第六十一話〜絶対空間?!
奇妙でならない魔法の国で一行はいったい何を見るのか?〜
「なー、今凄い嫌な予感がしたんだけど。気のせいかな?」見渡す限り金箔の世界。そこに六つの影が伸びている。 影高野の奥義により、異世界に立つバーン、キース、ガデスにソニア。 そして栞と我らがマジカル☆せつな。ちなみに、ガデスの懐は 純度が甘いと散々愚痴っていたのだが“とりあえず頂いておいた”金塊で一杯である。 こういう時、重力使いは非常に有利である。
「そっ・・・そんなことないですよ。」
栞が、バーンの直感を慌ててさえぎった。 他のメンバーの様な破壊的な攻撃力は無いものの、 栞には研ぎ澄まされた“感覚”がある。開かずの間にて玄信や玄真がどうなったのか、 赤エミリオが何をやらかしたのか、彼女の脳裏にはありありとその光景が焼きついていた。
「そうかな? 私もなにか、胸騒ぎがするぞ。」
キース様、もしかしてそれは私への愛に気が付いたのですか? ソニアが頬を赤らめる。彼女のリーディング能力は、常人の能力を下回る。
普通人程度でもハッキリ分かるほどの彼女のあちらの世界の行きっぷりに他の五人は引き気味である。 もちろん、我らがせつなに怖いものはない。 ただ、魔法の国の長の宮殿への道筋を忘れてしまっているだけである。 役に立たなさが爆発しても動じない、そう彼はマジカル☆せつな。 場を和ませる以外役には立たない。
マイトが居なくなっていることにお気づきかと思われるが、 彼は空間の転移中、どことも無く掻き消えてしまっていた。 もしかしたら、彼の帰るべきところへ一足早く戻っていったのかもしれない。
ぞろぞろと、炎天下を行く。傭兵ガデスは慣れたものである。 栞も、さすがに修行で鍛えているだけあって額には汗すら滲まない。 もちろん、熱いハートに燃えているバーンには多少の熱波は通じない。 キースはキースで、自分の能力をフルに使って暑さを感じていない。
が、へたれているのが約三名。熱をエネルギー振動、極端な話電波として受信しているソニアは さすがに、受信器官である脳が少々ヒート気味。過剰な連続使用は彼女の脳をまるでところてんのように やわらかくしてしまっている。顔も同様に締まらない。そしてせつな、場を和ませすぎて少々ばて気味である。
「大丈夫か、ソニア?」
普段なら、キースに声を掛けられただけで赤くなったり青くなったりするのに少し笑って頷くだけ。 まともな反応は非常に珍しいのだが、キースは例によって気にしない。 しかし、見る見る彼女の顔が青くなってきた。
「ひぃぃぃぃぃいぃっっ!!」
「どうしたソニア!?」
「あれ、、、ウェンディーの帽子だぜ!」
蒼白の表情で、ぶるぶると指差しているソニア。 そう、ウェンディーキャップ、あの帽子を被った者は世界の全てを掌握すると言われているわ。 彼女はブツブツと独り言ちる。妹の帽子を見て、動転したらしい。
「・・・私が、思念を読み取ってみます。」
せつなが駆け出して拾ってきたそれを、栞が受け取った。 やりますよ、と皆に一応確認して、精神を集中する。 彼女は瞳を閉じるだけで、物が記憶する景色を想起することが可能だ。
「ふごふごふごふごふごふごふごふごふごふごふごふごふごふごふごふご」
「ヴっっ!!!」
汚濁した意識を感じ取って、栞は思わず、帽子を投げ捨ててしまった。
「おいっ! 何しやがるんだ!!」
バーンが怒鳴る。しかし無理もあるまい。 カルロが帽子の匂いを嗅ぎ、恍惚とするさまを思い切り視てしまったのだ。 彼女も、影高野の長として社会に潜むさまざまの“汚いもの”を視てきたが、 ここまで露骨なのは初めてである。
カルロが拾ったはずの帽子がどうしてここに落ちていたのか。 彼はなぜか、ズボンの中に帽子を入れようとしたところをレジーナに見咎められたのである。
「わ・・・わかりました。・・・ウェンディーさんは・・・こちらです!」
まだ気分が優れないのだろう、栞は青い顔をしているが、それでも情報は読み取れたらしい。 読取能力に長けた彼女は、カルロの能力では読み取れなかったウェンディーの居場所も割り出した。 彼女と帽子ほど密な関係であるから、読み取れたといっても過言ではない。
「じゃぁ、“W"の眼鏡でも分捕っておけば良かったな。居場所がすぐ判ったのに。」
「そうとは限りませんし、窃盗は人道に外れていますよ。」
その、道に外れた奴が既にこちらに着ている事を皆に伝え、再び歩みを続ける。 まずはウェンディーを助けることが優先されるべきだと、バーンが熱く主張したからだ。 それに異を挟む者は当然居なかったのだが。
「それにしてもおかしいな。」
道中の途中、キースは呟いた。
「おっ、オメーも気がついたかい?」
「えっ?何がだよ。」
「生き物の気配が、全く感じられないのです。」
バーンが、いまさらのように驚いた。ガデスと栞は、とうに気がついていたらしい。 第一、鉱物の大地にいかなる生き物が生を営めるだろうか。バーンは思わず、息を呑んだ。 虫一匹居ない、草一本生えていない、そんな呆れるような荒野をどれだけ進んだだろう。一人の少女が座り込んだまま、呆けていた。
「ウェンディー!?」
「・・・・ばあん? 」
「うっ・・・ウェンディ?」
バーンは絶句した。力なくこちらを向いたその顔にはおよそ感情と呼べるものは無かった。 普段ならばくるくると絶え間なく移り変わる彼女の貌はまるで能面のようである。 作り物のように輝きに乏しい目がバーンすら見極められない。
「しっかりしろ! ウェンディ!」
バーンが駆け出して、彼女を抱きしめた。いつもの快活な力が感じられない。 まるで雨に打たれた雛鳥のように弱々しく、死期をただ待っている、そんな風に感じられた。
「あはは・・・ほんとだ・・・ほんとうにばあんだ・・・」
きょろきょろと、目が落ち着かない。内心内気な彼女ではあるが、 ここまでびくつく事は無い。ソニアでさえ、今の彼女を自らの妹として直視することが出来なかった。 キースだけは少々、歯がゆそうな表情をしている。
「あのね・・・あのね、ばぁん。」
バーンの腕を、狂ったように引っ張っている。 体が勝手に、必要以上に力をこめてしまっているのだ。 あまりのショックに、心身のバランスが崩れてしまっている。
「落ち着け、ウェンディー!」
バーンは涙声で彼女を包む。痛いのだ。苦しいのだ。 自分が彼女を守れなかったという事実を、今ウェンディーが壊れかけている結果という形で迎えてしまったから。
暫らく、して、ようやく落ち着いたように、それでも冷たく、ウェンディーが呟いた。
「えみりおが、しんじゃったあ・・・」