人となっている。
     さらにCalifornia州では、4000人が追加されるかもしれないといわれている。

     これについて、ダンカン連邦教育長官は全米で10万人から30万人の公立学校教員
    がその危険にさらされていることを認め、オバマ政権としてはこの事実を認めるととも
    に、このさい教員の優先権(seniority
)を見直して、連邦資金をこのような政策に融合
    させ、またチァータースクールも増やす方針であると伝えている。

     財政の悪化にともない一時解雇だけてはなく、アメリカの公立学校の62%のものが
    学級定員を増やしたり、サマースクールの削減、週の授業時間の増加、通学バスの
    減少や廃止、課外授業の廃止などの動きなどとなってきている。


     教員組合の動きはどうか。 それは,教員組合としても財源不足による教員の一時解
    雇を認めている。 しかしどのような方法でこれを実施するかについては、そのテーブ
    ルに就かせてほしいといい、また優先権、すなわち昇給、昇格のさいは教職年数の長
    い教員を優先させるとともに、一時解雇のさいにもこれに拠ることを主張している。

     
    なお、終身在籍権(tenure)についての教員組合の態度については後述する。

      最近の報道
    教員の一時解雇について、New York Times, 2011年3月4日号
は次のように伝えている。
    ○ ロサンゼルス市では教員の一時解雇のさい、教職年数の少ない教員(若い教員)か
      ら解雇する仕組みは崩れてきている。 そのような仕組みでは、貧しく、黒人やラテン
      系の生徒の多い学校では若い教員が多いので大きな問題になっている。
    ○ California州では今後2週間以内に約3万人の教員がピンク色の通知を受け取るかも
      しれないが、Michelle Rhee前首都ワシントン教育委員長やMichael R. Bllomberg市
      長はともに、この仕組み、すなわち、"last in, first out"政策の批判を強めている。
    ○ Pensylvania州でも同様て゛ある。
 幾人かの州議会議員たちは[それぞれの地方の
      事情や教員の教育実績も考慮すべきである]と言っている。

    ○ 教員組合はseniority とともに免許証明書(certification)を考慮すべきであるとしてい
      る。 

     [補足: これについては第197編をみてください。 全米教職指導基準委員会はその課程
     を終えた教員に対して、上級(優良)教員認定証を交付している。この点はわが国ではな
     いことであるが参考になろう。またアメリカの教員組合が主張する理由かあるように思わ
     れる。確かにひとつの改善策であろう。]


           Tenure (終身在籍権)見直しの動き

    第241編で述べたように、ほとんどの州は、3年の試補期間を終えた教員 (Probationary
   teachers)に終身在籍権(Tenure) を与えている。 試補契約は 1年ごとに 3年間つづけられ
   る。しかしなかには2年のところもあるし、また3年のところでも他の教育区で教職経験のある
   者は2年で足りるとされる。逆に正式採用教員でも、何らかの理由で教職から 5年以上 離れ
   ていると、再び免許更新のコースを受けなければならない(Louisiana州)ところもある。


    しかし一旦、終身在籍権(Tenure)を与えてしもうと、なかなか解雇することができず、解雇し
   ようとすれば適正手続(適法手続: due process rights)といわれる厳格な手続きが求められ、
   このためにニューヨーク市のような“ゴムの部屋”を生むことになる。
 現にこの手続きを怠っ
   た解雇処分は取り消される判例が圧倒的に多い。従って必須要件といえよう。
    [補足] [教員の人事行政ー日本と諸外国ー] ぎょうせい 1992年刊 221ページ、杉田荘
      治著 3 アメリカにおける教職の不適確性にかかわる争訟事例の考察]
を参照してくだ
      さい。

    わが国では採用から一年間は条件付採用とされるが、その期間を過ぎれば正式採用教員
   として、そのようなtenujreを得ることになる。しかもそれは全国一律的であるから、これを改
   正するとなると法律を改正しなければならないが、アメリカでは前述のように州によって異な
   ので今回のように財政悪化にともない、各州の動きになるのである。

    なお、New York Times, 2011年1月31日号もこの改正にふれて、Florida, Idaho, Indiana,
   New Jerseyでtenureを廃止するか徐々に剥ぎ取る動きが強くなっていると伝えている。

     教員組合の態度はどうか
    第244編でも述べたがAFT(アメリカ教員組合連盟)委員長の見解をNew York Times, 2011
   年2月24日号が伝えているが、それによればtenureについて、次のような複数の要素を用い
   る必要があるとしている。 すなわち、・授業を観察すること  ・レッスンプランを査定すること
   ・生徒のテスト結果による教育実績 である。 さらに[不満足]とされた教員については改善
   の機会を与えること、それは教育行政官とマスター教員の合同によることしている。 また。
   [クラスの秩序]については前述のような合同チームによって観察するが、しかし評価はそれ
   ぞれ独自に中立裁定官(arbitrator)に報告する。
 そして裁定官は100日以内に解雇するか
   否かについて決定することとしている。 しかも改善の過程で教員組合にも協力させることを
   求めている。 
    [補足] この問題については第244編も併せて参照してください。


おわりに
     ご覧のとおり財政悪化にともなう教員の一時解雇であるが、その数の多さに驚いている。

    緩衝部分を巧く利用するような政策であろうが、これでは教育の安定性を保持することは
    困難であろう。“他国”をみながら、わが国教育の長所を再確認したい。

 2011年5月22日記            無断転載禁止