第五十七話〜科学の勝利!?
おいでませ、魔法の国へ? そして未知の世界へと足を踏み入れて〜
うぎゃぁぁぁあああああぁぁぁぁ・・・絶叫のみが零れる。やや古風な脱出ポット、いやタイムマシンというべきか。 直径5メートルほどのクリーム色の球体には不必要かと思われるほど大きな ボルトやネジががっちりと食い込んでいる。
これまた硬そうな、分厚い嵌め殺しの丸窓がただ一つ、空ろな眼の如く外の風景を写している。 深海探索の物ならば外の様子がはっきりと見えるように設計されているのだが、それはワザと曇りガラスで作られていた。 つまりそれは、外の様を直視しない為の配慮である。
外界はまるで調整中のテレビ画面の如く嵐に舞う砂埃のようにその色彩すら一定しない。 いや、色だけでなく形も堅さも命の有無ですらはっきりはしない。 今、彼らは空間を飛び越えている。カルロの超科学は時空を飛び越える事すら可能にした。
空間の深淵を飛び越えるためには完璧な密室を作る必要がある。 なぜなら、地球の上ですら有毒な気体は存在する。 いわんや異世界においてはほんの少しの隙間から入り込んでくる未知の悪意ある生物も少なくはない。 強化セラミックや単分子装甲、常に張り巡らされた荷電粒子シールドによる物理的な障壁だけでなく、 そこかしらに張り巡らされた呪的紋章や埋め込まれた宝石やマンドラゴラ、イワシのアタマ等が船を護っていた。
しかし、声が漏れている以上どこか緩んでいるのだろう。 もしかすると、それすらカルロの結界の一部なのかもしれない。 狂気を含んだ長い叫び声など、普通の神経を持つ者ならば敢えて近づきたがりはしないだろうから。
ガツン。
多重世界の壁を幾つも乗り越えた後、素晴らしい勢いで地面に激突する。 巨大なクレーターを作り出しても良さそうな程のぶつかりっぷりであるが、 丸い船も大きく揺れた以外は何事も無く、また地面の方も予期せぬ訪問者を寛大に、 そして大胆に受け止める。
気圧の差があるのだろうか、プシューと音を立てて継ぎ目すら見えない球体から、 丸い扉が開いた。一人の男がそこから用心深そうに出て来てその大地に降り立った。
「ここが・・・魔法の国と言う所ですか。」
成功だ、とは言わない。それは始める前から分かっていた事。 まっどさいえんちすとは常に、結果ではなく新しい謎を求めているのだ。
カルロには孤児院時代の癖で、気になるモノがあると思わずくすねてしまう手癖の悪さが残っていた。 くすねたのは、リチャード・ウォンの眼鏡である。気になると言うよりもあからさまに妖しいもの、であったが。 カルロがそれを手に取ったのは、まっどさいえんちすとの第六感が働いたのかもしれない。 いや、単純に類友だったのかもしれないが、思わず持って帰ってしまっていたのだった。 無論、眼鏡の替えを無くしてぼやく様なウォンではないし、ばれるようなカルロでもない。
それを丹念に分析した結果、眼鏡のガラス部分の分子結合配列が有り得ない角度を示していたのだ。 異常な偏光性を示した。まあ、平たく言うと別の世界が見えたわけである。 そうと理解ればしめたモノ、“魔法の国”と言うのは自分たちの世界と“傾き”の違う世界と言う事ならば その軸に自分たちを合わせる事が出来れば、そこに“辿り着く”事が出来る。
まっどさいえんちすとのカルロにとっては初歩の初歩の話であるらしいが、 それこそレジーナにとっては雲を掴むような、ラクダを針に通す様な話である。 彼からじっくり、それこそここで要約した内容すら枕にしかならない濃い講義を受けたのだが、 分かるどころかアタマが破裂しそうになって、彼女らしくもなくヒステリー起こしてしまった。 それだけ難解で聞くに堪えない理論なのである。まあ、詳しければいいという訳でもないが。
今回彼女は大人しく“船”に乗ったまま、一言も口を利かなかった。 無事に到着しても、特に兄に対する感情は湧かなかった。いつも通り、と思っただけである。
ダメージを被ったのはブラドである。ウォンの眼鏡をかけたまま悶絶している。 先の絶叫も、彼から発せられたものであった。 軸を正しい位置に傾けるために、ブラドの全能力がつぎ込まれたのだ。 ウォンの眼鏡が彼にインプットされ、それと同じ“角度”に成るように彼の力は無理矢理に増幅され使用された。 要するに悪い電波を直接いっぱい、無理矢理に脳に送り込まれた上に その電波に命令されていたわけである。これ以上の拷問はなかろう。
膨れっ面だったレジーナも、兄が魔法の国”の風景を凝視したままなのが気になって 外に出てきた。が、その異様な光景を見て素っ頓狂な声を上げる。
「わっ、凄いよ兄さん! あれもこれも・・・金だらけだよ!!」
「レジーナ、もっと良く見なさい。毒々しいばかりに成金趣味ではありませんか。」
魔法の国の風景、それは辺り一面金色に輝くユートピア・・・とレジーナは思った。 燦然と輝く金色の太陽、その光を反射するのは地平線の向うまで金色の大地。 向うにはヤシの木の様な植物からは巨大な宝玉が実っている。 目くるめく輝きを放つそれらはまるで砂漠のオワシスを思わせた。
が、兄の言葉でよくよく辺りを観察してみる。 この地の金色には滑らかさがなかった。まるでコントの小道具のような安っぽさを感じてしまう。 あの銀色に輝く宝珠も、良く見ればディスコのミラーボールの様で却って滑稽だった。
「こんな程度で呑まれてしまう美意識では」
まっどさいえんちすとは、あくまで冷静だった。 レジーナは思わず浮かれてしまった事に、ちょっとショックだったようだ。 自分自身が、実は悪趣味ではないかと勘ぐってしまった。
「さぁ、気が済んだなら、この世界の長を探しに行きますよ。」
落胆するレジーナに喝を入れて、彼らはブラドを船の中に放置したまま 歩き始めた。が、彼らの動向をじっと窺う影にはさすがのカルロも気が付かなかった。
「落ち込む必要はないよ、レジーナ。お前はいつも、美しいさ。」
ノロけてるぐらい、隙だらけだった訳だが。