42 判例にみるーわが国の不服従教員の懲戒処分

            43. 判例にみるーアメリカの不服従教員の解雇
Shoji Sugita:杉田 荘治       6. 日米の教員解雇
                      
English version,here    

はじめに
 アメリカ( U.S.A.) では[不服従]による教員解雇判例は非常に多いが、わが国では極めて少ない。し
かも、その懲戒処分の多くは戒告処分である。
勿論、“多ければよい”とか、“厳しければよい”というものではないが、しかし“緩すぎる”のも問題で
ある。なぜならば、勤務のあり方も問われるからである。

 『判例時報』日本評論社では、最近の判例はない。 平成3年判決の例が最も新しいものであるが、
それについては後述するが、まず『判例タイムズ』判例タイムズ社を見てみると、そこでは卒業式で
国歌(君が代)斉唱、国旗(日の丸)掲揚を巡って争い、不服従とされたものが多い。
T 小学校の卒業式における担任の行為
     福岡地裁 平成10. 2. 24判決     【判例タイムズ】 965号 277頁
1 概要
 公立小学校の卒業式で担任教員が、国歌斉唱のさいに着席し、混乱した卒業式の退場時、右手
 のこぶしを振り上げた行為は、[信用失墜行為]として戒告処分とされた。裁判所もその処分を正
 当とした例である。
2 事実
 ○ その教員の担任した6年生たちが作ったピカソのゲルニカの絵を模写した旗(ゲルニカ)が、卒
   業式では正面ステージには掲げられないで式場の背面に張られてあった。正面ステージには
   日の丸の旗。
 ○ 卒業生のB子は、国歌斉唱時に着席し、二度にわたり「歌えません」と叫んだ。また一人一人に
   与えられる決意表明の機会にも「校長先生に深く怒る」旨の発言をした。
 ○ その教員は卒業生を引率して式場を退場する際に、右手のこぶしを振り上げた。
3 判決理由
 ○ 国歌斉唱のさいに着席したのは、呆然として腰を下ろしていたとはいえない。 ゲルニカの旗
   が正面ステージに掲げられていなかったこと、前任校でも、ちぎり絵がステージに掲げられず、
   君が代を無理に歌わされて抗議ないし抵抗する趣旨で着席していることなどから、本人の意思
   による行為であると考えられる。
 ○ 来賓や保護者との大声でのやりとりなどから、こぶしを振り上げたことは来賓や保護者に対す
   る抗議ないし勝利の意思表示とみるべきである。
 ○ 教委側は適当な方法で事実関係を調査したものと考えられる。
【コメント】 アメリカでは、戒告処分程度ではすまされないであろう。
U 高校の卒業式における教諭の行為
      浦和地裁 平成 11. 6. 28判決         【判例タイムズ】 1037号 112頁
1 概要
 卒業式で[日の丸]掲揚に反対するため、印刷物を配布し、生徒を卒業式予行日に放課したため
 に、地公法33条(信用失墜)、35条(職務専念義務違反)行為として戒告処分とされたが、裁判所
 もその処分を正当とした例。
2 事実
 ○ [生徒ならびに保護者の皆さんに訴えます]という[日の丸]掲揚に反対する印刷物を配布すると
   ともに、生徒を放課して予行演習に参加させなかった。 このことは一般市民にも広く知れ渡っ
   た。
 ○ 事前に、指導主事が来校して校長に善処を要望したり、また校長は[日の丸]掲揚を撤退した
   事実もあった。
3 判決理由
 ○ 校長が[日の丸]掲揚を決定した以上は、これに従わなければならない。
 ○ [卒業式の予行のボイコット]として広く一般市民にも知れ渡った。
【コメント】 前述の件と同様にアメリカでは、この程度の処分では済まされないであろう。
V 高校教諭の生徒指導研究会傍聴強要の件
      東京地裁 平成 3. 9. 9判決        【判例時報】 1404号 125頁
1 概要
 公立学校生徒指導研究協議会の傍聴を要求し、会場のホテルの敷地内に押し入り、玄関で受付
 けの職員に体当たりを繰り返し、受付の業務を一時、中断させたとして戒告処分を受けた。裁判所
 もその処分を正当とした例。
2 事実
 ○ その会場には[許可のない者の立ち入りを禁止します]との立札もあった。
 ○ 立ちはだかった3名の受付係に激しく自分の体で押し退けたりした。 そのため10分余り、受付
   け業務が完全に停止した。
3 判決理由
 ○ この研修会が違法であるとは到底、考えられない。 従って、この研修会を妨害した行為は当
   然に違法である。
 ○ 傍聴を認めるかどうかは教委の自由裁量である。 従ってその教員に傍聴を認めなかったこと
   は違法ではない。
 ○ 懲戒処分のなかで戒告処分は一番軽い処分であって、裁量権の範囲を越えていない。
  [註] [命令研修は原則的には適法たりえない]との兼子説の見解をとらない。
     また、福岡地裁 昭61. 12. 25判決も先例とする。(労判 492.23)
【コメント】 教育公務員特例法 20条の“教員の研修”に関連した行為ではあるが、それを考慮して
      も戒告処分はアメリカと較べて軽いといえよう。
W 胸部X線検査拒否行為
       名古屋地裁 平成 8. 5. 29判決     【判例タイムズ】 941号 172頁
1 概要
 公立中学校教諭が胸部X線検査を命じられたが、自分には過去に相当のX線曝露歴があり、X線
 を有害と考えて、これを再度にわたり拒否した。 そのために減給処分を受けたが、裁判所によっ
 て取り消された例である。
2 判決理由
 ○ 校長は市教委と相談のうえ、“生徒に接触する立場にある者が、万一、結核に罹患して集団感
   染させてはならない”と考えて受検を命じた。
 ○ しかし、学校保健法には、教職員にX線検査を義務づけた規定はない。 東大・吉野氏らの研
   究結果でも[労働者に、集団検診として40才未満の者に実施して得られる情報とリスクとを比較
   すると、リスクのほうが、はるかに大きい]とされている。
 ○ また本人は[喀痰検査]を受け、異常がないことを校長に報告している。
   従って、職務上の命令に従うべき義務はない、と解すべである。

  また本人が[措置要求のため]としていた一時間の職場離脱についても積極的には取り上げな
 かった。
【コメント】 珍しい例である。果たして[喀痰検査]が胸部X線検査に代わりうるかどうかわからない
      が、残された問題の多い判例であろう。

2001年4月下旬記載             無断転載禁止