2006年3月 皆既日食観測旅行 

2006.3.26〜4.1

1日目 3/26(日)

関空に9時集合なので自宅を早朝出発。荷物は機材を詰め込んだ30Kg近いトランク(単1電池12本は重い!)とカメラなど貴重品を詰め込んだ10K近いリュックと小間物入れた大きめのウェストポーチ。
坂をごーろごーろと引きずり、階段をうんせ・ふうー・一歩降り……を繰り返し、私鉄に乗って名駅へ。ここから更に新幹線と特急を乗り継いで関空へ。

シンガポール航空のカウンターで登場手続き。空港内をうろうろし時間が来たので集合場所に行くと旗を持っているその人は「あれ?さっきカウンター内に居た人やん」。佐藤さんとおっしゃるその方がこれから1週間我らの命綱。よろしゅーにーー。

旅程はまずシンガポールへ飛びトランジット。午前11時に離陸し現地時間の16時半にたどり着き(時差3時間なので8時間のフライト)、次の飛行機まで待ち時間7時間!
もちろん空港の外へ出て市内探索。なにせ大きさが淡路島くらいしかない国、バスでちょいと走るとすぐ市中心部。
色々なお店を見て、市街を歩き、夕飯を食い、お茶をして22時に空港へ戻りエジプト行きに乗り込む。
この時、既に現地時間で深夜0時日本時間では明け方。だから”寝る!”。眼が覚めればアフリカだ。おと、その前に機内食が出たので平らげて・・・・

2日目 3/27(月)

目が覚めたらアフリカ、と思っていたら中継地のドバイで降ろされる。どうも燃料給油中は機内にいてはいけないようだ。1時間なのであまり遠くへは行けず、喫煙室でダベって時間をつぶす。
そして朝5時半、初のアフリカの地を踏む。時差7時間だから25時間かかったわけだ、とーーーいーーーーー。

貸し切りバスに乗り込み、とりあえず市内観光。
考古学博物館から始まるがとてつもなく広く、全て見て回るには2日かかるらしい所を3時間で駆け足見学。
 おおおー! これがツタンカーメンのマスクかーー!
 おおおおーー! これが本物のミイラだーーー!
 おおおおおーーー! これが・・・・・以下略

昼食は市内のレストラン。焼きたてのエジプトパンは旨い!

お次はギザのピラミッド群。 =写真2=
で・でけぇ!
平地に建っているとばっかり思っていたら、高さ100mくらいの丘の上に立っていたのね。2m×1m×1mくらいの石がどーんと高さ70mまで積み上げて有る。よう運んだなぁ・・・。

玄室ツアーにも参加して、狭い通路を腰を曲げて登って降りて登って降りてたどり着いた玄室は・・・暑い。
一年を告げる星が見えると言われた細い窓(玄室は中央に有るから実際は’管’だね)は崩れて埋まってしまったそうな。古代遺跡の保存にはどこの国も苦労するなぁ。

そしてそして誰もが見たい「スフィンクス」!
バスで横を通り過ぎた時には”以外と小さいなぁ”と思ったけど、歩いて近づくと”やっぱでけぇ!”。
くるっと巻いてる尾がかわいいぜ。 =写真3=
しかしここの見学ポイント、スフィンクスを削りだした丘の残りの部分から眺めるのだけど、崖の高さは10mくらい有るのに柵は無い・・・。岩のままで靴は引っかかるし滑るし斜めになってるし、きっと年に何人かは落ちていそうだよ。

そしてホテルへチェックインしバイキングの晩飯を食い、シャワーを浴びようと思ったら、お湯出ない・・・。一斉に使い出したからだろうと思いとりあえず寝る! 何せ明日はまた5時起き。朝シャワーでも浴びればいいさ。

  


3日目 3/28(火)

今日は移動の日。朝5時に起きて出発準備を整える。
その前に昨晩入りそびれたシャワーを浴びようと思ったら・・やっぱり水しか出ない(泣)。しょーがないので濡れタオルでこすって替わりとする。ホテル内の空調は暖房。。。。砂漠をちょっと実感した。レストランで朝飯食おうと建物の外へ出たら(このホテルは広い敷地にフロントが有る5階建てのビルと3階建ての建物が5つと2階建ての建物が5つとレストランが有る平屋の建物が点在している)地面びしょぬれ。どうも夜中に雨が降ったらしい。後で聞いたら3年ぶりの「豪雨」だったとか。

7:30にホテルを出発。8時間700Kmのバスの旅。
国道に出て暫くゆくと全く車が動かなくなった。”朝の渋滞ラッシュか。どこの国も同じだなぁ”と思っていたのだが、9時を過ぎても混雑は続いている。”昨日はそんなに混んで無かったと思ったんだけど?どして?”などと思っていたら原因が反対車線を見て判明。『あっち側、川じゃん!』。
その川をブルドーザーが水を押しのけ進んでいた。「そうか!夜の雨で冠水してたんだ。こっち側は終わったばっかで、そんで混んでたのね」。

その後は順調にバスは走り途中2度の休憩と食事を挟み、休憩場所では簡易食料を調達し、現地「サルームの町」に到着。
そこからが大変。観測地は「軍管理地」の国境地帯に有るので、検問が山ほど。うへー、みんなM16担いでるよ。おいっ、こらっ、銃口を水平にこっち向けるな。渡されたIDカードを握りしめる。
目が合わない様に横目でちらちらと見ながらビデオを撮ったのは内緒。。。。

そうして山を登りたどり着いた丘の上はテントで一杯。何百張り有るんだろう? けど、道路に当たる所は昨日の雨でぬかるみだらけ。バスはスタックして進めず、200mを歩いてゆく羽目に。。。ぬかるみと大きな岩とでこぼこを避けながら旅行用トランクを転がして、指定されたテント地域にたどり着く。 =写真4=

そこは日本人村。大きな30m四方は有る食堂用テントを中心に二人用テントが山ほど。=写真5= その一張りをあてがわれ、明日の観測と寝る準備。寝具は簡易ベッド(板張り)と寝袋。
が、ここで大きな問題に気付いてしまう。「このテント、傾いてるじゃん! 入口のファスナー閉まらないじゃん!」。
外へ出てチェックすると、ロープの張り方が無茶苦茶。素人が建てたのかエジプト軍ではこれが当たり前なのか解らないがとにかく治すしかない。ペグを引き抜いてもう少しましな位置に打ち込み直し、ロープを正しい張り方で張り直し、やっとまともなテントにする。何しにきてんだか・・・・。

そんなんしてたから荷ほどきもしないうちに夕食の時間。
ここでもやっぱりバイキング。けど、暖かいご飯が食べられるのはうれしいね。いったんテントへ戻り荷物を出そうと思ったら、装備してある懐中電灯がつかない。しょうがないから自前のを引っ張り出して準備続行。
その途中で今夜のメインイベント=東大助教授、渡辺先生の後援会を聞きにまたさっきのテントへ。「サロス周期」や「いろいろな日食」の話しをしてくれました。

その後テントへ戻り、準備を整え、せっかく来たのだからと望遠鏡を持ち出して星空観望。惑星や星団や星雲を眺め、”覗かして”といって来た人たちと語らい0時過ぎに就寝。サイドファスナーの寝袋は使いにくい。
そうそう、夜のうちに赤道儀をセットし極軸合わせをしていたひともいたけど、俺は夜露と盗難が怖かったのでパスしました。(おかげで翌日は苦労したけど)

 

4日目 3/29(水)

いよいよ日食本番。朝食後ただちに準備に取りかかる。
って、おーい!曇ってるよー! 晴れてくれー!!!!
準備は赤道儀2台のセットと撮影機材のセッティング。
適当な平らな場所を探し、磁石を頼りにだいたいの方向合わせ。
乾電池を赤道儀に繋ぎ正しく動くのを確認。カメラの動作も確認。後は本番を待つだけ。空は青くなってきた。よしよし!

少し暇になったのでキャンプ内探索に出発。
色々な人がいる。黄色い人、白い人。英語を話す人、どこの言葉だか解らない人。眼視だけの人、俺達と似たような機材を抱えた人、どうやって持ってきたんだか解らないほど大きな機材の人、30年前の機材をセッティングしてる人・・・。
あまりに広いので半分ほど回ったところでタイムオーバー。
自陣に戻り本番待機。


現地時間11:20:07に始まった第1接触。まぁ開始後20秒もしないと眼視では変化はないけどね。

その後1時間20分かけて第2接触=皆既に近づいてゆく。
食分90%くらいまでは周囲の明るさや気温には変化も見られない。この間に月のエッジを使ったピント合わせやら撮影プログラムの見直しやらを行って行く。観測地は乾燥した砂漠のど真ん中なので、水分の補給を怠らずに進めます。
固定カメラは5分毎にシャッター、ビデオは要所要所で撮影、時折望遠鏡で直視観測をしながら、暇を作っては周囲を回って他の観測者と話しをし、迎えた『皆既1分前』のアナウンス。
  ・・緊張が走る・・
もう一度機材のチェックをしフィルターをワンタッチで取れるくらいまでゆるめ、迎えた第2接触! 12:38:06

直前のダイヤモンドリングからシャッター切りっぱなし。
完全皆既になる一瞬前にフィルタを外し、またシャッター押しっぱなし。そしてシャッタースピードを順次切り替え色々な太陽像を撮影してゆく。=写真6= ここまでで1分少々。

今回の日食はほぼ4分有るから余裕ができた。
望遠鏡でコロナを覗き、記念写真を撮り =写真7= 、金星や水星を探し、迎えた第3接触 12:42:02。

一番忙しい時間。
フィルターを付けるタイミングを外すとカメラのCCDを焼いてしまうからこの瞬間が一番緊張する。両手に1枚ずつのフィルターを持ち、一瞬レリーズから手を離し一眼レフカメラとビデオカメラに同時取り付け。うまく行った、はぁーー。

第3接触を過ぎ、食分80%程度になったとき、買っておいた赤ワインをコップに注ぎ、乾杯! まいうーーーー!

その後、撮り続けてきた「太陽投影像」=写真8= をとりつつ、皆既の感想などを語りつつ、次はどこへ(皆既日食を見に)行くなどと打ち合わせしつつ、第4接触 13:59:57 を迎え、観測は終了。 うーん、満足。

         太陽写真はこちら>>Go!

そしてまた、別の忙しい時間の始まりだ。
1時間で撤収を終えないとバスに置いてゆかれる。 急げーーー!


日食観測終了後、あわてて機材をしまいバスに戻る。
これからアレクサンドリアまで4時間の旅。疲れていたのでうつらうつらの道中となりました。ホテル到着は22時。
このホテルも広い敷地に平屋のコテージが繋がったような建家が散在している。贅沢なつくりだなぁ。
そしてこの時間からレストランで食事をし、部屋にもどるとやっぱりここでも湯は出ない。諦めて寝る。

そうそう、ここで気が付いた。こちらのホテルは「ポーター」を頼むことを前提に造られている。カイロのホテルは3階建てだけどエレベーターは無いし、このホテルは敷地に階段だらけ。
貧乏旅行の星見隊には辛い場所でした。
  

5日目 3/30(木)

昨晩、どうやらこのホテルでも極局地的な洪水があったらしい。
ここは海辺に立地しており少ーし海に向かって傾斜している土地にコテージが建ち並んでいる。=写真9= 自分が泊まったのはその最上部に位置する部屋なのだが、最下部に位置する部屋では夜中にバスルームの排水溝から水が逆流し、足首が隠れるくらいまで部屋中浸水したとか・・・・。
一昨晩の豪雨で配水管がつまり気味な所へ、観測から戻った連中が一斉にシャワーを使った為らしい。充電中のケータイが一台犠牲になったとか。うーむ、’砂漠の国’エジプト・・・・・・。

今日はカイロのホテルへの移動がメイン。観光は3ヶ所。

一つ目は「カタコンベ」。
小さな入口から垂直に15mくらいシャフトが掘って有り、その下に岩を大きくくり抜いて墓地が造ってある。シャフトには螺旋階段付き。金持ちも貧乏人も大人も子供もここが墓地。
  埋葬方法1.ミイラ化し棺に入れて寝かせる
      2.火葬にし、骨を壺に入れて置く
      3.そのままころがす
上の方ほどお金がかかるそうだ。
地下には岩でこしらえたテーブルの有る部屋も有り、家族は49日の様な時にやってきて、そこで食事などをしながら一日すごし故人を偲んだとか。なんか臭そう。
元は2つの墓だったんだけど、拡張続けた結果「ぼこっ」っと繋がってしまい、あわてて埋め戻した跡があったとか。現在は観光用にか完全に掘り抜いて1つにしてあった。

二つ目は「ポンペイの塔」。
小高い丘の上に塔が一本立っている。物見櫓にもなっていないし、何のために建てたのか?いつ頃建ったやつだか忘れた。
高さ12mだったかな?
それより記憶に残ったのは、同じ丘の上にある、小振りの、6mくらいのスフィンクスと更にその隣にある”神殿跡”。=写真10= ここも巨大な石を積み上げて有る。エジプトが乾燥化したのは、イースター島と同じくこの石を運ぶために木を切りすぎたから?

三つ目は「カイトベイ要塞」。そそる響き・・・。
ここには地元の小中学生が遠足か何かで大量に訪れていて大混雑。
兵士の部屋は狭くて質素、指揮官の部屋は広くて豪華。当たり前か。石造りってのは建物がでかくなるね。
余った時間はテラスへ出て、先ほどの生徒さんたちと記念写真を撮ってみた。好奇心旺盛で笑顔が一杯で礼儀も有っていい子たち。 =写真11=

観光時間も終わり、カイロまでまた3時間のバスの旅。
実はこのころから体調がおかしくなってきた。吐き気が離れない。微熱も有る。バスのトイレに何度か駆け込んだけど治らず。車酔いではなさそうだ。風邪?まさか新型インフ○エンザ??

ホテルは一日目と一緒だが、部屋は違う。今度は離れの2階。
一息ついた跡、スフィンクスで行われる『音と光のショー』へ。正面に3大ピラミッドとスフィンクスが見える所に椅子がずらーっと並べてある。自分たちはその後ろのちょっと高い所に有るテーブル付きの席。ここにいる日本人の大半はサラーム帰りだよな、きっと。写真撮影は自由だが、ビデオは35エジプトポンドの持ち込み料を獲られる。
6000年前に積み上げてあった石壁をスクリーンに、スフィンクスやピラミッドに色々な色の光を当てながら流れる解説アナウンス。
思ったね、『世界遺産にそんなことしていのか?!』
ここで飲んだ紅茶が利いたのか、ショーの会場から出てすぐに植え込みに水蒔きしてしまった。ちょっと酸性。
こりゃいかん!と思い、ミネラルウォーターを2リットル仕入れる。使い道は後で。

21時にホテルへ戻りシャワーを浴びようと思ったがやっぱりお湯出ない。仕方がないから濡れタオルで体を拭いておしまい。
気持ち悪さは続いていたので夕食はパスして、さっき買ったミネラルウォーターの出番。そう「こりゃ胃洗浄しかない」と思ったのだ。一本500ccを無理矢理飲み干し胃袋を外からもみほぐし軽運動をしたあと、便器にぐへぇ。 ×4。胃を完全に空にした。あ゛ーすっきり。
すっきりしたら腹減ったのでレストランへ行って消化の良さそうなものだけちょっとつまみ食い。

部屋へ戻り、いよいよパソコンをネットに繋ごうと思ったら繋がらない。いろいろ調べてみたらDNSサーバが落ちてやんの。フロントに文句言いに行ったら「明日朝来てください」だとさ。諦めて画像処理にかかる。
いや、処理といってもCFからHDDに移すだけなんだけどね。
胃の調子がましになったんで、調子くれてスコッチを引っかけながらコピー処理。もちろん鑑賞もね。

就寝は深夜2時頃。
  

6日目 3/31(金) 

旅行最終日。ホテル発は午前10時で、それまで自由時間は有るけれど、腹の調子の事もあり、ホテル内でうだうだして過ごす。
ホテル前では地元ストリートミュージシャンが演奏中。観測が大成功だったので気分良く寄付する。

バスで空港へ向かうためホテルを出発し、こちらの新聞が欲しいとのリクエスト多数だったので道順を変えてもらって繁華街の立ち売りスタンドで入手。

そしてトイレ休憩に立ち寄ったホテルの壁にこちらでの「日食祭りの様なポスター」=写真12= が貼ってあり、「I want It!」と聞いたら向かいの観光案内所で売っているとの情報。もう1人と通訳の方と3人であわてて行ってみたけれど既に在庫は無し(泣)。と思ったら窓に貼って有るのを剥がしていいよ、との事で通訳の方に剥がしてもらって無事GET!。その間にさっき入手したヤツと違う新聞を手に入れてる人もいるし、それぞれに『動いたヤツが勝つ』を実践。

その後空港へ行く途中、窓の外に戦闘機が眼に入ったのであわててシャッター!=写真13= 派手な色!。他にも戦車などが屋外展示してあった。エジプトの軍事博物館?

空港ではおみやげを物色。良さそうなポーションボトルが有ったのでこれは女性陣に、男性陣には・・・良い物がない。しょうがないのでしょうがないモノを購入。
13:05,離陸。今度はやっと窓側の席。機がエジプト上空を通過する途中、眼下には”貧富の差”を表す光景が広がっている。=写真14= どでかい『宮殿』と貧しい『アパートメント』・・。 そのうちに砂漠になり暫く飛ぶと海岸線に。海はものすごい綺麗そうなコバルトブルー。も・潜りたい!

ドバイに付き、再び1時間の給油休憩。煙草の吸いダメをする。次は7時間かけてシンガポールだからね。
機中は映画を見て飯を食い寝て過ごす。

  

7日目 4/1(土)

シンガポール到着は朝の7時。トランジットはすぐなので空港内で時間をつぶす。
機内では今度は真ん中の列の真ん中の席だったのでひたすら映画をみてTVゲームをして過ごす。神戸空港を眼下に見ながら16時関空へ着陸。税関も難なく通過し無事帰国。あと3時間で我が家だ。

関空からは鉄人28号で難波へ、難波からアーバンライナーで名古屋へ。晩飯は同行者2人とも意見が一致したのでそのまま駅麺通りへ。久しぶりのラーメン!、まいうーーーー! 明日は暖かい白いご飯を食べるぞ!

Back