第二十話〜乱入!
混乱する箱船高校に新任教師!〜
朝っぱらから一悶着起したブラドは暫くの間“休養”と言うことになった。しかし、それを鵜呑みにする人間はほとんど居なかった。当然と言えば当然である。数日後には怪しい影が街を徘徊してるだの、ゲイツが臨戦態勢に入っているだのまことしやかな噂が囁かれた。さて、ブラドがどうであれ学校としては問題が生じる。先生が休んだとしても授業を滞らせる訳にはいかない。臨時教員を補充しなければならないのだが、他にも教えられる先生が居ればその先生が受け持つことになる。が、更正事業が箱船高校、ひいては影高野の真の勤めであるので、そちらに出かけてる教師(実は術者)がいたり、別の先生が産休だったり、色々すったもんだの末、巡り巡って英語の先生が補充されることになった。
今日はその先生の初の授業の日、選りに選ってエミリオのクラスであった。クラス中、新任の教師の話題で持ち切りである。
「ねー!ちょっと見かけたんだけど、めっちゃカッコ良かった!」
「すげー背が高いじゃん!何者だよ、あれ!?」
成績優秀ではあるが、先生の話なんぞ聴いちゃいないエミリオにしてみれば教室の雑音は煩くてしょうがない。仕方が無いのでせつなのほっぺを引っ張って遊んでいた。嫌がる彼の顔が楽しい。どうでもいいじゃん、誰が来ようが。彼はそう思っていた、その先生当人が現われる前までは。
ガラガラガラ、教室の扉が無機質な音を立てて開く。そしてツカツカとスーツ姿の男が入ってきた。この時点でエミリオは固まった。すらりと細いルックス、流れるようなサラサラの黒髪、そして眼鏡の奥に光る、彼の髪の毛よりも更に細く切れた瞳。
「私が暫くの間、皆様に英語をお教えることになりました。
リチャード・ウォン!“素敵な”ウォン先生とでもお呼びください!」だっダッだっW!!!!!
エミリオは思わず大声で叫んだ。
絶叫、そう、それは魂の叫び。震えるハート燃え尽きるほどヒート。
いつもクールなエミリオの豹変ぶり、恐慌ぶりに他の生徒達は何が起きたか分からなかった。彼が注目されて居る以上、その側のせつなはいつものようにポーズを取っている。「おや、どうかされましたか?私の顔に何か?」
殆ど泣きそうな表情のエミリオはゴシゴシと涙を払う。息がゼイゼイ言っている。体中に汗が滲む。似てる、いやそっくりである。あの極派手、極悪趣味のコスチュームでは無いが瓜二つ。それでも人違い、他人の空似、生き別れの双子の兄弟などいろいろなことが頭を過ぎる。
それでもエミリオは一言こう言えた。「何でもありません。」
消え入りそうな彼の返事に、寛大さを見せ付けるような笑みを浮かべる。そのいやらしさも同じだった。
「授業を始めますよ。」
彼の流暢なクィーンイングリッシュはかなりの物だったが、エミリオの耳には届いてはいなかった。当然、せつなには何を言っているのか分からなかった。
「ハッハッハッハ!良く私の正体を見破りましたね!」見破りたくなかった・・・と言うかバレバレだ。いや、いっそ間違いであって欲しかった。エミリオはつくづくそう思った。購買部にパンを買いに行く途中、傍から捕まったのだ。
いま“W”はすっかり謎の中国人モードに突入している。怪しさの爆発した空間に居ることが、エミリオには耐えられなかった。せつなは昔の空気に馴染んでしまっているようだ。
「こうも多くの人間が覚醒するとは思いませんでしたよ。こうなった以上、私も人間に身をやつし、人界に介入せざる得なくなったのです。せつながもう少ししっかりしてくれていればこんな事には成らなかったのですがね。」
せつなに使命を与える時点で終ってる、とエミリオは思った。やれるなら最初から貴様がやれ。しかし何故最初から動かなかったのだろう?一抹の疑問がエミリオの中に芽生えた。それを見透かしたかのように、“W”は話題を逸らす。
「しかし、この学校は良いですねぇ。秀麗な美少年でいっぱい、『生唾嚥下』ものです。」
エミリオはその細い細い目に、妖しい光が宿るのを見た。そして彼の目が自分を凝視していることを・・・
世界を滅ぼすことになっても、自分の身は守ろう。そう決意した。
「君か?新任の英語教師というのは?」ウォン(ウォンの場合スーツ姿、Wの場合あの格好)が廊下を歩いていると、真っ正面に立ちふさがる銀髪の青年。ウォンは眼鏡を直すと、彼を値踏みするように眺める。
「『臨時教員』ですがね。そういう貴方は?」
「私は生徒会総帥、キース・エヴァンス。とりあえず、顔を見ておきたかったので声を掛けさせてもらった。」
「私はリチャード・ウォン、英語教諭です。よろしく。」
一瞬緊張が走ったが、二人は握手を交した。英国紳士のキースはにこやかさはただの社交辞令であるが、ウォンの笑みには既に下心があった。
「慣れないことがあれば言ってくれ給え。総帥として力になろう。」
「ご厚意痛み入ります。」
年下で、しかも生徒のキースに下手に出るウォン。人から敬われる事に馴れてしまったキースにはその異常さに気がつかなかった。
一人だけ、その場の一部始終を覗き見している男は、そのカラクリを見破った。
「きぃぃぃ!私のキース様に色目を使うとは・・・あの男、許せません!」
談笑を始めた彼らに、カルロはじっと嫉妬していた。