266 アメリカで市長自身が教育委員長にもなる
   ーその後


杉田荘治


はじめに
    約7年前、第176編でアメリカ・コネチカット州のある中都市の市長が教育の刷新を図って、
   彼自身が教育委員長にもなった出来事について述べた。
    わが国でも最近、大阪に端を発して首長の教育への介入が強くなってきているが、この
   際、標記のアメリカのその後の動きについて見ていくことにしよう。 まず2005年12月に載
   せた第176編から、その出来事を要約する。

          市長自身が教育委員長にも就任

    アメリカのコネチカット州のHartfordという中規模の市のEddie Perez市長が市議会から
   教育委員に同意され、その後の教育委員会で教育委員長に指名された。 市長が新たな
   宝石を身につけることになったが、こんなケースはアメリカでも初めてのこと
であった。
    彼は市長としては三期目に入っていたが「私は教育行政をもっと組織化し、教育委員会そ
   のものも再構築する」と語った。
     味方
    彼にとって力強いことは新しく教育委員に選出された人たちが「われわれ教育委員は既成
   概念に捕らわれないで、子供たちのために何が利益になるのかということだけを考えて彼を
   支持しよう。」、「今回の市長の行動は3年前改正した市の憲章(規則)に拠って行なわれたこ
   とで正当である」と言ってくれていることである。

     批判
    教育委員会と市行政とには一定の距離があり政治的にも財政的にも紛争にも巻き込まれな
   い独立機関にすることが望ましいのである。 教育は政治的になればなるほど、そのようなこ
   とに気を配る一つの機関になってしまうからである。 市長と教育制度との緩衝器を取り外す
   ことは危険である。

   Mayor of Hartford, Connecticut Eddie Perez
 2001年1月〜  2010年6月
 From Wikipedia, the free encyclopedia
  ラテン系アメリカ人として初めて2001年に市長に選ばれた。 地元の高校卒、
 しかし小さい時しばしば、いじめを受けたとのことがあった。


  また今までも草の根運動の地元の創始者の一人として行政改革や教育改革、
 住居の改善に熱心に取り組んだ実績がある。


             教育委員長に就任した後

    その業績についてはよくわからない。 それは後述するが彼は収賄罪などで逮捕・有罪の判決を
   受けたためであるが、就任後、インタビューに応えて次のように語っていた。
    ○ 人種間の学力差を小さくする。
    ○ 生徒の学力を向上させる。 例えば州のテストで州の平均が1%アップのとき、この市では
      4%アップさせる。
    ○ 市教委運営費が余りにも大きい。 それを減らして実際のクラスの授業のために増やす。
    ○ 三年間、成績の挙がらない学校を再編成する。 また親が望むなら、そのような学校から
      他に転校することを援助する。
    ○ 幼稚園も改善する。
    ○ 学校の安全についても対策する。

             彼の逮捕・有罪

    2009年7月、彼は収賄の容疑で逮捕され、その後、有罪判決を受けたので市長も教育委員長
   も辞任してしまった。 すなわち、市関係の建設業者を自宅のために使い、約7万ドルの収賄と
   証拠隠滅によるものであった。 2010年9月5日に[3年の実刑]判決を宣告されたが、その後5
   年間の執行猶予にされた。

             彼の後任市長もまた教育委員に

    後任の市長であるPedro Segarraという市長も2012年1月に教育委員となった。 しかし彼は
   [私が教育委員になるのは、何百万ドルという莫大な教育予算の金がどのようにして使われる
   かを見守るためで、その役割に徹したい。 またそれだけで十分である。]、[教育委員長にな
   るつもりはない。 市と教育委員会との良好な関係は続けたい。 一人の委員として働くだけで
   ある。]と語っている。 この点が前任者とは異なる。 なお市の教育予算は約5億5,000万ドル
   である。

   参考1 Hartford市
       コネチカット州の東海岸にある人口約13万弱の中規模都市である。 保険業が盛んで
      あるし、また大学も二校ある学術都市でもある。その影響力の及ぶ都市圏は120万都市
      ともいわれる。

   参考2 以前、同じ州のStanford市でも市長は教育委員に選ばれたが、投票権のない委員に
       留まった例がある。

   参考3 首長介入の理由
       ・ 教育委員会管内の学校の学力不振、生徒指導問題    ・ 財政悪化    
       ・ 不適切な教育行政      ・ 破壊してしまったような教育行政構造など

参照資料  本文中に記載したものの他、下記のとおりである。
     ・ YOUR PUBLIC MEDIA 2012年1月16日号   ・ THE CRIMINAL 2009年7月1日号
     ・ COURANT.Com 2011年12月20日号     ・ HartfordInfo.org 2010年7月1日号

おわりに
     今までアメリカのある例を見てきたが、市長は教育委員に選ばれても、投票権のない委員に
    留まるなど自制が求められる。教育委員長にまでなるとやはり弊害が強くなることに注目すべ
    きであろう。  教育委員会がもっている緩衝器としての役割も実は重要なのであるが、これは
    説明するに困難な面がある。

     筆者は以前、第24編などで体罰問題を論述したが、そのさい[懲戒は合法、しかし体罰は違
    法]という教育論だけでは、クラス環境や学校の秩序を維持していくための教育論としては極め
    て不十分で、そこには[正当な理由のある力の行使]にまで踏み込まないと実のある懲戒論、

    体罰論にはならないことを指摘した。 第25編『理由のある力の行使は体罰ではない』などを見
    てください。 今、論議されている[いじめ]問題についても、この点が見落とされているように思
    われる。 教育委員会無能、無用に根拠をおく論議も一見勇ましく、共感を得られそうであるが、
    注意する必要があろう。 
     勿論、教育の衝に当たる人々も現行制度に安住することなく日々緊張感をもって工夫と努力
    する必要があることはいうまでもない。

 平成24年(2012)9月27日記          無断転載禁止