第五十九話〜さまよえる兄妹!
意外なる手がかりは二人の間に劇的な亀裂を?〜
果てしなく続く、金色の野。カルロもレジーナも、砂漠で石油が出ても嬉しくない事を悟っていた。 やはり砂漠で必要なものは水である。しかも、この世界の大地は歩きにくい。 ごてごてとしてそれで居て何物もを拒絶する、ある種の冷たさが靴底を通して伝わって来た。 この世界の全てが全て、冷血で独り善がりな感じさえする。幸い、カルロの能力は“水”であるので喉を潤す事には事欠かなかった。 が、何時までも続く歩行の巡業、いや苦行ともいうべきか。 カルロの彼なりの確信に基づいて居なければレジーナはもうネを上げていただろう。 二人の間に確固たる信頼があったからこそ、灼熱の太陽と地表全てから跳ね返ってくる照り返しに耐える事が出来た。
曖昧なものは、容赦なく照り付ける陽の光で焼けこげてしまうだろう。 実の所、砂漠を行くのは涼しくなる夜の方が望ましい。 日中はテントを張って日陰を作り、大人しくして居るのがセオリーなのだ。
しかし、正道は行かないのがまっどさいえんちすと。 効率の良い方法を知っていても敢えて別の方法を取る。 そう、彼はまだ“金の世界で歩く辛さ”を十分知っていないからだ。 知識のためならば己の命はもちろん、全てを差出す覚悟は出来ている。 それがまっどさいえんてぃすとの“まっど”な部分であるし、 それゆえまっどさいえんてぃすとは常に捻くれて見えるのだ。 お陰でレジーナが大変である。
「兄さん・・・本当にこっちで良いの?」
「間違いない。僕を信じるんだ、レジーナ。」
喩えそれがまっどさいえんちすとの極めて自己中心的で自己満足で、 更に言うなら根拠の無い妄想であっても、カルロが断言すると非常に説得力がある。 そして、強い自信は彼の暴走しかかっている能力とシンクロし、 思わぬ奇跡を産み出した。
黄金色以外の中、緑の色は鮮やかに映える。 夜中では恐らく見落としていただろうし、普段見かけてもそんなに気になる物ではない。 が、それが単体で存在する事は実は珍しいし、有り得ない事だった。
「あれは・・・ウェンディーの帽子!」
だれが見まがうだろう。ウェンディー愛用の帽子である。 カルロは帽子を見つけると駆出した。レジーナも慌ててついて行く。 少々傷がついているが形は崩れていない。 カルロは帽子を引っつかむと、躊躇いなく、それを顔に押し付けた。
「ふごふご。」
「にっ、兄さん! 気でも狂ったの!?」
日ごろからまっどな兄は見慣れているはずのレジーナすら、予想外の行動だった。 予想してたらそれはそれで嫌だが。 レジーナはカルロから帽子を奪おうとするが、カルロは平然としている。
「放しなさいレジーナ。僕は集中しなければならないのだから。」
「なっ、何が集中よ! まるで・・・まるで変態・・・」
「サイコメントリーです。帽子の持つ記憶を読み取ろうとしているのですよ。」
そう、カルロはウェンディーの帽子から彼女とエミリオの経緯を読み取ろうとしていたのだ。 嗅覚は超能力と最も密接に関係するといわれる小脳と直結している。 つまり、臭いを分析する事が最も読み取る情報の質が良いとカルロはレジーナに説明する。
「そうだったの・・・ごめんなさい。」
「分かればいいのだよ、レジーナ。」
帽子の臭いを嗅ぎながら、にこりと微笑むカルロ。 しかし、段々と恍惚の表情を浮かべはじめた。より深い意識状態であるトランスに入る事で よりはっきりとしたビジョンを読み取ろうとしているのだ。 レジーナはカルロの手を握り、その思念を読み取ろうとする。 そうは言うものの、恍惚としているのは超能力の為か臭いの為かかなり疑わしい。
そうこうしているうちに、朧だったビジョンがまとまった形を取り始めた。 見えて来たのは、光の中にうずくまるエミリオと、 彼を庇うように抱きしめているウェンディーの影であった。
「ここは・・・どこ?」光は完全に消えていた。抱きしめられた腕の中から、外を見てエミリオは呟いた。 はっとしてウェンディーは彼の顔を覗き込む。彼は怪我をした小鳥のように、 不安げにウェンディーを見上げていた。
「エミリオ・・・エミリオ、大丈夫?」
エミリオはこくりと頷く。
ウェンディーは彼の背がいつもよりも縮んでいる事にまだ気がついていなかった。 いや、彼の表情が二年も前の物である事も彼女は気がつかなかった。 彼女の後ろから、声が掛かったからである。
「「「ようこそ、魔法の国へ!」」」
三重奏。別々の方向から同じ声が同時に。“W”だ・・・が、三人も居る。 服装は同じであるが、微妙に色が違っていた。ウェンディーは恐怖に身を竦めるエミリオを後ろに、 彼らに対して立ちふさがった。
「あなた達っ! エミリオに何をするつもり!?」
ウェンディーが強がっていた。 本当は“なんで三人も居るのよぉ!”と叫びたい気持ちで一杯だった。 そんな彼女の気持ちを知ってか知らずか、三人の“W”は一斉に眼鏡の位置を直す。
「素晴らしい事ですよ。」
「お待ちしていたのですから。」
「私たちと一緒に、新しい世界を作りましょう!」
「おっ・・・お姉ちゃん!!」
エミリオは背中からウェンディーに抱き着く。“W”の“何か企んでいるに違いない”微笑みに 思わず恐怖したからだ。ウェンディーも、震える自分を落ち着かせながら、 じっと相手の出方を待った。
「・・・そうですね、貴女を傷つけるとエミリオ君が何をするか分かりませんね。」
「一緒に来て頂きましょう。」
「それが、貴女の役目でしょうし。」
ぎん!
三人の“W”の瞳が、一斉に光った。かなり恐い。彼らの射すくめる視線は ウェンディーとエミリオを萎縮させるのに十分であった。
「いやああああっ!!!」
彼らが何をしたのか定かではない。しかし、ウェンディーの体が吹き飛ばされた。 彼女のトレードマークである帽子が宙を舞い、エミリオもまた、同じく空へと吹き飛ばされていた。 そして“W”が迫ってくる!
カルロとレジーナは顔を見合わせた。帽子が記憶しているのはそこまでだった。 カルロは相変わらず、帽子に顔を埋めていた。