第十一話〜全て凍りつくがよい!
箱船高校の影の支配者、キース=エヴァンスの野望!!〜
太陽もすっかり西の空に傾いて、空は夕焼けに染まっていた。屋上でずっと、やり場の無い感情に耐えていたエミリオも、さすがに落ち着いてきている。疲れたし、お腹も空いた。何やってんだろ、俺。
感情に翻弄されて、殺意が形になって発現した事には驚いた。羽根はともかく、自分が変っていってしまっている事は事実である。ただ、それは何とか抑えなきゃならないし、抑えれば何とか成る。
役に立たない、と思っていたコイツ(せつな)だって、あの時コイツが居なきゃ、ウェンディーやバーンがどうなってたか・・・考えたくも無い。下手をすれば、今まで以上に悪くなる。それだったら、今のこの自分を受け止めるしか無いじゃん。昔みたいに虐められる訳じゃないんだ。あの時の僕とは違う。どちらかというと分はこちらの方にあるんだ、上手くやれればね。
そう思うと、気が楽になった。ふと校庭を見る。下校中の生徒達の影が長い。もう放課後か・・・と苦笑する。
と、後ろ姿の彼らの中で見知った顔に気がついた。普段なら屋上から顔の判別なんか出来ないだろうが、チカラが増大していた余韻かもしれない。ウェンディーだ!
彼女のピンクのお下げが揺れている。バーンも一緒だったが、この際関係無い。謝らなきゃ!いつのまにか寝ついていた背中のせつなをひっ掴まえると教室に戻り、何か言いたそうな、何故かミイラ男ばりに包帯だらけのカルロを振り切ると彼らの後を追った。ただひたすら走る。
「きゃぁぁーーー!!!」暫く行った所で突如、絹を割くような悲鳴が耳を貫いた!
ウェンディーの声だ!
エミリオは歩を早める。
その先の角を曲がった所だ!せつなは先程から、尻尾を掴まれたままで泣きそうだった。スピードが上がって、さらに痛い。
しかしエミリオは構わない(気がついてない)。急いで声がした方を見る。その余りに異常な光景に、さすがのエミリオも道の真ん中で凍り付いた。
勢い余って、せつなは隣りの壁にぶつかった。「久しぶりだな!バーン!!」
電柱の上に佇む一人の男。青の上着と白いズボン、夕日が映えるその横顔はかなりクールでカッコイイ。しかし、ちょっと冷静になり、住宅地の真ん中である事を思いだせばかなりヘンである。ウェンディーが悲鳴を上げるのも無理はない。
「キース!お前も復学していたのか!!」
バーンはウェンディーをいたわりながら、驚きの声を上げる。キースと呼ばれた男は、フッ、と微笑する。
「相変わらず、高い所好きだよな・・・」
しみじみとバーンが呟く。
キース=エヴァンス、19歳。知能明晰、学力優秀。バーンの幼なじみ。氷の視線と透明な雰囲気を持つ男。その物憂げで柔らかな物腰は学校中の女子(一部男子)から絶大な支持を受けて箱船高校生徒会会長に収まっていた。収まっていた・・・と言うのは、バーンの「高い所」発言にも関係するので、二年ほど前に話を溯る必要がある。
夜の箱船高校、その日は凶々しく赤い月が浮んでいた。その頃、箱船高校生徒会は強硬で厳しく、生徒一人一人に対してかなり干渉していた。当然、バーンは事ある毎に逆らった。一匹狼の彼にとって群れる事は気に食わない。一度何かを始めるととことんまで行ってしまうキースとしては、それに最後まで従わないのが親友のバーンである事に悩みつつ、且つ、腹立たしく思っていた。
話はずっと、平行線を辿った。バーンが折れるか、キースが諦めるか。このままでは埒が明かない。結局、箱船高校の覇者がどちらであるか、雌雄を決する為に決闘する事になった。
バーンは校庭の真ん中を堂々と歩いている。小細工は無しだ。今まで喧嘩で鍛えた全ての技を出し尽くす、それだけであった。キースも、あれで意外と喧嘩慣れしている。バーンと年少時代を共に過してきただけあって、その実力は五分と五分。ただの優男だと思って彼を襲った不良どもが、どれだけ返り討ちに遭った事だろうか。
「何処に居る、キース!」
「ここに居るぞ!バーン!!」
キースは高校の屋上に佇んでいた。マント(この頃はつけていた)をなびかせて、不敵に微笑む。組んだ腕が、自信の程を表している。
「悪い事は言わない、我が同士となれ!」
「目を覚ませキース!お前のやり方は間違っている!」
屋上からキースが投降を呼びかけるが、バーンはそれに真っ向から反対する。キースも、どちらかというとバーンに側に居て欲しい・・・しかし、少し考えて、きっ目を見開く。
「結局、交わる事は無いのか・・・今そこに行くぞ!」
キースは屋上から飛び降りた!!
あ?・・・バーンちょっとヤバイと思った。ずささささぁっ
れ?・・・マジでヤバイと思った。
どたっ!!
もしかしたら、上手く降りる算段が有ったのかもしれない。が、今となってはそれは分からない。キースは木に引っかかってもんどりかえって地面に顔面から落下した。虫の息である。
「気にするな・・・僕は心の何処かで、お前が止めてくれる事を望んでいたのかもしれない・・・」
訳の分からないことを口走るキース、彼に応急処置をしつつバーンは救急車を呼んだ。
傷は直ぐ癒えたが、先の事を恥じたのか、箱船高校の謎の爆発事件とも絡んでいたのか、キースは誰にも告げず行方不明になっていたのだ。
「お前が復学したというのを聞いて、私も学校に戻る事にしたのだ。」電柱の上から三人を見下ろすキース。あの時頭を強打したからなぁ・・・とバーンは思っていた。今し方頭を強打したせつなが、足元をふらふらしているのに誰も気がつかない。
キースはウェンディーを一瞥し、にやりと笑う。「女と一緒に帰るようになったか・・・
我々の、優雅で甘美なる毎日を忘れたというのか!」「しるか、んなもん!!!」
ちょっと退いてるウェンディーを気にしながら、バーンは怒鳴る。
「力強く逞しい君を思う度に、僕の心は張り裂けそうになる、
熱く火照った自分を持て余してしまう・・・ああ、どうして僕を受け入れてくれない。」「何馬鹿な事を言ってんだ!!」
陶酔するキースにバーンが再三怒鳴る。ウェンディーの顔が真っ赤だ、想像してしまったらしい。エミリオは顔を青くするばかり、せつなはまだボーっとしていて、電柱にしがみついたりしている。
「バーン・・・貴方って・・・」
「ちっ!ちがうんだウェンディー!!信じてくれ!!」
「フッ、全てを打ち明けたらどうだ?
君の身体の温もり、まだ憶えているぞ。」「それは幼稚園の頃だろうが!!」
「・・・もう、終りね。」
「待ってくれウェンディー!誤解だぁ!!」
エミリオは、途方に暮れるウェンディーの手をここぞとばかりに握り締める。そして、もっと見てたそうなせつなも引っ張りながら、延々漫才を続ける二人を後にした。
「うわぁーー!!待ってくれぇ!!」
「逃がさん!」
パニックに陥っているバーン、ショックで足がもつれて走れない。キースは、そんなバーンが逃げられないように電柱から飛び降りた。
ごちっ、と鈍い音がしたが、エミリオはウェンディーと一緒だったので気がつかなかった。せつなはちょっと気になったが、エミリオが急かすので折角の場面を見逃した。