第六十二話〜絶望?!
微笑を忘れたウェンディーが淡々と語る禁じられた追憶〜


「えみりお、しんじゃったの。ほんとだよ?」

 自分で言っている意味が判っているのだろうか。 小首をかしげて、皆の反応を不思議そうに彼女は見つめている。 まるで自動人形が決められた台詞を吐いているかのようなウェンディー。

 その不自然なまでに落ち着いついている彼女であるが、危ういことは見て取れた。 こうして見ると姉と一緒だな、冷淡にもガデスは思った。 ソニアの方はと言えば、すっかり妹に同調してしまって呆けてしまっている。

 黙りこくったまま、時間だけが過ぎてゆく。 誰もが彼女から経緯を聞き出したいと思っていた。しかし、それは彼女に 思い出したくないことを思い出させることになる。普段ならば汚れ役はガデスの仕事であるが、 彼はわざわざ相手を刺激するようなことは言わない。口を挟んだのは栞であった。

「・・・どうしてですか?」

「ッ! 貴様ッ!!」

 殴りかかるバーンの腕を、キースはがっちりと掴む。 瞬間、バーンはキースを睨みつけたが、彼の悲しそうな表情を見て思いとどまった。 ふと見ると、栞が、涙を浮かべているのだ。

「えみりおね、がんばったの。わたしをまもろうとしたんだよ。えらいよね。」

 うんうん、と頷いてみせる栞。辛いことは判っている、自分が悪者になることも。 でも、それでも聴かなければ成らない。自分たちがここまで来たのだから。 そして、これからすべき事もまだ残っているのだから。

 だからこそ、何が起きたのか知る必要があるのだ。目を逸らすことは出来ない。

「でもね、まけちゃったの。ぐさぐさぐさってね、けんでつかれたの。」

 ひくひく、とウェンディーの体が揺れ始めた。 喜怒哀楽が失われているので、感情を表現できないでいる。 バーンが辛そうに、ウェンディーを抱擁する。彼の腕から顔だけ出して、 ウェンディーは全く同じ表情で同じように淡々と語っている。

「いっぱい、いっぱい、いっぱいささってたの。すごく痛そうだった・・・」

 言葉の調子とは裏腹に、ウェンディーの震えが激しくなる。 がくがくと痙攣している彼女を、バーンは必死に抑えている。 今にも出そうに成る“もういい”という言葉を飲み込んで。 もし、キースが彼の肩を握りしめていなかったら、 バーンはこの後どうなろうが、今のウェンディーに語ることを辞めさせていただろう。

「それでね。えみりお、うごかなくなっちゃったの。」

「いくらよんでも、応えてくれないの。体がだらんとして。目も口も開いたままで。」

「えみりお、えみりおって、何度も何度も何度も呼んだんだよ。でもね、でもね応えてくれないの。」

 ウェンディーの口元から、だらしなく唾が垂れていた。栞は黙って、彼女の口元をぬぐってやった。

「そしたらアノヒトタチが言ったの、死んじゃったって。」

 アノヒトタチ。敵が複数であることにガデスとキースが反応した。 冷血なのかもしれないが、緻密に分析する人間も必要なのである。 栞はやさしく、ウェンディーの頬を撫でていた。心配しなくて良い、怖がらなくて良いと。 彼女は今、小動物のように過敏で繊細である。

「アノヒトタチ、えみりおつれてっちゃった。他に何か言ってたけど忘れちゃった。」

 大きく頭を振るウェンディー。何を言ったかは知りたい。が、それを想起すると彼女はもう元には戻れないだろう。 ガデスもキースも、そこまで非道にはなれなかった。もちろん、そこまで踏み込めばバーンが黙っていないだろうが。

「でも、えみりおが死んだから・・・」

 少々間が開いた。初めて躊躇するような素振りを彼女が見せた。 バーンは心配そうに彼女の顔を覗き込む。ウェンディーの大きな目が、バーンに重なった。

「だから、わたし、いらなくなったんだって。いらないこなんだって。」

「もういいっ!」

 もう十分だろ!? 興味の方が先立っていたキースとガデスを、バーンは憤怒の表情で見据えていた。

「許さねぇ・・・」

 沸々と、怒りが煮えてくる。背中に彼の力が、炎が無意識に具現化している。

「奴は・・・オレが殺す!」

「わっはっはっは、よくわからんがたいへんそうだな。」

 無神経なせつなが、明後日の方向へポーズを決めた。バーンが動くよりも早く、キースが動いた。

「凍れ。」

 キースの腕から霧が溢れる。それに触れたせつなはそのまま氷付けになった。 バーンが驚いている暇すらない。が、再び驚くことが起きた。

 ばりん!

 氷が内部から割れる。いや、後ろからガデスが割ったのだ。 何が起きたか判らないせつなは、きょとんとしたままだ。

 そこには、ガデスに完全に羽交い絞めにされた“W”の姿があった。 せつなの陰を借りて、こっそり様子をうかがっていたのだ。 彼が唐突にポーズを決めたので目ざとい二人にはバレてしまった。

「ア・・・ノ・・・ヒ・・・ト・・・」

「野郎っ!」

 バーンの腕の中に、目を見開いて引付を起こそうとしているウェンディーがいなければ、 彼はガデスにかまわず“W”に攻撃を仕掛けていただろう。しかし、栞も彼の胴体にしがみついて、 早まるのを必死で留める。

「参りましたね。予定が少々狂ってしまいましたよ。」

 ガデスの腕に込められた強力な重力場は時を操る“W”でさえ脱出できないだろう。 それでも動く範囲の手で眼鏡の位置を直した。キースはいまいましそうに舌打ちをする。

 内心、爆発してしまいそうな自分を抑えて、バーンはウェンディーが彼を見てしまわないように、しっかりと抱きしめなおした。 それは彼への新たな決意。絶対に彼女を守ることと、真相を明らかにすること。 “W”をボコるのは、その後でも十分間に合う。

 もう二度と、こんな目には遭わせない。諸悪の根源を摘むまでにはどんな怒りも我慢することを彼は心の中で誓っていた。


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