|
ホームへ戻る 中間目次へ戻る | |
レコード童謡とは何か | |
童謡の流行童謡はどのようにしてこれほど大勢の人に広まり現在にいたるまで歌い継がれるようになったのでしょうか。童謡・唱歌へのいざないでも少し解説したように唱歌のほうは明治、大正、昭和と長期にわたって学校の授業で教えられたので誰もが知っていて当然という状態になっていました。けれども童謡は学校で教えられることは無かったので他の流行歌と同じように歌それ自体が持つ魅力によって広まっていく必要がありました。 童謡が流行し定着していった歴史を大まかに大正時代と昭和以降の2つの段階に分けて考えてみましょう。最初の段階は大正時代の中頃にそれまでの学校唱歌に対抗して新しい子供のための歌を作ろうという運動が起こりました。「赤とんぼ」、「七つの子」など日本童謡を代表する名作がこの時期に多く作られました。そして当時出版されていた子供向けの雑誌に次々と発表されていきました。その中でも北原白秋や西條八十らが執筆陣に加わった児童雑誌「赤い鳥」は中心的な役割りを果たしたと考えられるためこの時代のことを「赤い鳥童謡運動」と呼ぶ場合があります。そのほかにも「金の船」「コドモノクニ」などたくさんの児童雑誌が創刊され毎号のように新作童謡が掲載されました。このようにこの時期の童謡は主に雑誌によって広まったという特徴があります。 レコード童謡の誕生やがて大正時代の終わりから昭和に入るころになると童謡運動は新しい展開を見せ始めます。ラジオやレコードが次第に普及してくるにつれて童謡の作風に変化が出てきました。それまでの童謡は作品発表の場が雑誌などの出版物だったため文学作品としての詩歌という面が強かったのに対して、ラジオやレコードにのせる必要から耳で聞いたときの直接的な印象が重視されるようになり、歌詞の内容も子供が聞いてすぐ理解できるような平易なものが求められるようになってきました。 このような変化に対して大正時代からの作品に親しんできた人たちからは反発の声も多く出てきました。レコード産業の商業主義によって童謡運動がゆがめられ、芸術としての純粋さが失われてしまったと批判しました。そして昭和初期以降の童謡を「レコード童謡」と呼んで軽蔑しました。でも実際のところはどうだったのでしょうか。もしこの「レコード童謡」というものが出現してこなかったら現在までこれほど多くの童謡が生き残っていたかどうか疑問だという意見もあります。たとえば元キングレコードのディレクターで音楽評論家の長田暁二(おさだ ぎょうじ)氏は著書の中で以下のように述べています。ディレクター時代に数多くの童謡のレコード制作に携わり、昭和の童謡の発展と共に歩んできた氏の熱い思いが伝わってくる言葉だと思います。 出版が産みの母であれば、これを大きく育てた父親の役をしたのは、レコードであり、放送でした。新しいこのメディアに乗り遅れた一部児童文学者の中には、「レコード会社の商魂に毒された童謡」とわめく人がいても、大衆には馬耳東風でした。そしてレコード、放送のおかげで発表後4分の3世紀経た現在でも童謡は生き残ることができた。(大月書店 「童謡歌手からみた日本童謡史」より) この時代の作品制作がレコード産業の商業主義と結びつくことによって様々な弊害が 出てきたことは事実でしょう。やたら目新しさを求めたり、子供への受け狙いの作品が粗製乱造される傾向があったといわれても否定できません。しかしそうした「レコード童謡」の中にも「赤い鳥」時代に匹敵する優れた作品が多く含まれていることを見逃すことはできません。そしてこれは意外に見落とされがちなことですが「赤い鳥」時代の名作といわれる数多くの童謡が昭和以降から戦後にいたるまでレコード会社各社によって何度も繰り返しレコーディングされ、ラジオでもさかんに放送されています。つまり昭和に入ってから作られた新しい作品だけでなく大正時代の古い作品の見直しということが何度もなされてきたわけです。もしもこのように繰り返しレコーディングされて発売されることが無かったら「赤い鳥」時代の作品が大衆に深く根付くことができず一時的な流行で終わっていた可能性もあったわけです。 可憐なる童謡歌手たち最後にレコード童謡に関連してどうしても言及しなければならないのが「童謡歌手」の存在です。童謡のレコードは他の流行歌などとは違い、子供が唄って吹き込む必要がありました。初期のころは童謡の作曲家が自分の子供に自身の作品を唄わせるというケースが多かったのですが次第に童謡レコードの吹き込みを専門に行う子供の歌手が大勢出現してきました。これが「童謡歌手」といわれるものでまだ小学生程度の年齢でレコード会社の専属歌手として活躍するようになりました。童謡歌手の全盛時代は昭和30年代ころまででそれ以降は童謡運動の終焉とともに急速に姿を消してしまいましたが、現在もなおマニアックなファンが多い名歌手がたくさん生まれました。 従来から童謡の作詞家や作曲家についてはさまざまな書籍などに書かれ、多くのエピソードが知られていますが作品を実際に歌って広めた童謡歌手については現在ほとんど関心を持たれることもなく、童謡歌手という存在自体を知らない人も多くなっています。しかしレコード童謡時代、その可憐な歌声は全国の子供達のみならず大人をも魅了したのであり、童謡歌手こそ日本の童謡興隆の真の功労者だったかも知れないのです。
2000/08/01 | |
|
中間目次へ戻る ホームへ戻る |