第五十話〜予想外!?
夜中の屋台で繰り広げられる会話の応酬〜
「おや、いらっしゃい。」バーンとキースが全く同じタイミングでこけた。
もうすぐ午前様の夜中の住宅街、箱船高校(影高野)側が残務で徹夜仕事となるので 壊れエミリオはバーンとキースが預かることになった、その帰り道。「・・・まさか、今日も屋台を引いてるとはな。」
「『不働者不可食』、職業を疎かにする訳には行きません。」
カウンターに這い上がりながら「本職なのか?」とバーンは呟く。
たまたま見つけた屋台に念のために入ったのが運の尽きか、お目当ての、 とまでは言わないが“W”のやっている店であった。せつなは例によってエミリオを引っ立て引っ立てウロチョロしている。 明々後日の方角を見ているのは、今日の所はエミリオ。 彼の腕は逆手に縛り上げられているのだが、制服で上手く隠されている。 人通りも無い夜の事ゆえ可能な技であるが、よい子は真似しちゃいけない。
−で、ヤッちまうか?−
−待て、暴力に訴えて吐くような奴じゃない−
アイコンタクトで語り合う二人。 “W”は素知らぬ顔で麺を茹でている。 エミリオは先ほど毒気を吐き過ぎて放心状態に陥っているようだ。 ただ、引きつるような歪んだ笑みは絶えることなく続いている。
「そうそう、カルロさんとレジーナさんもおいでになりましたよ。 尤も、私には気が付かなかったようですけど。」
「そうか。」
ラーメンをカウンターに並べていく“W”。四杯の丼が並んだが、 エミリオは何やらぶつぶつ呟くだけで、湯気が立ち上るそれには いっこうに興味を示さない。座っているのはキースとバーン、そして 既に箸を付けているせつなである。
「ご心配なく、毒など入れておりませんよ。客商売は『信用第一』ですから。」
「入れられてたまるか!」
「はっはっは! はやくくわないとめんがのびてしまうのだ!」
せつなは握り拳で箸を掴んでいるので“挟む”と言うことは出来ない。 丼に顔を突っ込んで、口に引き寄せているだけなので顔が汁でぐちゃぐちゃになっている。 それで喋るから、カウンターは零れたスープで偉いことになっているのだが、 “W”はそんなせつなにも微笑を絶やさない。まるで仮面でも付けているかのようだ。
バーンもキースも、せつなが平気で食べているのを見て恐る恐る口を付ける。
「おっ、美味いじゃねーか。」
空きっ腹に旨いラーメンは正にごちそうである。 ふと朝飯も食べてなかったことにバーンは気がついた。 ズルズルと無遠慮に麺をほお張る。
「まずは確認しておこう。貴様、本当に異界の者なのか?」
「もちろん。」
「・・・我々に干渉しだしたのは、いつからだ?」
「それはもう、あなた方が産まれるずっと以前からです。」
食べながらではあるが、質問を絶やさないキース。 喋っている間は口に物は入っていない。それでもラーメンの味も楽しんでいる。 さすが食事中の会話を楽しむ国の人である。レンゲと箸を器用に使う、その風情も優雅である。
「箱船高校も、お前の仕組んだことか?」
「半分は正解ですが、半分は誤解ですね。」
“W”はエプロンで手を拭きながら、店の整理をしている。 その手慣れた仕草は魔法の国の長よりも余程この仕事の方が向いているのではと キースに思わせた。
「影高野と言うのは面白い存在でしてね。 私が外からやっていることを内側から自主的に行っている、そういう団体です。 疑っているようなので先に申し上げておきますけど、ソニアについて言えば、 彼女を箱船高校に送り込むつもりはありませんでした。彼女はまた別の仕事の話になるのですよ。 結果としてああなってしまいましたけどね。」
「自ら意図した事ではないと言う訳か。」
「私が干渉したのは、エミリオ君とせつなの事に関してのみですよ。 あなた達やウェンディーさんは蓋然的だっただけです。 しかし、動き出した時の中では偶然も必然として働きます。」
−何ワケのワかんねー事いってるんだ?−
−後で説明するから、ここは僕に任せてくれ−
話に付いていけないバーンがキースに困惑のそぶりを見せる。 二人のアイコンタクトに気がついたのだろうか、“W”は自分から話題を振った。
「実は彼のことは、『満場一致』では無いのですよ。」
「ほう?」
彼、と言いながら“W”はエミリオを顎で差し示す。
「既にお気づきかと思われますが。私は同じ時空に複数人存在できます。 しかし、それら全てが一つの意識に統合されていると言う訳でもありません。 全く同一人物であっても別の可能性を与えられればそれは他人となりうるのです。」
「そうか、離反者が居たということかな。」
「抜け駆け・・・と言っていいかもしれませんね。」
ふう、と溜息を吐く“W”。
「エミリオ君の保護はこの世界と魔法の国双方を守る上での要、 そのためには幾重もの伏線を張っていたのですが、 それが却って仇(あだ)となったようです。」
−やっぱりわけわかんねーよ。早くウェンディーとエミリオの事聴いてくれ!−
−すまん、もう一言だけ−
エミリオの分もラーメンに手を付けてたバーンはまどろっこしい話を待ちきれない様だ。 痺れを切らせかけているのがよく分かる。キースはちょっと迷ったような顔をして、 決心したように“W”に顔を向けた。
「率直にお願いしよう。“君”に協力してもらいたい。」
つい、と目を遠くにやって、“W”は複雑な顔をした。 普段起伏が無いその顔に何かしらの表情が浮かぶと、 それは冷笑なのか慮外なのか判断するのは難しい。
「残念ですが、私に出来るのはここまでですね。」
「何故だ?」
「お客様ですから。」
ブウンッ!
鈍い音とともに、屋台は真っ二つに裂けた。
ガランと大きな音を立て、スープの入った鍋が倒れる。 続いてドンブリの割れる音。湯を入れた釜や匙や薬味がアスファルトの車道に散らばって行く。身を翻すバーンとキース。バーンは小脇にせつな抱え、 もう片手には食べかけのドンブリを掴んでいる。それでいて汁の一滴すらこぼさない!
「・・・ハ・・・全テ・・・斬ル・・・」
バチバチと火花が咲いている。屋台を両断したのはマイト、 いやマイトではあるがその髪の毛は見慣れた赤毛ではない、 緑の髪と瞳をもつ、別色のマイトだ。
「これでは、今月は赤字ですねぇ。」
口ではそう言う物の、“W”は彼の登場に全く驚いた風は見せなかった。