8回目 石巻 牡鹿半島 12/22−25

今年ももうすぐ終わり。その年末を前にして、念願だった一泊四日の被災地ボラ!

いつものようにお東さんに集まり、いつもの物資とは異なる「特別イベント向け」な荷物をバスに詰め込み、向かった牡鹿半島。途中のSAで飯食って 支援トラックもバスもいないSAで見た支援車両に嬉しくなって
支援車輌

明け方牡鹿半島は十八成浜へたどり着く。


さっそく開催式を執り行い
開催式

我ら瓦礫撤去隊にあてがわれた、家が流された跡地に残る”石”の撤去にとりかかる。

と、そこに新たな任務が加わった。それは「崩れた石垣」の復旧作業
崩れた石垣


地震で崩れ雨で流された石垣を、崩れた石を積みなおして、空き地に有った石を加えて、石垣をつみなおす重労働。中学生から俺みたいな年寄りまで、男女総力戦。背丈に迫る石垣をなんとか復旧v
修理した石垣


その間、明日行われる餅つきのために、特別班は60Kgの米を、ひたすら研いで浸水作業。
 米研ぎ

地道な仕事、お疲れ様です

そして待ちに待ったお昼w これももうひとつの食堂班が、一生懸命作ってくれたお弁当。今回はなんとデザート付き
お昼


疲れた体にはあっという間に浸透してゆきました。

そして、食事を取った集会所の一角には、震災前の浜の写真・・・  これを見ると浜は2m近く沈んでいるようにも見える・・・  大きな震災だったんだなと、改めて実感
昔の浜



今日の十八成浜には、自分たちの他に別のボランティアさんたちも駆けつけていた。知多の国から来たサンタクロースw
サンタ サンタ

子供たちに素敵なプレゼントを配ってくれていました。サイコーだよ!


そして1日目の作業は終了。揃ってバスに乗り、原発交付金で運営されているSPAでお風呂を浴びて、今夜の宿=民宿めぐろ=へ。
部屋に荷物を置いて、早速宴会!
宴会


ここにもサンタさん一族は幸せを届けにきてくれました
サンタ一家


美味しいご飯、特別提供のマグロの頭などを喰ってお腹いぱーいww
 

地元の邦子さんとボラのおんなの子と一緒に写真に納まって、幸せいっぱーいw
邦子さん


そして、我らは眠りに落ちます。修学旅行のような、布団で一杯な寝部屋で
布団



翌朝、旅館定番の朝飯を喰って

窓からの津波に流された跡地や、高台に建っていて被災を免れためぐろの建物を見て、今日の活動地=仮設住宅へ向かいます
めぐろの裏 


その仮設では、メイン企画の”餅つき”の準備を全員で進めてゆく。うすを並べ、テントを張り、机を並べ、もち米を炊き。
米炊き

そんな準備をしている最中から、地元の方々が集まってきます。一緒に話しながら、楽しみながら、クライマックスへ向け進めてゆきます。
集まる人々

そして!いよいよ始まった餅つきw
餅つき 餅つき

 


ボランティアだけでなく、被災地の方々にも杵をふるっていただきます。いや、それよりも、餅を返す役割は地元おばちゃんの独占場! 久しぶりに数年ぶりに餅つきされる方が多くて、本当に楽しそうに餅を返し、尽き上がった餅をあんころ餅にし、安倍川餅にしていました。そんな笑顔を取り戻せたのは、このイベントの収穫です。太陽も暖かく、天気予報にあった雪には全く遭遇せず、とても穏やかな餅つきでした。
餅つき 


イベントがひと段落したところで、仮設住宅を見て回りました。もちろん被災者の方々の”自宅”ですから、迷惑にならないように気を使いながら。
 


ほんとうに、工事現場のプレハブのような雰囲気です。昭和30年代の長屋といえばそれまでですけど、今の住宅ではないよなー。これは本当に心が触れ合ってないと住めない。

横の川には鮭が戻り、海では鳥たちが騒いでいる。被災前の景色がそこに有りました。
 


家が流された跡地には、海泥が固まり、ひび割れている。そこに、牡鹿半島の由来となった鹿たちが訪れている。もっともこの鹿たちは、今は害獣なんだそうだけど。
 


人の生活がもどるのは、何時ごろなんだろう?



そして解散式を執り行い、夕方17:30に現地出発。
が、その頃になり、やっと?雪が降り始めました。まるで俺たちに”行くな!”と言っているように・・・