第二十九話〜“W”再び・・・
同時上映「オルトマン家の食卓」〜
「くっそう・・・なんで保健室閉まってんだよ・・・」久々に決めた予定が余儀なく中止になった時、 それは今日はあの食堂に行ってみようと朝から思っていたのに、 そういう時に限って定休日だったりしたときの感じ。 肩透かしを食らわされたような、振り上げた拳の行き場を失ったような、 何ともいえないもどかしさがあった。
今のエミリオには頭痛と言う弊害が生じているのでなお更である。 歯ぎしりをし、痛い頭を抱えてここまで来たのにレジーナは不在。 中が散らかっているのが普段なら気になった所だが、 余計なことを考えると更に痛くなるので考えたくない。 その足でさっさと帰ることにした。
「はっはっは!だいじょうぶな」
「黙れ。」
いつもの五割増しの迫力で、エミリオが呟くとさしものせつなは黙り込む。 耳と尻尾が可哀相なぐらいしょぼくれている。
普段ならそれでも喋り続けるのだが、彼に羽根が生えた朝以上の凄みが今のエミリオに備わっていた。 せつながそれでも、行く先々でポーズを取るのすら全く無視して自分のペースでスタスタ歩く。 まるで別人になってしまったようだった。「おっ・・・」
お帰りと言おうとしたガデスすら、一睨みした後さっさと自分の部屋に戻るエミリオに 声を掛ける事は出来なかった。お目付け訳のせつなも上がってしまったので、ガデスは1人 食卓に付いた。食事の用意はやっていたのである。今日のおかずは鳥のから揚げだった。
「・・・そういえば、1人で飯食うの、久しぶりだな。」
苦笑するガデス。エミリオの家では毎晩、これでもほのぼのとした夕食風景が展開される。 ガデスは食事中良くしゃべるし、エミリオはそれを黙って聞く。 今はせつなも居るのでボケ役には事欠かない。
余談であるが、これがオルトマン家の場合、
「・・・・・・・(お味噌汁すすってるゲイツ)」。
「・・・・・・・(ご飯よそっているティーナ(妻))」
「・・・・・・・(テレビ見ているシェリル(娘))」と、三人揃って無口なものだから寂しい限りである。
一応、エミリオとせつなの夜食分を別にして、独り、箸をつける。
「しかしどうしたんだ?奴のあんな顔初めて見たぞ。」
「そうですねぇ。全く」
独り言に相づちを入れられて、ガデスは椅子から落ちんばかりに驚いた。 目の前には“W”が食器持参で座っていた。いつのまにか飯もよそっている。
「お気遣い無く、勝手に頂きますので。」
返事が無いのは了解の印だと思って、まさしく遠慮無くから揚げを頬張る“W”。 ガデスは驚いた拍子に喉に鳥肉が引っかかった。 それを知ってか知らずか、“W”は勝手に話しを進める。
「予想以上の『波及効果』で、能力に目覚める人間が多かったのです。 お陰で『相互作用』によってますます彼の能力が顕在化しています。 今日、彼の機嫌が悪いのもその影響です。」
この間、水を求めておおわらわなガデスを尻目に、 から揚げ五つを平らげる。エミリオの分が無くなった。 “W”は食べながら話しを続ける。
「一応、私も手駒を用意しました。まぁ、保険程度ですけどね。 可能な限り彼らのことは彼ら自身で決着をつけて欲しいですから。 魔法の国の者がこの世界に直接関与することは本来タブーなんですよ。 今回は切羽詰まっての『特別処置』そのものです。」
詰まっているのはガデスの喉だ。 タブーとは言え、余所の家の食卓は範疇でないらしい。 見る間にせつなの分が無くなり、食べかけのガデスの分まで手をつける。 細い外見に似合わず、健啖家ぶりを発揮する“W”。 そうしてガデスはようやく白黒させてた目を落ち着かせた。
「ご安心下さい。私の誇りにかけて最悪の事態だけは回避させていただきます。
・・・おっと、長居が過ぎましたね。ではごきげんよう。から揚げ美味しかったですよ。またお会いしましょう。」言うだけ言って、食うだけ食って帰ってしまった“W”。 電子ジャーにはご飯がすっかり無くなってしまった。 狐につままれたようなガデスは、行き場の無い、それこそ 肩透かしを食らわされたような、振り上げた拳の行き場を失ったような、 何ともいえないもどかしさがあった。
さて、再びオルトマン家に目を移してみよう
「・・・・・・・(入浴中のゲイツ)」。
「・・・・・・・(後片付けしているティーナ)」
「・・・・・・・(宿題しているシェリル)」言葉は無くても、彼らはこれでコミュニケーションが取れているのかもしれない。