第四十九話〜誘惑!?
パティの魔手は諦まる事を知らずして・・・
「ちっ・・・固てぇ事言いやがってな、畜生!」と、エミリオたちをほったらかしにしてマジで空港まで辿り着いたガデス。 が、その姿は出国ロビーではなく国内線の受け付けロビーをウロチョロしていた。 実は過去アメリカでチョイとヤバイ事をやらかしており永久追放食らっていたのだった。 すっかり平和ボケしてしまって忘れていたしい。 さしもの地獄の傭兵も、国家権力は敵に回したくない。
「しゃあねぇ。ランクは下がるが熱海の温泉でもつかるかな。」
言ってしまった手前、あくまで旅行にコダワるつもりらしいが、 グラサンでバッグ背負っていったらどこの旅館も泊めてくれないと思う。 細かい所は非常にラフな彼は、温泉もカジノも等価の様だ。
さてっ、と腰を上げる。 日本の温泉地は飛行機経由よりも直接鉄道で行く方が大体速い。 飛行場からの交通手段が不便である事が多いからだ。 無駄足を踏んだ以上残りの時間は無駄には出来ない。 さっさとタクシー乗り場に舞い戻ると、慣れた風に一台止めさせる。 自動で開くドアにその図体を潜り込ませて、どっしりと腰を下ろす。
「駅までやってくれ。」
「急いでね。」
ドアが閉まる寸前で潜り込んだ影はガデスの隣に当たり前のように座ったため、 運転手は当然のように発車する。ま、ガデスが乗ってる時点で災難だと思ってるかもしれない。
「ちっ、そう来るとはな。ツケられてたのは分かってたが。」
「ふふ、やっぱりね。」
ガデスは彼女の肝の太さに呆れ果てている。 誰が見ても、こんな少女がガデスの裏をかけるとは思えないだろう。 だからこそ彼女の怖さがある。 パティは可憐な瞳をガデスに向けたまま、彼の仕草を伺っている。
「旅芸人・・・だったって?」
「あら、詳しいのね。」
「まあな。」
暫しの沈黙。
傭兵を長くやっていると、さまざまなコネが出来てくるし、 裏の世界にも少々事情が通じてくる。 そこには言って良い事と悪い事の両方がある。 暗黙の了解という奴だ。
パティについては調べを付けてある。 調べた、とは言ってもあくまで入手できた情報は見事なまでに少なすぎた。 もちろん、ガデスは逆に怪しんだ。普通の女子高生にしてはセキュリティが硬すぎたのだ。
調べを進めていくに従い、彼は彼女の母親についての情報に行き着いた。 そこで見たのは、世界を暗躍する“旅芸人”達のデータであった。 ガデスはそこで、入手したファイルの殆どを消去することにした。 知ってはならない事が余りに多すぎたからだ。
まさかとは思ってたがな。
ガデスも基本的に裏の世界の人間だ。自宅に罠を仕掛けているような男である。 が、フリーの傭兵の身で巨大な組織に立ち向かう程馬鹿にはなっていない。「で、何の用だ?」
「マイトの情報、買わない?」
「・・・一枚噛んでるとは思ってたよ。」
観念したように、ガデスは両手を挙げる。 が、目は笑っていない。と言うことはパティはあの“W”の向うを張った事になる。 もしかしたら“W”は知っていて泳がせているのかも知れない。 と言うことは、コイツが共犯者の可能性だって否定できない。
「役に立つと思うわよ。世界が救えるぐらいに。」
パティの瞳には嘘はない。が、頭の中で何を考えているか全く分からない。 彼女自身、これは一つのゲームなのかもしれない。自分を慕う男を全く手玉にとり、 さらに彼自身の知らないことも知っているらしい。 侮れないな、ガデスは久しぶりに血が騒ぐのを感じていた。
「が、そんなには出せないぜ?」
「あら、お金なんか欲しくないわ。」
「せつな、か?」
嬉しそうに頷くパティ。 相手が相手でなければガデスもつられて微笑んでしまうほどの笑顔であった。 が、ガデスは逆に笑い飛ばした。
「がっはっはっは! なるほど、話が見えてきたぜ!」
パティはその反応を予期していたように、ガデスが 笑いおわるのを待っていた。そして、次の言葉を待つ。
「駄目だね。」
ガデスは言葉を吐き捨てる。パティも世界と心中したくないだろう。 決定的な情報だからこそわざわざ姿を出して売りに来ているのだ。 代価がせつななら、“W”が裏で糸を引いている可能性は無い。 それでも、これもまた伏線なのかもしれない。 交渉は慎重に行かなければ、それこそコイツと心中しかねない。
「・・・どうやら、我慢大会になるわね。」
「長期戦だな。こりゃ。」
タクシーの運転手は、もう諦めていた。彼もプロである。 偶にはこういう、危ない客が乗ることもあるのだ。