31. アメリカの無能教員の解雇


杉田 荘治


はじめに
 最近、わが国の教育改革国民会議で、教員免許状の更新制度(例えば 10年ごとに) が検
討されているとのことである。 教育改革の一つとして望ましいことであると考えるが、実際
に実施するとなると、難しい問題も起こってこよう。
 そのさいの参考として、アメリカ ( U.S.A.) の場合を見ることにするが、ここでは[ 解雇に
さいしての留意事項]、終身在籍権 (Tenure)、その改正の動きなどについて述べる。 また
最近の解雇判例については、次回 (8月下旬)に記載する予定である。
 アメリカでも、無能教員の解雇となると、なかなか難しいようである。
T 無能教員の解雇にさいしての、校長の留意事項
1. 一般的留意事項          Terri Johnson 氏など [後掲註 1] によれば、
 いかに、すばらしい学校改善計画を立てようとも、無能教員を抱えておれば、それは絵に
描いた餅のようなものであるが、さてこれに取り組むとなると、校長のとって、気の重い、ま
た欲求不満もつのる仕事となる。
 ところで校長は、教員の解雇手続きを始めようとするときは、次の事を考える必要がある。
@ 自分の学校の教員組合が、その解雇手続きを容認するような雰囲気か。
A 教委の事務局、とくに教育長が校長の行動を支持しそうかどうか。
B 最終的に教委が、それを支持しそうかどうか。
 もし、これらのうち一つでも No であれば、その解雇手続きは状況が変わるまで待ったほ
 うがよい。

 [註 1] Terri Johnson, Garth Petrie & Patricia Lindauer, Dismissing the Incompetent
      Teacher
(Volume 17 Number 13, March 1999) NAESP
2. その教員の授業などを評価するさいの留意事項
@ 公表された合理的な基準によること。
A その基準は教員にとっても容認できると信じこませること。
B 常に観察し、定期的に評価し、その都度、それを教員自身に知らせること。
  また、一定の期間に改善されなければ、解雇手続きを始めることを予告すること。
C 校長は、その改善プランを進めるさいに、彼 ( 彼女 ) の同僚教員の協力を求めること。
  それは実際の改善にも役立つし、また解雇となった場合の資料ともなる。

D 改善プランは、その教員の弱点を具体的に指摘し、改善がどうしても必要なこと、その
  最終時期、再評価の方法について明示すること。
E その際、次のような反論が、その教員から校長になされるかもしれない。
  ・ あなたは、私の教科の領域について、よく知らない。
  ・ あなたは、余り教職経験がないので、[ よい学習指導法 ]について、よく知らない。
  ・ あなたは、私のすべてのレッスンを見ていたわけではない。
  ・ あなたは、私のクラスが非常に多くの問題を抱えていることを知らないので、その
   判定はできない。
  ・ あなたは、同僚、親、生徒たちの不満を無視すべきである。なぜならば、彼らは私を
   嫌っており、本当のことを、あなたに話さないからである。
F 文書を確実に準備すること。
補足事項   D. Robert Marshall, Teacher Terminations, Public School Law, EDAD
         5383, Fall 1998によれば
@ どの領域を改善すべきであるか、正確に指示すること。
A いつまで、それを達成すべきかを明示すること。
B もし結果が不満足であれば、どうなるかを明示すること。
C ビデオや利用すべき道具を教えてやること。
D 優良教員の模範授業を参観させること。

E 研修会ゃセ゛ミの利用について。
F 文書は、その教員の授業計画、生徒のテスト、生徒の宿題の処理の仕方、親や生徒
  からの不満などを含めること。 いずれも正確な日付も。
G 刺激的、扇情的言葉は避けること。 またチンプンカンプンな内容にならないこと。
  また個人的な事項は避けること。
H いずれは、これらの文書は公開記録法によって公開されることも予想すること。また、
  その点について召喚されることもありうること。
U 終身在籍権 : Tenure
1. 終身在籍権 : Tenure
  殆どの州は、3年の試補期間を終えた教員 (Probationary teachers)に終身在籍権
 (Tenure) を与えている。 無能教員を解雇するに当たって、最も面倒なことは、この権
 利 :Tenure である。
 本来、この権利は教委が恣意的に教員を解雇することを防ぐ目的のものであるが、そ
 の趣旨は正しく運用されていない。 従って、
@ 校長と管理職は事前に、その面における教育を受けておくこと。
A 教員組合や教育機関との連携を強化しておくこと。
B 裁判所は解雇にむけた、きちんとした文書を評価する。
C いや一番、問題なのは校長自身の心構えかもしれない。 というのは、彼らは内なる
  敵を恐れるあまり、教員の評定を “ 底上げ ”して、評定を実際よりも高いように見せ
  かけて解雇問題を避けようとするからである。その付けは後になって、彼らに廻ってくる。
2 試補教員 : Probationary teachers
@ 試補契約は 1年ごとに 3年間つづけられる。
A もし、その教員が、それまでの 8年間のうち 5年以上の教職経験があれば、1年間でよい。
B 試補期間の終わりに、なお疑わしい場合は更に 1年延長することができる。
C 試補期間を終え、正式採用 ( Tenure ) にするか否かは教委が決定する。 それに対して
  裁判所への訴えはできない。 教委に苦情を申し出ることはできるが。
D 理由は [教委の定める期待される基準に達しなかった]で十分である。
  引用 : 前述 D. Robert Marshall より
V 無能教員による被害         前述 NAESP: 全米小学校長協会 資料より要約
○  Tennessee大学の研究によれば、数学の得点は、無能教員によって教えられた場合、
   優良教員による時と比べて 54点ー60点 低い。 しかもその後、良い教員に代わっても
   生徒たちは、あまり上達しない。
○ California州の Mary Jo McGrath さんの調査によれば、全国の 260万人の教員のうち、
  約 5% 、実数にして 13万 5000人が無能教員である。 しかも、これらの終身在籍権教員
  (正式採用教員)を解雇しようとすると、2 - 3年 かかるし、その費用も 一人あたり約 6万
  ドル、しかも訴訟なになれば、この費用は跳ねはがる。
○ New York州教委協会の調査 (1994年)によれば、解雇手続きは、一人平均 455日 か
  かり、費用は平均 17万 6870ドル、訴えを起こされれば、その費用は 31万 7000ドルに
  なる。
○ Yankee研究所も、Connecticut州では無給で解雇できない。これは有給休暇を与えるよ
  うなものであると報じている。 すなわち、解雇手続きが進められる間、停職として給料全
  額が支給され、それが約6月かかる。 その間、代替教員の給料を払わなければならない
  が、このように解雇手続きの費用は相当なものになる。 ましてや訴えを起こされれば、
  さらに 10万ドル 以上かかる。

   一例として、ある停職とされた教員は、その間に 5万 5000ドルの給料を得、その解雇
  手続きの費用が25万ドル、しかも、その後、年齢による差別、言論の自由を侵されたと
  して訴訟を起こした。
  また、ある教員は“ 有給の退職 ”として辞任したが、対抗的な訴えを起こさないことを条
  件にして、20万ドル プラスの退職金を得た。
このように無能教員による被害を訴える資料が多いが、以下少し、補足しておこう。
○ 前掲 D. Robert Marshall によれば、
 . 一人の教員を解雇するとなると、管理職は自分の仕事の 50%を、それに費やさなけ
  ればならない。
 . 一人平均、 475日かかるし、時には 9年間、続くことにもなる。
 . 費用は 15万ドル ー 20万ドル。 訴訟になれば更に 32万ドル。
 従って管理職は、犯罪事件や重大な職務怠慢にでもならない限り、手をつけたがらない。
W 終身在籍権を見直す動き
1 改正の動き
 Teacher Tennure Modified - At Last ( Chuck Sambar, 1996 )は新しい California州の
 法案を次のに伝えている。
2 改正点
 @ Assembly Bill 729 は[ 精神的に無能力だけが解雇の事由とされるのではなく、不満
   足な職務 :Unsatisfactory performance も十分な解雇事由となる ]とするものである。
 A しかも教委は[ 改善できる程度を超えている ( beyond remediation ]ことを証明する
   必要はなく、たんに定められた基準に合わない ( not meeting esatablished standards
    of performance )ということを示せば解雇することができる。
それだけに、教委はより明確、公平、教員の授業や職務についての基準を作ることが求め
られる。 一旦、教員免許状を得ることは確かに専門職員としての証明ではあるが、いつま
でも十分な教員であるとの証明ではない。
 また、PSEA の『 一般市民は教員終身在籍権に何を望か 』 1996年11月号も同様な趣旨
のことを述べているが、詳細は省略する。
【付記】 前述の Assembly Bill 729 は、1995年 8月 10日に California州知事が署名して 、
     1996年1月 1日から施行されている。 改正点は上記のとおり。 それまでは 1969年
      California 州最高裁の Morrison判決によっていたが、(無能力による解雇)につい
     ては明確ではなかった。また、今後、教委がつくる、より明確な基準について、
     McGrath Template Inc.は彼らの システムの採用を求めている。
2000年7月末 記

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