45. アメリカの包括的教育改革法案ー提言とともにー
追記: 教育改革法成立 



杉田 荘治:Shoji Sugita

はじめに
 今年( 2001 )、アメリカ(U.S.A.)新政権の最重要政策である教育改革について、その包括的
法案が、下院では5月末に、上院では6月中旬に、それぞれ可決され、現在その具体的財源
を巡って両院で協議されている。 夏休みの関係でこの9月の新学年度から実施することは困
難であるが、いずれにせよこの超党派的な法案は画期的な法律として実施されることは確実
である。

 これについて『21世紀教育改革情報』Vol. 0039号( NPO 同研究所)が、Washington Postの
記事を要約されているし、またCNNが、7月13日号で、5月24日付New York Times の記事を
かなり詳しく述べている。(by Lizette Alvartes,秦 晴夫)
 そこでこの二つを基本資料として、その前後の原典記事、例えば、6月20日Education Week,
6月16日CNN、7日6日CNN, また連邦教育・労働委員会の7月19日速記録などから、その後の
動きなども含めて要約することにする。
また少し遡るが、下院で審議されていた頃のWashington Post( 2001. 5.7 by Dana Milkbank )
やDetroit News(2001. 5.24)号も参考になるので関係部分を紹介したい。その他若干の記事・
論調を引用し、最後に6月18日発表のギャラップ世論調査結果について述べる。

 まず、わが国についても次のように提言したい。
提言
   1 わが国でも、公立学校の児童・生徒に対して、国レベル、または都道府県レベル
     で、学力標準テストを実施されること。
   2 チャーター・スクールを創設されること。
   3 学校管理や学校財政に、いま少し弾力的な運用を認め、その代わりに、それ相当
     の結果責任を問うように施策されること。 当面いくつかの推進教委、推進校を創
     り具体化されること。

T 包括的教育改革法案
 この法案は議会では、No Child Left Behind Act と呼ばれている。“不退転”の響きがある。
上院は、91: 8 で、6月14日に、下院は、354: 45で、5月23日に可決した。従って超党派的。
1 要点
 1 全ての公立学校の3年生から8年生(中2)の生徒が、毎年、英語(Reading) と数学のテスト
  を受 けさせること。 すへての州
 【コメント】現在、すべての生徒について実施しているのは15州のみといわれる。また今後、
      各州が実施するさいは、連邦教育省と協議することとされる。( .by local systems, in
       consultation with Education Department.)
 2. 高校生については、在学中、1回
 3. すべての公立学校で全州、全米レベルで比較可能な結果を用いて、学校通知箋:Report card
   を作ること。

 4. [低学力]の公立学校へは、連邦補助金で支援する。 しかし、2年続けて成績不振な学校では、
  生徒が他の公立学校へ転校することを認める。
 5. さらにもう1年、[成績不振]の公立学校、つまり3年そのような状態がつづいた学校へは連邦補
  助金を打ち切る。そしてチャーター・スクールになるか、州が強制的にその学校を引き継ぐか、或い
  は教員を入れ替えて再出発させる、とする。
 【コメント】このように厳しい内容である。英文下記: After the fourth year, if not enough
       progress is made, the school would have to reconstitute, either by becoming
       charter schools, forcing the state to take over or hiring a new staff to manage
       the school.

  また在校生のチュタリングの特別支援なども可能にする。 ( Private tutoring )
 6 その他
  Reading の向上に重点をおく。すなわち、5年間に毎年、10億ドルを支出し、3年生までにすべて
  が、読めるようにする。
  しかし、低学力校の生徒に対して、年間、1500ドルを支給するという[バウチァ]: Voucher なる大
  統領案は認めなかった。
 【コメント】 このようにこの教育改革案は、まとめていえば、“それぞれ自分たちの責任を果た
       すこと”、“連邦支出金の柔軟な運用”、“地方のコントロール強化”、“親の強い選
       択権”といえよう。 Accountability, Flexibility, Local control, Greater choices
        for parents.
U いくつかの論調
1. Detroit News 5月24日号
 他とほぼ同様であるが、参考になるものも多いので下記しよう。
 ○ 学力低下校の生徒に対する連邦補助金について、サマスクール:summer school への学習も
   含まれる。
 ○ 暴力犯罪の犠牲者である生徒の転校も含まれる。( Requires schools to let students transfer
   to another public school if they are the victim of a violent crime at school.)
 ○ 連邦からの補助金を弾力的に使用することができる推進地方教委の数は、各州で2教委、全
   米で100教委とする。( As a pilot program, 100 school districts - two per state - could enter
   into an agreement by which schools would be freed from virtually all restrictions on
   federal money.)
   【コメント】これは下院案であるから、今後、両院協議の対象となろう。

 ○ チャーター・スクールへは増額する。
 ○ 学校に、地方教委内や州のなかの他の学校と較べて、生徒の学力が向上したかどうかを示す
   Report card を作らせる。
 ○ [英語を主としない学校]へ転校させるには、事前に親の同意を必要とする。( .... requires
   school districts to get parents' consent before placing a child in a program that is not
   primary taught in English.)
2. ホームスクール協会 5月10号
 これも下院案の時期のものであるが、関係部分について触れておこう。
 ○ 下院教育・労働委員会は、41: 7 で同法案を可決した。
 ○ 数学とともに理科教育も重視すること。
 ○ 教員が暴力的かつ常にトラブルを引き起こすような生徒を、クラスから排除するとき、[違法に
   なるのではないか]と心配せずにできる、と決定した。( As part of the board efforts to make
   schools safer, H.R. 1 allows teachers to remove violent and persistently disruptive
   students from the class room without fear of legal repercussions.)
   【コメント】包括教育改革法案には、この点も含まれていることに注目したい。
3. North Country Times 5月20日号
 他とほぼ同じ。しかし、英語以外の母国語を使っている生徒を、英語の習熟させる期間(3年)の連
 邦補助金に特に注目している。
V 両院協議会
議会教育・労働委員会の公式速記録( 2001. 7月19日 )によれば、
上院と下院の両院協議会の議長に共和党のJohn Boehner が選ばれ、彼は「できるだけ早く、最終
結果を大統領に送りたい」といっている。
検討される事項
○ 各地方教委に一定限度の連邦補助金( 公教育の全経費の7%程度とか)を与えるが、それを柔軟
  に運用する裁量権を、オール優 といわれる推進的教委に与えると上院案にはある。しかし下院
  案には、そのような限定はない。 成立を予想して既に、7州で計、25教委が名乗り上げていると
  いわれる。
○ 予算規模( 2002年度 ).... 下院案 240億ドル(Education Week, 6月20号では230億ドル)、 
  上院案 330億ドル  故に90億ドルの差
○ “失敗した学校とは”の定義を巡って。( How to define " adequate yearly progress " for
  schools.)
  【コメント】どこでも、この評定基準が難かしいといえよう。( To meet the tough new
   accountability standards, teachers and local school officials should have greater
   flexibility to decide how to address their students' unique needs.)
W ギァラップ世論調査結果  GALLUP POLL ANALYSES   
     2001.1月5-7日実施、 2001.6月18日発表
質問 1. 公立学校の生徒は、進級するための標準テストをパスすることが必要だ
    と考えますか?

   はい、必要だと思います。........77 %
   いいえ、そうは思いません。.... 20 %
   意見はない。.................... ..........3 %
質問 2. あなたの地区の公立学校は、アチーブメント・テストに余りにも力を入れ
    すぎていますか?

   はい、余りにも力を入れすぎています。........ 30 %
   いいえ、余り力をいれていません。.................23 %
   力の入れ方が適当だと思います。..................43 %
   わからない。........................................................ 4 %
質問 3 アメリカ全体の公立学校を、あなたは、どのように評価しますか?

  2000年度  A .............. 11 %                  1999年度 A................ 11 %
          B................ 36 %                         B.................38 %
          C..................35 %                          C................ 31 % 
          D.................. 8 %                          D.....................9 %
         FAIL..............3 %                         FAIL.................5 %
       Don't Know .......7 %                       Don't Know.... .......6 %
      【コメント】少しづつ悪くなっている。
【註】質問の方法は、電話によって、無作為に、18才以上の大人に、1000人からの回答。
X 参考資料
下院の第107回議会・教育改革法案の目次によれば、
 ○ 学力の劣る生徒を向上させるための方法      ○ 教員の現職教育の強化
 ○ インディアンとアラスカ原住民の英語習得の方法  ○ 親の教育についての選択権の促進
 ○ 21世紀にむけての安全な学校              ○ 力強い助成プラン
 ○ 財政の弾力的運用と責任ある結果のある方法    ○ その他

 そして、Reading と数学について、約27年間の点数の変化をグラフとして添付している。
 【コメント】 まさしく包括的教育改革法案といえよう。
 2001年8月中旬記                       無断転載禁止
          追記: 教育改革法成立
 教育改革法案: The No Child Left Behind は、2002. 1. 8 Bush 大統領が署名して遂に成立
した。地方教委の教育長などが首都Washigton を訪れたりして、この法律は動き始めているが、
ここで、あらためてこの法律の骨子を整理しておこう。
T 全般的なこと
 ○ 教育について連邦の役割を大幅に広げる。 それは当然に連邦予算を増額することにもなる。
 ○ 生徒の成績向上のために、州や教委、学校などに具体的な計画や目標をつくらせ、
   その責任も果たさせるようにする。
 ○ 2005 - 06 年度までに各州が毎年、定期テストを実施できるように整備する。 すなわち、
   3年生から8年生までは、州の標準テストをリーディングと数学について実施する。
   しかも、4年生と8年生については、これを全国教育向上テストに参加することによって各
  州間の成績比較ができるものにする。

U 学力向上について
 ○ 各州は今後12年間の生徒の学力向上についての計画を創ること。 そのために年次ごとの
   生徒数と統計上のグルーブ分けによる向上目標を設定すること。
 ○ ある学校が2年間、続けて失敗すれば、その学校の生徒で他の公立学校へ転校を希望する
   ものがあれば、そのようにしなければならない。 なお、その際の通学費用は教委の負担とする。

 ○ ある生徒が3年間、続けて向上がなければ、その生徒に教育的な援助をしなければならない。
   それには私的な家庭教師も含まれる。
 ○ 既に2002年度に“問題校”とされている学校については、より厳しく評価する。

V 学校通知箋:Report cardについて
  2002 - 03年度について、各州は統計上のグループ別によって、生徒の達成データーおよび
  教育区の成果を記載した年次学校通知箋を準備しておかなければならない。
W 教員の資質向上について
 ○ 2005 - 06年度末までに、教員の具体的資質向上策を策定しなければならない。 それは
   目に見える形で専門事項について証明されるものであること。
 ○ 連邦Title T予算によって雇用された新任教員につては、その具体的向上が証明されたもの
   にすること。
 ○ 同じく連邦Title T予算によって雇用されている代用教員については、3年以内に準学士または
  それ以上の資格を得るようにすること。 このことについては今後も同様である。
 【註】 連邦Title T予算については後述する。
X リーディング第一: Reading First
  2002年度に“リーディング第一” という計画に9億ドルを支出し、幼稚園児から3年生までのリー
  ディングの向上について各州や地区を助ける。またそのさい極めて貧困とされた地域を優先
  させる。 社会的条件の悪い地域の3才児から5才児までについても援助する。

Y 予算の使い方の変更について
  Title T予算の使い方は今まで公式的であったが、2002年度は貧しい生徒に予算が集中するよ
  うにすること。 また各州や地区に大幅な裁量権を与える。

                    【連邦Title T補助金とは】
 1 全般的事項
   小学校、中学校、高校のための連邦の補助金で低所得者が多い教育区に与えら
   れ、学力的に遅れている生徒に余分の教育サービスを受けられるようにする。 そのため、
   ・ 他の生徒と同じ基準によって測り、これを引き上げる。
   ・ 地方教委、学校、親にその補助金の使い方に自由裁量を許可する。
   ・ 親に子供が成功するように責任をもたせる。

 2 使用方法
   ・学校の授業後、週末、夏休み中の計画のために。   ・教育実習生や教材利用のために。
   ・親が参加するための費用について   ・リーディング、言語、数学について家庭教師や特別な
    援助を受けるための費用について   ・以上のための政策立案費用について

 3 その他
   ・ 教育区が、どの生徒が必要であるかを決定する。
   ・ 但し半分以上の生徒が低所得者である学校にあっては、その学校が決定する。
 【資料】 Education Week No Child Left Behind, Updated October 9, 2002
【コメント】 ご覧のとおりであるが、この教育改革法の執行についてはコミュニティでも十分、討議
        するように期待している。 また、とりわけ目に見える形で当面の目標、年次計画、学
        校選択、教員の資質向上などを強調していることも、われわれには参考になろう。
2002年10月15 記          無断転載禁止