264 アメリカ・コネチカット州で初めて教員組合運営の
   公立高校


 杉田荘治


はじめに
    最近、アメリカ・コネチカット州で成績不振の公立高校の運営を教員組合に全面的に委ねる
   ケースが出てきた。 第237編で紹介したようにボストンで公立小学校の運営を教員組合に任
   せる例はあったが、今回は高校である。

    このことについて地元の地方教委が、この2012年6月20日に新聞発表をしているが、その他
   関係資料によって、これを見ていこう。

                    その公立高校とは

    コネチカット州のNew Haven市にあるHaven High School in the Communityと呼ばれる少し
   変った校名の高校で、略称はHSCである。
 詳細は後述するが長い間、生徒の成績は不振で
   次第に消え失せようとしていた。 そこで初めはチャータースクールに変える予定であったが。
   地元の教員組合が、それは教員の権利を大幅に削減するものとして反対し、協議の結果、『協
   定書』を取り交わして、教員組合にその運営を全面的に委任することにしたのである。
    実は今までてもこの教委管内で成績不振のために州政府による直接管理に移したり、また
   第三者に運営を任せ私立学校のような方式にしたものがあったが、今回は初めて教員組合に
   任せるものとされた。
   
          この高校の教員について
    従来いた31名の教員すべてを解雇した。 そして再生された高校の教員になりたい者は再契
   約された。 21名の者はそれに成功したが、残り10名については、2名は面接すら受けることが
   できず、3〜4名は再申込みを拒否された
。 転職したり退職することになろう。 また新たにこ
   の学校で挑戦してみようとする者を数名、採用することになろう。

    リーダー   学校を代表するリーダー       中央事務局のリーダー
            教員組合のリーダー          親の代表

          これらで学校委員会を創るが、学校を代表するリーダーにはChris Kafoglisという人
          が他校から来ることになる。


    教員の勤務時間は増えるし、生徒の授業時間も増えることになる。
     その詳細は不明であるが、次のようなことになろう。
       
     1. 自由にスタッフを雇ったり解雇したりすることができる。 雇ったスタッフは全て教員組合の
       組合員となる。

     2. 生徒数に応じてまとまった予算を得る。また教育委員長は今後数年間で200万ドル得られる
      ネットワークに申し込んだりしてその財政基盤を固めようとしている。

     3. カリキュラム  どのようなカリキュラムをつくるか、また評定の方法についても自由である。 
       しかし州や
地区の標準テストは受けなければならない。

     4 前述のように両者の合意によって授業時間や授業日数の延長が可能である。
 
    このように、委員会の管理下に置かれながら、またすべての教員は教員組合員であるこ
   とを求めながら、しかし教委からもまた組合からもかなり自由な条件の下で教員組合が全
   面的に運営する学校である
。 なおこの高校の教員組合はAFT(アメリカ教員連盟)傘下の組
   合でAFT地方933号と呼ばれているがRandi Weingarten委員長は[この高校は都市部におけ
   る教育改革のモデル校になってほしい。
]と言っている。

          今後の生徒の学習・履修について

    学年という考えからすると、生徒は9年生からスタートする。
    そしてCore Academyという基本となる技能と学力を習得したと認められた場合は、次のステップ
   に進むことができる。 このステップは通常二年間であるが、1年の場合もあるし、生徒によっては
   3年いやその以上の場合もある。

    そしてCommunity Bridge Academyというステップに進む。 ここではコミュニティでよくやってい
   ける能力と技能を修得する。 通常は二年間であるが、ここでも早く履修する場合とそうでない生徒
   もいることになる。 法律と社会的妥当性が問われるので法律事務所や関係社会団体と連携して
   いくことになろう。 このようにして通常は合計4年間の履修であるが、そこにはおのずから早い遅い
   が生じる。

    このよう生徒と親は学習について“100%”契約することになる。 したがって教員は生徒の現状を
   いつでも親に報告することが必要である。

    学区については特定されておらず全域的に生徒を集めるマグネットスクールである。 したがって
   魅力のある学校と認められれば生徒は増えるであろうし、そうでなければ減少するであろう。(この
   項 IT Takes A Team, 2012年6月21日号)。

              アメリカで教員組合運営の公立学校

    New Haven Independent 2012年6月20日号によれば、全米で8〜9校、組合運営の公立学校
   あるとのことである。 そして例えはデンバーやニューヨーク市などと述べている。
    しかしニューヨーク市の場合はチァータースクールであって、今回のような全面的に教員組合に
   委任するものではない。 チァータースクールであるから時には教員組合のメンバーでない者も許す
   ことになるし、教員免許についても例外的な科目もあろう。 またなによりもチァータースクールであ
   るから、教育委員会の管轄下にあるものではない。 この点が異なる。

    したがってボストンの場合は今回のケースとよく似ているといえよう。 そこでは、ある公立小学校
   は成績不振校であったが、市教員組合が市教委と合意して、教員組合が運営する(union-run)の公
   立学校として再建することとなり、この2009年9月10日に校地も新たにして開校したのである。文字
   どおりBoston Teachers Union School
である。 詳細は第237編を見てください。

   またデンバーのケースも今回のものとは異なる。 これについては第192編を参照してください。
     デンバー市教委と教員組合との間でかなり前から共同して新しい給与制度をつくろうとする動
    きがあったが、約5年前にProComp(Professional Compensation System for Teachers)とい
    うプロジェクト・チームを創って試行を続けた。 その後、これに参加する教員は次第に増えて、
    今では、4,100名の教員のうち約1,700名の者がこのメンバーである。 そして『教員奨励基金』:
    Teacher Incentive Fundを創っているが、彼らの昇給分やボーナス増は、その『基金』から支給
    されることになっているのである。

 
     このように教員組合が深く関与してはいるが、今回の例やボストンの例とは異なることに注目
    してほしい。

     なおこのようにアメリカの教員組合のうち、今やAFT(アメリカ教員連盟)のほうが教育行政当局
    との連携が強いことに注目すべきであろう。
 これに関連してアメリカの二大教員組合とその変容
    については第235編を参照してください。

    
 NEA(全米教育協会)とAFT(アメリカ教員連盟)であるが、両者は次のように異なる。

  1. NEA:: National Education Association (全米教育協会) 
    1857年公立学校関係者の自由意志に基づいて結成された団体であり、公立学校の諸問題を自分
    たちの職能成長を計りながら向上させていくことを目指すグループ活動で
あった。 従って静かな
    教育協会
であった。 その後、変容して教員組合となり、会員数も320万人で今では最大の教員
    組合である。

  2. AFT: American Federation of Teachers(アメリカ教員連盟
    1916年、一握りの教員によって結成され、教員の権利や賃金、労働時間などの労働条件を団体交
    渉、労働協約によって勝ち取るという路線を歩んでいる。 アメリカ総同盟: AFL - CIO と同盟して
    教員組合運動の先導的役割を果たしてきた

   しかしその後の変容について、またAFT(アメリカ教員連盟)が教育行政当局との連携が強いこ
  とについては前述のとおりである。やや逆転の感がある。

          旧Haven High School in the Communityの概要

   左図は旧High School Haven
 高校の教員のうち、新高校の
 教員として留まることに成功し 
 たメンバーの一部である。


 Teachers Uinon Will Run New
 "Turnaround"/New Haven
 Independentから

    1 全米統一テストであるMEAP testの得点
     例えば11年生について、2010年度数学で『良好』を取った者は州全体で50.4%であったが、
     この高校では16.9%しかなかった。 理科でも同様で
、州全体では57%であるが、この高校
     では28.9%しかなかった。 しかもこの下降傾向は年ごとに悪くなってきている。

    2 リーディングや社会では比較的その差は小さいが、それでもかなり大きい。 例えばリーデ
     ィングでは65.2%と48.9%というわけである。
    3 州の標準テスト: CARTにおいても同様で、すべての科目について他の多くの学校と比較し
     て極端に悪い。 (この項、LOCAL SCHOOL DIRECTORY.COM)

    4 生徒の人種    アジア系 1%    ヒスパニック 16%    黒人 14%    白人 66%
     生徒数  327名  しかし12年生には約半分強にまでに減少する。
    5 学校給食  全額免除 55% 一部免除 13% (この項 New Haven - Public Schools Review)

  参照資料  本文で記載したものの他、
        New Haven Register, June 20,2012    NEW hAVEN INDEPENDENT June 20. 2012

おわりに
    わが国ではこのように教員組合に公立学校の運営を全面的に任せることはまず皆無であろう。 
   しかし現実路線をいくアメリカの教員組合と教育行政当局との連携については考えさせるものが
   ある。 わが国でも職員会議の在り方で述べたことがあるように、校長としての権限とその限度、
   教職員の力量とその限度をわきまえながら、わが国の特性を活かす方策はあるように思われる。

 平成24年(2012)7月8日記        無断転載禁止