62. わが国にも、こんな公立中等教育学校を
   創れないものか?


 杉田 荘治

はじめに

   
  わが国では普通科高校は有名大学への合格者数を競い合っている。 勿論そのような競争は
    悪いことではないが、その他に次ぎに述べるアメリカの、ある公立高校(中高校の併設)のような
    公立中等教育学校を創ることが出来ないものだろうか。

    その高校とは、California州の北部のNapa Valley にあるコンピューターを巧く利用した『新しい
    テクノロジーの高校』: New Technology High School である。 EDUCATION WEEK ON THE
    WEB が今年(2002) 5. 29 号でこれを報じたが、その後、その学校の『説明書』と『Q & A』を読み、
    さらに学校宛に質問してみた。 すると回答が寄せられたので、それらを含めて、その概要を述
    べよう。


T New Technology 高校

   1996年に創設の小規模公立高校である。生徒240名(中・高)、 教員10名 この地方の事業主が
  提唱して発足した。ワイン製造が主なる産業の地域である。 因みに卒業生361名 

U 教室の様子
1 総ての生徒が自分自身のパーソナル・コンピューターの前に座って授業を受ける。
   いわゆる黒板に書かれることから宿題に至るまで、ほとんどそれに拠る。そして、授業は二名
  の教員によって教えるteam-teaching 方式である。 すなわち、一人がクラス全体について説
  明していると、他の一人はゆっくり歩き回って、生徒個人やグループに気楽に応じている。 また
  プロジェクトによる学習が尊重される。

2  授業が終わりに近づくと生徒たちは、コンピューターを閉じて退出する。 従って休憩時間は、
  教室は全く静寂で、次ぎの授業が始まるとまた、キィを叩く音で部屋中が一杯になる。
  授業の終わりや始まりにもベルは鳴らない。 トイレに行くのにも、いちいち許可を受ける必要は
  ない。 部屋を仕切る壁は、多くはガラスで、高校というよりは、どこかの大学や作業所に近い感
  じで、生徒たちは自分のロッカーにハンドガンやナイフが入っていないかと心配するような雰囲
  気では全くない。
V 入学前の生徒
  コンピューター・マニアのような生徒がいる一方、全くマウスにも触ったこともない生徒もいる。
 また前の学校では、B とC レベルの子が多いが代数の好きな者が多い。
 2002年度には、コーカサス系が68%,  ラテン系が8%,  フィリピノ系が14%,  太平洋諸島系が2%,
 アフリカン・アメリカンが6%,  アメリカンインディアンとアラスカ系が1%である。 

 また43% の生徒はNapa市以外から通学いている。 従って大部分の生徒は車で通学する。相乗
 りもあろう。
W 生徒の成績など
1 コンピューター関係の成績のみならず、3R(いわゆる読み、書き、計算) について親たちは全く
  心配していない。 すなわち、地区の学力標準テストをすべて受けて好成績である。
  また、学校独自のテストについても同様。 
  またCalifornia州政府からも賞を得ている。 アメリカ連邦教育省からも“新しい小さいタイプの
  高校”として表彰されている。
2. 卒業の条件
 上記の他に、次のことが必修である。
 ○ 学びについてサービスする。  ○ インターンシップ  ○ New Media T
 ○ 5つのコンピューターの応用ができること.... Word, Excel, Access, PowerPoint, Keyboarding
 ○ 4つのNapa Valley Collegeコース(12単位)に合格すること。 ○ Web, digital, portfolio
 ○ 第3数学コース(代数より高いレベル)  ○ アメリカ科目と政治科目

 生徒の感想の一例を述べておこう。
   「前の学校では、たいした努力もしないのにいつもAを取っていた。しかしここでは、Bを取るた
   めには大変な努力をしなければならない。Napa Valley Community Collegeで4つのコースに
   パスすること、20時間、コミュニティにサービスすること、自分のカリキュラムに合わせたイン
   ターン・シップサービス、高校3年生になるとプロジェクトの成果をコミュニティに発表しなけれ
   ばならない」と。 計画出産、保険代理業、健康な食物、療養士、航海上の技術、小学生にコ
   ンピューターを教える方法などをそれぞれやっている。

3. 生徒の課外活動
  確かに問題点の一つといえよう。 というのはEDUCATION WEEKの報告書によれば、スポー
  ツやバンドなどの課外活動について学校は提供していない。好きな生徒は他校の課外活動に
  参加することになる、としている。 もっとも学校の『説明書』によれば、音楽、スポーツは近くの
  Napa高校またはVintage高校の課外活動に十分、合流できるとある。

4. 生徒の退学
  1996年以来、正式に退学処分を受けた生徒はいないが、何回も違反行為をして停学になり、
 その結果、学校を去った者は6名いる。 例えばコンピューターのパスワードを盗む、システムに
 侵入してそれを壊したなどであるが、これらの生徒たちの多くは元の学校へ戻っている。
X 教員の勤務
1. 他校と較べて360度、異なるといってよかろう。教科書は控えて、独自のクラスカリキュラムを
 作りデジタル・ビデオやリアル・オーディオなどを使って、それを作り上げていく。 しかも他の教
 員とチームを組むことを喜びとしている。 「一つのサイズですべてを間に合わせる」ような教育
 はしない。
2. 多くの報酬が得られる。 それは上述のような教育による結果である。
3. 週4日の出勤。 しかし出勤した日は平均、1時間15分、超過して働くが当然その分の報酬を得
 ている。
4. 学校以外では、セミナーの講師やアドバイザとして尊重される。夏休み中でも一週間は同僚と
  の研究協議が義務である。

5. 従って、この学校の教員になるためにはこの学校の『すべての教員による面接』を受けなけれ
  ばならない。それは容赦無い質問が浴びせ掛けられ、哲学について、この環境で同僚と一緒
  に働く心構えについて、ある問題についてあるスタッフと解釈する違いなどについて終わり無
  き質問が続けられる。
【註】 なお教員の採用・転勤については、後述の杉田への回答でも触れよう。
Y 学校の財団 NT Foundation
この学校の教育を支える、しっかりした財団がある
1. 最初はBill & Melinda Gates財団からCalifornia州に寄付された490万ドル(他の9校とともに)
 を利用した。 また地方の事業主やMicrosoft やHewlett-Packardという大企業からも140万ド
 ルを得ている。

2. しかし恒常的な資金が必要である。 すなわち、他校と較べて生徒一人当たり、1,500ドル余分
 に掛かるし、ITのサービスや更新を続けていくためにも毎年、25万ドルは掛かる。
   そこで、1999年に学校独自の財団を発足させた。建物は道路を挟んで反対側にある。
 その財源には、他の学校、教委、また全国的にも尊重されるレプリカを作って販売している。
 すなわち、カリキュラム資料、熱心なスタッフのトレーニングの仕様、指導方法などであるが、こ
 の学校自体もそのようなレプリカ方式を適用して、総合的・効果的なコスト削減を図っている。
 『自給自足の歳入・歳出』という企業家的な考えを基盤としている。

 その展望は明るい。 というのは二つの州北部の教委がこれに賛同して協力してくれており、
 さらにここ2年のうちに二つの教委も同調する予定である。 また10のコミュニティもこれを利用
 しようとしている。
4. 事業主と連携していくために次ぎのようにやっている。 すなわち、
 ○ わが校が、その企業に何を求めているかを、はっきりということ。
 ○ ハイテクの企業は、小さい会社が多い。 従って献金をする余裕はない。 だからソフトウェ
   ア、ワイアリングのアドバイス、生徒のインターン・シップで協力を求めること。
 ○ 彼らの時間を無駄にさせないこと。 従って、我々のプランの草案をE-mail などを活用して
   示すこと。
 ○ 彼らの技術も学校で使ってやること。 そして我々のゴールと彼らのゴールとが同じになる
   ように同盟すること。 従って、使ってみて、いかに有効であったか、また余り役に立たなかっ
   たかを、還元してやること。
 ○ 使った結果や利点を親、コミュニティ、教委へ具体的に示すこと。
 ○ 容易ではないが、どの分野でも一流の企業を探すこと。

 【コメント】 このように篤志家による献金、慈善、協力だけを期待するのではなく、彼らにも報
        いるという公益信託的な精神が働いている。そうでなくては長続きしないであろう。
Z 学校の方針
 今まで述べてきたことから理解されると思うが、しかし奇妙なことに学校の方針は『テクノロ
ジーを使うことに重点を置かない』ということである。 例えば生徒たちに、インターネットを使
わないで、近くの図書館や大学で本を読むことが奨励される。
 『ウェッブを通じてやることが
総てではない』ということを学ばせるためであるが、現に今まで全く本を読んだことがなかった
生徒たちも、よく図書館へ行くようになっている。

 このことは進路にも現れている。すなわち、生徒の90%以上は大学や専門学校へ進むが、
多くの者はハイテク分野へ進んでいない。 使命はもっと幅広く、いろいろな進路に入って今
まで身につけてきた技術を活かして分析する力、他の技術や知識とコミュニケーションする力
などを発揮している。『テクノロジーは重要であるが、それはゴールにたどり着くまでの一つの
道具に過ぎない』、これが学校のバックボーンである。
[ 杉田への回答
 最近(2002年6月上旬), 私の質問に対してMark Morrison校長と財団のEsther Dunganさん
から回答が寄せられた。 
退職した者ではあるが、わが国の教育につて考え、また国際的交
流につても努力していることを評価されてのことであると思うが、それにしても微妙な質問も
あったにも拘わらず、回答していただいたことを感謝している。 以下、本文で述べた内容と
一部、重複するところもあるが、その要旨を述べる。

 1. わが校では私企業からの協力が非常に大きい役割をしめています。 教委からは余分
  な予算はきませんので、財団を作り“技術を維持していく”ための基盤としました。
 2. アメリカ全体の教育改革に貢献するための『モデルプラン』を作って財団の『産物』とし
  ました。開校以来すでに5,000名以上の訪問者があり、その52%は教育者ですが、この
  『モデル』を高く評価し購入もされています。 今後さらに改良を加えていくつもりです。

 3. わが校で最も成功している教員は、前任校では、その学校の教育に不満をもつ“不平
  分子”とみなされていました。リーダーであったにもかかわらず実力を発揮できないでい
  ましたが、今は違います。  彼らは決してテクノロジーのエキスパートではありませんが、
  いつも生徒とともに自分の腕前を磨こうと努力する人たちです。
4. 教員はNapa Valley 連合教育区教委に採用されますので、公立学校の教員です。
5. 教員を求める方法は、国内の会議やインターネットを通じて、また地方教委が探して見
  つけます。
  サラリーは他の学校の教員と同じような枠組みに入っていますが、追加された報酬は
 財団から支給されます。新しいカリキュラムの作成費用もそうです。
その他に、わが校で
 得たユニークな経験で有名になり、講師やコンサルタントとして招かれて収入も得ています。

6. 教員の再教育、研修について
  わが校のバックボーンは“プロジェクトを基礎にした学習”にあります。従ってそのなかで
 自然に教員は鍛えられていきます。 すなわち、
 ○ 他の分野と協力して、一定期間、必ずプロジェクトを組んで働くこと。
 ○ エッセイを書くこと。
 ○ PowerPoint やPhotoShopの写真エッセーを発表すること。
 ○ 生徒も常に質問したり、協力を求めたりします。
   従って夏にも自発的に研修しています。
 【註】 教員の転任については触れられていないが、出産、転住などを含めても可也り高い
    ようである (EDUCATION  WEEK)。
【コメント】
 一度、視察されるとよい。 但し「公立学校にそんな財団なんか認められない」、「教員の勤務
もルーズだ」、「勝手に余分の報酬を認めるわけにはいかない」、「学校でクラブ活動することが
出来ないなんて」などといった先入観をもって訪問するなら、止めたようがよい。 第一、この学
校に対して失礼である。

 わが国でも「それほど言うなら、ひとつ彼らにやらせてみようか」、「その代わりに、言っただけ
の責任を果たすように」といった発想の転換は計れないものだろうか。 教育には試行錯誤は
許されない、堅実にとの観点に立てば、これは『危険な考え』に違いないが、しかし、いま少し
大胆な発想と具体的な施策があってもよいように思われる。
  公立学校でありながら財団を持ち、資金的にはそれに支えられて教育に
 専念している
。教室内の様子、教員の勤務ぶり、卒業の要件その他、どの点
 を取り上げてみても異色である。 また矢張り高校の3年間だけではなく、中・高
 の6年間が効果的であろう。
 
【追記 2002. 8. 7】 NPO 21世紀教育情報 Vol.045号によれば、
     兵庫県芦屋市に、来春、県立の中高一貫校「中等教育学校」が開校される。主に、アジア
    や南米、アメリカなどから来日し、日本語や日本文化の理解が不十分な生徒や、海外生活
    が1年以上の帰国生徒などが対象となる。 兵庫県でも、言葉や習慣の違いにより従来の
    学校での授業や進学が困難な生徒に対し、6年間の一貫教育できめ細かな対応を目指す。

     また同時に、海外留学や国際貢献に意欲のある日本人生徒も受け入れことを明らかにし、
    全国初の国際教育モデル校として、異文化を尊重し多文化共生社会の実現に貢献できる
    人材の育成も指すとのこと。募集は県内全域が対象とし、1学年約80人でスタート。現在の
    芦屋南高校に設置し同じ敷地内に同時開校する「県立国際高校(仮称)」とも専門科目や体
    育祭などで連携する。将来的には、国際交流協会や青年海外協力隊やNGO(非政府組織)
    などとの連携もはかり、多様な外国語や多文化理解の科目を設定し、講師派遣やカリキュ
    ラム開発なども考えている、とのことである。
    確かに帰国生徒を受け入れるには、3年制の公立高校だけでは不十分で、今後このような
    公立中等教育学校も必要であろう。
 2002年6月15日 記     元公立・私立高校長 教育評論家  
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