45-2. アメリカの教育改革法案について州知事
   からの回答


杉田 荘治 :Shoji Sugita

はじめに
 間もなくアメリカでは、新しい教育改革法: No Child Left Behind Act が施行される。
それについて、今年(2001) 9月の始めに、
幾人かの州知事宛てに下記のような『質問』を
送ったが、その直後の11日に、『同時多発テロ』が起こり、今、アメリカは戦争状態にある。


 その混乱や『質問』それ自体が微妙な問題を含んでいるので、寄せられた回答は多くは
なかったが、それでも今日(11月10日)までに3通、あった。 以下その要旨を述べるが、こ
の困難な時期、また困難な問題について回答していただいたことを深く感謝して
いる。

また別件であるが、『エジソン・スクール会社』の例にみられるように、公立学校の私的企
業的な経営について、Detroit市教委のスタッフから『反対』の旨の手紙が来たので別記
で述べる。
質問 1 法案では[成績の挙がらない学校]から転校したいと希望する生徒は転校できるとし、
     また転校費用を州が負担することができる、となっていますが、あなたの州ではどう
     ですか。

質問 2 その後3年間、悪い成績が続いた学校の生徒は、家庭教師のような(like private
     tutoring)サービスを受けるように州の資金を受けることができる、とされますが、あな
     たの州ではどうですか。

質問 3 政府補助金の使用について、かなりの裁量を認める制度(Block-grant system)、す
     なわち、連邦からの補助金を州が[成績を挙げる]ことを確約・保証するならば、かな
     り自由に使用することができるとされますが、あなたの州ではどうされますか。

質問 4 [毎年、順調に成績が挙がっている]と評価するための具体的な方法は整えられて
     いますか。


T New Hampshire州からの回答
 Shaheen知事からの指示を受けたとして、市民問題担当特別補佐官Kristyn A. McLeod
さんから次のような回答があった。


問 1について
  転校費用について州が負担する旨の法案は、先の議会で否決されました。

問 2について
  知事は、失敗し続ける学校に州の援助を与え、強く責任を果たすように支える積りです。 
  しかし、[家庭教師のようなサービス]を受ける案は知事によって拒否(vetoed)されました。

問 3について........記載事項なし

問 4について
   わが州には既に標準テストがあります。[責任を果たす]基準は常にこれに拠ります。
  この基準を満たさなければ州からの援助が受けられるように州規則で定められる筈でし
  たが、このことについて明記されていませんので、知事は拒否しました。 国の標準を
  履行することと、われわれが実行しようとすることとは全く同じではありません。  
『コメント』 知事の方針は、[成績の悪い学校]といえども、気長に支えてやろうということで
       あろうか。また問 4の回答にも注目したい。
U Tennessee州からの回答
 Don Sundquist 知事からの指示があったとして、州教育委員長Faye P. Taylorさん
から次のような回答があった。


問 1について
  [学校の成績が挙がったかどうか]については、今年は調査する予定ですが、それは
  子供が学校を選べるような[選択]基準によると考えています。

問 2について.....記載事項なし

問 3について
   いかなる連邦資金についても、学校の必要に応じて弾力的に運用できるようにします。 
  そのような弾力的な選択の一つとしてチャーター制度についても興味をもっています。

問 4について
   それについては、わが州は評定システムをもっています。 その州教委の作った目標に
  到達しなければならない、とする予告や焦点(on focus)を既に幾つかの学校に出されてい
  ます。 なお参考までに、わが州はBush大統領が示した国の標準より高い段階にあります。

【コメント】 ご覧のとおり、連邦資金の弾力的な運用や学校評価システムなど、かなり積極
       的な意気込みがみられる。
V Oregon州からの回答
 Jone A. Kitzhaber知事の指示を受けてとして、市民代表補佐官Amy Powell さんから、
「わが州のWWW上の" Investing in Oregon's Children" を見てください」との回答があった

そこで、それを見たが、それは今年 2月9日、Portland市クラブでの知事の演説内容であった。
しかし時期的には連邦議会で、教育改革法案の審議が行われている時のものであり、また
「就学前の教育の重要性」を強調したものであった。 以下、その要点を述べる。
○ Oregon州で生まれたすべての子供たちは健康で、よく育てられ成功する機会が与えら
  れなければならない。
○ 今までは、初等中等教育(K-12), コミュニティ・スクール(community college), 大学(Oregon's
  universities) は相互にリンクしあって教育が行われてきたが、それらは最も弱いところに
  引っ張られる力があることは避けられない。 すなわち、初等中等教育が巧くいかなければ、
  コミュニティスクール、大学教育も巧くいかないものである。
○ 従って、今後は「就学前教育」が最も重要であると考え、議会に1.200万ドルの予算を提出
  する。

○ 歳入については、今までは比較的、潤沢であったが、今や増税は期待できない。 人口は増え
  るが、逆に1600万ドル減税しなければならない。 従って、老人に対するサービス、公の安全
  対策、学校の質の問題、増えつづける囚人対策などをどうすかるか、ということであるが、そ
  の答えは予防に重点を移すことである。

○ ここで、二つの例を挙げておこう。
   その一つ、Susan(仮名)はアルコール依存症の父親から性的、身体的な虐待を受け、早熟で
  運命的なアルコール症候群に罹り、街をうろつき、10才前に妊娠し女の子を生んだが、その子
  も無気力で多くの精神的疾患を患っている。 このように、わが州では、1999年に「親権停止」
  は、1.100件以上あった。

   一方、Melisa(仮名)は双子をもつ17才のシングル母親であるが、子供たちは早期から法の
  保護のもとで、いろいろな症状からは免疫となり、彼女も高校卒の免状を得るために学校へ
  戻り、運転免許も取り、父親からも協力が得られている。

○ 以上の例のように、これからは問題が起こってからではなく、予防に重点を置く。 
  また、前述のように財政上の制約からして、予算の優先順位を厳しくする必要がある。「就学
  前教育」を重視すべきであると考えている。

【コメント】 予算の制約、重点配分などから、初等中等教育、就学前教育については、一層、教
       育の効率化が求められていくことが理解される。
別記 『エジソン・スクール会社』的学校経営について
 少し前、Detroit市教委のLinda Leddick博士から、その批判について来信があったので付記する。
    「エジソン・スクール会社の挙げている成果は、Detriot市の公立学校の成果と較べて、
   たいして評価できるものではありません。 われわれは公立学校の私的経営化について
   は極めて慎重でなければなりません。 子供たちを企業のための“換金作物”: cash crops
   にすることはできません」

【コメント】 予算の削減、教育の効率化の流れのなかで、実際には難しい選択となるように思わ
       れる。
2001年11月11日記     元公立・私立高校長 教育評論家    無断転載禁止