271 アジア諸国の法整備支援理解の一端


杉田荘治: Shoji SUGITA


はじめに
    名古屋大学は法政国際教育協力研究センターを設けて、アジア諸国の法整備支援を
   続けておられる。そのホームページによれば、

   [開発途上国や社会主義経済体制から市場経済体制ヘ移行しようとする国において、公
   正な市場経済、法の支配、人権、民主主擦を実現するための法整備への努力に協力する
   取り組みです。  1990年以降、多くの社会主義国が市場経済体制へと移行しました。
   これらの国々は公正な市場経済のための法制度を作り、法の支配、人権、民主主義の確立
   を必要としています。 また、グローパル化に伴い、多くの開発途上国は圏内の法制度を国
   際的基準に合致させる必要に迫られています。国際的な協力、すなわち法整備支援を必要
   としています。
    日本の法学教育機関や法律実務家は法分野でのこのような国際協力への参加を期待さ
   れ、また重要な役割を担っています。

    ・
1998年 名古屋大学大学院法学研究科による法整備支援事業開始

     ・2000年 「アジア法政情報交流センター(CALEの前身)J設
    ・
2002年 「法政国際教育協力研究センター」として改組] などである

    筆者は時々、名古屋大学で立ち話程度ではあるが関係メンバーと話しあっていたが、今年
   はじめて、そのサマースクールに参加した。 そこでまず、このことに触れ、その後関係図書
   からこの法整備支援の一端について述べることにしたい。

       
サマースクール『アジアの法と社会 2013』に参加して

    2013年8月7日、8日、9日の3日、名古屋大学文系総合館で標記のサマースクールが開かれた。
   参加者は約50名。 全国関係大学の院生、教員、検事、弁護士、法務省関係者、私企業関連
   などが主たるメンバーであったが高校関係者は皆無のように思われた。

    
テーマと講師

基調講演   鮎京正訓(名古屋大学副総長)
「法律実務家とアジア(1)」  辻 保彦(法務省法務総合研究所国際協力部、教官・検事)
「法律実務家とアジア(2)」  川崎里実(日本弁護士連合会・国際交流委員会幹事、弁護士)
「法整備支援におけるフィールドワークの意義」 楜澤能生(早稲田大学比較法研究所長、教授)
「インドの法と社会」  伊藤弘子(名古屋大学大学院法学研究科、特任准教授)
「東南アジアのイスラーム法」 桑原尚子(高知短期大学、教授)
   ”Reforming Law and Legal Education in the Context of Legal Assistance in Asia"(英語セッション)
“Reforming Knowledge? The Global Turn of Legal Education in Asia”
Isabelle GIRAUDOU(名古屋大学大学院法学研究科、特任准教授)
“Formation of an ASEAN Regional Community and
 the Agenda for Legal Reforms in Southeast Asian countries” 
Teilee KUONG(名古屋大学法政国際教育協力研究センター、准教授)
   法整備支援に携わるためのキャリアパス  佐藤直史(JICA国際協力専門員、弁護士)
岡英男(JICAモンゴル調停制度強化プロジェクト長期専門家、弁護士)
名古屋大学・博士課程教育リーディングプログラム「法制度設計・国際的制度移植専門家の
   養成」に関する案内
「グローバル化するアジアの法と社会」 松尾弘(慶應義塾大学大学院法務研究科、教授)

    なかには専門的すぎて筆者には理解し難い部分もあったが、それぞれ詳しい資料も配られて
   おり、勉強になった。 以下、とくに参考になったことを列記しておこう。


    ・ 日本の法整備支援の特徴は主体性(オーナーシップ)の尊重である。 すなわち、日本側
     から制度や考え方を紹介し、支援対象国が自国に合った法制度を構築できるように支援する
     方法である。
    ・ 長期的な人材育成の重視である。 すなわち、法律・制度を作ったらそれで終わり、ではない。
     法律・制度を使いこなせる人材の育成である。 最後まで面倒を見る。
    ・ 日本の経験・知見の活用である。 すなわち、西洋各国の法制度を研究してきた経験・比較
     法的観点、日本法のみならず、外国法制度にも精通した人材が多いことである。
    ・ 多様なアジアの国・地域が各々に独自の生活様式、環境。価値意識、尊厳を守りながら、
     その余剰の所有物を交換することによって共存する道を模索する。
    ・ JICA専門家になるための要件 英語ができれば望ましい。 TOEIC640, TOEFL500以上
     関連実務経験 5年以上など。
    ・ figh イスラーム法学 = 啓示を手掛りとしてシャリーアを理解すること。 啓示の文言から具体
     的な法規範を導き出し、あらゆる問題についての判断を知ること。 われわれの感覚に近い。

    ・ 上述の博士課程リーディング゛プログラム(通称・)リーディング大学院への挑戦。 日本では
     唯一つの博士課程のプログラムであるが、奨学資金も極めて多く世界に雄飛することを期待
     したい。
      以上であるが、こと教育に関する法、たとえば教育職員人材確保法はわが国の優れた法で
     あるが、これをアジア諸国でどのように法整備するかなどについては関心が薄いように思われ
     た。 質問したが余り適当な答えは得られなかった。今後の課題であろう。


          法整備支援とは何か

    このことについて鮎京正訓著『法整備支援とは何か』 名古屋大学出版会 2011年初版、おな
   じく『アジア法ガイドブック』2009年初版、ならびに安西明毅ほか4名著『アジア労働法の実務Q &
   A』商事法務 2011年初版から概観しておこう。

    ・ 日本の法制度支援はベトナム、ラオス、カンボジア、モンゴル、、ウズベキスタン等の国を中
     心にして行われている。 これらの国々は社会主義体制を経た国か、あるいは現在、社会主義
     国である。 
    ・ 今までも弁護士個人または弁護士グループによる支援活動はあり、その後、法学部学生によ
     るもの、大学法学部又は国際開発系大学院がベトナム、ラオス、カンボジァ、モンゴルなどの大
     学と学術交流協定を締結し共同研究する支援もあった。 さらに日本国際法律家協会などの活
     動へと広げてきた。 さらに国連アジア極東犯罪防止研究所(UNAFEL)、法務省、外務省、国際
     協力事業団には日本の政府開発援助の一環としての法整備支援と広がっていったのである。
     
       理念と方法
      先駆的役割を果たしてこられた森嶋昭夫名古屋大学名誉教授は[日本の法整備理念は支援す
     る側、される側という両当事者のパートナーシップあるいは平等]を重視したことを強調している。
     また[たとえ、国が理想的な法制度をつくったとしても、それが社会の現実の中に根付かなけれ
     ば法とはいえない。]としている。  
      これに対して松尾弘慶慶応大学教授は[われわれは法の支配にあまり多く期待することはでき
     ないが、しかし決して過小してとらえてはならない。]としている。
       コメント
      この両者の違いは、これからも常に問われていくように思われる


       日系企業のアジアへの進出にさいして
     ・ 会社に有利な労働法制の国 -------- シンガポール
     ・ 労働者に有利な労働法制の国 ------ インド  インドネシア  ベトナム
     ・ 比較的ニュートラルな労働法制の国 --  タイ  マレーシア

       例えばシンガポールでは労働組合の組織率は低くストライキも多くない。 しかしインドでは
      解雇のためには正当な事由が必要であり、解雇保証金、事前の通知も必要である。 日本の
      労働慣行からは想像もできないような規定も存在する。 タイでは解雇にさいして当局の許可、
      労働組合の同意は必要ではないが、[公正な解雇理由]が必要である。

        留学生にたいしてどのような言語で教育するか

       日本語による研究が望ましい。 長期にわたって母国での日本語教育を充実させる。
       名古屋大学日本法教育センターは、[日本法教育研究センター]を下記のように設立した。
        ・ 2005年9月 ウズベキスタンのタシケント国立大学法科大学
        ・ 2006年9月 モンゴル国立大学法学部
        ・ 2007年9月 ベトナムのハノイ法科大学
        ・ 2008年9月 カンボジア王立法経大学

       そのため2009年度には文部科学省[国際協力イニシアチブ]ブログラムの一つとしい[日本語
       による日本法教育]が採用され[社会科学を学ぶ留学生のための基礎教材開発]を作成する
       など努力されている。
     コメント 筆者も読んでみたがよくできていて感心した。 しかし母国では即戦力となる人材も必要
          であろうから英語コースの重要性も無視できないように思われる。

   参考
     名古屋大学が大学院、法学部でアジアの法整備対象国から受け入れている留学生は、
       2010年10月現在で中国、韓国、台湾は別として、ウズベキスタン 25名、 カンボジア 15名
       ベトナム 13名、 モンゴル 3名、 ラオス 12名、 ミャンマー 6名、 タジキスタン 1名

     
おわりに
    サマースクールへの参加、関係図書の利用その他からアジア諸国の法整備支援の一端について
   述べた。 関係者の労を多とし、今後についてもおおいに期待している。 しかし行政法の領域での
   法整備と支援の難しさをサマースクールでも語られていたが、今後教育法のそれについても進展さ
   れることを期待したい。

2013年(平成25)8月13日記       無断転載禁止