第六十話〜術対魔術?
時を掛ける中年男に親爺と爺はついていけるか?〜
「では、始めましょうか?」箱舟高校“開かずの部屋”。余裕の笑みをもらす素敵なラーメン屋店主”リチャード・ウォン”。 対するは六道玄真と潅頂玄信。一対二で影高野勢の方が有利に見える。 しかし相手は魔法の国の長として君臨する実力の持ち主である。
が、玄玄ブラザースには勝機がある。 影高野の秘術が重ねられ、栞が常に祈りを捧げることで聖別されたこの部屋では、彼らの力は倍増する! 確かにパティの時は失態を演じてしまったが、今回は事前に力を高めていた。 二倍の二倍で四倍!何者が相手でも必ず勝てる、そう信じた。
小回りの聞く玄信がウォンを追い詰め、破壊力のある玄真が待ち受ける。 影高野秘伝の“甲乙の陣”、そして力を溜めては呪符を空間に配置し、敵の逃げ場を奪って行く。
ウォンはといえば、ふわりと空へと舞い上がり、悠々と彼らの仕草を見下ろしている。 何をしようと無駄であることを教えるには、相手の力の全てを吐き出させて、それでもなお 叶わぬ事を教えてやらねばならない。そう、それは絶望という名の暴力。
それを知ってか知らずか、玄信の間合いが近づいた。
「ほっっ!」
玄信が小気味よいリズムで、こぶしを繰り出す。年を感じさせない、軽いフットワーク!
「ハズレですよ。」
が、ウォンは自らが司る時空にほんの少しだけ干渉した。 当たったはずの玄信の攻撃は空振りに終わる。歪曲した空間の前にはいかなる攻撃も通用しないのだ。
瓦割では、瓦が割れないほうが拳を痛める。空振りした勢いが拳に跳ね返ってくるからだ。 バランスを崩した玄信に、思念の剣が突き刺さる。 時間を象徴する黄金色の刃は玄信の体を深々とえぐる。
「残念ですね。場に溢れている力なら、私にも活用出来ます。」
「むほっ・・・ぐはっ!!」
モズは捕まえた獲物を枝に刺して保存するという。 流れるような拳と脚の動作、見事なまでの連携技が 剣が突き刺さったままの老体に叩き込まれる。
「待たぬかっ!」
「かかりましたね。」
玄真が助けに飛び込もうとした瞬間、突如彼の脇腹に激痛が走る。 かつての剣の軌跡が時を越えて呼び覚まされて彼の胴体に突き刺さった。
「うぬぅっ!!!」
顔を顰めて痛さに耐える玄真。しかし、それだけでよかった。 ウォンの意識がほんの少しでも逸らされたなら、それで成功だった。
「今じゃ!!」
玄信の体が身代わりの呪符へ変わり、ウォンに向かって放たれた。 が、ウォンはそれすら予期していたようにするりとかわす。
「危ないですね。」
が、彼がそう思ったのも束の間だった。 彼が現れたのは玄玄ブラザースの二人の作った連炎符の間。 その両側から巨大な鬼の手と鬼の足が突き出される。
ぶちっ。
護法掌と護法足!その両者に挟まれた者はさすがに魔法の国の長といえども 相当の屈辱感とダメージを食らうことになる!
「まだ終わらんぞぉっ!」
玄真が野太い声で叫んだ。同時に二つの数珠が宙を舞う。 玄真の降雷珠と玄信の轟雷珠。しかし、ウォンが避けるまでも無く、二つは明後日の方向に飛んでいった。
「うおっ! しまったっ?」
「仲間割れですか?」
「いや、これでいいのじゃよ。」
下方に投げすぎた玄真は、ウォンの足元に数珠が来た瞬間、落雷を呼んだ。 油断していたウォンに影高野の鉄槌が直撃する。 玄真の降雷珠は、相手に当てなくても雷が呼べるのだ! 室内でも落雷を呼ぶ、さすがは影高野の奥義といえよう。
弾け飛んだウォンに、玄信の投げた数珠がヒットする。 轟雷珠は彼の居る方向へ、ブーメランのように戻ってくるのだ。
「この私がぁっ!!」
ずどおおおんん!!
大きな雷鳴が室内で響く。ウォンは二度目の雷を喰らって焦げ目を残して横たわる。 彼の長い黒髪も、ちょっと爆発気味だ。そう、それはつまり、玄玄ブラザースの熱い兄弟愛の勝利だった。 彼の息の根が止まったか否か、二人はそっと倒れたウォンに近づいていく。
ビュン!
「おおっ、往生際の悪い!」
玄真はぎりぎりのところで、ウォンの放った一陣の光を避けることが出来た。 が、ウォンはにやりと笑った。
「掛かりましたね・・・私の狙いは・・・」
「しまった!」
一度消えたかの様に見えた剣はまっすぐ、壁にかかった曼荼羅へと突き進んでいった。 玄玄ブラザースの術の間合いではもう間に合わない。曼荼羅に傷がついてしまうと、 魔法の世界に旅立ったバーン達を呼び戻すことが出来なくなる。
万事休す!
しかし、ウォンの渾身の力は、一条の光によってかき消された。
「バーカ、ボクの事忘れてたろ?」
エミリオ(赤)! こんなこともあろうかと、キースは彼をこちらの世界に残しておいたのだ。 もちろん、無事に勤めを果たしたときにはウェンディーとのデートを約束している。というか 例によってキースの一方的な決定ではあるのだが。
「アハハハハッ! その絶望に満ちたツラ、似合ってるよぉ?」
ウォンに向かって罵詈雑言を浴びせるエミリオ。 玄玄ブラザースはコイツのお守りを押し付けられたことをようやく悟り、 そしてまた、どうすればいいか悩み始めていた。
エミリオはひとしきり笑った後、エミリオは真顔で言い放つ。
「楽にしてやるよ。」
「いっ、いかん!」
玄真と玄信はウォンの両肩を掴んで立ち上がらせた。本気で殺す気だ。 仏門に使えるものとして、さすがに殺生はマズイ。 しかし、そんなことはお構い無しのエミリオに力が集まっている。 すさまじいばかりの破壊力が秘められていることが見て取れた。
「死ぃんンでぇぇぇ・・・しまえエっっ!!」
一閃。
玄玄ブラザースは始めて見るのだが、放たれた光はあたり一面を包み込むと、 ことごとく無に帰しめる。彼の放つ光のみが全ての存在を癒し、この世界に留まる労苦から 解き放つかのような見事な光であった。
その光が収まったとき。壁は曼荼羅ごと吹き飛んでしまった。 玄真も玄信も、言葉が出ない。ポっかりと口を開けたまま固まってしまっている。
「アハハッ! やり過ぎちゃったよぉ。」
悪びれず、エミリオは頭を掻いた。
異界への門は永遠に閉ざされた。