第十二話〜貴様の血の色は何色だぁ!
夜の箱船高校、狂科学者カルロVS二重人格者ブラド!〜
エミリオがルンルン気分でウェンディーとお手々繋いでお帰りで、電柱から飛び降りながら目測を誤り、地面に頭を強打したキースをバーンが介抱していた頃。箱船高校地下にある秘密の実験室では科学の先生カルロが打倒せつなの野望を果たす為、一人悶々と研究に没頭していた。秘密の実験室、と言うのは、元はと言えば化学実験用の薬品置き場である。危険な薬品類を生徒の目の届かない所へ置きたいと言う目的で造られたのだ。地下ならば万一の場合でも被害は少ないと考えたのであろう。しかし、カルロがここに赴任して以来、彼の私室化してしまっていたのだ。ただでさえ薬品庫なのに、かれが持ち込んだ怪しげな器具と数々の蔵書、そして影高野の図書館から秘密裏に借り出した経文も雑じっている。
他に使う先生も居ないのでカルロが完全にその部屋を仕切っていたのだがそれ故、その実体を知る物は少なく、憶測のみが飛び交う。そしていつしか「秘密の実験室」として生徒や先生達から忌み嫌われていたのだった。
「待っていて下さい、貴方を掴まえて私の研究の糧にしてさしあげます。」
アルコールランプの炎がカルロの眼鏡に明々と反射する。そして彼の瞳もまた、ゆらゆらとした炎に負けず怪しく輝いている。
貴方と呼ばれたせつなは食事中であった。クシャミをして食べかけのスープをエミリオの顔にぶちまけた。「カルロさん、遅くまで大変ですね。」
「はっ!!!!!!!・・・ブラドさん・・・おっお疲れ様です。」
突如背中から声をかけられて焦るカルロ。さすがにクールな彼も、秘密の事をしている最中である。他人から声をかけられると誰でも慌てる。それが、一番苦手な相手になると尚更である。にこやかなブラドに対し、カルロの顔は可能な限り引き攣った。
声の正体は主に生物、他に家政科などを教えているブラド=キルスキン、26歳。彼はアルビノで身体の色素のほとんどが無い。瞳の色素も抜けているので血の色が透けている。特異体質そしてもう一つ・・・彼にはもう一つ他人と違うものを持っている。研究に没頭していたカルロは彼の事を計算していなかった。これはマズイ。
「お花にお水を上げていたら、時間がかかっちゃいまして。今から明日の解剖の準備です。」
「かっかっかっかっ解剖ですか!!」
ヤバイ、最高にヤバイ。カルロの額に脂汗がにじむ。ブラドは無邪気に微笑む。この微笑みも、カルロにとっては苦痛だ。元々共同の部屋なので他の先生が入ってきても文句は言えないのだが、それをするのは今ではブラドぐらいであった。研究に没頭するカルロが余りに狂気じみているのでみんな気味悪がって誰もここには寄り付かない。それを研究熱心さと勘違いしている(間違っているわけではないが)ブラドは却ってカルロを尊敬している、そこが面映ゆい。
いつのまにか持ち込んだカエルの入ったガラスケース、それをブラドは悲しげに見つめる。
「授業とは言え、可哀相ですよね。でも、実物を見る方が生徒達も覚えてくれますからね。」
「ああ、でっ、でも、カエルの準備はお済みでしょう?」
「あの・・・恥ずかしながら前日に予習をしておかないと心配で・・・」
いまやるのかーっ!!
カルロの不安は的中した。当ってほしくない予想ほど当りやすいものは無い。テキパキと白衣に着替え、メスを準備するブラド。「どうも、血を見ると眩んでしまうのですよ。気が付いたらちゃんと解剖はやってるのですが、たまに興奮してしまったらしく、カエルさんを握り潰してたりするのですけどね・・・」
ブラドはあくまでにこやかだ。そして、解剖台にカエルを載せる。深呼吸を一つ。
ぺりっ、小気味良い音と鮮血が散る。ブラドはカエルの生皮を素手で引き剥いだ。「あの・・・ブラドさん・・・」
カルロの声に、にたりと笑ってかえす。
頬についた返り血が凄惨な表情を際立たせている。ブラド=キルステン、実は二重人格者である。二重人格の常として、抑制されたもう一つの人格は普段の人格の正反対と成る。ブラドも然り、善人の裏に隠されているのは極悪の快楽殺人者。普通の生活がままならない彼を箱船高校が更正させようとしているのだ。当然、ブラドには内密に幾重にも非常線が張り巡らされている。彼の授業中も、彼には内密に監視がされている。生徒に万一の事は無い。ただ、他に誰も居ない学校で、ブラドに出会うのはかなり危険である。
「キャーッハッハッハッハ!たまんねぇぜこのコリコリした感触!!」
既に目玉を抉り、心臓を弄んでいるブラド。嬉々として解体に興じている。これで彼の欲求が解消さればそれで良いのだが、そうは行かない事が多い。
それでも彼はカエルの両足を握り、左右に引き裂いた。原形を留めない肉片が宙を舞う。「うへへ・・・物足りねぇなぁ〜、小さすぎるんだよ、カエルはよぉ。苦悶の表情も浮かべねぇしよぉ。自分の血に染まって泣き喚いて欲しいのによぉ。」
ブラドの目は完璧にイッてる。そしてもっと大きく解体しがいのある獲物、カルロを見つめている。カルロは机までよろめいた。ブラドとはいえば、先程自分が用意したメスを何本か握り締めている。
「ギャハハ!くたばりやがれぇ!!」
「無駄です!」
ぷしゅ〜天上からガスが噴出しブラドの顔面に直撃した。カルロに突進した彼は勢い余って机に突っ伏す。幾つかのビーカーが音を立てて割れた。
「ふぅ、備えあれば憂い無し、貴方の言う通りですね。」
防毒マスクをかぶったカルロが呟く。麻酔薬のクロロフォルムを散布したのだ。「秘密の実験室」に不可能はない。実際、ヤバイとは思ったもののカルロには自信があったのだ。だから一人で彼は学校に残れるし、他の職員も心配はしてない。
いらない邪魔が入ってしまった。カルロは部屋の掃除をし、ブラドを保健室のベットに連れて行く。そして、再び打倒せつなの闘志を燃やし、怪しげな小瓶を見ながら恍惚とするのだ。
「駄目ですね、昨日は血を見て気絶してしまったみたいです。」翌日、ブラドはいつものように爽やかに目覚めた。そしていつもの様に握り締めたカエルの断片を、花壇に埋めた。演習前のいつもの習慣である。