第四十五話〜逃避行
ベルフロンド兄妹に残された選択はあるのか!?〜


「兄さん・・・」

「どうしたんだい、レジーナ?」

 どさくさに紛れて逃げ去ったカルロとレジーナ、 彼らは二人寄り添ったまま屋台のカウンターに身を隠していた。 住宅地に昼間の屋台と言うのも場違いであるが、 意外と、お惣菜がめんどくさい主婦達が愛好しているらしい。 いやま、この二人は後ろから見てもバレバレなのは秘密だ。 レジーナは全く元気が無い。ずっと項垂れたままだ。

「私たち、どうなるんだろね。」

「何を言ってるんだいレジーナ。この僕が君を守り通すよ。」

 追われる者であるはずなのだが、逐一名前を言うのは不用心この上ない。 ちなみに、カルロはまだ、パティやキースから覗きの現行犯写真で 脅されていたことをレジーナに言ってない。

「でも・・・」

「仕事の心配をしているのかい? 大丈夫だよレジーナ。 僕の天才的な頭脳がどれだけの富を築き上げられるか君も知っているだろう?」

 箱船高校の実験室のはほとんど自前であった。 最新の電脳機具、古今の魔術の貴覧本、通常の経路では入手不可能な動植物の骨や臓腑。 貴重な鉱物が山と積まれていた。 国の研究機関でも、これら物全てが一同に揃っていることはまずないであろう。 以前のアルファ制作にも、かなりの材料費が掛かっているはずだ。

「・・・死んじゃうの、やだよ。」

 予想しなかった言葉を、レジーナがぽつりと呟いた。 カウンターに突っ伏したままの彼女には、今まで自信満々の表情を浮かべていたカルロでさえ二の句が継げなかった。 カルロはコップの水を一気に飲み干す。

「分かってるよ、レジーナ。」

 彼もまた、寂しげに呟いた。彼女の言葉が引き金となって、自分らの過去が脳裏に蘇っていったからだ。

 彼らは孤児だった。最初の思い出は薄暗い施設の冷たいベット。 政府の認可は受けていながら、その管理は杜撰極まりなかった。 後に影高野が発見していなければ、不幸な子供たちは他人の優しさや温もりを知らぬまま 世間に出て行くことになっていただろう。

 残念ながら、カルロは先輩同様、もはや戻れない所まで来ていた。 温もりが得られたのは妹唯1人、彼女を守る為なら何でもやった。 彼が知識をつけたのは、その劣悪な環境から成り上がる為。 今の彼の財力は、その時に培った裏の世界との交流が基礎になっている。

 本当は収容者は使用が不可能なコンピュータを、目を盗んで、そして 痕跡が残らないように使うことを覚えた。詐欺、違法な物品売買、そしてクラッキング、 子供だったことも合って、かなり無茶もやった。それが却って捜査を困難にしていた。 気がついたときには、いつのまにか膨れ上がった持ち金を分散させるのに手間取ったものだったが。

 レジーナもまた、カルロしか頼る者が居なかった。 何でも出来る素晴らしい兄、彼女は彼を尊敬した。 しかし、彼に溺れることはなかった。兄が頑張ってくれる、だから自分も頑張る。 だからレジーナは輝いていた。カルロもそれを知っている。 知っているからこそ、今の、深く沈んだ彼女の姿はカルロの心に重くのしかかっていた。 今レジーナを支えきれずに、どうするのか?

 ふと目を上げるカルロ、おやじの声が聞こえなかったらしく、 ラーメンの丼から湯気が暖かそうに立ち上っている。

「冷めないうちに食べなさい、レジーナ。」

 出来立てのラーメンに眼鏡を曇らせるカルロ。 あの時は、暖かいものなど食べたことはなかったな。 黙って箸をつけているレジーナを見つめ、彼は思った。 喉ごしの良いスープが、彼の胃袋を満たす。ちょっと、ほっとできる一時だ。

 半分に割られた出汁卵、支那竹と葱、そしてナルトが一つ。 ちじれた麺は程よい噛みごこちを与えている。シンプルながら奥の深いラーメンだ。 普段なら良く味わい、料理人の腕を褒め称える所であろうが、彼らにはそれだけの余裕はなかった。 黙々と、ただ食べた。

「君だけは、絶対に守り通す。」

 カルロは千円札と五百円をカウンターに置いた。 釣りは良い、そんなそぶりで二人は席を立ち、屋台を後にする。

「気がつかないものですねぇ。『灯台下暗し』でしょうか?」

 彼らの背中を見つめながら、いつものように店を開けていた謎の中国人“W”は呟く。 何故彼がのほほんと店をやっているのか?その謎はまた後程。


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